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東芝あらたの事例をもとに監査の基本と世の中の誤解について考える

こんにちは。公認会計士GTRです。

最近めずらしく監査法人というワードがニュースや新聞のトップを飾ることがけっこうある。

みなさんご存知の通り、東芝とあらた監査法人の監査をめぐるやりとりに世の中の注目が集まっているためだ。

しかし、ちゃんとした新聞やニュースでも、監査について誤った情報 や、誤解されうる表現を使っていることもあり、監査あるいは監査法人について世の中に正しく理解されていないことも多いように思う。

そこで今回は、一般の人が読んでもわかりやすい内容で、監査について書いてみようと思う。

 

用語の前置き

本題に入る前に、専門用語の多い監査について誤解が起きないように用語の定義を簡単に整理する。

監査:この記事内では「監査」という場合、公認会計士や監査法人が行う会計監査を指す。

成績表:この記事内では、財務諸表や計算書類といったものをわかりやすく「成績表」と表現する。

監査法人:簡単に言えば公認会計士が集まって監査をやる会社。

監査人:監査をする人。監査人は公認会計士の場合もあるし、監査法人の場合もある。この記事内では監査人=監査法人と思って頂いて問題ない。

会社・企業:この記事内では、営利を目的とする株式会社のことを言うものとする。

 

 

そもそも監査という制度について簡単に説明する

監査とはどんな仕事か

すごく簡単に言ってしまえば、企業の成績表にお墨付きを与える仕事だと思って頂ければいいだろう。

企業(基本的には株式会社)は自分達の営利活動の結果を成績表として作成し、それを公表することが義務付けられている。

この成績表は財務諸表と呼ばれ、貸借対照表(=B/S)や損益計算書(=P/L)などの種類がある。

この成績表が正しいかどうかを第三者の視点から評価するのが、会計士とか監査法人とかがやる監査という仕事なのだ。

 

なぜ監査が必要か

ではなぜ監査という仕事が必要なのか?端的に言えば企業が公表した成績表をみんなが信用するためだ。

企業の成績表は色々なところで使われる。特に企業が会社運営のためにお金を集める上では成績表が判断の基準になる。

例えば、銀行は成績表を見て「この会社にお金を貸してちゃんと返せるのか」ということを判断する。投資家は成績表を見て「この会社の株を買ったら儲かるのか」ということを判断する。

そのため会社の成績表はむちゃくちゃ重要なものだが、会社が自分で自分の成績表を作ってもなかなか信用できない。

お金を集めるために成績表を良く見せる必要があり、そのために嘘の成績表を作ってしまうかもしれないし、意図的ではなくても間違った成績表を作ってしまう可能性もある。

企業の立場からすれば、自分たちは正しい成績表を作っているのに、それを信じてもらえないことでお金が集められなかったり色々な弊害が生まれる。

そこで第三者の立場から成績表をチェックして、それに対してお墨付きを与えれば、みんなが成績表を信用することができて、企業としても自分たちで成績表の正当性を説明する手間が省けてwin-winだよね、というのが監査制度の基本的な考え方だ。

 

監査の対象とは

対象となる会社

監査は一定の条件を満たした会社を対象に法律で義務付けられているが、全ての会社の義務ではない。

具体的に義務付けられているのは上場企業大企業に限定される。

上場企業は金融商品取引法という法律、大企業は会社法という法律により監査を受けることが義務付けられている。

 

対象となる書類

対象となる書類は財務諸表とか計算書類と言われるが、要は会社の成績表だと思ってもらえればいい。

(財務諸表と計算書類は法律上呼び方が異なるが、基本的には同じものという理解でOK)

ここで重要なのは、監査の対象となるのは企業が作った企業の成績表であるということだ。

時々監査は企業の業績を評価するものとか、企業の決算を承認するという表現のされ方を目にすることが有るが、ここはけっこう重要なポイントで、

  • 監査人(監査する人)が企業を評価して成績表を作ることはなく、企業が自ら作成した成績表を評価する
  • 監査人(監査する人)は決算自体を評価するのではなく、決算の内容を示した成績表を評価する。

ということは覚えておいて頂きたい。

 

 

監査においてよくある誤解

監査は一般にあまり馴染みもなく、マスコミ等のメディアでも誤った表現をされるのでかなり誤解されることが多い仕事だと思う。

 

