THE ZERO/ONEが文春新書に!『闇ウェブ(ダークウェブ)』発売中
発刊:2016年7月21日(文藝春秋)
麻薬、児童ポルノ、偽造パスポート、偽札、個人情報、サイバー攻撃、殺人請負、武器……「秘匿通信技術」と「ビットコイン」が生みだしたサイバー空間の深海にうごめく「無法地帯」の驚愕の実態! 自分の家族や会社を守るための必読書。
May 22, 2017 08:00
by 牧野武文
「之道出行」(zhidao chuxing、ジーダオチューシン)は、旅行関係の総合ネットサービスを提供している。ホテル、レストラン、ハイヤー、チケットの予約、さらに金融など、中国国内旅行者のための総合サービスだ。
その之道出行も数年前からライドシェアサービスに進出している。ウーバーと同じように、一般の運転手に登録してもらい、運転手所有の車でタクシーサービスを提供するというものだ。中国では、「滴滴出行」(didi chuxing、ディーディーチューシン)が最大手だが、之道出行は急成長をし、滴滴出行を脅かすところまで成長をしてきた。
ところが、ある一人の運転手の思いつきから、道出行は事実上の経営破綻状態に追い込まれてしまった。現在は、身売りをし、CEOは連絡が取れなくなり、さらには、出資法違反容疑で公安部が調査に入る状態になっていると、大河網が報道した。
之道出行が他のライドシェアと異なるのは、安心路線をとったことだ。運転手になるには、3000元(約4万7000円)の保険費を毎月納める必要がある。この保険費は、毎月積み立てられていく。事故、トラブルが生じた場合、運転手の過失割合に応じて、この保険費が使われる。
例えば、乗客から「法外な運賃をとられた」という訴えがあり、それが運転手に非があった場合は、之道出行はすぐに賠償をし、その運転手の保険費から差し引く。事故、トラブルがなにもなければ、退職時に運転手に全額返還される。
こうすることで、運転手は悪質な行為、危険な運転をしなくなり、乗客は安心して利用することができる。旅行者向けの高級ハイヤーサービスをすでに行っていた之道出行は、このような「安心できるライドシェア」で、急成長していった。
昨年12月、仕事を探していた河南省洛陽市の馬さんは、知り合いから之道出行のことを知った。「ライドシェアは今や大流行で、お客はひっきりなしで、絶対に儲かる」という話だった。
そこで馬さんは自分の車を使って、河南省エリアの運転手として、12月16日に之道出行に登録をした。しかし、数週間、知り合いの言葉に反して、お客は一人もいなかった。収入はゼロなのに毎月3000元の保険費を支払わなければならず、馬さんは頭を抱えてしまった。
そのとき、馬さんは面白いことに気がついた。之道出行では「100元(約1616円)チャージすると、100元分のポイントを進呈」キャンペーンを行っていた。乗客は、支払いの前に之道出行のアプリに、アリペイやWeChatペイなどからチャージをしておく必要がある。このとき、100元をチャージすると、100元分のポイントを進呈していたのだ。つまり、100元のチャージで、200元分乗ることができる。
馬さんは、紙にお金の流れを書き出してみた。運転手は、乗客が支払った運賃の73.5%がもらえる。之道出行側は残りの26.5%をもっていく。
乗客が100元を支払った。しかし、チャージ金額は200元になる。ということは、その200元分を使い切ると、運転手の手元には200元の73.5%である147元(約2375円)が手元に入ることになる。
「あれ?」と馬さんは気がついた。例えば、自分の友達に100元を渡して、乗客としてチャージをしてもらう。チャージ金額は200元になる。この200元を使い切ると、運転手である自分の手元には147元が入ってくる。100元を渡して、147元が入ってくる。47元の儲けになるではないか。友人を無料で車に乗せてやり、自分は47元儲かるのだ。
そんなことを繰り返していたら、馬さんが所属をする洛陽第二級代理店の鄭さんから、呼び出しを受けた。てっきり、叱られるのかと思ったが、鄭さんは意外にも「面白いことを思いついたじゃないか」と褒めてくれた。そして、「スマートフォンを5つ買ってきて、新たに5人分の運転手登録をすれば、6倍儲かる」とアドバイスまでしてくれた。6台のスマホのうち、3台を乗客にして、3台を運転手にし、車で走る。次は、順番に乗客スマホと運転手スマホを入れ替えていけばいいのだ。
