クレソンからパセリへ 昭和へタイムスリップのカヤバ珈琲
弥生美術館(前編記事)から駅を挟んで反対側になる、谷中のカヤバ珈琲へ。(歩いて20分程度かな。)
界隈で女学生をしてた人からレトロでいい店だと聞いていたけど、確かに大正と昭和がミックスした雰囲気の独特のお店。
推しメニューはたまごサンド。
(たまさん、という略称らしい。厨房に向かって意識高そうな男子店員がそう叫んでいた・・)
しかし、まずここで大抵の人が驚くのが、異常なほどの外国人比率だろう。
どういう角度から見ても昭和・大正の店内に満ち溢れる外国人。
メロンソーダなどをオーダーして家族で盛り上がる外国人と、店の雰囲気が異空間過ぎてそれ自体が観光価値があるような状態です。
店に行くまでの道程に20世紀日本の雰囲気がしっかり残っていることや、店の前で桜が咲いていることが観光客にとってはポイントが高いのかもしれないね。
丁度、私達が上海では衡山路や外灘に行き、バンクーバでガスタウンを歩くみたいに。
ちなみに、カヤバ珈琲のたまごサンドは、普通にぱっと想像するたまごサンドみたいに、スクランブルエッグやクラッシュした玉子が具に入ってるわけではなかったりします。
厚焼き玉子のスライスが入っている、ちょっと変わったたまごサンド。
弁当のおかずなんかでありがちな、あのちょっと甘い厚焼き玉子が分厚く切り分けられて挟まってます。
近頃のアーバンスタイルなカフェだと、付け合せがたいていクレソンな時代に全力で逆らって、パセリをあしらっている。
「なぜあなたはパセリを食べないのか」という不毛極まりない論争を、母親と繰り広げた学生時代を思い返しつつ昭和をいただきます。
欲を言えばもうちょっとボリュームが有ったほうが良かったかも。
ごっちゃんでした・・・
カヤバ珈琲 公式サイト
谷根千のパヤオワールド ヒマラヤ杉 行き当たりばったりで靴ずれを作ろう
ブログ - 己【おれ】 ヒマラヤ杉の記事
カヤバ珈琲で掲示されているポスターで見つけたヒマラヤ杉。
詳細な説明はリンク先のブロガーさんの記事を見てもらうとして、今回の散策で一番時間が潰れたのがヒマラヤ杉探しだったのは想定外。
「あんなでかい木なんだしすぐ見つかるでしょ」同行の編集さんと気軽なノリで歩きはじめて幾千里。
建物の仰角が死角になるので、これが全く、見つからない・・・
ヒマラヤ杉を見てやろうと思っている人は要注意。
土地勘を把握した上で行かないとえらい目にあいます。冗談抜きで、二時間近く迷いました。
ヒマラヤ杉名物達成感。
それが目的の人は週末に登山をやったほうが良さそうな素敵な思い出でした。
ところで、根津の散策で一つ注意点が。
それはこの辺にはコンビニがないってこと。
つまり、途中でATMを探さなくて済むように初めからちゃんとお金をおろして置いたほうが良いってことです。
前日に飲みに行ってスカスカになった財布を補充しようとしてコンビニを探して、あまりにもコンビニがなくて驚いた。
カヤバ珈琲近くのセブンイレブンしかコンビニが無いんじゃないんだろうか?
見るからに紅茶顔の店主 香蘭で午後のお茶を りんごや
りんごや|公式サイト
谷中商店街であちこちを冷やかしながら、散策も徐々に終盤へ。
今日イチ異彩を放っていた店を発見したのがこのタイミング。
谷中で立ち寄りたいスポットで一番は、紅茶ギャラリーのりんごやだった。
表から店主のおねーさんの顔を見た感じ、見るからに紅茶をいれるのが上手そうな顔をしてたけどBINGO!
ここは非常に変わった銘柄を取り揃えていて、和物の紅茶銘柄が相当数在庫されている。
普段はベノアか、フォートナムメイソンの新茶指定というオーソドックスな趣味で紅茶を飲んでいるけど、今回は和の銘柄「出雲」で。
ちなみに、店主はティーウォーマー派のようで、ポットはウォーマーで包まれて出てきます。確かに和銘柄はキャンドルウォーマーだとイマイチかもしれない。
他にここの面白いところは、食器を指名できるところ。
香蘭やジノリといった、いい感じのブランドがまばらに在庫されていて、気に入った顔と銘柄を併せて紅茶を楽しめる。
今回は和物銘柄ということで、香蘭の椿を。
出雲エリアは霧が美しいお土地で、米子温泉から霧の中、山陰をドライブしたことを思い出しながら一服。
あの霧を絞った滴が椿の紅に映えること。出雲は実に女性的なニュアンスの紅茶です。
折しも今日のりんごやギャラリーは、少女絵画の作家”小酒井久子”の作品を展示中。
小学校の頃、女子のノートが大体この絵柄だったのを思い出しつつ、この不思議な空間を満喫。
カップ|有田焼の老舗 香蘭社
今回りんごやで心に刺さったのが、「ただいま!」と絶叫しながら入って来た小学生だった。
店主は近所の子供と結構交流が有るようで、登校初日の、ランドセルと制服の自分を見てもらおうとりんごやに帰ってきたらしいその子に、学習ノートと鉛筆を入学祝いに渡す場面が強烈に印象に残った。
ふと顔を上げれば夕暮れ時。
空は紫色に染まり夜の帳が下り始めるそんな時間、ランドセルを背負ったチビ達が家路を急ぐ。
あちこちで飛び交う「おかえり」「はじめての学校、どうだった?」
東京でこんな景色、ある?
