昨年11月、ライターの雨宮まみさんが亡くなった。
Twitterのタイムラインを流れてきた訃報記事はにわかに信じがたく、幾人かの知り合いと「本当なのでしょうか」とメッセージを交わし合った。皆、突然の知らせに理解が追いつかず、混乱しているようだった。
その2週間前、拙詩集に推薦エッセイを書いていただき、ご本人から刊行のお祝いと励ましのメールを受け取ったばかりだった。
私が雨宮さんと直接お会いしたのは一度だけ。2016年9月25日、雨宮さんと岸政彦さんのトークイベント終了後のサイン会でのことだった。お二人の愛に会場全体が包まれているような、和やかなイベント。一読者としてトークを楽しみ、ご挨拶も兼ねて(まだ推薦エッセイを依頼する前だった)サイン会まで残ることにした。
「雨宮さん」と検索しても
「文月さん、ですね……!」
雨宮さんの背筋がすっと伸びた。丸帽子の陰から覗くまっすぐな目に、どきりとする。
「ウェブのエッセイ拝見して、しっかりした文章を書かれる方だな、と思ってました」
私はすこぶる恐縮しながら、雨宮さんの著作に魅了されたこと、これからも作品を楽しみにしていること、お仕事(推薦エッセイ)をお願いしたい旨をお伝えした。
そんな2、3分の立ち話だけで頬が熱くなってしまい、浮き足立って会場を出た。
私は雨宮さんの熱心な読者だったわけではない。だが雨宮さんの本を読むたび、「ここまで書き切るなんて」と唸らされた。自身のコンプレックスや違和感から目を背けず、真正面に向き合うその姿勢に、書き手として強く感化された。
『東京を生きる』は、エッセイを書く上でのひそかな目標だった。本書の描く「東京」は鮮やかで、雨に濡れる夜窓のような艶をまとっている。私は、雨宮さんの目を通して語られる「東京」に恋をしていた。
雨宮さんの言葉が、私の生きる今に存在していることは、至極「当たり前」のことだった。気持ちがわだかまっているとき、雨宮さんの本に手を伸ばせば、迷いを解きほぐし、勇気づけてくれた。その「当たり前」が突如絶えてしまったのだ。
訃報を知ってから二日間、状況を飲み込めず、ひとりになると涙が出た。泣きすぎて頭痛が止まらなかった。寝つけない晩、Twitterの検索窓に「雨宮さん」と打ち込んで、タイムラインをさかのぼっていった。雨宮さんに対して、冷やかしではなく敬称できちんと呼びかけている言葉を目にしたかった。
数えきれないほど多くの人が、嘆きや悲鳴にも似た内容を綴っていた。
「『雨宮さん』の名前でツイートを検索して、私は一体何がしたいんだろう」という、誰かの画面上のつぶやきを見つけた。わたしもです、と心の中で呼びかける。雨宮さんの痕跡を求めてタイムラインの海をさまよう人が、私のほかにもたくさん存在しているようだった。
雨宮さんがどのように年齢を重ね、どんな作品を書かれるのか、その作品が私たちをどのように心慰め、激励してくれるのか——もう二度と知ることはできない。わかっていても、画面をスクロールすることを止められなかった。
雨宮さんと私が現実に関係していた期間は、わずか2ヶ月足らず。「推薦エッセイ」という形で、雨宮さんの言葉が、私の詩集に収まった。亡くなる数週間前の出来事だった。
その後、「雨宮さんのために詩を朗読してくれないか」「雨宮さんについて書いてくれないか」という、いくつかの依頼を私は断った。そんな資格があるように思えなかったし、何より混乱していた。表向きの言葉にすることで、簡単に慰めを得たくなかった。
最後にいただいた、11月3日のメールを開く。後悔に苛まれるのでは、と恐る恐る件名をクリックしたのに、メールボックスはあっさり本文を表示する。
いつかお食事でもご一緒できたら嬉しいです、これを機にどうぞ今後とも——。何気ない挨拶文を食い入るように見つめた。私が「いつか」という言葉に甘えなければ、雨宮さんとの「今後」がありえたかどうか。自分でもうっとうしいぐらい、考えてしまう。
雨宮さんとの対話
私が立ち止まっている間も、周囲は動き続けていた。
初めに連絡をくださったのは、雨宮さんの友人でもある編集者のYさんだった。「雨宮さんの持ちものをもらってくれませんか」。雨宮さんの本棚に私の著作が大切にしまわれていたこと、友人の方々と相談して形見分けの品を選んだこと……。伺ったお話は思いがけないものばかりだった。
11月下旬、新宿の喫茶店へ受け取りに伺った。私になど、というためらいもあったが、実物を目にすると、確かに「これを」と選んでくださった品々なのだろう、と納得した。拙著と(本の中には、私が書いた雨宮さんへの手紙が挟まっていた)、スミレの花模様の入った小皿、ブックカバーや付箋のついた数冊の蔵書などが、小さな紙袋にぴったりと収まっていた。
「こういうのは、みんなで重さを分け合って、肩代わりし合うものだと思うから」
そう告げるYさんの瞳に、不思議に説得されていた。
