(cache) ㊤第五福竜丸と原爆マグロ ( その他国際情勢 ) - キープ・レフト

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　　魚屋殺すにゃ刃物は要らぬ。ビキニの灰降りゃお陀仏だ
　　　　　（昭和29年4月2日／「水爆被害対策準備会」呼びかけ文より）

水揚げされたマグロに、白衣の男がマイクロフォンのような器械を近づけると、ガガガッと不気味な音を発する。私が「放射能」とか「ガイガー・カウンター」という言葉を知ったのはこの映像がきっかけだった。子供心に言うに言われぬ恐怖を憶えた。それが１９５４（昭和29）年のことで、この放射能の恐怖をもとにして怪獣映画の名作『ゴジラ』が制作され、大ヒットした。

この年、アメリカが行った水爆（ブラボー爆弾）実験により、南太平洋に浮かぶマーシャル諸島の島民が被爆したのだが、同時に日本の船舶680隻（貨物船や漁船）も被爆した。その中でもっとも有名な船が、静岡県焼津港のマグロ漁船「第五福竜丸」である。被爆したのは、後に「ビキニ・デー」と呼ばれることになる3月1日のことだ。

第五福竜丸の乗組員２３人が死の灰を浴びたのだが、その灰はさらさらしたのもではなく、肌にあたるとピリピリ突き刺すように痛んだ。しかしその時彼等が心配したのは放射能ではなく、アメリカ軍に拿捕されることであった。何しろ当時は「日本を5～6キロ離れたら、すべてアメリカの領海という感じ」で、原水爆の実験場に無断で入り込んだと知れたら、どんな目に遭わされるかわからない状況だったのだ。

頭がズ～ンと重い、吐き気がする、メシが全然美味くない、といった症状が出たのは灰を浴びた夕方からだったが、それよりなにより捕まらずに脱出することで精一杯だった。ひたすら進路を北にとり母港の焼津に戻ってきたが、乗組員を待ち受けていたのは原爆症の恐怖だけではなかった。

案の定アメリカは「死の灰を浴びたのなら、なぜ救助を求めなかったのだ。スパイ工作をしていたのではないのか？」と、自分たちが加害者なのに、被害者に難癖をつける傲慢振り。日本などアメリカの属国に過ぎないといった、差別意識・大国意識丸出しの言いがかりをつけた。まあ、今でも大して変わりはないが…。

第五福竜丸のマグロが港に水揚げされたのは、15日未明のことである。翌日静岡大学の塩川教授が、船からとんでもない数値の放射能を検出した時には、一部のマグロはすでに市場へ出てしまっていた。そこで日本中が「原爆マグロ」パニックに陥る。当時まだ一般家庭にテレビは普及していなかったが、今ならさしずめ中国ギョーザ以上の騒ぎになっていたことだろう。

汚染マグロを食べた人たちは、保健所に駆け込むやら、ガイガー計数管を腹に当ててもらうやら、教授と学生がにぎり寿司を食べた早稲田大学のある学部は、都の衛生局に通報して帰郷した学生を呼び戻すやら、てんやわんやの大騒動。葉山の御用邸からは「十五日に三崎港で仕入れたマグロを、天皇・皇后に供したが大丈夫なのか？」と、警察に電話がかかるやら…。

「マグロだけでなく、カツオも危ない」と言い出す人も出てきて、風評被害で魚屋大ピンチ。当然マグロの価格は大暴落。１９日の東京築地の魚市場では、とうとう買い手がつかずセリは不成立。厚生省が「カウンターで計数１００未満なら安全」、と保証したが効果無し。昔から役人の言うことなど人々は信じちゃいない。

寿司屋も売り上げが三分の一に激減。宣伝カーを使って「あたしらの使うマグロは近海モノ。それが食えないというなら江戸っ子じゃありません」と、ＰＲに必死。４月２日に開かれた築地市場関係者の、「水爆被害対策準備会」の呼びかけ文には、「魚屋殺すにゃ刃物は要らぬ。ビキニの灰降りゃお陀仏だ」とある。
　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　ー　　つづく　　ー