監査意見はそもそも100%の保証をしない

監査意見においては、成績表の全てを100%保証することはない。

監査は警察や検察や税務署とは異なり、民間人・民間組織である公認会計士や監査法人が行うため、強制捜査件のようなものはない。

また、監査を受ける義務のある会社は必ず毎年監査を受ける必要があり、期限も明確に決まっている。

権限もリソースも限られている中で大量の会社の監査を期限内に完了する必要があるから、ある程度重要なポイントについて必要な手続きをきちんと行っていればOKということが制度として明確に定められている。

 

これについては世の中的に過去の粉飾決算等が発覚すると

  • 監査人が虚偽を見落としてお墨付きを与えていた→監査人が悪い

と考えがちだが、本来は

  • 監査人が虚偽を見落としてお墨付きを与えていた→監査人がきちんと監査していなかったことが原因→監査人が悪い

という場合に初めて監査人は責められるべきなのであり、

  • 監査人が虚偽を見落としてお墨付きを与えていた→監査人はきちんと監査していた(それでも気づけないレベルのものだった)→監査人は悪くない

という場合もあるのだ。

 

結果として監査でお墨付きを与えた成績表に誤りがあっても、監査の手続きをきちんと行っていれば監査人は悪くはないということは是非ご理解頂きたい。

これは監査人が無責任ということではなく、時間や人のリソースが限られて強制捜査権もない監査人が、監査を必要とする全ての企業の監査を終わらせるために制度としてそうなっているからだ。

この点が、強制捜査権もあって、対象を絞って期限を設けずじっくり調査できる税務調査等と明確に異なる点だ。

 

もちろんこれはテキトーな監査も許されるということではなく、過去の東芝の粉飾についてはそれを見落とした新日本監査法人についても「相当の注意を怠った」としてペナルティが課されている。

また企業の粉飾に加担するようなことは当然許されず、日本でも海外でも過去に企業不正に関与したことを原因として監査法人が解体されている例がある。

 

監査は会社の業績自体を評価しない

これも時々誤解している人がいるが、監査では決して会社そのものを監査人が評価することはない。

個人的にも驚いたのは少し前にてるみくらぶの倒産騒動があった時にツイッターで「監査法人は何をしていたんだ」とか「監査法人にも責任がある」といった意見を目にしたこと。

こうした方々はそもそも監査法人による監査は一部の企業に限定されており全ての企業が監査を受けているわけではないという部分も誤解しているが、監査法人を信用調査会社か何かと勘違いしている。

監査では決して企業の業績が良いことを保証するわけではないし、企業が倒産しないことを保証するというのもあり得ない。

業績が悪い企業がその内容を正しく示した成績表を作成していれば、監査ではOKを出す。

監査を受けている企業が倒産しても監査法人には何の責任もなく、企業が潰れたことをもって監査法人を責めるのは完全に間違いだ。

もっとも、倒産した原因を企業が隠していて「実は多額の負債があったが財務諸表に記載していなかった」とかであれば、監査が適切であったかどうかは問題となるだろう。

あるいは、企業が倒産する可能性が高い場合はその旨を注意書きとして記載することが求められ、それも監査の対象にはなるが長くなるので割愛する。

 

監査と四半期レビューは全く別物

世の中では監査と四半期レビューを混同した報道が目立つ。

監査法人は年に一度、企業の成績表について監査を行う。これは監査である。

一方、上場企業は年間の成績だけでなく、四半期(3ヶ月)毎にも成績を公表する。これについては監査は行わず、四半期レビューという簡易版の調査を行う。

四半期レビューはあらゆる点で簡易的なものであり、監査とは温度感が全くことなる。具体的には手続面と意見(結論)面で以下のような違いがある。

 

手続面

監査では銀行や取引先へ直接問い合わせたり、契約書や銀行の入金記録等まで確認するのに対し、四半期レビューではそのような手続きはせず会社への質問や分析等が中心で、必ずしも物証的なものを検証しない。

 

意見(結論)面

監査では「すべての重要な点において適正に表示しているものと認める」という意見を出すのに対し、四半期レビューでは「適正に表示していないと信じさせる事項がすべての重要な点において認められなかった」という結論を出す。ざっくり言えば監査では「この成績表は正しいよ」と積極的に意見を表明するのに対し、四半期レビューでは「この成績表の間違いは見つからなかったよ」と消極的に結論を表明するのだ。(全てではなく重要な点のみに限定しているのは共通)

