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はこちら! |
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★編集者から★
《「遠くへ行きたい」で旅をした永六輔さんの特集》
46年に亘る番組の中で、永さんは82回の旅をしました。
その中から選んで放送した今回、第2316回の内容を改めてご紹介します。(村田 亨)
番組は梃和夫さんのナレーションでこんな風に始まりました:
「才気渙発、博覧強記。日本全国を駆け巡った男、放送タレントの永六輔さん。
去る7月7日、83歳の生涯を閉じられました。
今回の「遠くへ行きたい」は、永さんを偲んで<六輔七転八倒旅語録>をお送りします。
永さんは、奇想天外、体を張ったアイディアで私たちを独特な旅の世界へ誘ってくれました・・・」
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第1回・「岩手山 歌と乳と」・1970年10月
上野駅から盛岡へ。昭和45年の上野駅、切符を片手にの改札口を入る永さん。バックの列車を待つ人々の光景が番組の旅の始まりでした。
石川啄木の歌・「ふるさとの 山に向ひて 言ふことなし ふるさとの山はありがたきかな」をバックに伝統芸能、方言などの大切さを思い起こさせてくれました。懐かしい上野駅、若い永さん、当時は余り目にすることのなかった伝統芸能など、新しい旅番組のスタートでした。
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上野駅改札口の永さん

若い!永さん
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第2回・「おけさの島・佐渡」
永さんの大好きだった佐渡。“伝承芸能・つぶろさし”では庶民の楽しみを、独特のユーモアで実演してみせた“下ネタ”に、ニヤリとされた方も多かったようです。第1回から登場したのが、若い女性のイメージガール。旅先でのすれ違いなどのシーンは見る人の旅への想像を大いに膨らませてもくれました。 |
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”つぶろさし”でご機嫌!

イメージガールとすれ違い
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第12回・「古都・津和野」
「小京都」という言葉はまだ浸透していなかったように思います。<ディスカバージャパン>の普及に伴って、津和野や金沢が「小京都」として「アンノン族」という言葉と共に、女性誌などに登場しました。
永さんは津和野の町を自転車で走りましたが、この後の観光地でのレンタサイクルのきっかけになったと聞きました。
そして何より、お気づきだったでしょうか、テレビカメラが自転車に乗る永さんを追いかけて走る画面は、臨場感あふれる映像として評判になりました。永さんの臨機応変のアイディアに見事に応えた技術陣の工夫だったんです。 |
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自転車後姿の永さん
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第24回「流転の山頭火 平戸・防府・松山
この回では頭を丸めて、流転の俳人、自由律の読み人として日本の各地に足跡を残した「種田山頭火」なりきるという発想で、視聴者を驚かせました。
山頭火の句“はてしない海を前にして尿する”から思い付いた当て振りで遊んじゃいました…
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「あぁ、濡れちゃった・・・」
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第709回「秋田 秘湯ハシゴ旅」
温泉好きだった永さん、八幡平から乳頭温泉へ。ここでもいろんな遊びで温泉巡りを更に楽しませてくれました。混浴の風呂では、「女湯」と書かれた暖簾をくぐって今や定番となったギャグで笑わせ、腰に巻いたタオル姿の“チャンチャン!”もさすがです。
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温泉でも遊びました |
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第724回「伊豆 雑学のススメ」
今度は何と辞書を片手に南伊豆へ!気になることをその場で、辞書で確かめる…「そんな重いの持たんかて、電子辞書でいいやんか」とおっしゃる方いますよね。どっこい!辞書だと3,4つ先の項目も読めますよね。そうなんです、松崎町の伊豆地域に残る最古の小学校「岩科学校」のバルコニーで“勉強”の項を確かめた後、「3つ先には“ペンギン”とあります。どこかにペンギンがいるのかなぁ〜」と、町の人気者のコウテイペンギンとご対面と言う具合に次の話題につなげる…アイディアが次々と出て、スタッフは何時も真剣勝負でした。
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バルコニーで”勉強” |
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第800回「諏訪 湯けむりの祭り街道」
七年に一度の諏訪大社の奇祭「御柱(おんばしら)祭」、木遣り歌に続いて急斜面を下る”木落とし“、それがどんなに急な所なのかを一寸した実演で見せてくれましたね。マイクを持つ永さんの現場中継に合わせての、今回の放送でナレーションをして頂いた徳光さんの軽快な実況放送風テンポも聴きどころでした。
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マイク片手に現場中継 |
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第1649回「沖縄に吹く風よ」
何度も沖縄に通っていた永さん、観光ブームに湧き始めた那覇での一言「僕の沖縄は、観光客の行かない所…」その中から今回取り上げたのは“食堂の定食”沖縄では一品ごとにごはんとみそ汁と大きな付け合わせが付くので、ご飯を注文する時は注意ですよ〜」と言うことを居合わせたお客から聞かされるシーン。実はこのお客さん、当時は未だ全国区ではなかった藤木勇人さんだったのです。番組では何の紹介もしませんでしたが、これから伸びると思った若い芸人を旅の中でこんな風にさりげなく登場させていました。
有名人でも例えば、葛飾柴又で寅さん姿の渥美清さんとすれ違うとか、永さんはよくこの手を使った洒落をやっていました。
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沖縄の食堂でびっくり! |
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第1752回「八丈・音楽の島はるか」
八丈太鼓が好きで、口ずさみながらの島歩き。永さんはコンサートで小沢昭一、野坂昭如、小林亜星さんたちとコンサートで歌うことも好きでしたから、旅先でもよく歌を口ずさみました。佐渡おけさや木遣り歌うこともありましたし、実はデュークエイセスに続いて「遠くへ行きたい」二代目の歌手は永六輔さんだったのです。ここでは郵便ポストに旅先からの絵葉書を投函する遊びをもしました。(余談ですが、この時投函した絵ハガキは番組プロデューサーの手元に残っています)
今回紹介したのは、坂本九さんにまつわるお話。お会いしたのが九さんの元マネジャー、中村八大さんを交えてのコンビ六・八・九の思い出話に暫し感慨深げな永さんでした。
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坂本九さんの想い出話 |
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第2165/2168回「笑う京都に!福来る」
永さんの、番組での最後の旅の舞台は京都、車椅子を押す孫の育乃介さんと一緒の旅でした。
「会いたい人に逢いに行く」この京都の旅では多くの友人たちと再会しました。瀬戸内寂聴さん、帆布店のご主人・一澤信三郎さん、高校生の時のラジオへの投書がきっかけで長い交流が続いた渡辺都さん、「宵々山」の音楽の仲間たち…
有名人、無名人を問わず永さんは気になる人がいると全国どこへでも出かけて行きました。
今回の番組のしめには徳光さんのこんなナレーションがありました。
《こうして、永さんの旅を振り返ってみますと、色々な人と出会って自由に旅を楽しんでいたんですね。
「遠くへ行きたい」の礎を築いた永六輔さん。いつまでも私たちを旅へ誘い続けることでありましょう≫
そして、永さんの歌う「遠くへ行きたい」がバックに流れて、3年前に音楽仲間を前に語った言葉『楽しい時間を有難う、またお会いしましょう…』
が、永さんを偲ぶ2316回目の番組の終わりになりました。
永さん、あ・り・が・と・う!
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寂聴さんと二人

育乃介君と車椅子の旅 |
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