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176話 無双
「実際のところお前の腕はどの程度なんだ?」
思いついてリュックスに聞いてみる。さっき俺も聞かれて答えたし、こっちも教えてもらうのが筋というものじゃないだろうか。もしサンザより多少強い程度というなら、さほど無理をせず倒せるはずだ。
「俺は元々ドラゴンクラスでな。俺より強いのはアーマンドとかの高弟連中くらいだ」
「おい、ちょっと待て」
「今日もだが、試練がある時にいつも全員揃ってるとは限らんだろう? それで以前上位ランカーがまるごと不在の時に臨時の一位として出てな。色々と便利なんでそれ以来なし崩しに居座ってる」
ここでは強さがすべてだ。文句を言うやつもいねえ。そう言ってリュックスは笑った。
「お前はまだまだ実力を隠してるんだろう? その強さ、この【無双】リュックス・ヘイダに存分に見せてくれ!」
芝居がかった様子で言うリュックスにまた観客が沸いた。無双。つまり並び立つ者がいないほどの強者ってことか。
「どうした? テンションが低いぞ」
前座かと思ったらこいつらみんな手強いし、しかも成り行きで必要もない戦いに巻き込まれて、どこにテンションが上がる要素があるのだろうかね?
「いい事を教えてやろう。一〇〇人抜きは大穴だ。お前がここで勝てば、ほとんど総取りだぞ。喜べ」
それはいい事だな。うん、お金は必要だ。それで居留地の獣人たちに何かお土産でも買っていってやろう。剣聖の孫を倒した話もすればきっと大喜びだろう。
よし、一応勝つために出来るだけのことはやってみよう。もしかするとあっさり魔法で倒れてくれるかもしれない。少し休憩をいれてお腹も落ち着いてきた。これなら全力で動ける。
「よしやるか」
俺がそう言うとリュックスが頷いたので、構えもせずいきなり詠唱を開始してみた。
リュックスは動いたが、不意を突かれて反応が遅い――高速詠唱エアハンマーはリュックスの剣で切り払われた。ちっ、さすがにそんなに簡単でもないか。
だが先手を取れた。このまま押し切る。続けて詠唱していたエアハンマーを打ち込み、さらに斬り込む。
エアハンマーは切り払われ剣も躱されるが、さらにエアハンマーを発動させた。
矢継ぎ早の攻撃についに盾で受けたリュックスは、そのまま吹き飛び……いや自分で後ろに飛んでいる。
だが距離が離れ、体勢も崩れている。エアハンマー(強)詠唱――リュックスは詠唱を止めるのを諦めたのか待ち構えている――発動!
「ぬうんっ」
気合とともにまたもエアハンマーは斬り裂かれた。そこに一気に踏み込み、全力の剣戟を打ち込んだ。
だが返しが早い。俺の剣は受け止められ、そのまま鍔迫り合いになる。
「やってくれるじゃないか」
不意打ちのエアハンマーはきっちり処理してきたし、全力の打ち込みも受け切られ、鍔迫り合いも互角。えらくパワーがあるな。俺が全力で押し切れない。
試しに詠唱してみるが妨害されたので、距離を取って呼吸を整える。
「さすがはヴォークトの弟子といったところか。きっちり不動も仕込んである」
不動? ああそうか。加護がそう見えるのか。
というか軍曹殿が加護でパワーがある俺たちと互角に打ち合えてたのは、不動剣を使ってたんだな。
「不動と不動剣はどう違うんだ?」
「なんだ知らんのか?」
「まったく教わってない」
「ふむ? では教えてやろう。よく見てろよ?」
リュックスが動いた。真正面から打ち込んで来たので、剣で受け……
重い。剣が押される。二撃、三撃と打ち込まれ、一歩二歩と押し込まれる。だがそこで連撃が止まり、リュックスが引いてくれた。
「不動にて体に秘めたる力を解放し、それを乗せた技が不動剣だ」
ブリジットのとは威力が違うのは修練の差だろうか。例えるなら不動剣レベル1とレベル5か。さっき戦ったブリジットの不動剣とは比べ物にならない、骨にまで響くような重さ。構えはこうか?