 

このため、本来は監査と四半期レビューは全く別物なのだが、多くのメディアでこの点が混同されているように感じる。

もっとも、これは監査報告書や四半期レビュー報告書が文言上もかなーり読みづらいことが原因とも言える。「意見」と「結論」と言われても一般的な感覚からすれば「何が違うの?」という感じだろう。

 

監査で出来ることの限界

監査というのは基本的に会社の協力のもとに成り立っているのであって、調査にあたり直接的な強制力は持たない。

監査意見をもらえないとペナルティがあるから監査法人の言うことは基本的に聞くが「不正がバレるなら意見がつかない方がマシだ」と判断されて、証拠の提出を拒まれてしまえば何もできない。

この点が税務調査と大きく違うところで、税務調査は会社に対し強制捜査を行うことができるし、反面調査といって取引先等に対しても強制捜査を行うことができる。

半沢直樹のドラマで国税の黒崎検査官が銀行に乗り込んで調査対象会社の資料を強制的に調査するという場面があったが、監査法人にはそんな権限はない。

だから監査においては必要な証拠を入手することができない場合に、意見不表明という手段があるのである。

 

 

監査は不正の発見を目的としない

監査はあくまで成績表が正しいことを検証するものである。

成績表を偽るために不正(いわゆる粉飾)や、成績表に影響のある不正(例えば脱税や横領)については、監査において検証の対象となり得るが、成績表に関係ない不正については基本的に監査法人の関知しないところだ。

時々、産地偽装とか、情報漏洩とか、一般的な企業不祥事についても監査法人が調査すべきものと誤解している人がいるが、これらは監査とは直接的に関係がない。

もちろん企業不祥事が置きて損害賠償による負債を成績表に記載する必要がある、とかそういうレベルでは監査の対象にはなる。

 

東芝とあらた監査法人の事例に見る誤解

東芝とあらたのどっちが正しいのかは誰にもわからないので、監査意見が出るのを待つしか無く、当記事にもそれについては言及しない。

ここでは、一連の問題に関連した報道について考えてみる。

 

前提と経緯

前提として、東芝に起きている問題について整理する。

  1. もともと東芝は新日本監査法人の監査を受けていたが、2015年度において粉飾が発見され、かなり時間をかけて調査をした結果、過去からの大規模な粉飾の事実が明らかになった。
  2. 2015年度はかなりの時間がかかったものの、成績表にはひとまず無事監査法人のお墨付きが得られた(もちろんこれは過去の粉飾を正しく反映した内容となっている)。なお、東芝はもちろん新日本監査法人も責任ありと認められ、それぞれについてペナルティが課された。
  3. 監査は終わったものの、東芝の監査法人は新日本監査法人からあらた監査法人へ交代(ルールではないが、一般的に不正会計が見つかると監査法人は交代する)
  4. あらた監査法人に交代して1年もたたないうちにまたもや子会社で大きな問題が見つかった
  5. この問題について東芝は調査は終わったという認識だが、監査法人は調査の評価が終わっていないという認識であり、両者の見解に相違が起きた
  6. 東芝は監査法人のレビューの結論(お墨付き)を得られないまま2016年度第3四半期の四半期報告書(成績表)の公表を決行した
  7. 2016年度期末監査においてもまだ問題は解決しておらず、監査意見が出るかわからない状況。債務超過の状況や監査意見が出ないような場合、東芝は上場廃止となる可能性がある

 

監査法人は決算を承認しない

一連のニュースを見ていた違和感があったのは、「東芝が監査法人の承認を得ずに決算を公表」という表現だ。

上場企業はその年の業績をまずは速報値として公表し、その後確定値として公表する。

この速報値としての成績表は決算短信と言われ、一連の報道では「決算を公表する」とは決算短信を開示することを指していた。そして確定値として公表されるのが有価証券報告書であり、監査意見が付くのは有価証券報告書だけである。

なぜ業績の公表が2段階になっているかというと、以下のような理由からだ。

冒頭でも触れたが、企業の業績表は監査人のお墨付きがあって初めて信頼できる→ただ、監査には時間がかかり、監査意見の付いた有価証券報告書の公表は決算日から遅くて3ヶ月後となる→しかし投資家からすれば3ヶ月後では遅すぎる→そこで、少なくとも45日以内に速報値は公表しましょうとなったのである。

