各紙のSPEEDI初期報道を検証する

2012年4月1日検証レポートメディア:, , , , , ジャンル:, テーマ:

≪検証レポートNo.2≫
マスメディアは原発事故直後からSPEEDIの取材を開始し、 遅くとも3月15日にはSPEEDI稼働の事実を掴んでいた。しかし、SPEEDI稼働の事実が報道されたときは 既に放出ピーク時から1週間経っていた。

事故直後SPEEDについてどのように報じたか

福島第一原発から放出される放射性物質がどのように拡散しているのか、どの範囲の住民が、どこへ避難すべきか――東日本大震災が発生した直後、国民や在日外国人そして世界各国民が重大な関心を寄せていたとき、マスメディアは、どのように報道していたのであろうか。
SPEEDIをはじめとする放射性物質の拡散予測システムは、まさにこのような万が一の事態に備え、長年莫大な費用を投じて開発され、防災訓練でも活用されてきた。
福島第一原発が全電源喪失に陥った2011年3月11日から31日までの3週間のSPEEDI報道を振り返る。

SPEEDI第一報は放出ピーク時から1週間後

原発事故後最初のSPEEDI報道は、読売新聞の3月15日付朝刊「放射性物質の拡散予測不能」であったが、この記事が誤報であることは既に検証した(→SPEEDI不具合で「予測不能」と誤報)。
読売はこの後、3月23日にSPEEDIのデータが公表されていないことに批判的な記事を掲載するまで、続報を出さなかった。

SPEEDIによる拡散予測が行われていることをマスメディアで初めて指摘したのは、原発が全電源喪失し、SPEEDIの緊急時拡散予測が始まってから10日後の日本経済新聞であった。
「地震・津波、想定超す被害」と題する特集記事の中の「避難範囲 米はなぜ80キロ圏」という署名付き記事で、滝順一編集委員は、記事の最後で次のようにSPEEDIに触れている。

 日本には緊急時迅速放射能影響予測(SPEEDI)ネットワークシステムと呼ばれる仕組みがある。原発で放射性物質が放出された時、その広がり方を瞬時に予測する。原子力安全技術センターが管理・運用しているが、今のところ存在感がない。同センターの石田寛人会長は『現在計算している。結果の公表は原子力災害対策本部など全体の判断による』と語る。予測システムがあれば周辺のどこがいつ危険な状態になるのかシナリオを描ける。システムの存在を国民に知らせ、活用することが政府には求められている。
(日本経済新聞 2011年3月21日付朝刊・4面「地震・津波 想定超す被害」「避難範囲 なぜ米は80キロ圏」より一部抜粋)

▲日本経済新聞2011年3月21日付朝刊・4面(赤線で囲んだ部分がSPEEDIへの言及箇所)

この記事が、SPEEDIが予測計算を行っていることを初めて報じた新聞記事であったが、見出しにSPEEDIの文字はなく、記事のごく一部分で言及されているだけだった。(i)
SPEEDIの運用を正面から報道したのは、朝日新聞3月22日付朝刊の「被曝予測、公表せず 研究者らが政府批判」の記事であった。(ii)この記事は、原子力安全技術センターが地震直後からSPEEDI予測計算を開始し、原子力安全委員会に報告している事実を報じたが、扱いは5面の中央付近、2段の見出しであった。
このとき、すでに1号機、3号機、4号機が相次いで爆発を起こし、放射性物質の放出がピークに達したとされる3月15日ころから6日経過していた。
朝日新聞がSPEEDI第一報(3月22日付朝刊、前出)を出した後も他紙は追随(後追い)せず、毎日新聞、産経新聞、東京(中日)新聞のSPEEDI第一報は、3月24日付朝刊で、原子力安全委員会が前日にSPEEDI予測結果の一部を公表したことを報じたものであった。
NHKに至っては、SPEEDIについて初めて報道したのは4月に入ってからであった。(iii)

▲朝日新聞2011年3月22日付朝刊・5面(赤線で囲んだ部分が朝日新聞のSPEEDI第一報)

