​「営業」って実はすごい仕事

だれでも一度は「クリエイター」に憧れるもの。才能と発想力で、作品を生み出す唯一無二の存在。そんな話をbar bossa店主・林伸次さんが広告業界の友人にしたところ、実際は全然違うんだとか。「クリエイターは代えがきくけど。『営業』は代えがきかない」。普通逆に思ってしまいますが、それは一体どういう意味でしょうか?

「クリエイティブの仕事は特別だと思ってないですか?」

いらっしゃいませ。
bar bossaへようこそ。

うちの店は渋谷のバーなので、やっぱりマスコミ関係が一番多いんですね。最近は「ネット文壇バー」って言われるくらい、ネットでコンテンツを作っている方が多いのですが、やっぱりNHKが近いので映像関係もいらっしゃいますし、お店のコンセプトがボサノヴァなので音楽関係も多く、開店当初から今までずっと来てくださっているのは広告代理店の方でしょうか。

ところで、最近僕の甥っ子が「広告代理店の営業の仕事をやりたい」って言ってたんですね。何かと今話題の仕事ですよね。その子としては「チームを組んで、みんなで力をあわせて、交渉したり仕事をとってきたりするのが自分に向いている」って感じているそうなんです。

でも、広告代理店の営業って、すごく大変なんじゃないのかなあって思いますよね。どうしても僕は、bar bossaで飲んでる代理店の人たちが、かかってきた電話で頭を下げてたり、突然、真夜中に呼ばれたりっていうのを見ているので、叔父として「大変そうだよ」って言いたくなるんです。

もしどうしても広告の仕事をやりたいんだったら、営業よりもクリエイティブの方が自分だけにしかできない仕事ができるし、やりがいもあるんじゃないかなって思うんですね。付き合いの飲み会とかも少なそうです。

そんな話を、広告の仕事をしている友人に聞いてみたんです。そしたらこういう返事が戻ってきました。

「あ、林さん、広告の営業の仕事って、数字をとってくるだけで、誰でもできる仕事だと思ってませんか? それに比べて、クリエイティブの仕事は特別で、その人にしかできなくて、他の人が代わりにならない仕事だと思ってますよね」

うーん、代わりがきくとまでは思いませんが、クリエイティブって「才能」とか「創造性」みたいなものが重要そうに感じますよね。そんな感じで答えると、友人はこう言いました。

「違うんですよ。実は現場の感覚だと、クリエイターって代わりがいくらでもいるんです。新しくて面白いクリエイターって自然に出てくるんです。新しいタレントや女優って毎年たくさん出てきますよね。あれと同じで、常に新しいクリエイターって生まれてきます。しかも今ってインターネットがあるから、面白いクリエイターって探したらたくさんみつかります。
 そしてもうひとつ大事なことがあって、クリエイターって『今が一番旬』とか『この人の作風はもう古い』って考えに追われているんです。広告って常に新しくて面白いことをやっていかなきゃいけないから、クリエイターも新しい人が求められてしまうんです」

言われてみればたしかにその通りです。若手の女優さんを見て「わーこんな可愛い子が出てきたんだ」って半年に一回くらいに思っている気がします。それくらい次から次へと出てきてるってことなんですね。それと最近ではネットから有名になったミュージシャンの話もよく聞きます。

でも、広告業界の人じゃなくても知ってるくらい凄いクリエイターっていますよね。

「もちろん『どうしてもこの人じゃなきゃダメ』っていうクリエイターもいますよ。でもそれはすごく少数なんです。それに比べて営業って『この会社やこの案件はこの人じゃなきゃダメ』ってことがすごく多いんです」

これも納得です。うちの店に出入りしている業者さんでも、この人だからって勧められた新商品や新しい素材を入れてしまうことがあります。

やっぱり人は人で動く

友人によると広告業界の営業の方って、その広告主の人たちにこう思われる必要があるそうなんです。

① あの人にお願いしておけばきちんと確実にやってくれるから安心。

② あの人は弊社のことを一番に考えてくれて、とにかく一番良い条件を持ってきてくれるから他と比べなくて良い。

③ あの人はお金のことや納期だけは本当にきちっとしているから、まず変なことにはならないから任せてもいい。

④ あの人には困ったときに一晩中走らせて色んなところに頭を下げてもらって本当にお世話になったから絶対に裏切ることはできない。

こう思われることって、広告業界じゃなくても本当に大切ですよね。これだけ思われればかなり優秀な人のはずです。結局は「この人は人間としてどれだけ信頼されているか」とか「この人は変なことは絶対にしない」とか、そういうことが一番人が誰かにお願いしたり発注したりする理由なんだと思います。

で、いちばん大事なのは、そしてそういう人間関係って、「旬」とか「もう古い」ってことがないってことなんです。そういう人間関係が一度構築できたらずっとその関係を続けていけます。結局人がお金を払ったり動いたりするのは、その人がどれだけ信頼できるか、どれだけ誠実なのか、今までどれだけ自分に利益を与えてくれたかっていうことの積み重ねなんです。

この話の最後に、友人はこう付け加えました。

「やっぱり人って人で動くんです。『この人は信頼できる』で動くんです。誰かに『この人は信頼できる』って思われるのってほんと簡単じゃない。それってすごい能力だし、営業って重要ですごく面白い仕事なんです」

どうしても僕たちはクリエイターにあこがれて、どこかでクリエイターがすごいって思いがちですよね。もちろんクリエイターは凄いですが、営業の人の凄さをちゃんと考えてこなかったなと思いました。考えてみれば僕も「お酒とお客さま」を繋ぐ営業マンとしてバーで立っているわけで、「この人なら信頼できる」って思われなきゃな、そういう心持ちでいたいなと思いました。

林伸次さんの新刊が発売中です!

ケイクス

この連載について

初回を読む
ワイングラスのむこう側

林伸次

東京・渋谷で16年、カウンターの向こうからバーに集う人たちの姿を見つめてきた、ワインバー「bar bossa(バールボッサ)」の店主・林伸次さん。バーを舞台に交差する人間模様。バーだから漏らしてしまう本音。ずっとカウンターに立ち続けて...もっと読む

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コメント

shi_ro_ya_ma_ そうだよな【「この人なら信頼できる」って思われなきゃな】 5分前 replyretweetfavorite

iwatiger 「営業」って実はすごい仕事| 6分前 replyretweetfavorite

gpyhmpwft07 https://t.co/xW8nyz4mN3 16分前 replyretweetfavorite

Kitsch_Trick 「営業」って実はすごい仕事|林伸次 @bar_bossa | 肝に命じます。 17分前 replyretweetfavorite