ベーシックインカムとは何か? なぜ、いま議論が盛り上がっているのか?

お父さんと子供

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ベーシックインカム(BI)が注目を集めている。フィンランドでは、2017年1月1日から2年間にわたって2000人の失業者を対象に毎月560ユーロ(約6万8000円)を無償で支給するというプログラムを開始した。国内でアクセスが殺到し、大変に反響が大きかった実験4カ月目の経過報告記事によると、受給者の中にはすでにストレスの軽減が見られるケースもあるという。

そもそもベーシックインカムとは何か? なぜいま話題になっているのか?ここで改めて、ベーシックインカムの基礎知識から最新情報までをまとめてみた。

ベーシックインカムとはなにか?

ベーシックインカムとは、「政府がすべての人に必要最低限の生活を保障する収入を無条件に支給する制度」と定義される。つまりは、政府からタダで毎月もらえるお金だ。

生活保護や負の所得税(ネガティブ・インカム・タックス、ある所得の水準に達していない人に対して税を還元する仕組み)などの他の社会保障との違いは、貧困対策ではないため、給付条件はなく誰でももらえるということ。

無条件で支給することによって社会保障制度をシンプルにし、行政上のコストを削減する。同時に、無条件という特徴は受給者に「政府からの施し」という劣等感を感じさせないという利点もある。

社会主義・共産主義的な施策とも違う。所得の再分配制度の一つではあるが、あくまで支給されるのは生活に必要な最低限度額のみ。足りないと思う人が働いて稼ぐのは自由であり、市場の原理も残っている。

なぜいまベーシックインカムなのか

なぜ、ベーシックインカムがにわかに注目を集めているのか? 背景には「 AI失業社会」などに代表されるような、近い将来、テクノロジーの進化により労働が機械に置き換わることで失業が急増するとの予測がある。

オックスフォード大学の研究チームは2013年、今後10〜20年間に、アメリカの総労働人口の47%が機械に置き換わる可能性があると発表した。

世界銀行の調査では、OECD諸国で平均57%の雇用が自動化によって影響を受ける

世界銀行の調査では、OECD諸国で平均57%の雇用が自動化によって影響を受ける。赤く色がついた部分が影響を受ける割合。

提供:CitiBank/WorldBank via Statistica

その中には、製造業などの単純労働だけでなく銀行員、ファイナンシャルアドバイザー、コンサルタント、法律家といった知的労働も含まれている( 3月30日掲載の記事より)。

機械化によって人の仕事がどの程度奪われるのかについては、まだ未知数だ。だが、少なくない仕事が置き換わることは確実な時代に、私たちはどんな仕事で稼ぎ、政府は社会保障制度をどう維持するのか? ひとつの答えとして浮上してきたのが、ベーシックインカムだ。

オックスフォード大学が調査した、機械化される可能性の高い職業のリスト

オックスフォード大学が調査した、機械化される可能性の高い職業のリスト

提供:Oxford University data via Bloomberg News

すでに失業率の高さが社会問題化しているヨーロッパ諸国には失業者向けの社会保障制度がある。しかし、その制度はあまりに複雑で多層的、さらに受給条件も年々厳しくなっている。仕事に就くと恩恵を受けられなくなってしまうため、低収入で短期の仕事に就きたがらないという問題が生じている。

ベーシックインカムは就業による支給打ち切りの心配がない。たとえ低収入の仕事であっても失業者は気軽に次の仕事に就くことができ、企業も雇用調整が容易になるため、失業率の抑制、雇用の流動化、新産業の創出などといった効果が望める。

日本では、まだベーシックインカムの議論はほとんどないに等しい。

だが、2033年に人口の3人に1人が高齢者となると言われる日本こそ、導入を検討する価値があるのではないか。若者世代が高齢者を扶養する現行の「世代間扶養」の年金制度は、このままでは立ち行かなくなる。働く意欲や体力のある高齢者には短時間労働などでも働いてもらうという「世代間の所得と労働の再分配」という点からもベーシックインカムの導入を考える必要はないだろうか。

ベーシックインカムによる「労働」の破壊的イノベーション

ベーシックインカムが描き出す未来はそれだけではない。

社会の総労働人口の半分がロボットに置き換わると言われる時代に、人間しかできない「仕事」とは何か?