 

各紙は事故後まもなくSPEEDIの取材を始めていた

一方で、マスメディアはSPEEDIの取材を事故直後から始めていた。
読売新聞は、2012年3月5日付朝刊に掲載した原発報道検証記事で、SPEEDIの取材経緯について次のように説明している。

スピーディ予測 政府が公開拒否

事故発生当初、政府、東電が意図的に情報を隠し、国民の不信感をいたずらに拡大させた。
その典型例が、目に見えない放射性物質の脅威から住民を守る放射性物質拡散予測システム「SPEEDI(スピーディ)」の混乱。データ公表を巡って、昨年3月11日の事故直後から、政府とメディアの攻防が続いた。
12日、1号機で水素爆発が起き、原発周辺の放射線量は上昇した。「スピーディが活用される」。1999年のJCO臨界事故などでの取材経験から、読売新聞はスピーディを所管する文部科学省の取材に着手した。だが同省は、原発の機器故障で、正確な放出源情報が得られないことなどを理由に、予測データの提供を拒否した。
メディアは同省の記者会見で公開を再三要求し、本紙は23日付朝刊で専門家の意見を添え、政府の後ろ向きな姿勢を批判した。これを受け、政府はその日に公開を始めたが、表に出たのはごく一部。実際には、事故直後から放射性物質の放出量を仮定して、様々な予測を繰り返していた。そのデータは住民避難など肝心の時に活用されなかった。
(中略)
だが、こうした「隠蔽体質」を、メディアも追及しきれなかった。スピーディの運用規則では〈1〉放出源情報が不明でも、仮の数値で計算する〈2〉住民避難に活用する——などが定められていたが、記者側の理解が不十分だったため、その場しのぎの政府の説明を突き崩せなかったという教訓が残った。
(読売新聞 2012年3月5日付朝刊・34面「東日本大震災1年 原発報道検証」より一部抜粋)

この検証記事で、読売は、事故直後の3月12日からSPEEDIの取材に着手していたことを認める一方、SPEEDIを所管する文科省が「原発の機器故障で、正確な放出源情報が得られないことなどを理由に、予測データの提供を拒否した」と説明する。
では、なぜ16日の第一報では、文科省から予測データの提供を拒否されたと報じずに、気象データの受信不具合が原因で拡散予測が不能に陥っていると事実と異なる報道をしたのか、説明はない(それどころか、検証記事では、この第一報が「特報」扱いされている)。
また、「実際には、事故直後から放射性物質の放出量を仮定して、様々な予測を繰り返していた」と指摘するが、読売がいつその情報を把握し、なぜ報道しなかったのかも明らかにされていない。
記者側の理解不足で「メディア」(読売に限定されていない)が政府の「隠蔽体質」を突き崩せなかった教訓が残ったというが、現場の記者がもっと早い段階で事実をつかんでいたのではないかとの疑問は残る。

▲読売新聞2012年3月5日付朝刊の報道検証記事。3月15日付の第一報を「地震の影響で機器が破損し予測不能に陥っていると特報」と表現している。

他方、朝日新聞も、2011年10月15日付朝刊に掲載した検証記事で、SPEEDI取材を始めていた時期を「放射性物質が飛散し始めたころ」とあいまいにし、SPEEDIが運用されている情報をどの時点でつかんでいたかは明らかにしていない。
また、19日発売の週刊誌AERAの記事では全国紙に先駆けていち早くSPEEDIが運用されている事実を正確に報じていたが、(1)本紙の第一報がなぜ22日付朝刊になったのかを検証した形跡はみられない。

