大谷ノブ彦(以下、大谷) 今日はゲストに、ヒップホップの最前線で長年活躍されているDJ YANATAKEさんにきていただきました!
DJ YANATAKE(以下、YANATAKE) よろしくお願いします!
DJ YANATAKE
DJ/ディレクター/音楽ライター。レコードショップ”CISCO"のチーフバイヤーとしてアナログ・ブームを仕掛け、DEF JAM JAPANの立ち上げやMTV JAPANに選曲家として参加。ゲーム"Grand Theft Auto"シリーズや宇多田ヒカルのPR/発売イベントも手掛け多方面に活躍中。DJとしてはageHa、VISIONなどの大型クラブから小箱まで多くのパーティーを盛り上げている。またTBSラジオ「ライムスター宇多丸のウィークエンド・シャッフル」やInterFMなどにも準レギュラーとして出演中。。
柴那典(以下、柴) 今まで「心のベストテン」では何度かゲストをお呼びしてきたんですけれど、今回は明確なテーマがあって。というのも、今はアメリカでも、日本でもヒップホップのシーンにおもしろい動きがたくさんあるんですよね。
大谷 だから、今のヒップホップについて語るなら、ぜひYANATAKEさんに会いたいって柴さんと話していたんです。
柴 この連載でも頻繁にヒップホップの話題がでてくるんですけど、大谷さんも僕も、もともとはロック畑でDJをやったり雑誌の編集をやっていた人間で。リスナーとしては聴いているんですけど、改めてシーンの中にずっといた人に教えてもらいたいと思って。
YANATAKE いえいえ、恐縮です……。
柴 で、早速なんですけど、今のアメリカではヒップホップがすでにポップミュージックの主流になっているんですよね。メインストリームで売れているものにはだいたいヒップホップのテイストが入っているというか。
YANATAKE そうなんですよ。まさに今はビルボードのトップ10を見てもヒップホップじゃない曲を探すことのほうが難しい。
大谷 あんまり日本のリスナーには知られてないけど、今はそういう時代の分岐点にある気がするな。
柴 ちなみに、YANATAKEさんは、最近はどういったご活動をされてるんですか?
YANATAKE ここ最近だと、SKY-HIの制作ディレクターをやっていたり、block.fmの「INSIDE OUT」というヒップホップ専門番組をやったり、ZEEBRAくんが立ち上げた日本初のヒップホップ専門ラジオ局「WREP(レップ)」の編成をやらせてもらってます。
南部から世界を席巻する「トラップ」とは?
柴 話したいことは山ほどあるんですけど、まずはアメリカのヒップホップについて語りましょうか。
大谷 僕、すごく気になってることがあって。今は「トラップ」というジャンルが大流行してますよね。何というか、すごくゆったりした遅いビートの。あれはあれでめちゃめちゃ格好いいと思うんですけど、この音楽が、アメリカのヒットチャートの上位を占めるぐらいポップになるのが、どうしてもピンとこなくって。
柴 ビルボードだと、去年の暮れから今年の初めくらいにずっと1位になってたのが、レイ・シュリマーの「ブラック・ビートルズ」でしたね。
Billboard HOT 100 2016年11月26付から7週連続1位
大谷 これ超好きですよ。
柴 あと、ミーゴスの「バッド・アンド・ブージー」もヒットしました。
Billboard HOT 100 2017年1月21付から2週連続1位
YANATAKE ええ。このへんがまさにトラップですね。特徴は何よりテンポが遅いこと。遅い音楽ってやっぱりノリにくいし、地味に聞こえるように思いますよね? でもこれが大人気なんです。
しかも最新のトラップミュージックは、音数もどんどん減っているんですよ。とにかくスカスカ。ラップの仕方もすごいゆったりでスカスカ。
大谷 そう! スカスカなの! それが気持ちいいっちゃ気持ちいいんだけど。
柴 そういうトラップがなぜ全米を席巻してるのか、ということなんですけれど。
YANATAKE まず、そもそもトラップって2000年代にアメリカの南部で生まれたヒップホップなんですよ。
大谷 南部? 南部ってフロリダとかジョージアの方ですよね。そのあたりってカントリーミュージックのイメージがあったんですけど。
柴 それに、90年代のヒップホップは西海岸と東海岸が盛り上がってましたよね。NYとLAが中心だった。
YANATAKE いや、それがですね、いまヒップホップで一番ホットなのは南部、その中でもアトランタなんです。トラップはアトランタ発祥のヒップホップで、今の音楽シーンのトレンドを作っているのはアトランタなんです。アメリカの国中、いや、世界中がみんなアトランタ追いかけてます。
大谷 へえー!
柴 音楽的にはどういう特徴があるんですか?
YANATAKE さっきも言いましたけど、とにかく遅い。おそらく、日本のクラブやディスコでかかっているEDMとかの半分くらいのテンポです。
柴 BPM ※ はいくつくらいなんですか?
