スペシャル

忽滑谷 20years old

 食事をするのは大学の学食や寮の近くの食堂、アメリカに来てからはファーストフードかダイナーだった。貧乏旅行だし、忽滑谷はそれで十分だったが、友人の高塚暁に夕食に連れていかれたのは、男女がそれとわかるほどドレスアップしている高級そうなレストランだった。こういう客を選びそうな店にはドレスコードがあるんじゃないだろうか。
「本当にここ?」
「間違いない。前も来たしな」
 暁は口の中にハリネズミでも入っているかのように不機嫌な顔だ。高校の友達がアメリカ旅行に来たので一緒に観光する、と下宿先のおじさんに話をしたら「じゃあ友達と楽しんでおいで」と勝手に夕飯のレストランを予約されたらしい。暁は断ったそうだが、おじさんに「僕は忙しくて君の友達に挨拶もできないんだよ。だからせめてディナーぐらいはプレゼントさせてくれ」と泣きつかれたと話していた。
 無料で食べられるならありがたいんだけど……と思いつつ、忽滑谷は周囲を見渡す。Tシャツにジーンズなのは自分たち二人だけ。ドレスの美人とかスーツのハンサムに挟まれているとアウェー感が半端ないし、やたらジロジロと見られているが……そう気にならない。視線が合ったらニコッと微笑みかえしてやると、大抵は気まずそうに視線を外す。自分たちは客だし、もしドレスコードで弾かれても、ジーンズを気にしないレストランに行けばいいだけの話だ。
 暁が案内係の前に立つ。
【予約をしてある者だが……】
 案内係は大きな目、浅黒い肌のショートカットの美人で、胸がメロンぐらい大きかった。案内係の女性は暁を見て首を傾げ、背後に立つ忽滑谷と視線が合うとフッと鼻先で笑った。
【家に帰って着替えてきてもらえる? うちの店はドレスコードがあるのよ】
 英語でも、こちらを小馬鹿にしたような口調だなとわかる。
【以前もここに来たが、ノーネクタイで似たような服装のまま入れてもらえたが】
 暁が抗議しても、女性は信じてないのか【そう、残念ね。今日は無理よ】と鼻であしらう。予約の云々ではなく、服装や人を見られている。清々しいまでの差別だなとある意味、感心する。
【家に帰る時間はない】
 暁が粘っていると、女性は呆れた顔で【その格好だと迷惑なのよ】と肩を竦めた。
【リチャード・カーライルでちゃんと予約が入っているだろう】
 暁がそう口にした途端、女性の顔からスッと血の気が引いた。慌てて手許のリストを覗き込む。そしてとってつけたような顔でニコリと微笑んだ。
【ごめんなさい。私、勘違いをしていたようだわ。こちらへどうぞ】
 女性が店の中に通してくれる。そして窓際の海が見える席へと案内された。席につくなり飲み物が勝手に運ばれてくる。そしてシェフだという男がわざわざ出てきて【カーライル様から承っていますが、お勧めのコースでよろしいですか】と確認しにきた。
 シェフがいなくなってから暁は「こういう店は肩が凝る」とコキコキと首を左右に振った。
「暁の知り合いのおじさんって、映画プロデューサーのリチャード・カーライル?」
 暁は「そうだ」と面倒くさそうに答える。リチャードは芸能関係に疎い自分でも知っているぐらい有名人だ。下宿のおじさんというから、退職してのんびりアパートでも経営している爺さんかと思っていた。
 もし自分が芸能界に興味があって役者志望ならプロデューサーの家に下宿できるなんて羨ましかったかもしれないが、残念ながら未来永劫役者になる予定はない。昼間、暁が無視していた赤毛のスカウトに果敢に自分を売り込んでいた人のよさそうな金髪のハンサム君なら、この状況を跳び上がらんばかりの勢いで喜んでいたかなとふと思う。
 高校の頃、暁は無愛想でいつもピリピリしていた。家庭の事情で養護施設から高校に通っていたこともあり、本人にも色々と思うところはあったようだが、とにかく危なっかしい雰囲気で目を離せなかった。そのくせ、人が困っていたら無言で手を差し伸べてくるあたり、根っこの優しさがチラチラ見えて、実に面倒くさい男だった。
 人づてに暁がアメリカに行ったようだと聞いていたが、まさか予定のない気ままな貧乏旅行で、町外れのダイナーで再会できるなんて思わなかった。