りんごやの独特な優しい雰囲気と、街全体の柔らかい空気は行かないとわからないと思う。
中間の時間は是非ここで。
黙って座って、時計の針が進む音を聞くだけでもお腹いっぱい。
子供特有の好奇心に光り輝く目を見て、自分がはじめて学校に登校した日はどうだったろうかとひどくノスタルジックな気分になった。
とうち焼きはご当地では栃木焼きに 居酒屋の”車屋”
りんごやの店主に案内を乞うて、晩飯どころを探しに。
親切なことにいっしょに歩いて道案内までしてもらって、たどり着いたのは車屋。
メニューを見て最初に思ったのが「やっすい」。
これほんとに大丈夫なのかと言うほど、やすい。
安いってことは、遠慮なく飲めるってことで、じゃんじゃん酒を頼んで締めくくりの飲みを楽しんだ。
今回の注文は、のれそれ 鯛の白子 巨大玉子焼き 白エビのかき揚げ 栃木焼き バッテラ。
酒は生ビール複数 濁酒複数 冷酒4合。
すんません、酒は殆ど私が飲んじゃいました(笑)
ところで、西日本出身の私にちょっと不思議なのが栃木焼き。
これ、京都だととうち焼きという料理で、同じような料理がちゃんとあったりする。
もっと小ぶりでしっとりした油揚げを炙って、薬味をのせて濃口醤油を回しがけて食べる。
冷酒の妻のような気の利いたおつまみなんだけど、関東では栃木焼きになっている。
とうち→栃木になまったのか、それとも栃木で偶然同じような料理があって江戸に来たのか。
由来がちょっと気になったり。
車屋でちょっと驚いたのが、バッテラ。
これも西日本の専売特許みたいなメニューだけど、車屋のはネタも割に新鮮でお買い得の一品だった。
シャリに混ぜものをして一工夫してるところも、1000円でこれを出しているとは思えない工夫で素晴らしい。
車屋で満喫して、結構酒が回った同行者は帰宅。
ほんわかした気分に引きずられて、私は今日は、アブサン。
一日楽しんだ散策と、花の残り香にもうすこし悩乱すべくBARにしけこんで黙念と飲んで帰りました。。
さて、次回はどこにするか?
月1くらいは連載できるペースで取材に行きます。
フェリ ベトゥンラ!
(ネパール語で「また会いましょう」)
フリープランの楽しみ方
それがそうなのだと理解してる人は少ないけど、店には顔があります。
みんな景色の一環だと思って通り過ぎている店や家の入口は、大概が中身を物語ってる。
つまり、オイシイとか、居心地がいいとか、店主がいい人間なのかどうかなどを佇まいは訴えかけているわけです。
至って当たり前の話で、ブティックが見るからにボロくてダサい店だった時に、中身の商品がお洒落だったりするのか?
穢い顔の人はたいてい、下劣な人間性であるのと一緒。
料理だって頭を整理して行う知的作業なので、中の人のそれは建築や設計、彩色、立地に露骨に出るわけです。
そのバランスが壊れた店の食い物が美味いわけがない。
居心地が売りの店はどことなく土臭い雰囲気があるし、喫茶嗜好品の良い店は、直線がはっきりしたインテリアや角度がはっきりした置物のレイアウトが見て取れます。
当然、食器やカトラリーにも店の格なりにこだわりもする。
どうして食べログやどうでもいい漫画で店を選ぶ人は何をやらせても駄目なのか?
それは人を連れて店に行くという行為は、自分の日常や、その日のために探し歩いた事をプレゼンテーションする行為なのだという基本を彼らが忘れているからです。
食べログの評価で探した店に意中の人を連れて行く。
ミシュランの星の数で接待先を決定する。
日常から切り離されたそれらの行為は必ず相手に間抜けな印象を残します。
食べログで見つけた名店の次の店はどこへ行くの?
おもむろにスマホを取り出してまた食べログで探すのかい?
ミシュランで選んだ店のメートルは君のことをソワニエとして扱ってくれるの、初対面から?
読んでないけど、孤独のグルメの主人公が人気化した理由はそこに辿り着くまでの物語が伴ったからではないんだろうか。
当然、物語を重ねてきた人は初見から雑な扱いはされない、本棚でいい位置に座る多くの本が相応の厚さを持ってるのと同じように。
街場のとんかつ屋でも行きつけの中華料理屋でも十分、「ミシュランで○星の店があるんだ」と引きつった笑いを浮かべてしまうその口を閉じて、物語のある生活をしよう。
それこそが大人の条件だから。
変な虚飾とSNSは、必要ない。