雑種路線でいこう

2017年05月21日

自分が70を過ぎた時に何を望んでるんだろうか

産構審の総会で配られた次官・若手PJのペーパーが話題になっている。膨れ上がる社会保障費を抑え込み、子育て支援教育投資すべきだとはこれまでもいわれてきた。暮らせる程度の年金を払い続けるためには支給年齢を引き上げる必要があり、雇用延長とセットでの議論必要だ。このペーパーは更に踏み込んで、年金支給開始年齢なんて概念から取っ払って扶助が必要な人を助けようと書いている。

できることから始まっていることではあるし、遅々として進んでおらず、このままでは受けられるサービスの質はかなり下がるだろう。役所が組織として責任を持とうとすると、所掌範囲内で解決できそうなスコープ問題を設定してしまう。今回のレポートはその軛から解き放たれ「どうにかしなきゃ」という熱量を感じる。そこで「じゃあ、あなた方、どうするの?」と問うたところで、再び「沈黙の螺旋」に引き戻されてしまうだろう。

ことは持続可能な社会保障制度をどう構築し、いかにして成長のための再投資必要な原資をやりくりするかという問題だ。国だけでない公の担い手がどんどん増えていけばいいけれども、労働力不足の時代に、どれだけ課外活動に関われるかは、まさにこれから自分たち自身問題だ。

このペーパーでは「2025年には、団塊の世代の大半が75歳を超えている。それまでに高齢者が支えられる側から支える側へと転換するような社会を作り上げる必要がある。そこから逆算すると、この数年が勝負。」というけれども、2025年に75歳を超えるのは現在67歳くらいの層で、これから急にライフスタイルが変わるとも考え難い。年金も戻ってくることを前提に払い続けてきたのだから、働けるなら出しませんでは済まないだろう。賦課方式に近い年金を、あたかも積立方式のような説明をしてきたことで抱えた負債は重い。

僕らはロスジェネと呼ばれるように政策から捨てられた世代であり、いつまでも若いつもりで老人批判をやりがちだけれども、2025年には50前になっている。これから公を担うことを期待され、引退せずに一生働くのは我々自身である。職があってリスペクトされるのであれば、70歳でも80歳でも働いていたいけれども、いつまで自分健康でいられるかどうかなんて分からない。

今の制度の延長でさえ、自分に介助が必要となったとき老人ホームに入れるのか、訪問介護を受けられるのか、必要な治療を受けられるか疑わしい。年金を貰えるか、医療費扶助を受けられるか以前に、労働力不足で需給のミスマッチが深刻になっているはずだ。今でさえ産婦人科の減少で安心して子供を産めない地域が増え続けている。

財政であれ、年金であれ、医療費であれ、金目の話はグラフを書きやすいので議論になりがちだけども、それ以前に労働供給が減るということはサービス提供が減るということだ。いくら日本円を刷ったところで働いてくれる人がいなければサービス提供できない。英国病院みたいに行列して運が良ければ医療を受けられるという日もくるかも知れない。今だって特養への入所は順番待ちとなっている。

教育も予算をつけたから急にサービス供給が増える話ではない。足りない保育園なんか、保育士が足りないので予算をつけて許可を出したところで急には増やせない。バウチャーをばら撒けば自然と関連産業が育つのか、新規参入品質安全担保できるのか、やってみなければ分からないことも多い。とはいえこうした公助市場の成り立つ範囲シビルミニマムを補完するものに過ぎず、こうした仕組みに頼って国が国民の生存権に対する責任放棄できる訳ではない。あくまで担い手の多様化であって、丸ごと市場化して成り立つとは考え難い。

こうした検討本来、行政ではなく政治を通じて行われるべきだ。公の担い手が誰か、シビルミニマム範囲自助公助か共助か、国民皆保険でどこまで終末医療をみるのか、高齢者福祉と育児支援のバランス、いずれも高度に政治的で、国民の信認を得て、府省を超えて価値観を共有しなければ実現できない。裏を返せば今どうしようもない問題とは、これまで政治が先送りしてきた課題で、それぞれの役所で持ち場に応じて辻褄を合わせてきたけれども、いよいよ難しくなっている閉塞感がある。だから役所のクレジットスパっと向き合おうとした文書が出たことに希望を感じた人もいたのではないだろうか。

潮目は急に変わる。今はどうしようもなく出口の見えない議論であっても、経済危機とか、様々な要因によって事態が急に動くこともある。だから普段から考えておくことが重要だ。日々やるべき仕事と並行して、役割上の制約条件から離れて頭の体操をすることは、手元の仕事部分最適に陥りにくくなる効果も期待できる。どのみち自分に降りかかる問題なのだから、お堅いことはいわずに、それぞれの政党や府省の中でも、もっとこうした議論を積み重ねて他流試合ができるといい。異なる立場意見をぶつけ合う中で、自ずと手前味噌の数字は通用しなくなる。どんなに詰めが甘くても議論の輪を広げることが重要だ。やるべきだと明らかになったことから施策に落とし込む方法はいくらでもあるのだから。そして実施のために民主主義の手続きを通じた国民からの信任が必須であるならば、世代間対立を超えて自分事として受け止めて、広く国民から共感を得られるストーリー必要だ。長い目でみれば誰もが歳を取るのだから、老人批判なんか天に唾する行為でしかない。


不安個人、立ちすくむ国家 〜モデル無き時代をどう前向きに生き抜くか〜平成29年5月 次官・若手プロジェクト

http://www.meti.go.jp/committee/summary/eic0009/pdf/020_02_00.pdf

経産省若手による“日本なんとかしないとヤバい”的資料に注目集まる 「作者たちで政党作れ」「恐ろしいことが書かれてる」

https://headlines.yahoo.co.jp/hl?a=20170519-00000058-it_nlab-life

経産省の次官・若手プロジェクト報告書を読んで

http://nanikagaaru.hatenablog.com/entry/2017/05/20/155324

経済産業省の次官・若手レポートとその反応を読んだ勢いで書いた雑文

https://japan.cnet.com/blog/kurosaka/2017/05/21/entry_30022864/

経産省「次官・若手ペーパー」に対する元同僚からの応答

http://hirokimochizuki.hatenablog.com/entry/response.meti

経産省「次官・若手ペーパー」に対するある一つの「擬似的な批判」をめぐって

http://hirokimochizuki.hatenablog.com/entry/response.meti2

時代遅れエリートが作ったゴミ発言者に訊く!若手経産官僚のペーパーに感じた違和感とは。

http://youth-democracy.org/topic/interview170520

経産省若手官僚レポートは、ズルい 霞が関ポエムに踊らされてはいけない

https://news.yahoo.co.jp/byline/tsunemiyohei/20170520-00071158/

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