 昔と同じで愛想はないしすぐにプリプリと怒るが、苦手な観光地にも我慢して付き合ってくれるし、人のよさは相変わらず。それに高校生の時よりも顔の険しさが幾分、薄らいだ気がする。
「大学の授業って英語だけだよね?」
 暁は淀みのない慣れた手つきで肉を切りながら、「当たり前だろう」と何でそんなわかりきったことを聞くんだと言わんばかりの口調で返してきた。
「大変そうだなと思って」
「ものすごく大変だ。坐学に実習と毎日死にそうな思いをしている」
 こちらの葬儀大学に通い、エンバーマーをめざしていると聞いて昨日の夜、ネットで検索してみた。納棺師のようなものかと思っていたら、それよりも更に現代的、科学的だった。
「解剖とかする?」
「実習にはあるな」
「肉を食べるのは大丈夫なの?」
「この国で肉以外何を食う?」
 そっち方面はメンタルに影響ないようで、がつがつと肉を食らっている。繊細かと思えば無頓着で、相変わらず意外性が面白い。
 豪華で美味しいディナーをごちそうになり、満腹で店を出ようとすると、案内係のショートカットの女性が暁にススッと近づいてきて【すぐに案内できなくてごめんなさいね】と謝ってきた。
【気にしてない】
 暁は本当に気にしてなさそうだ。女性は媚びるような笑顔で【実はね】と上目遣いに暁を見た。
【私、アクターなのよ。リチャード・カーライルの大ファンなの】
 暁はじっと女性の目を見ている。
【けどまだ俳優のエージェントを持ててないの。だからオーディションも受けられなくて。けど学生の自主制作映画には何本か出演したのよ】
【そうか、それじゃあ】
 期待して喋っている女性との会話を強制終了し、暁はサッサと店を出た。忽滑谷も申し訳程度に会釈して後を追いかける。
 先を歩く暁は不意に立ち止まると、ハーッと息をついて癖の強い髪を掻き上げた。
「リチャードと外食すると、人が喋ってる途中でも平気で『役者だ』とか『役が欲しい』とかってリチャードに話しかけてくる奴がいる。予約の名前を出しただけで、俺にまで売り込みをかけてくるとは思わなかった」
「綺麗な人だったね」
「鼻と顎、胸は整形だろうな。……前に整形で顔の損傷が激しいご遺体は大変だとスーパーバイザーが話してた。両親はもとの顔に戻してほしいと希望するが、本人は整形後を望んでいるかもしれないから迷うとな。大抵は両親の意向に沿うそうだ」
 ディープな話になり、忽滑谷は黙り込む。整形の顔というのは、まるで仮面みたいだなと思う。
「昼間の金髪ハンサム君も整形かな」
「あれは自前だろ」
 話をしながら歩いていると、チラチラと振り返る人がいる。日本語が珍しいのかと思っていたが、それだけではないと気がついた。みんな暁の顔を見ている。学生の頃は綺麗でどこか中性的だった。二十歳になり線の細さは薄れてきたが、それでもやっぱり整った顔をしている。
 これだけの容姿で、選んだ職業が死体を扱う葬祭業とは意外すぎて驚いたが、チームワークを必要とする仕事よりは、コツコツという職人的なものが暁の性格には合っているかもしれない。ちょっと偏屈だし。
「こっちで彼女はできた?」
 嫌がるかなと思いつつ、興味に抗えず聞いてしまった。
「俺は学び、資格を取るためにアメリカに来たんだ。恋愛だ何だと遊んでいる暇はないしその気もない」
 暁の周囲に、その話題には触れるなという雰囲気が滲み出ている。本人は一人でも平気だと思っているようだけど、基本は寂しがりなんだから誰か傍にいた方がいい……下宿のおじさんのプロデューサーじゃなくて、もっと歳の近い、頼ったり頼られたりする雰囲気の……と思うものの、数日後に帰ってしまう自分に何かできるわけもなかった。
 こういう男には、捨て猫でも捨て犬でも有無を言わさず無理矢理押しつけたら、最初は文句を言っていても最後は情が湧いて離れがたくなるんだろうなと思いつつ……忽滑谷がそれを実戦するのはもう十年ほど後の話だった。
〈おわり〉

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