「物語を疑え、そして紡げ」(あいさつ)
若き棋士たちによる早指し棋戦、
加古川青流戦トーナメントの開幕局は、
藤井聡太四段の登場により、
これまでにない注目をあつめることになりました。
四段昇段後、公式戦で負けがない藤井聡太四段。
その連勝数は、すでに前記録を大幅に更新する「17」。
本局に勝ち、18連勝となると
新人記録はおろか歴代の連勝記録でも
十指に入ります。
その記録は、紡ぐ指し手は、
もはや「新人」のそれではない。
すでに棋士の歴史に挑む存在となりつつある藤井四段。
立ちふさがるは、広島出身・森信門下、
「現代力戦の系譜」竹内雄悟四段。
最新型先手中飛車の折衝は、
難解な形勢を保ったまま終盤にもつれ込む
大激戦となりました。
対局開始
本局は第7期加古川青流戦1回戦。
持ち時間は、チェスクロック方式の各1時間、
使い切ると1手1分。
対局は5/18(木)10時から、関西将棋会館で開始。
振り駒の結果、竹内四段の先手となった。
竹内四段の作戦は先手中飛車。
藤井四段は、前局5/12の
王将戦一次予選・西川和宏六段戦でも
先手中飛車の最新形と対峙し、これを破っている。
竹内四段はその対局を念頭に
本局で採用したのだろう。
対する後手は、角道を開けないまま駒組を進める。
「角道不突超速」、あるいは「居合抜き超速」とも言われる形を目指す。
「居合抜き超速」は村山慈明七段が命名したそうで
「角道を開けず、鞘に収めた状態で待ち、機をみて抜刀する」
ことから名づけられた、らしい。
具体的には、超速銀の仕掛けを準備しつつ、
△3四歩を突いていないことで、
先手から▲5四歩△同歩▲同飛と歩交換されたとき、
次に先手から角交換の筋がなく、
あるいは▲3四飛と回られる筋がなく、
先手からの乱戦の仕掛けを消している。
つまり、主導権を握られづらい。
もっと端的に言えば
後手は△3四歩を突いていないので、
これで事足りるのであれば、通常型の超速より
後手は一手得をしていることになる。
先手の飛車角を暴れさせず、
その上で手得を後手右辺からの抑え込みに投資する。
きわめて乱暴にいうとそういう作戦だ。
この居合抜き超速に左美濃を組み合わせるのが
居飛車側の最新形であり、本譜の進行だった。
やはり村山七段が研究で先行し、
ここ最近では、斎藤慎太郎六段(当時)がその棋譜を参考に
北浜八段戦で採用した(3/8順位戦B2R11)のが際立つ。
※現在は七段
西川和六段が「将棋は美濃囲い」と評した局だ。
美濃の固さを生かしつつ早繰り銀系の右辺で戦う、
現代居飛車の理念を対向形にも活用する。
(ちなみに、藤井四段は先の西川戦では
居合抜き超速を採用も、舟囲いに構えていた。
最新形の研究を当然のごとく抑えている。)
これに対し、竹内四段は囲いを保留し、
5筋に続いて6筋でも位をとることを優先した。
先述のとおり、後手の狙いは5~8筋の抑え込み。
先手は次に▲5六銀と立てば、後手に先んじて
中央部の制空権を奪うことができる。
後手は抑え込むつもりが抑え込まれるわけにはいかない。
左図から△6四歩と反発し、
その支援のためお互いに飛車を6筋に回して右図。
先手は当初の予定通り▲5六銀と出たいようにみえるが、
それは△6五歩▲同銀のとき、△1三角が飛車に直射する。
よって、先手は▲6四歩△同銀と飛車先を交換したことで一段落、
自陣の整備に向かう。
が、藤井四段はあくまで包囲網の突破をめざす。積極的だ。
△7三桂は次に「天使の跳躍」、△6五桂の狙い。
角銀両取りだ。受けるなら▲5六銀が自然だが、
やはり先の参考図と同様、△1三角がある。
飛車は「争点」6筋から外せない。
躱すとすると▲6九飛だが
△6五銀と出られてその地点で精算すると
「(最後の)△6五同桂が7七の角にあたるので、
この変化は後手よしでしょうね」(井上九段)
よって控室では▲8八角の先逃げが予想されていたところ
竹内四段は「両取り逃げるべからず」、
堂々と美濃囲いを完成させた。
控室では「大胆不敵」と感嘆の声が上がったという。
△6五桂と跳んで来いということだ。
後手はすかさず桂馬を跳ねて右図。
先手にはなにが見えているか。