さらに、馬さんは、車を運転する必要もないことにも気がついてしまった。乗客スマホの地図上で乗車地と目的地を入力し、運転手スマホで「乗車」「降車」「精算」の操作を行えば、実際にその場所に行かなくてもまったく問題は起こらなかった。
それから馬さんは、毎日自宅にいて、テーブルの上に6台のスマホを並べ、次から次へと操作をするのが仕事になった。今年の1月には、毎日合計で2万元をチャージし、9400元(約14万8000円)を稼ぐようになった。土日もなく「働いた」ので、月収は28万元(約440万円)を超えた。
馬さんは、抜け目がないだけでなく、人柄もよかった。豪華な食事をご馳走しながら「こんな儲け話があるよ」と、親切心から、親戚や友人に、自分のやり方を教えてまわったのだ。「免許証さえあれば儲けられる。車がなくても、あることにすれば大丈夫」という言葉につられて、馬さんの周りに続々と高収入の「在宅運転手」が誕生した。
洛陽代理店の鄭さんも、人柄がよかった。次々と知人に声をかけて、馬さんの方式を伝授してまわった。代理店には、総売上の5%が落ちる契約になっていたので、鄭さんの代理店も大繁盛だった。さらに、鄭さんは、他の地区の代理店経営者にも馬さんの方式を伝授した。各地区代理店の経営者は、鄭さんに感謝して、自分の担当エリアで、馬さんの方式を伝授してまわった。
もちろん、こんなことが長続きするわけはない。之道出行は、突然、運転手の報酬の現金化を1日3000元(約4万8465円)に制限をした。之道出行が事態を把握したことは間違いなかった。
2月中旬になって、之道出行は「システムがハッカーの攻撃を受けたため、報酬の現金化を一時的に中止する」と通達した。さらに、馬さんの運転手アカウントは「契約違反行為があった」として凍結され、現金化していない報酬は没収をされることになった。
ある運転手のアプリ。報酬を現金化しようとすると、停止されている旨が表示される状態が続いている。
http://xf.dahe.cn/2017/04-17/108396273.htmlより
しかし、このときには、馬さんが伝授した在宅運転手が数千人もいたと推測され、之道出行の経営状態は急速に悪化していた。そして、唐突に、内モンゴルの楽道情報信息技術有限公司に買収されることが決まった。実質的な救済買収だった。
楽道公司は、契約違反をした運転手アカウントをすべて凍結し、公安に告発をした。凍結アカウントは8000件に上り、想定被害金額は最低でも4000万元(約6億3000万円)を超えるという。馬さんは逮捕され、代理店の鄭さんは連絡がとれなくなり、現在も公安が行方を捜している。之道出行の謝文峰CEOも、買収以後、連絡がとれない状況が続いている。
しかし、割りを食ったのは、古くから真面目に之道出行で働いていた運転手たちだ。毎月3000元の保険費を積み立てていたので、1年で3万6000元、2年で7万2000元になる。このお金が返ってくるかどうかが怪しくなっている。身売りしたことに不安を覚えた運転手たちは、「退職をするので、積み立てた保険費を返還してほしい」と訴えた。中には、「そもそもが毎月3000元の積み立てを強制するのは、法に触れているのではないか」と、ことを荒立てる運転手もいた。現在、北京公安と関係部門が、不当競争防止法と出資法の違反容疑で、之道出行の調査を行っている。
元はと言えば、「100元チャージで、100元進呈」という無謀なキャンペーンを行ったことが原因だ。中国では「1つ買えば、1つ進呈」というのは伝統的なセールスキャンペーン手法として定着しているが、馬さんのような運転手の立場からどうなるのかは、ちょっと計算してみればわかることだったはずだ。
馬さんも根っからの悪人というよりは、頭の回転が早くて、人柄がよく、そして調子に乗りやすい典型的な中国人男性にしか思えない。そういう馬さんを悪の道に誘い込んでしまったという点でも、このキャンペーンは罪深いものがある。いずれにせよ、一人の運転手の思いつきが、ひとつの企業を身売りにまで追い込んでしまった。IT時代の企業の栄枯転変は、前世紀の10倍速で回っていく。
共享経済(gongxiang jingji):シェアエコノミー。「ともに享受する経済」の意味。中国では、仲間内では、車や自転車を使い合うのが従来からの習慣になっているため、シェアエコノミーは広く受け入れられている。
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