 

以上の趣旨から考えても分かる通り、いわゆる決算=決算短信については監査の対象外となり、監査法人の承認とやらを得ずに決算を公表すること自体に問題はない。

もっとも、重要な論点について監査法人と議論中で結論が出ていない状況では、決算短信を公表してもそれが誤っている可能性や後から修正される可能性もある。

正しいかわからない数値を公表すればかえって市場が混乱するので、決算短信についても監査法人との間で内容を確認しておくのが通常だし、重要な論点で結論が出ていなければ発表を延期するのが一般的と言えるだろう。

 

 

意見不表明の意味

東芝の2017年3月期における第3四半期について、東芝は四半期報告書を提出し、それに対し監査法人は四半期レビュー報告書にて結論不表明とした。

なお、これを「意見」不表明と報道しているメディアもあるが、正しくは「結論」不表明だ。

ただ、意見か結論かの違いは監査的には超重要だが、一般の方にとってはそれを一から説明するのも時間がかかるので、一旦その論点は置いておく。(監査と四半期レビューが明確に違うのは前述した通り)

とりあえず意見だろうが結論だろうが、監査法人からのお墨付きなく成績表を公表したということが重要だ。

これについて、監査法人が職務を放棄したかのように誤解している人も多い。これについて詳しく解説したい。

 

監査意見(レビューの結論)のパターン

ややこしいのでここでは意見と結論を区別せず記載する。

監査法人の出す監査意見には大きく3つのパターンがある。

  1. 適正意見:会社の成績表が正しいと結論付ける。
  2. 不適正意見:会社の成績表が正しくないと結論付ける。
  3. 意見不表明:適正とも不適正とも結論付けることができない。

なお、適正意見の場合でも「一部を除き基本的には正しい」という場合もあり、その場合を限定付適正意見といい、(重要な点において)全て正しいという場合は無限定適正意見という。

 

意見不表明はどのような場合に出るか

これは健康診断に例えるとわかりやすい。

自らを健康だと主張している患者がいるとする。

この患者を診断し、確かに健康だと意見を言うのが適正意見。

重要な問題があり健康だという主張は正しくないと意見を言うのが不適正意見。

今ある材料ではどちらとも結論付けられないから意見を差し控えるのが意見不表明。

意見を表明できない理由は、患者が問診に対し嘘をつくとか、検査を拒否するとか、再検査が必要だと言っているのに受けてくれないとか色々あるだろう。

医者は、患者の意思に反して入院を強制させたり、検査を強制することができないから、患者の協力なくして正しい診断は行えないのだ。

 

なぜ今回東芝では結論不表明という状態になったか

東芝の2017年3月期 第3四半期についてなぜ結論不表明という辞退になったか。

簡単に言えば、監査をする側のあらた監査法人はまだ調査が必要と考えているが、東芝側がもう待てないからと公表してしまった。

監査法人側は調査をあきらめたわけではないが「現時点では調査が完了していないから、今の時点では結論を表明できない」として結論不表明としたのだ。

 

意見不表明・結論不表明だと何が起きるか

意見不表明の場合は通常上場廃止になる。但し、ならない場合もある。

ルール上は意見不表明の場合でも必ず上場廃止になるわけではなく、「直ちに上場を廃止しなければ市場の秩序を維持することが困難であることが明らかであると当取引所が認めるとき」となっている。

言い換えれば、意見不表明でも問題ないと取引所が判断すれば上場は維持される、ともいえる。

この判断をするのは監査法人ではなく取引所だが、監査で適正意見が出なくとも上場維持できるのであれば、もはや監査を受ける意味がなく他の会社も監査を受けなくなってしまうだろう。

そうすれば、結局企業の成績表を誰も信じることができず、市場の秩序維持は困難と考えられるので、普通に考えれば上場廃止になるだろうと考えられる。

 

 

現状の監査の問題点

 

ここまで内容的には世の中の誤解に対し監査法人擁護的な内容が中心であったが、逆に監査法人や監査制度の問題点について考えてみる。

 

監査法人と対立するのは悪なのか、監査法人を変えるのは悪なのか

東芝は監査法人を従来の新日本監査法人からあらた監査法人に変更したばかりなのに、さらにあらた監査法人から別の監査法人へ変更しようとしているというニュースを最近よく目にする。