「大事なのは関節だ。普通の剣と違い、不動剣は打ち込む時に関節を固めるんだ。こんな風に」
そう言ってまた動きを見せてくれた。なるほど、インパクトの瞬間に振り切るんじゃなくて、剣を腕ごと固定する感じ……
俺の不動剣を真似た一撃は、律儀に受けてくれたリュックスの体をわずかによろめかした。チャンスではあるが、ここで追撃もないだろう。
「即座にやってみせるとは、基本が出来ていると習得が早い」
しかし不動と加護の肉体強化は同じものなのだろうか? それとも別物か? 別だとしたら、不動をどうにか習得できれば、加護と不動の相乗効果でさらにパワーが出る理屈だが……それで体が持つのだろうか?
「えらく親切だな?」
賭けもあるのにこんなことしてていいのかね。
「これからうちの弟子になろうっていうんだ」
それもそうか。
「次は流水を見せてやろう。かかって来い」
いつでも勝てる。その確信がこの余裕をもたらしているのだろう。嫌な予感がひしひしとするが、この流れなら即座に倒しにかかって来るということもあるまい。
不動剣の練習も兼ねて打ち込む。が、手応えがなくするりと受け流された。
続けて繰り出した攻撃もことごとくあしらわれる。
「不動が剛の剣なら、流水は柔の剣。そしてこれが月下――」
あ、やば。
「――鏡水」
咄嗟に構えた剣に、運良くリュックスの剣が当たってくれた。気配察知で動きは追っていたはずなのに、剣の出処を一瞬見失っていた。危ない。
「よく受け止めた」
「ご親切にこれから技を出すと教えてもらったしな」
それに一度見ている。剣の動きは見失ったが、技の出るタイミングがわかっていたのは大きかった。でなければサティのように、防御すら出来ずに食らっていただろう。
「わかっていても躱せないのが真骨頂なんだが……では次だ」
そう言うと動きを変えたリュックスが襲い掛かってきた。速度を上げた剣を矢継ぎ早に繰り出してくる。不動流水と来て、あとは烈火か雷光。烈火はサンザに見せてもらったし、たぶん雷光だな。
リュックスの剣を受け、反撃し、また受ける。予想通り、リュックスが雷光の構えを取った。
――狙いはリュックスの小手。雷光剣は出されてしまえば止めるのは困難極まる。打たれてしまえば、防御は博打だ。剣の出処は構えからわかるが、そこから上段から下段までどこに来るかはわからない。見てから動いたのではまず間に合わない。だったら出される前に――
「雷光剣も止めるか」
双方の中間付近で剣がぶつかっていた。もっと前で止めるはずだったのに、想定より剣速が早い。
流水や不動に比べて危険度が高いな。予想が出来たことで先手を取れて助かった。
「次は烈火か?」
「それはもう見たろう」
サンザと同じなら、結果も同じか。
たぶん烈火は溜めが必要で、そうすると俺の戦法とは相性が悪い。エアハンマー打ち放題だ。
「さて、指導もここまでだ。観客もそろそろやきもきしてる頃だろう」
ここまでどこか気楽な様子だったリュックスが殺気を醸し出した。
どうする? 剣技では完全に負けているし、エアハンマーは通じなかった。
だが、だからといって敵を前に迷ってはダメだ。これが本当の敵なら迷いは死に直結する。覚悟を決めろ。
俺の詠唱と同時にリュックスが動いた。まあそうだろう。斬れば防げるとはいえ、威力が高まればサンザのように打ち負けることもある。撃たせないのが一番の対処だ。
リュックスの剣を受け詠唱は中断したが、またすぐに詠唱に入る。同時に剣も振るう。
剣に対処するか、詠唱を中断するか。至近距離ではどちらも致命傷となりうる。