BPM:Beats Per Minute。1分間あたりに刻む拍の数(テンポ)のこと。
YANATAKE 最初は70くらいが流行ってたんですよ。でも、いまは50台が多いですね。
柴 そんなに遅くなってるんだ! しかもBPMがどんどん下がってるのは2010年代に入ってからですよね?
YANATAKE そうなんです。遅いものだと40台のものもありますけど。
柴 すごくおもしろいのは、2010年代の日本のポップスって、どんどん速くなってるんですよ。ももクロが出てきたあたりから、アイドルもロックもアニソンも流行してるのはBPM150オーバーが当たり前になっていて。BPM200オーバーも珍しくなくなってる。
大谷 たしかに! 「どうやって歌ってんだ?」と思うくらい速い曲ばっかりで、転調とか曲展開も盛り込みまくった曲が当たり前になってきた。
YANATAKE そうなんですよね。
大谷 以前、この連載「聴いてるだけで、幸せすぎて泣けちゃうような2017年型多幸感とは」でも話題に上がったリル・ヨッティもそうですよね。これでクラブとかライブの現場では、どうやって盛り上がっているんですか?
YANATAKE 要はテンポを倍でとるんですよ。だから、最初はBPM70が流行ったと言いましたが、70の倍は140。EDMの平均が128くらいだから、それよりも速いんです。
柴 つまり、リズムを刻むビートは遅いけど、お客さんは倍でノってるってこと?
YANATAKE そうですそうです。
大谷 えっと、具体的に言うと……
YANATAKE たとえば、さっきの「ブラック・ビートルズ」で言うと、短いですけどここらへん(編集注:25秒以降)のライブシーンとか。
25秒以降に見られるのノリ方
大谷 たしかに! やってみると、すごい運動量かも。
YANATAKE そうなんですよ。地味に聞こえるけど、実はEDMより激しい音楽。アメリカのフェスでは、みんなジャンプしながらのってるんですよ。
大谷 やっぱ音源だけじゃなくて、現場みないとわかんないなあ!
柴 そういうことがアメリカ南部で起こっているんですね。
YANATAKE そうそう。今は南部だけではなく、もう世界中で起こってますね。
今聴くべきUSヒップホップの最前線
柴 ヒップホップって、かならずその街のボスみたいな人がいるじゃないですか。たとえば西海岸だったらドクター・ドレーがいる。
YANTAKE 今はヘッドフォンの「Beats By Dre.」を作って、アップルに買収されて大金持ちになっている人ですね。
柴 で、東海岸のNYにはジェイ・Zがいるわけですよね。ビヨンセの夫で、今の音楽業界を牛耳ってる。だとすると、南部のアトランタのボスって誰なんですかね?
YANATAKE 今も活躍しているグッチ・メインやフューチャーと言いたいですが、わかりやすい代表格はやっぱりアウトキャストでしょうか。
柴 なるほど。確かに2003年の『Speakerboxxx/The Love Below』は1000万枚以上売れたしグラミー賞も獲得したわけで、そこまで成功した人は南部出身ではいなかったかも。
YANATAKE あとは、T.Iですね。T.Iが2002年に出したアルバムで、『TRAP MUZIK』っていうのがあるんですけど、そこからトラップと呼ぶようになった説もありますね。
大谷 じゃあ、今、一番聴くべきアトランタのアーティストって誰ですか?
YANATAKE うーん、やっぱりミーゴスですね。僕もパーカーを着てますけど。
大谷 へー! これミーゴスのなんだ。
柴 さっき言った「バッド・アンド・ブージー」をヒットさせたグループですね。彼らはどういう人たちなんですか?
YANATAKE 3人組のヒップホップユニットで、まあ、言ってみれば、アトランタの本当に悪い子たち(笑)。そもそもトラップって、ドラッグディールにまつわるスラムから発祥した名前で、歌詞もスラム的な内容が多いんですよ。基本はコカイン。
大谷 へ~。
YANATAKE ちなみに今着ているのは、『C U L T U R E』っていうアルバムのパーカーです。この『C U L T U R E』もビルボードで1位をとっているんですけど、とにかく言い回しが変なんですよ。それがおもしろいのと、三連符のリズムをラップで流行らせた人たちなんです。で、みんながそれを真似したんです。
柴 リズムの1拍に三つの言葉を乗せてるんですよね。そういう風にラップすることができるのは、テンポが遅いからなんですか?
YANATAKE そうですね。トラップの速度とぴったり合うんでしょうね。
YANATAKE ラップ変じゃないですか?
大谷 そんなにうまいって感じでもない?