これについては、監査人をコロコロ変えるのは良くはないが、監査法人を変える=必ず悪というのも違うと、個人的には思っている。

世の中では会計は厳密なルールによって縛られていると思われがちかもしれないが、実は会計には明確に線引ができずに、選べる会計処理に幅があったり、判断や解釈によって結果が変わる場合も少なくない。

あるいは、監査意見がなかなか出ないのは監査法人側がボンクラで、会社に責任がない場合もあり得るだろう。

そのため、監査法人と会社で意見が食い違ったり、監査意見が出ない場合も、必ずしも監査法人が正しいわけではなく、監査法人が間違っていたり監査法人に原因がある場合もあり、その場合に監査法人を変えるのは当然と言える。

ただ、これについては監査法人は守秘義務があり情報を漏らせないし自己主張もしずらいことから、企業側の主張だけが世の中に出回りがちで、両者の間でどのような問題が起きたのかという本当の部分はなかなか外部から判断しずらい。

 

確かにわかりにくい監査法人の責任

企業の粉飾が発覚した場合も、必ずしも監査に問題があったことにはならない。

それは事実なのだが、監査する側は「監査は100%ではないからしょうがない」と開き直ってしまうのもどうかと思う。

高い報酬をもらっている以上、不正があっても監査法人にはそれを見破って欲しいというのが社会の要求だろう。

成績表に虚偽が見つかった場合は、やはり監査法人の責任もきっちり見極めるべきであり、実際に金融庁や公認会計士協会によってこうした調査は行われている。

東芝とあらたの問題についても、東芝に非があり監査法人には責任がないという前提で話しをする人も少なくないが、本当のところどうなのかはまだわからないのだ。

 

いびつな構造の監査制度

会計不祥事が起きると、世の中から監査法人と会社がグルになっていたという疑いが向けられることがある。

過去にも実際に監査法人が不正に加担していた事例もあり、そうした社会の疑念が生じるのは当然のことだと思う。

こうした、会社と監査法人の癒着・馴れ合いが疑われる最大の要因は、会社が自らを監査する監査法人を選び、監査法人は監査をする対象の会社から直接報酬をもらっていることが原因であろう。

会社は自ら監査法人を選び、自らお金を払って「自分たちを調査して下さい」と言うわけである。これには確かに違和感を持つ人もいるだろう。

容疑者が担当の警察を選び、お金を払って取り調べをお願いしたり、被告人が自分の担当の検察官を選ぶなんてことはありえない。

そう考えれば、監査も同様に公務員組織にして、会社からの報酬ではなく税金から費用を拠出した方が自然な部分はあるし、国家権力にしてしまえば強制捜査権を持たせたり権限も強くなるのでメリットは大きいようにも思う。

もっとも公務員化・国家権力化するためには問題も多いのだが、私は基本的には監査法人の公務員化はデメリットよりメリットの方が多いと考えている。

 

まとめ

以上、世の中でけっこう監査について誤解されたまま世論が出来上がっていたり、マスコミが誤った内容を普通に報道していたりして、気になったので書いてみた。

監査という仕事はなかなか世の中に理解されずらい仕事である。

監査法人は報酬は企業からもらうが、企業のためだけに監査をしているのではなく、投資家や債権者といった利害関係者や、さらには資本市場のために仕事をしている。

しかし普段は表に出てこず、不祥事が起きた場合だけ注目される何ともやるせない仕事だ。

それでも、監査という仕事には意義があると思うし、少しでも正しい理解が世の中に広まればいいなと思っている。

一方で、会計士界隈・監査法人界隈では、誤った理解をしている一般の方々を下に見て「本来監査とは〜」と、専門用語を並べて語りたがる方も少なくないように思う(もしかしたら私もその一人かも)。

こうした世の中の期待・要求と、監査の実態のギャップ(これを期待ギャップという)を埋めるには、会計士界隈・監査法人界隈の人間ももっと歩み寄る必要がある気がする。

法律的に正しくても世の中の人が理解できない理屈を声たかだかに主張しても期待ギャップは解消されないし、世の中のニーズを満たせない制度であればいずれ崩壊してしまうだろう。

この記事が少しでもそうした期待ギャップの解消に貢献できれば幸いである。

-雑記その他


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