もっともさすがに剣を振るいつつの攻撃魔法発動は難しいのだが、リュックスにはそこまで判断できないだろうし、詠唱を放置してもらえばそのままエアハンマーが撃てる。フェイクの詠唱にも対処せざるを得ないだろう。
だがそれはこちらも同じこと。不動剣はともかく、月下鏡水と雷光剣は使われるとヤバい。出そうという気配があれば潰しにかからねばならない。
至近距離での差し合い潰し合いは、魔法というアドバンテージをもってしてもようやく負けるのを防いでいる、といった程度。打ち合ってみた感じ、剣速や力にはさほど差はないようなのに、気がつけば後手に回らされている。やはり剣技に差がある。
それでも防げているのは、先ほどのサンザのやられっぷりで魔法を警戒しているのか、あまり深追いはしてこないお陰だ。
だが至近距離での危険な攻防は、病み上がりの俺のスタミナを容赦なく削っていく。長丁場は厳しそうだ。
「噛み合わんな」
一旦距離を置いたリュックスが言った。そうだな。近接戦すぎてすごくやりづらい。俺は詠唱時間が取れる中長距離がいいのだが、それも許してくれないし、リュックスにせよ自由に動けず、どちらも攻撃力が抑え込まれて発揮できない感じだ。
だが本当にどうする? ちょっと戦法が種切れだ。このままやっても勝ち目はない。
一応何でもありと言われてるし、火魔法を使えば十分な勝ち目はある。最弱の火矢ですら一発でオークを倒せるのだ。体のどこに当たっても恐らく致命傷になる。
それともアイテムボックスから目の前に大岩を出してやってもいい。それで詠唱の時間を稼いで好きな魔法を詠唱すればいいし、なんなら直接頭の上に出して押しつぶせばいい。オークキングにも有効だった攻撃だ。
しかし何でもありと言っても限度がある。こいつは剣聖の孫でその剣聖に教えを請おうというのだ。事故でたまたまならともかく、殺意全開で殺したりすれば大事になるのは間違いない。
「どうした? 手詰まりか?」
まったくもってその通り。剣技では劣り、エアハンマーは封じられる。ゴーレムも出せないし、こんなところで転移剣の大公開もないだろう。
いや、まだ試してないこともあるな。
恐らく月下鏡水というのは少なくとも二つの技術を用いられている技だ。相手の視線を一瞬切る。タイミングを外す。
視線を切るのは簡単だ。剣を体で隠してしまえばいい。ただ月下鏡水は完全に隠さずチラチラと剣を見せて視線を間違った方向へと誘導しているようだ。タイミングを外すほうは無拍子打ちの派生技だろう。
無拍子打ちはまだ全然できないし、月下鏡水の動きはトレースしきれないが、似たようなことなら……
飛び込んでの左右に体を振るフェイントを仕掛ける。そして隠密と忍び足発動しての見様見真似の月下鏡水。魔法を使う素振りを見せなければ、リュックスは先手を譲ってくれる傾向がある。剣技に絶対の自信があるのだろうが、それが油断だ。
もし本当に月下鏡水が使えれば防ぐのは困難極まる。思った通り、リュックスが俺の動きを潰しにかかってきた。
だが本命はリュックスを間合いに収めての、本気で力を込めた不動剣。偽月下のフェイントに引っかかったリュックスは不動剣をまともに受け、体勢が崩れる。
そこに渾身の雷光。
だが完璧に捉えたはずの俺の雷光は、がっちりとリュックスの剣で受けられていた。
「雷光剣まで使うか。驚いたぞ」
一旦離れたリュックスが言った。驚いたのはこちらのほうだ。崩しからの完璧なタイミングの雷光に、防御も回避も間に合わないはずだった。
「不動が不動剣だけの技でないように、雷光とは眠っている力を解放し、体の動きそのものを一気に加速する技だ」
防御で雷光だと……
無双。そう呼ばれる訳だ。こんな技を使う相手にどうやって勝てばいい?
