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㊦第五福竜丸と原爆マグロ

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第五福竜丸、もう一度私たちはこの船の名前を告げ合おう。
　　　平和を願う私たちの心をひとつにするきっかけとして。
　[1968（昭和43年）3月10日／朝日新聞『声』欄投書・武藤宏一（会社員26歳)]

ビキニ・デイから半年余り経った9月23日、第五福竜丸の無線長だった久保山愛吉さんが亡くなった。乗組員最初の犠牲者だった。この日から妻のすずさんは、原水爆被害者のシンボル的存在として、平和運動の前面に立たされることになる。そして取材攻勢、集会への招待、講演依頼が次から次と押し寄せてくる。そしてその後に跳ね返ってくるのは批判や非難だ。

たとえばこうだ。ある革新政党の人から「広島大会にメッセージが欲しい」と頼まれ、コメントを送ったのだが、後になって「すずさん、何もベトナム戦争のことまで言わなくても…」と、自民党の人に文句を言われた。どうやらその革新政党の人が「ベトナム戦争反対」を、勝手に付け足したらしい。３月１日の墓前祭に来てくれる人には、何党の人だろうと挨拶するのだが、それを「アカ」呼ばわりされたり。そのため次第に、運動に関わるのがユーウツになった。

もちろんすずさんとて、心から原水爆を憎んでいる。原爆症で苦しんだ重体のの夫が、ふっと意識を取り戻した時に言った言葉が、耳について離れないからだ。「こんな苦しみはオレひとりでたくさんだ。二度と繰り返すことがあったら、ただではおかんぞ！」と、うめくように呟いた。すずさんには一生忘れられない重すぎる言葉だ。「原水爆反対」の意思は、生きてる限り訴えていくつもりだ。その覚悟はできている。しかし…。

すずさんや乗組員たちを悩ませたのは、「政治」だけではない。日本人特有のビョーキである「ひがみ」だ。夫の死後すずさんは６５０万円の補償金をもらった。今なら２億円ほどに相当するだろうか。すると、とたんに嫌がらせの電話や手紙がひっきりなしにかかってきた。まあ焼津の町は「原爆マグロ」のせいで魚が全然売れなくなり、町の人たちは被害者の福竜丸乗組員に同情するよりも、怨みの方がはるかに強かったのだ。

乗組員の一人大石又七さんも、「第五福竜丸の連中は金もらったけど、オレたちの被害はどうしてくれるんだ」という漁業関係者や町の人たちの、冷たい視線やイヤガラセやイジメに堪えきれず、故郷を捨てて上京。細々とクリーニング店を開き、船のこともビキニのことも町のことも一切を封じ込めて生きてきた。

「水に流す」のが日本人の得意技だ。そう「禊」（みそぎ）だ。水に流してしまえば「終わり」だ。責任は追及しないのが日本の美徳。昔のことは昔のこと。「忘れるのが日本の思想」というわけで、あんなに大騒ぎした原爆マグロも第五福竜丸も、あっという間に人々の記憶から遠ざかり、気が付いたらこの「歴史の証人」である被爆船は、何と粗大ゴミとして東京の夢の島（すばらしいネーミング）のゴミ捨て場に、放置されたままになっていた。

アメリカの顔色ばかり伺っている日本政府は、「日本人には核アレルギーがあって…」などと、まるでアメリカの核兵器に反対することが悪いような、飼い犬根性丸出しの卑屈発言をしていた。アメリカ占領軍（進駐軍と日本政府はメイ訳）の情報統制により、広島・長崎の原爆の実態さえ、日本人はロクに知らなかったのだ。被爆の資料を２５年間もマル秘にしてきた。この第五福竜丸と「原爆マグロ」のおかげ？で、初めて人々は放射能の恐怖を実感したのだ。だから日本政府もアメリカも、第五福竜丸の残像が一日も早く人々の脳裏から消去され、記憶の墓に深く埋葬されることを願った。

その忘れ去られた被爆船が、「歴史という法廷」に証人として再登場するきっかけを作ったのは、１９６８年若い男性による新聞への投書（詩である）だった。それにはこうあった。

　第五福竜丸。それは私たち日本人にとって、忘れることのできない船だ。
　決して忘れたてはいけない証。平和を願う私たちの証。知らない人には
　心から告げよう。、忘れかけている人にはそっと思い起こさせよう。
　今から１４年前の３月１日、太平洋のビキニ環礁。そこで何が起きたのかを。
　そして沈痛な気持ちで告げよう。今この証がどこにあるのかを…

この投書が「反核の思い」を甦らせた。「記憶の復権」だ。署名活動は燎原の火の如く全国に広がり、保存を求める声を政府も無視できなくなった。そしてついに１９７６年、夢の島に「都立第五福竜丸展示館」が完成した。黄泉の国へ流されそうになっていた「歴史の証人」は、核の恐怖と人道に対する大いなる罪を訴えている。そして同時にその船は、「諸悪の根源は“歴史の忘却”である」というメッセージを、今も我々に伝えている。

　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　ー　　　了　　　ー

追記：アメリカの画家ベンシャーンは第五福竜丸を題材にした連作を描いている。

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コメント（6）

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もう２０年以上前のことですが、いちど夢の島の展示館に見にいきました。そのときの感想は、「こんな小さな船で、よくも南太平洋まで…！」という、驚きでした。しかも木造船です。
ちょっとした嵐でもひとたまりもなかったことでしょう。
そんな頼りなげな「小さな証人」が告発するものを、絶やさずに後世に伝えていくことが、とても大事なことなんだな、とその時思いました。
それにしても、よく調べられましたね。感服いたします。

2009/4/11(土) 午前 10:55 [ 秋田の元・魚や ] 返信する

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秋田の元・魚やさん

コチラは桜もう終わり（ソメイヨシノ）ですが、
そちらはこれからですね！

日本人の「忘却」の悪癖を是正しない限り
不幸なことは繰り返されます。広島・長崎も
「原爆の日」以外メディアすら口にせず、
アメリカべったり外交ですから…情けない
「記念館」「資料館」「記念碑」を造ればそれでもう
終わり…ではいけませんよね。

３５年も前の「新聞の切り抜き」から
探し出すのが、大変な作業でした！（笑

2009/4/11(土) 午前 11:47 返信する

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この事件は、絶対に忘れてはいけないとおもおました。２度と戦争を繰り返さないでほしい。

2010/6/11(金) 午後 2:00 [ 京都の現・パン屋さん ] 返信する

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第五福竜丸。それは私たち日本人にとって、忘れることのできない船だ。
決して忘れたてはいけない証。平和を願う私たちの証。知らない人には
心から告げよう。、忘れかけている人にはそっと思い起こさせよう。
今から１４年前の３月１日、太平洋のビキニ環礁。そこで何が起きたのかを。
そして沈痛な気持ちで告げよう。今この証がどこにあるのかを…
この詩はじーんときました…。