遺品を受け取った夜、雨宮さんのエッセイ集『自信のない部屋へようこそ』を開いた。まさかとは思ったが、形見分けで頂いたものと同じ小皿と蔵書を写真ページに見つけて、まじまじと眺めた。ご本人の持ち物なのだから、当然といえば当然だった。それぞれ雨宮さんが思いを込めて集めたものなのだ、とようやく実感できた。
いただいた遺品の中に、私も10代の頃に熱中したアンソロジーの詩集があった。この本を読まれた方だと知っていたら、どんなお話ができただろう。背表紙の破れ目を撫ぜる。この本で現代詩の面白さを知ったんです、金井美恵子の詩が最高にかっこよくて——。
こうしてしばらく、気のすむまで対話を続けていくのだ。見えない雨宮さんと。私なりの悲しみ方、悼み方で。「それでいい」と言ってもらえた気がした。
ひとと関わらなければ、ひとに輪郭は生まれない。
雨宮さんが拙詩集に寄せられた言葉を引用する。
恋はすべてどこまでも片思いだ。好きな相手に「好きだ」と言われても、つきあっても結婚しても、それがいつまで続くかなんてわからない。お互いを思う気持ちの分量や重さが同じかなんて、わからない。関係が「終わった」と判断されるような状況でも、その恋がずっと終わらないこともある。
変動する自分を、変動する気持ちを、怖いけれど知ってほしい。わかってほしい。離れられないほどつながりたい。でもひとりで立ちたい。忘れたくない、忘れられたくない、でも忘れていきながら、いつしかその恋が自分の中の細胞の一部のようになっていく。
そうした、恋にまつわる激しい矛盾の間にこぼれ落ちるつかみどころのない何かを、「詩」という形でしか表現できなかった。というところが、この詩集の命だと思う。中でも「ばらの花」は、ひとりを生きることと、ふたりを生きることの本質が詰まったような詩で、ひとは誰かに自分を、認めてほしいのでも褒めてほしいのでもなく、「確かめてほしい」のだと思う。
ひとと関わらなければ、ひとに輪郭は生まれない。最も強い輪郭を描く「恋」の軌道を、やわらかに、霧にけぶるように、文月さんは描き出している。
〈ひとは誰かに自分を、認めてほしいのでも褒めてほしいのでもなく、「確かめてほしい」のだと思う〉という箇所を何度もたどり直す。雨宮さんは、どんな思いでこの文章を寄せてくださったのだろうか。
大きな存在がいなくなると、そのはずみで急に人間関係が濃くなることがある。
12月、雨宮さんと親交のあった方々の飲み会に誘っていただいた。
声を張り上げなければ、会話もままならない、賑やかすぎる居酒屋で、「ええ、なんて?」「もう一回!」と九人が身を寄せ合って話をした。中心にぽっかりと空いた穴を埋めようと、小さな明かりを灯すように語る人たちがいた。
飲み会は終電以降も続いた。「雨宮さんの知り合い」ということ以外、特に共通項のない人々が、深夜の神楽坂を連れ立って歩いた。私は言葉もなく、白っぽい街灯の明かりを見上げていた。
「あいつ、金の使い方が派手でさあ」「昔は、『写真写りが悪い』って話で盛り上がって」「本当に綺麗になりましたよね」
近しい人たちが楽しそうに、愛おしそうに、雨宮さんについて、過去形ではなく現在進行形で話しているのを見ると、どこか安心した。お話の一言一言に、知らなかった雨宮さんの一面が浮かんでくる。
同時に、誰もが迷いを口にした。「仕事関係でしかなかった自分が悲しむのは間違いではないか」「亡くなった途端に、雨宮さんについて考え出すというのは失礼ではないか」「雨宮さんの近くにいた、という過去を公表することにどれだけ意味があるのか」。
雨宮さんを追悼する記事は、発見できるすべてに目を通した。内容に胸打たれるとともに、言葉にできない自分は弱いのだろうか、とも感じた。でも実際は、毅然と態度を決めている人など、一人もいなかった。それぞれに戸惑い、呆然とする中で、その死を受けとめていたのだ。
雨宮さんが亡くなって半年が経つ。私自身、今も迷いながら書いている。書き始めても、雨宮さんのことを勝手に決めつけ、誰かの神経を逆なでしてしまう独りよがりな内容のような気がして、止まってしまう。
ついには「このことに雨宮さんならどう向き合うんだろう?」なんてお風呂場で考えてしまう。私の中でも、その死の実感がない。実感することを放棄しているのかもしれない。あらゆることについて、気づけば「雨宮さんはどんな風に書くだろう?」と想像する自分がいる。新たな書き手と出会えば「雨宮さんと比べてどうだろうか?」とつい思案してしまう。
誰かが突然いなくなる、という不条理に立ち向かうには、そうして「不在」をレンズのように覗き込んで、自らの日常に溶かし込んでいくしかないように思う。その営みの一つとして、私はこの原稿を書く。
次回、後編は5/19公開予定
人の心には一匹の猫がいて、そのもらい手を絶えず探している——恋する私たちを描く、文月悠光の第3詩集