 放射性物質が飛散し始めたころ、東京本社の科学医療部は緊急時迅速放射能影響予測(SPEEDI)のデータが出てこないことに疑問を持ち取材をした。
しかし、はじめに得られた回答は「計算は仮想事故のデータを使っている」。使うデータが違うと予測結果が大きく変わる。
ただ、取材を続けた大阪本社の科学医療部の木村俊介は、運用する原子力安全技術センターから「3月11日から計算を続けて、国に報告している。SPEEDIが動いていない、ということではない」と聞き、「被曝予測 公表せず」と22日朝刊に書いた。原子力安全委員会は翌23日、SPEEDIの試算を公表した。
(朝日新聞 2011年10月15日付朝刊・特集面「炉心溶融、不十分な情報でどこまで書けるのか 震災と原発事故 新聞週間特集」より一部抜粋)

 

かなり早い段階でSPEEDI稼働の事実をつかんでいた

読売、朝日の検証記事では、SPEEDI予測計算が開始されていた事実をいつ把握していたのかは判然としないが、以下のとおり、マスメディアは、事故後まもない段階で、SPEEDIがシステムとして稼働し、予測計算を行っている事実を把握していたとみられる。

1.政府高官は3月15日以前に報道陣からSPEEDIの情報を得ていた

民間事故調の報告書によれば、枝野幸男官房長官は「3月15日前後」、福山哲郎官房副長官は「3月14日か15日ごろ」、マスメディアを通じて初めてSPEEDIの存在を知ったとされる。(2)
このことは、3月15日以前に報道陣の一部が、政府高官に先駆けてSPEEDIの情報を得ていたことを示すものといえる。

2.3月15日以前から報道陣が文科省にSPEEDI公表を迫っていた

民間事故調の報告書によれば、「文部科学省は3月15日以前より報道関係者からSPEEDIの計算結果の公表を求められて対応に苦慮していた」。(3)
東京新聞は、3月15日午後1時30分すぎから行われた渡辺格・文科省科学技術・学術政策局次長による記者ブリーフィングで、記者から「SPEEDIのデータを朝から何度も出してほしいと言っている」などと矢継ぎ早に要望が飛んだことを明らかにしている。(4)(iv)(v)
前述のとおり、読売新聞は、3月12日からSPEEDIの取材に着手していたことを認めているし(5)、NHKも「事故翌日からSPEEDIのデータを出すよう国に求めていた」。(6)

3.3月16日に文科省と原安センターがSPEEDI稼働を認めていた

笹木竜三文科省副大臣は、3月16日午後3時35分から行われた記者会見で、SPEEDIを動かしているのかどうか追及した記者の質問に「動かしている」と答えていた。(7)
この会見で、ある記者は、質問の中で「昨日伺った時点では、ここの3階の対策本部でも、スピーディに関しては運用しているというふうに担当の方はおっしゃっていまして、それのデータの公表は、今、文科省内で検討中であるというお答えだった」と、前日の記者ブリーフィングにも言及している。
また、原子力安全技術センターも、同日、SPEEDIが予測できなくなっているとの3月15日付読売新聞記事を「誤認」と指摘し、SPEEDIの拡散予測計算は行われていると発表していた。(8)

4.朝日記者は3月11日時点でSPEEDIの存在を把握し、17日か18日には出稿していた

朝日のSPEEDI取材を直接指揮した当時の担当デスクは、フリージャーナリストの取材に対し、地震発生直後にSPEEDIの取材を指示し、3月17日か18日時点で原稿を出していたと証言している。(9)
前述のとおり、朝日新聞社系列の週刊誌AERAは3月19日発売号で、SPEEDIが運用されている事実を正確に報道していた。

5.3月18日に原安センター会長がSPEEDI予測を行っていると発言していた

3月18日の日本学術会議集会で、原子力安全技術センター会長がSPEEDI予測計算を行っていると発言していた。(10)(vi)
ちなみに、この集会にはマスコミ関係者42名が参加していた。(11)

6.3月22日、文科相がSPEEDI計算を認める答弁をしていた

3月22日、参議院予算委員会で高木義明文科相が、福島みずほ議員(社民党党首)の質問に対し、SPEEDIの計算結果を関係機関で共有していると答弁していた。(12)