「そう絶望したものでもないぞ。今みたいに無理矢理動かすと、体への負担が大きくて何度も使えん」
ここまで使わなかったのはリスクのせいか。いや、リスクを冒して使うまでもなかったのか。
「まあ剣に命を懸けた頭のおかしいのは、体がぶっ壊れてでも使ってくるがな」
こいつはどっちだろうか? 体の負担を厭わず畳み掛けてくる様子もないし、口ぶりからして常識的な人間のほうなんだろう。
そんなことを考えながら剣を両手で持ち、大上段の構えを取った。サンザに何度か見せてもらった烈火剣の構え。これが最後の賭けだ。
「まさか烈火剣も使えるのか? だが……」
そう。溜めが必要なために待ち構える必要がある。相手が仕掛けて来なければ手詰まりは変わらない。
サンザは相手が動いてくれない時はどうしてたんだろうな? たぶん普通に踏み込んでぶっ放したんだろうが、俺なら――詠唱開始――
リュックスが顔色を変えた。詠唱を放置すれば特大の魔法が発動する。止めるには烈火剣の範囲内に、自ら飛び込まねばならない。俺は烈火剣など欠片も使えないが、加護によるパワーアップが秘技と同質のモノと仮定すれば……
リュックスが踏み込んできた。
ぎりぎりまで引きつけて、極限まで力を溜める。確実に当てるには相打ちを狙うしかない。防御は考えるな。どうせこれが外れれば打つ手はもうない。
「「……」」
リュックスが間合いで動きを止めた。至近距離、必殺の間合い。こいつも相手が動いてからと考えたのか。詠唱はすでに止めてしまった。
ここで何の工夫もなく打ち込む? ダメだ。当たる想像が出来ない。後先考えない渾身の一撃は、躱されてしまえば後はない。
だが、リュックスのぴくりした動きに思わず反応してしまった。
偽烈火剣――加護のフルパワーを乗せた大上段からの一撃は、跳ね上げられたリュックスの剣に、軌道を逸らされた。くそっ、こんな簡単なフェイントに。
剣が逸らされ体も流れる。そして――
リュックスの剣が見えない。月下鏡水が来る。
止めるにはすでに手遅れ。躱すのも無理。詠唱も間に合わない。ならば――
頭をガードしてわずかに前に出た。前で受ければ多少なりともダメージは減る。頭に食らわなければ、意識さえ失わなれけば――
胴に衝撃。だが構わず、剣を一気に振り切る。
振り切れた。手応えもあった。
激痛に一歩も動けず意識が遠のきそうになるが、しっかりと構えをとる。耐えきった。
詠唱開始――ここを凌いで回復魔法さえ発動できればまだ勝ち目が――
「膝が砕けたぞ、ちくしょうめ」
リュックスがゆっくりと膝をついた――【ヒール(小)】発動。
ようやく発動したヒール(小)ではまだ激痛が収まらない。もう一度詠唱――もし今片足ででも向かって来られれば、俺はろくに動けないだろうが……
「お前も頭のおかしい側だったか」
剣を構えたまま仁王立ちをする俺にリュックスが言った。失礼な。俺はただ、回復魔法頼みで少し無茶をするだけだ――【ヒール】発動。ようやく少し楽になった。
「いや参った。俺の負けだ」
リュックスが剣を置いてそう言うと、観衆から歓声とも悲鳴ともつかないざわめきが漏れた。客席からひらひらと舞い落ちる紙は、負けた賭け券だろう。罵声も聞こえるが、俺のほうはまだそれどころではない。二回ヒールを入れてこの痛み。かなり深いダメージだったようだ――【エクストラヒール】。
それで苦痛は引いたが、今度は頭から血の気が引いてきた。貧血だ。病み上がりで無茶しすぎた。
腹にダメージを食らったせいだろうか。吐き気もする。
「試練はこれで終わりだな?」
まだ何かあると言われても、今日はもう無理だ。くそっ、毎度ながら酷い目に遭う。中途半端に強いからいけないんだろうか。これがもっと弱ければ……この前のオークキングにやられていたか?
「ああ。お前のようなのは師匠と気が合うだろう」
頑張れば頑張るほど深みに嵌っていくのは何故なんだろう。俺の望みは平凡にのんびり暮らしたいだけの慎ましやかな物なのに、気が合うとか全然嬉しくない……
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