YANATAKE いや、実はこれはめちゃくちゃうまいです。ゆっくりだからリル・ヨッティとかもヘタウマとか言われてますけど、実はめちゃくちゃうまいんですよ。
大谷 どうしても日本の場合、ラップうまい=早口、フリースタイルうまいみたいな印象がありますよね。
YANATAKE それとはまったく別のものですね。
全米1位の大ヒットはこうして作られた
大谷 いやあ、こういうのを聞いて「うわ~気持ちいいな」って思う反面、これがビルボード1位に入っていて、ポップスとして受け入れられているっていうのはびっくりですね。これどうしてこんなに流行るんですか?
YANATAKE ビルボード1位に入ったのは、いろんな要因があるんですけど、例えば歌詞がおもしろいのは大きいですね。基本的にはアメリカでは、歌詞がおもしろくないと、売れないんです。
あとはいかにネットでバズるかっていうことですね。ネットのバズらせ方っていうのは、おそらくヒップホップは他のジャンルよりも圧倒的に長けている。
柴 具体的にはどういう風にしてバズらせているんですか?
YANATAKE 例えば、ミーゴスのケースでいくと、『Bad & Boujee』に「Raindrop, drop top」っていう箇所があるんです。
15秒あたりに「Raindrop, drop top」
YANATAKE けど、なぜかそこの部分がすごくもてはやされて、本来の歌詞は「Raindrop, drop top」のあとに「Smoking on cookie in the hotbox」つまり「車の中で大麻を吸う」と続くんですが、そこを自由に変えて「雨が降ってきたら何をする?」「◯◯をする」っていうオチをつける動画やツイートをみんなが作ってアップしだしたんです。
大谷 あはは、大喜利大会になってますね。
YANATAKE このバズを作れちゃうと、ビルボード1位になるっていうシステムになっているんですよね。
柴 みんながいろんなアレンジをして動画をアップして、それが結果的にヒットになる。いわばPPAPと同じですね。
YANATAKE ほんとそうです。もっとわかりやすい例を紹介すると、これも最初に挙げた、アメリカ南部 ミシシッピ出身のレイ・シュリマーという兄弟ラッパーデュオの「ブラック・ビートルズ」。あれが1位になったきっかけはマネキン・チャレンジだったんですよ。
大谷 マネキンチャレンジって聞いたことはあるんですけど、なんなんですか?
YANATAKE 要するに、全員、はい! ストップ!!
(全員数秒間止まる)
YANATAKE これがマネキンチャレンジです。
大谷 あははは。そういうことか!
YANATAKE で、このマネキンチャレンジが使われたのが、さっきのレイ・シュリマーの「ブラックビートルズ」って曲です。
大谷 この感じがモロにトラップなんですよね。
YANATAKE そうですね。ヒップホップのクラブでも一番盛り上がる、すごくいい曲なんですよ。「俺らは黒人界のビートルズだ。ビートルズくらいに金もあるし、成功もしてるし、女にもモテるぞ」という曲で。
大谷 そういう内容なんだ。
YANATAKE で、いい曲ができたから、これをどうにか盛り上げたいということで、プロモーターが去年の11月くらいに流行り始めたマネキンチャレンジに目をつけた結果、すごいバズったんですよ。
柴 向こうでも高校生とか若い子からやり始めたんですよね。
YANATAKE で、レイ・シュリマーは自分のライブでもそれをやったんですよ。大勢のお客さんが微動だにしないという。
大谷 うわあ、すげえ!
柴 これがおもしろくって、リツイートされまくるってことですね。
YANATAKE これがあまりにも流行ったから、そこから先のマネキンチャレンジは、みんなこの曲をバックにしてやるようになったんですよ。あげく、本家ビートルズのポールマッカートニーがこの「ブラック・ビートルズ」をバックにマネキンチャレンジした。
柴 ツイッターとかSNSに動画が載せられるようになって、数十秒でどれだけおもしろいことをできるかっていうのを、みんながやりはじめたんですよね。
YANATAKE そうそう。その中でも「◯◯チャレンジ」っていうのは形を変えていろいろあるんです。数年前には世界中でアイス・バケツ・チャレンジというのが流行ったり。
大谷 あ~!
YANATAKE なので、いかにSNSでバズらせるかっていうのはヒップホップにとってはとても重要な手段になってきていますね。
柴 そうそう、思い出したんですけど、こういうSNSで動画がバズるようになった元祖って、数年前の「ハーレムシェイク」だったと思うんですよ。
YANATAKE たしかに! ありましたね。
柴 で、こないだ「聴いてるだけで、幸せすぎて泣けちゃうような2017年型多幸感とは」で紹介した「セックス大好き」のPINK GUYっていたじゃないですか。
大谷 はいはい、あのしょうもない下ネタのね。
柴 で、こないだ発見したんですけど、よく見たら「ハーレムシェイク」が世界中でバズるきっかけになった動画にアイツがいたんですよ!
大谷 がはははは! いたんだ!
柴 4年前からピンク色の全身タイツ着てアホなことやり続けてたという。
大谷 ははは、まさかアイツがこの話の流れでもう一回出てくるとは思わなかったわ(笑)。
構成:田中うた乃