原発事故直後、マスメディアは本当にSPEEDI稼働の事実をつかんでいなかったのか、それとも、取材で突き止めていながら報道しなかったのか――SPEEDI初期報道の経緯については、さらなる検証が待たれるところである。

【表】2011年3月11日~31日の主要紙のSPEEDI報道経緯(日本報道検証機構作成)

 


notes

(i) この記事に出てくる、原子力安全技術センター理事長の「現在計算している。結果の公表は原子力災害対策本部など全体の判断による」との発言は、記事化される3日前の3月18日の日本学術会議緊急集会でのもので、マスコミ関係者42名が参加していた(脚注(10))。

(ii) 全国紙以外では、同じ3月19日に発売された、週刊誌AERA2011年3月28日号(朝日新聞社発行)が「国民には『データ』隠蔽」の記事で、SPEEDIに詳しく言及していた。同記事は、地方公共団体からの気象データが受信できなくなっているものの、気象庁からの気象データでSPEEDI予測計算が行われている事実を正確に報道した。

(iii) NHKがSPEEDIについて初めて報道したのは、SPEEDI試算結果が原子力安全委員会によって初めて公表された3月23日ではなく、それから12日後の4月4日であった(NHK「国 放射性物質の予測公表せず」2011年4月4日)。

(iv) 政府事故調の中間報告書には、3月15日の文科省の記者会見で「報道関係者からSPEEDI計算結果の公表を求められた」とある(東京電力福島原子力発電所における事故調査・検証委員会「中間報告」平成23年12月26日、261頁)。しかし、同日の髙木義明文科相記者会見録にはSPEEDIをめぐるやり取りは残っていないことから、この渡辺格次長による記者ブリーフィングを指していると思われる。

(v) 朝日新聞特別報道部『プロメテウスの罠』学研、2012年2月刊は、渡辺格・文科省科学技術・学術政策局次長がSPEEDI予測計算を開始していたことを認める発言をしていたことを紹介しているが(p.63以下)、いつの時点での発言かは明確にしていない。同書でもSPEEDIに関する取材・報道の経緯についての検証はほとんどなされていない。

(vi) 会議に出席していた原子力安全技術センターの石田寛人会長は、「原子力安全技術センターの会長の石田です。SPEEDI-Wは計算しています。原子力安全委員会の関係の方々と連絡はとっています。どう出すかは、これはまさに、本部あるいは全体の判断、ということだと思います。」と発言していた。また、2011年3月22日の文科相記者会見では、出席した記者が日本学術会議緊急集会でのSPEEDI公表の提言について見解を問いただしていた。

source

(1) 朝日新聞出版AERA2011年3月28日号(朝日新聞社発行)「国民には『データ』隠蔽」(発売日3月19日)

(2) 日本再建イニシアティブ福島原発事故独立検証委員会『調査・検証報告書』2012年2月28日、p.174

(3) 脚注(2)p.182

(4) 東京新聞2012年3月10日付朝刊 「レベル7番外編 SPEEDIを検証する」

(5) 読売新聞2012年3月5日付朝刊 「東日本大震災1年 原発報道検証」

(6) NHK「NHKスペシャル 放送記念日特集 NHKと東日本大震災~より多くの命を守るために」(2012年3月22日初回放送)

(7) 笹木竜三文部科学副大臣記者会見録(平成23年3月16日)[文部科学省]

(8) 原子力安全技術センター「読売新聞の誤認記事について」2011年3月16日

(9) 日隅一雄・木野龍逸『検証 福島原発事故 記者会見』岩波書店、2012年1月、p.40~42。

(10) 日本学術会議緊急集会「今、われわれにできることは何か?」平成23年3月18日開催[USTREAM]、28分55秒頃から原子力安全技術センター石田寛人会長発言。

(11) 日本学術会議緊急集会「今、われわれにできることは何か?」に関する緊急報告[日本学術会議]

(12) 平成23年3月22日、参議院予算委員会、高木義明文部科学大臣答弁(質問者 福島みずほ議員)[国会会議録検索システム]

 

 

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<配信>
2012/4/1 18:00