▲9五角。
これが用意の切り返しだった。
角を端に飛び出して飛車を狙う。
ここで後手が△5七桂成と切り込んでから
△6三飛と躱しても▲5六桂がある。
露骨に6四の銀を狙ったものだが、
6八に飛車が控えているため、銀が逃げづらい。
よって、後手は単に飛車を6三に逃げた。
が、その隙に、角だけでなく銀も桂の射程から逃れる。
連続跳躍▲6五桂は空を切った。のみならず、
飛車先を二重に重くしている。
結果、後手は主戦場だった6筋で大渋滞、
大駒が働いていない。
このため、後手は△1三角と角を活用するが、
先手は冷静に飛車を逃げてから角をぶつけて右図。
後手が△同角成と角交換を決断すると、6筋は重いまま
先手に▲7ニ角の狙い(馬確定ドロー)を与えてしまう。
藤井四段はここで辛抱。
2ニに角を収めて仕切りなおす。
後手からは△4五歩と角道を通し6筋の攻防に加勢してどうか。
「竹内雄悟」という手だ。
本美濃を崩して6筋を補強する。
角が狙う5五~6六の地点をカバーしつつ、
▲5六金や▲5九飛をみせて捌き切る方針だ。
兄弟子の糸谷哲郎八段から
「将棋......なのかなあ」と評された棋風、
奔放でありながら理に適う手
それがすなわち、竹内四段の手。
6筋を中心に互いの駒が密集する中盤のねじりあい。
しかし、この手を前後して
控室では「先手よし」に固まっていく。
ただ、藤井四段もそのまま押し切られたりはしない。
先局面から勝負手気味に指された一連の
△5四歩~△4五歩~△4三金~△5五歩(左図)は
やはり次に△5四金と金が出て行って
中央を抑え込みに行く順で、よい粘りだったようだ。
一方、先手からは振り飛車の生命線である左桂を跳ねて
△5四金が入る前に6筋を精算しに行く。後手は歩切れ。
良い条件で捌き切れば、先手が自然と良くなる
――はずだった。
しかし、飛車角総交換の大捌きで駒をとりあった後、
後手が飛車を下してみると、形勢は難解になっている。
先手は駒台に駒は多いが、先着したのは後手。
それがシンプルな攻めのようで油断ならない。
ここからは一手のゆるみが勝負に直結する終盤戦。
受けるべきか、攻めるべきか。
終盤戦
受けるのでは苦しいとみる向きもあったが
竹内四段は受け将棋。自身の流儀を貫く。
自陣を固くし、▲4四金が最も効果的に入る機会を待つ。
対する△6六角に、右図▲6五飛が
来場した稲葉八段いわく「竹内流の手」。
▲6三歩成をアシストしながら、6九の飛車に圧力をかける。
後手の飛車が九段目から退けば、
先手の攻めが間に合ってくるだろう。
後手の竜を自陣から遠ざけてから、先手は▲4四金を決行。
竹内四段はこの手で持ち時間を使い切った。
△同金に▲5三角が狙いの筋。
そしてここから終局までの40数手、
激烈な美濃の攻防戦が続くことになる。
右図の局面で藤井四段も持ち時間を使い切る。
双方1分将棋となった。
藤井四段は公式戦18戦目、公表された対局では
これまで持ち時間を使い切ったことはない。
超早指しのNHK杯千田翔太六段戦でも
考慮時間1分を残して勝っている。
藤井四段にとって公式戦初となる1分将棋。
進んで91手目、先手が攻め、後手は守る。
この局面、形勢は後手が残しているか、とみられていた。
が、1分将棋の攻防で、
実戦的に勝ちやすいのはどちらだろうか。
後手は先手より玉周りが広い一方で、王手がかかりやすい。
先手の堅陣をにらみながら、
頓死と必至の地雷原を丁寧に抜けていかなければならない。
一方、自陣を埋め、竜の直撃を外した先手は
当面自玉が制御不能になる様子はない。
攻めに専念して、チャンスを待てば
何が起こるかわからない。
だからこそ。
だからこそ、驚愕をもって受け止められた△1五歩。
誰も発想もしなかった「後手からの攻め」。
現状、後手玉は詰めろではない。
だから、端を詰める手がないわけではない。
しかし、これは詰めろではない。
次に△1六歩と取り込んで詰めろかどうか。
先手玉を決定的に追い詰めているわけではない。
次から先手からほどけない詰めろが、
必至がこないといえるのか。
あまりにも危険な手に見える。
先手はこの「隙」を生かせるか?
