文化財や自然資料、美術作品などを広く紹介するとともに、後世に伝える役目を担う博物館や美術館。観光資源として「活用」を求める声が高まるなか、その土台とも言える「保存」や「収集」の実態はどうなっているのか。取材を進めると、危機的とも言える状況に陥っていることが明らかになりました。(博物館取材班:斎藤基樹 添徹太郎 藤ノ木優 吉岡聡子)
アンケートに寄せられた「悲鳴」
アンケートの対象は、全国各地の「登録博物館」と「博物館相当施設」。国立と都道府県立、そして政令指定都市が設けた博物館や美術館など、245の施設に対して質問用紙を送り、76%に当たる186施設から回答を得ました。
目を引いたのは、自由記述の欄に記された切実な声です。
例えば、学芸員の日々の業務については、次のような記述が見られます。
「劣化防止やメンテナンス、調査を行いたいが、展覧会企画・予算管理や出納・庶務・来客対応などほぼ全ての業務に学芸員が携わらざるを得ない」
「昆虫・動物・植物・岩石・天文の各分野の調査・研究や教育普及を1人の学芸主事が行っている」
「観光関連イベントなども増えたことで、業務がますます拡大し、学芸員の本務にかける時間が奪われつつある」
収蔵品の保管や収集に関する悩みも多く寄せられ、「現在は予算・人員的に十分な確保が難しく、この状況が続けば博物館の継続が困難になって行かざるを得ない」など、将来に対する懸念も寄せられています。
「管理保存に手が回らない」
現場の実情はどうなのか、私たちは取材を進めました。
その1つ、浜松市博物館は、徳川家康や、大河ドラマの主人公・井伊直虎ゆかりの浜松市にあり、歴史ある街の文化財を一手に引き受ける拠点となっています。
浜松市博物館は、アンケート調査に対して「収蔵品の管理保存に十分に手が回らない」と記していました。その主な理由は、市内に分散する収蔵品の「仮置き施設」の存在です。増え続ける収蔵品に対応するため、市内の13か所に仮置きをすることにしたのです。
そのうちの1か所、廃校になった小学校を見せてもらいました。教室に入ると、かつて繊維産業で栄えた市の歴史を今に伝える紡績機や機織り機、それに農具や生活用品など、数千点が保管されていました。
しかし、仮置き施設を増やした結果、管理に一層の手間がかかるようになってしまいました。遠いところは博物館から車で片道2時間。学芸員の見回りにも限界があり、小学校の中には、くもの巣がかかった収蔵品もありました。
資料の管理を担当する学芸員の栗原雅也さんは、「今は置く場所をきっちりと確保し、収蔵物を残すというのが先決です。収蔵品にとって環境はよくないのですが、やむをえない措置です」と苦渋の様子で話していました。
「文化の聖地」にも危機
「トーハク」の愛称で親しまれている東京・上野の東京国立博物館。11万点を超える収蔵品を擁する、国内最古、かつ最大の博物館ですが、充実した展示の裏で、ここでも深刻な事態が進んでいました。
東京国立博物館は、日本の博物館では唯一、「保存修復課」という専門の部署を置き、分業体制で収蔵品のメンテナンスを行っています。仕事の中で基本になるのは、「カルテ」と呼ばれる収蔵品の記録の作成です。写真を撮った上で、寸法、材質などのほか、割れたり欠けたりしていないかや、摩耗や色落ちの状態を詳しく記録し、修理や劣化防止の作業の必要性の優先順位を付けていきます。
この取り組みを始めて20年となりますが、調査が終わったのは、館の収蔵品の10分の1にも満たない1万点余り。年間1000点を調べても、すべてのチェックを終えるには、単純計算であと100年かかります。
一方で、作業に当たる人の数は徐々に減らされてきています。運営予算の減少によって正規の職員のポストは減らされ、契約職員や外部のスタッフなどを雇って修復や劣化防止の作業を進めてきました。ところが契約職員は3年から5年で入れ替わるため、習得した技術が継承されないという事態が起きているのです。
また、保存・修復にかける予算が減っていくことで、外部の技術者も減少しています。ゲームなどを発端に人気に火が付いた「刀剣」も、刀の研ぎ師が減少し、仕事を受けてもらえないことがあるといいます。
冨坂賢保存修復課長は「日本の中では恵まれた体制で保存・修復に当たれているほうですが、中国や韓国などは一桁多い人数で同じ業務を行っています。人手や予算といった事情で、後世に残すべき文化財を残せないというのは、博物館人としては背信的な行為だと思います」と、悔しさをにじませていました。
全国トップの東京国立博物館を含む修復現場の厳しい現状について、この課の課長を務めていた保存科学者の神庭信幸さんは、次のように指摘します。
「経済的な理由から予算が削減され、必要な業務のコスト負担がなされないことが根本的な原因だ。多岐にわたる業務を学芸員が一手に抱えるなか、保存という業務に時間を費やすことがどれだけできるのか、岐路に立たされている」
空いた時間が好展示に
割り当てられる予算や人員が限られるなか、博物館はどんな模索をしているのか。そのヒントとなる取り組みが、北九州市立いのちのたび博物館にありました。
館を訪れると目に付くのが、黄色いジャケットを羽織ったボランティアです。現在66人が登録しています。
ボランティアは展示の解説などにとどまらず、資料整理など学芸員の仕事のサポートにもあたっています。その結果、学芸員に時間の余裕が生まれたのです。
学芸員はこの時間を利用して収蔵品の整理や研究に従事し、その結果を展示にフィードバックします。研究成果の発表の場は、学芸員1人1人が担当するミニブース「ぽけっとミュージアム」。全部で11あり、担当の学芸員が、新しく収集した標本や珍しい所蔵品を展示するなど工夫を凝らすことで、ユニークで多彩な展示を実現させています。
こうした工夫の結果、年間の入館者数は50万人を突破。積極的な資料の収集と研究成果の公開がリピーターを生み出す好循環となっています。
「資料を収集し、保存しデータベースを作り、その価値を研究し、結果を展示するという4つの業務がうまく回ればよい結果につながっていく。訪れる人に楽しでもらう展示をするには、学芸員の研究は不可欠です」(上田恭一郎館長)
「限界」を乗り越えるために
博物館や美術館で私たちが目にする「展示」は、資料の収集や管理、修復といった地道な作業がないと成り立ちません。こうした基礎的な作業が危機的とも言える状況に陥っていることについて、専門家は「限界を超えている状況だ」(法政大学・金山喜昭教授)と警鐘を鳴らしています。
事態を少しでも改善するためには、博物館の側も、収蔵庫の公開を行うなどして保存や修復の重要性を広く理解してもらう努力が必要です。一方で、活用への期待が高まるなか、努力を博物館任せにせず、誰がコストを負担するかという議論も欠かせないと思います。
保存と活用のバランスを取りながら文化財を次の世代に伝えていくにはどうすればよいか、真剣に考える時期が来ています。
- 科学文化部
- 斎藤基樹 記者
- 科学文化部
- 添徹太郎 記者
- 札幌局
- 藤ノ木優 記者
- 鹿児島局
- 吉岡聡子 記者