短大はなんとか卒業したものの思った通りの就職先がなく、今は精肉卸で宅配ドライバーをしている。
堅苦しいルールもなく女性は珍しいからと重宝されてはいるけど、まわりはおじさんばかりで楽しいことは一つもない。
給料がいいわけでもないけど仕事がつらいわけでもなく何となく辞める理由も続ける理由もない毎日を送っている。
飲食店の開店前に配達しなければならないから、朝の6時前には積み込みを終わらせて軽トラを走らせる。
会社のすぐ近くにあるしばらく続く桜並木は毎朝の配達ルートで、ランナーや散歩をする人ばかりでこの時間から仕事をしているのなんてわたしくらいのものだ。
そんな中で、先月のはじめころに彼を見つけた。
中肉中背、とくべつ顔が良いというわけではないけど、要するに一目惚れしてしまった。
姿勢が良かったとか、父親にちょっと似てたとか、朝の木漏れ日に走る姿が素敵だったとかそれくらいの理由だ。
退屈な毎日の繰り返しに、何かしらの刺激を探していたのかもしれない。
彼はこの道を往復しているらしく、正面から向かい合うときも後ろから追い越すこともあった。
車道と歩道の境目もないような狭い道なので、わたしも気を遣って走ってはいるのだが、彼はどんな車や歩行者に対してもしっかりと身体を避けて道を譲っていた。
配達に急いでいる時に限って避けようともしない歩行者やランナーが多いこの道で、彼のような存在は貴重だ。
特に愛想が良いわけでもない、それなのに誰かれ構わず礼儀正しく道を譲る彼に段々と興味が惹かれていった。
どうすれば話しかけられるのかと色々考えてみたけどなかなか良い案が思い浮かばない。
彼を追い越して途中のコンビニに立ち寄ってみたりもしたけど当然振り向いてくれるわけもない。
何の理由もなく話しかけることってこれほどまでに難しいことだったのか。
散々悩んだ挙句辿りついたのは、サイドミラーを彼に軽く当てて、それで急いで降りていって謝りながら連絡先を聞き出すという方法だった。
ちょっと危ないし、うまく行かなかったら最悪に嫌われてしまいそうだけど、でもきっと一生懸命謝る姿を邪険にするような悪い人ではないはずだ。
彼はいつも耳にイヤホンを入れている。後ろの車も気づくくらいだから大音量で何かを聞いているわけではないだろうけど、多少は音が聞こえづらいはずだ。
そう思って何度か後ろからアクセルをすごく静かな状態にして近づいてみたら、彼は気づかない様子で避けようとしなかった。もうこれしかない。
いよいよ今日が決行の日。いつもみたいに汚れてもいい服はやめ、いつもより少し化粧にも気を遣った。
彼がいつも折り返す曲がり角はちょうど会社の入り口から見える位置にある。
彼がいつも通り折り返したのを確認すると、わたしは軽トラに乗り込んで鍵を刺そうとしたが緊張しているのか床に落としてしまった。
朝日の木漏れ日が輝く桜並木を彼に気づかれないようにゆっくりと走る。
彼の背後にゆっくりと近づく。案の定彼はわたしの存在に気づかない。
自分を落ち着かせようと一つ深い息を吐いて、ふかしすぎないようにアクセルに足をかける。
これでサイドミラーだけを彼の身体にぶつければうまくいく。はずだった。
彼は突然何かを避けようとわたしの車の前に半歩だけ飛び出してきた。
そのせいでミラーだけが当たるはずだったのに、彼は片足を巻き込まれて道路に倒れ込んだ。
計画と違う。焦ったわたしは急いでブレーキを踏んで止まろうとした。
それが踏み間違いだと気づくのに長い時間がかかったような気がしたが、ブレーキを踏んで止まった距離は思ったより長くはなかった。
ミラーを覗いて急いでバックで戻る。
声をかけるが反応はない。ただ、何となく反応がないだろうことは声をかける前からわかっていた。
特に出血が見えたわけではないが、身体の半分が明らかに低く潰れていて、手足は見慣れない方向に曲がっていた。
誰かに助けを求めようと周囲を見回すも、運の悪いことに珍しく誰も近くにいなかった。
「ショートショート」タグをお忘れですよ
配達の荷物の横に彼を置いた。 すでに物と化してますよ。
こんな文章を書いている暇があるのなら病院へ行け。そして自首しろ。 創作ならちゃーんとまとめて応募しろ。