▲4二金△同玉と玉を露出させてから、
▲2ニ銀で玉を縛る。
次に▲6三歩成が▲5三金の詰めろで入り、厳しい。
仮に後手が受ければ▲1一銀成(不成)と香車をとって
先手の端攻めを緩和させることもできる。
これは――
後手の無茶をとがめて、ついに先手にチャンスが来たのか。
しかし、ここでも藤井四段は強く取り込む。
これが△1七角と放り込んで詰めろなのか?
いや、そうではなさそうだ。
▲1八玉で際どく逃れているようだ。
では、何を。
そうしてようやく、
藤井四段に見えていたものの理解に至る。
確かに▲6三歩成△1七角で先手に詰みはないが、
その角が王手の「絶対先手」で▲5三金の詰めろを消している。
この終盤での端の2手は、
先手玉を狭くする攻めの手であり、
だが本質は受けの手だった。
信じられない、これが見えていたのか。
一分の攻防のなかで。
先手は受けに回らざるを得なかった。
そして結果的にここで大勢が決したようだ。
攻防に角を利かせてから好位置に角を飛び出す。
争点となっていた5筋6筋は、
気づけば後手が制していた。
そしてこの局面で竹内四段が投了。
終局時刻は12時36分。消費時間は両者1時間。
後手玉は寄らず、先手美濃は受けがむつかしい。
感想戦、その後。
藤井四段が自身の持つ連勝記録を18に更新しました。
歴代連勝でも7位タイ。
対局開始、対局後と、
すさまじいほどの報道陣に囲まれながら
冷静に、平穏に、
将棋に、対応に、
あたる様子には畏怖すら感じました。
感想戦では中盤までは両対局者とも
先手がよさそうと一致。
ただ、捌きあいのなかで竹内四段が
「指しすぎた」と悔やんだのがこの局面。
▲同銀としておけば、
先手が一歩得のまま局面が収まったと。
これらコメントをみると、
先手よいとはいえ、傍で見るより
形勢はむつかしかったのかもしれません。
竹内四段の受けの手は時折素晴らしく
おそらくこれまでで一番藤井四段を苦しめました。
その姿勢も見事だった。
しかし終盤ではやはり1分将棋で指された
△1五歩~△1六歩があまりに衝撃的でした。
この手については、
「厳密には無理では?」との話もあり
「いや、最善手だった」との話もあり、
(ソフトの手に真実があるとして)私には真実はわかりません。
が、少なくとも本譜では通った。
一分将棋の中で放たれたチェンジオブペース。
才気と勇気の迸りに心が動かされ
久々に投稿してみようと思った次第です。
1筋の歩が、約百手をかけて1八まで進み
成ることもなく、でもそれが勝負を決める。
将棋の奥深さを、いまや日本中が知る14歳が示している。
その対局者と全力で示そうとしている。
そのことについて、何かしら書いておきたかったのです。
そして、その途はまだ始まったばかり。
できればそれを、その物語を
遠くから見守ってゆきたいと思います。