海の向こうの日本では高等教育無償化のために憲法を改正するか否かで議論が盛り上がっていますが、議論が稚拙すぎる感じがします。ここアフリカでは1990年代以降、教育の無償化が進み、さまざまな知見が得られているので、教育経済学の議論と共にそれを紹介してみようと思います。
高等教育無償化・賛成派の議論の問題点
(1)無償化後のビジョンが欠如している
アフリカで90年代以降教育の無償化が進み何が起こったかというと、就学率の急上昇です。例えば、ここマラウイは最貧国で国民一人当たりの平均所得は1日100円にも満たない状況ですが、初等教育の純就学率は95%程度あり、不就学児童の大半は障害を抱える児童か孤児かという状況で、貧しいから学校に行けないという状況は、ほぼほぼ解消されたと言えるでしょう。
しかし、教育の無償化による教育へのアクセスの爆発は、教育の質の低下を招きました。図1が示すように、マラウイは1994年に初等教育の無償化を導入した結果、翌年には総就学率が1.5倍も跳ね上がりました (注: 総就学率は、就学児童数/学齢年齢人口で定義されるので、留年・入学の遅れなど教育や教育マネージメントの質に問題があると100%を超える)。
就学者数が跳ね上がるということは、ただ単に授業料分の資金を政府が投入するだけでは不十分で、新たに学校に来るようになった子供たちのための学校建築や教員採用など、莫大な追加的な資金を投入する必要があります。それだけでなく、教員養成校の拡大や教育行政システムの強化など時間のかかる準備を事前に行っておく必要がありました。
しかし、これらの手当ては実施されなかったため、現在でもマラウイは教員一人当たり生徒数が80人近くにのぼり、1/3の子供たちは青空教室で勉強しています(上の写真はまさにそれで、教室が足りないので学校の側壁に黒板を付けて、そこで授業をしています。教室の中も電気が無いため、雨期になると勉強が出来なくなります。でもこの学校は農村部の学校の中では立派な方です)。
このため、現在でも留年率は30%近くあり、教育の内部効率性も悪くなっています(【SYNODOS】留年制度は効率的で効果的か?/畠山勝太 / 国際教育開発)。教育の質が低下すると何が問題かというと、教育を施す意味がなくなることです。上の図2の右側が示すように、就学率が伸びて国民の平均教育年数が上昇しても必ずしも国の経済成長率は上向きませんが、左側が示すように、教育の質が向上し国民の学力が向上すると経済成長率も上昇する傾向があります。つまり、教育無償化で就学率が向上させてより長い年数の教育を受けるようになってもそれ自体は経済成長や所得の向上を担保せず、教育機会を通じてどれだけ学んだかこそが重要だということです。
しかし、日本の教育無償化に関する議論でこの点を見据えているものは殆どありません。授業料分の公費負担だけでなく、無償化による就学率の上昇に伴い必要となる追加的な予算が手当てされる気配はありません。特に、これまで日本が高等教育へのアクセスを拡大させてきたやり方を踏襲するのであれば、それはより一層教育の収益率を低下させるだけだということはこちらの記事で説明しました→(【SYNODOS】高等教育の量的拡大はどのように行われるべきか?/畠山勝太 / 国際教育開発)
(2)貧困層から富裕層への逆所得移転の可能性を無視している
アフリカで初等教育の無償化は一気に進み、現在中等教育の無償化を考える段階に来ている国が増えています。しかし、多くの国は中等教育無償化の前に、中等教育の義務化を導入すべく動いています。これは、教育段階が上がるほど放棄所得(学校に行かずに働いていれば得られたであろう所得)が大きくなるため、初等教育無償化と異なり中等教育無償化は、放棄所得の負担に耐えられない層-貧困層にインパクトを及ぼさないと考えられるからです。
この結果、貧困層は働き税金を納める一方で、富裕層はその税金で学び、将来より高額な収入を得るという歪な状況が出来上がります。これを避けるためには、まず中等教育の義務化を先に実施して貧困層も中等教育へ行かなければならない状況を作り出し、貧困層への奨学金を提供することで放棄所得分を補い、それから初めて無償化へと踏み切ることが出来ます。日本の教育無償化に関する議論は、このようなステップを踏む必要性を認識していない印象を受けます。
(3)教育の無償化は少子化対策としては効果が薄い
「二人目を持つことを躊躇させるような教育費負担の重さから少子化が進んでいるのだから、高等教育無償化は少子化対策として有効だ」、という議論も見られます。確かにここ10年程で2人目を持つことを躊躇する夫婦が増加しているのかもしれませんが、国立社会保障・人口問題研究所による出生動向基本調査によると、やはり未婚化と晩婚化の影響の方が大きそうです。
つまり、上の図3が示すように、夫婦が最終的に平均して何人の子供を持つかという完結出生児数が1970年頃から2000年頃まで2.2で安定的に推移し、2015年現在で1.94という値を記録しているのに対し、一人の女性が一生に産む子供の平均人数である合計特殊出生率は1975年に2を割り込んでから2005年まで下落を続け、近年少し持ち直して2015年には1.45となっています。さらに、女性の結婚年齢が20代後半と30代前半で結婚した女性の完結出生児数に0.4程度の差がみられるように、結婚年齢が遅くなるほど完結出生児数が少なくなる傾向が見られます。
これらのことから、高等教育無償化に乗り出してもそれが少子化対策として果たせる役割は限定的でしょうし、年収300万未満の男性の1/3以上が未婚であることを考えると、無償化に使う予算をこの層の支援に回した方が少子化対策としては効果が見込まれるでしょう。むしろ、アフリカで女子教育の拡充が人口爆発の特効薬であると言われていることを考えると、高等教育の充実が少子化対策になるというのは少し難しいのかもしれません。【次ページにつづく】