ベーシックインカムで最低限度の生活が保障されれば、少なくとも「したくない仕事はしない」自由を得ることになる。

アートやファッション、エンターテインメントといった、人を楽しませる、クリエイティブな仕事をする人も増えるだろう。研究や学問の道に進む人の自由もできる。

「資本主義的価値は低いが社会的価値の高い」仕事に従事する人々を支援できるという利点もある。保育士、介護士、教師などといった社会的に価値は高く機械では代替できないが給与はそれほど高くない、という仕事に就きやすくなる。

ベーシックインカムは従業員と経営者の関係にも影響を与える。従業員は企業選択の自由(交渉力)を得るため、経営者は生産性の高い、好条件の仕事を創出するインセンティブが生まれる。

グローバル規模の所得格差はテロの背景にもなっている。ベーシックインカムはいき過ぎた資本主義の修正という一面だけでなく、人間の「仕事」を再定義する制度としても大きな注目を集めている。

労働市場が硬直化している日本で導入すれば、転職や起業へのハードルが低くなり、雇用の流動性が高まる可能性がある。

財源はどこから確保するのか

ベーシックインカムチャート

対GDP比での税収総額とヘルスケアの支出、ベーシックインカムの財源

提供: The Economist

だが、ベーシックインカムの財源確保は簡単ではない。エコノミストによると、平均所得の一定割合分に相当するベーシックインカムは、増えた収入に比例して税収割合の上昇を必要とする。つまり平均所得の15%のベーシックインカムは、国民所得の15%の税収を必要とするのだ。

他の社会保障費を削減することでベーシックインカムの財源を確保するとする考え方もある。OECD諸国は平均でGDPの1/3を社会保障費に充てている。世代間の所得の再分配という視点で、年金に充てられる財源の一部をベーシックインカムに振り分けることも考えられている。フィンランドでは、ヘルスケアに関する支出(GDPの1/4ほど)以外の社会保障費をすべての国民に均等に割り当てると、1人当たり年1万USドル(約111万円)のベーシックインカム向け財源が捻出できる。アメリカで計算すると6000USドル(約67万円)、日本では5800USドル(約66万円)だ。

社会保障費の膨張が著しく、すでに国の歳入の3分の1を借金(国債の発行)に頼っている日本の財政状況を考えると、ベーシックインカムの本格導入となれば増税は避けられない。消費税でさえ増税が足踏み状態である今、現実的でないのかもしれない。それでも日本で税と社会保障の一体改革を唱えるなら、ベーシックインカムのような考え方も検討してみてもいいのではないだろうか。

日本の高齢社会の現状と予測

日本の高齢社会の現状と予測

提供:内閣府「平成28年版高齢社会白書」

実際に実験している国は?

過去にベーシックインカムの実験をした自治体の例はある。1970年代のカナダの導入実験では、労働市場に変化は見られなかったものの、精神疾患の減少や病院の入院期間の短縮、犯罪件数や子どもの死亡率、家庭内暴力の件数が減少し、学業成績の向上が報告された。

2010年代になり、ベーシックインカムの導入実験の事例はさらに増加している。冒頭のフィンランドのケースをはじめとして、カナダのオンタリオ州の導入実験も発表された。同州では、今春から18~64歳の低所得者4000人を対象に、3年間、単身者には1万6989カナダドル(約139万円)、夫婦で最高2万4027カナダドル(約196万円)を支給する。

私企業による例では、スタートアップアクセラレーターのY Combinatorがカリフォルニア州オークランドで導入実験をしている。ドイツのベルリンでもクラウドファンディングをベースにしたベーシックインカムのスタートアップが立ち上がっている。

ベーシックインカムの導入はヨーロッパ諸国を中心に議論が白熱化しているが、途上国での事例も注目を集める。ケニアではGiveDirectlyと呼ばれる収入給付システムが導入された。インドやウガンダでは、政府によるマイクロペイメントの導入が議論されている。

ベーシックインカムが導入されたあとの社会

ベーシックインカム支持者は、導入によって貧困を低減させ、人が真の意味で人間らしく、クリエイティブになれる社会になると主張する。もしベーシックインカムを導入しなければ、世界の格差はますます拡大し、一部の富裕層のみが世界の富のほとんどを支配し、それ以外の多数の貧困者が生まれる社会がくると警告する

導入への課題は山積みだ。グローバル社会において、ひとつの国家がベーシック導入のために高い法人税率を設定したり、高所得者へ課税すれば、その国の企業や高所得人材はタックスヘイブンを使って海外に逃げてしまう。必然的に導入には国際的な協調が必要になる。この制度の前提は長期的な社会参画だ。移民にどのように支給するのかという問題も起きてくるだろう。

しかし、持続可能な社会保障制度をどのように設計していくかという問題は、いま先進国が共通して抱える問題だ。ベーシックインカムはそれに対するひとつの有効な答えとなる。2017年2月には欧州議会がロボットの法的地位に関する法案で「加盟国にベーシックインカム導入の可能性を真剣に検討するよう勧告する」という一文を盛り込んだ(この法案は、賛成286対反対328で否決された)。

ベーシックインカム懐疑派の意見としてもっとも多いのが、以下のようなものだ。

「ベーシックインカムを導入したら、したくない仕事をしていた人たちは誰も働かなくなってしまうのではないか?」

この質問に対し、冒頭のブレグマン氏はこう答えている。

「その質問は、だんだんと意味をなさなくなってきている。どっちみち、そういった人の『仕事』は、20年以内にはなくなっているのだから」

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