原記者の「医療・福祉のツボ」
コラム
貧困と生活保護(48) ジャンパー問題の小田原市が示した課題と希望
「保護なめんな」というローマ字の入ったジャンパーなどを神奈川県小田原市の職員たちが作っていたことがわかったのは、今年1月16日。事態を重く見た同市が、生活保護行政のあり方を見直すために設けた検討会は、4月6日に検討会の報告書を公表しました。同30日には市主催のシンポジウムが開かれました。
生活保護の利用者全員を疑いの目で見ていたのではないか、保護の抑制や不正受給の摘発を業務の中心に位置づけていたのではないか。そういう疑問をもたらし、福祉行政の基本姿勢が問われる問題です。10年間にわたって多数の担当職員がジャンパーを着用しながら、異論や疑問が内部から出なかった点も深刻でした。
しかし、問題発覚後の小田原市の取り組みは、自治体行政ではめったに見られないほど真剣かつスピーディーでした。調査・検討の内容には、不十分な点も見受けられますが、本気で改善を行い、市民の信頼を回復・向上させようという意欲が示されています。
生活保護の業務は本来、人々の生存権の保障を担い、よりよい生活づくりを支援していく大切な仕事です。そこに誇りを持って、前向きに取り組んでほしいと思います。
ポロシャツなどを含め、9種類のグッズ
まず、 小田原市「生活保護行政のあり方検討会 」の報告書と資料をもとに、事実経過を整理しましょう。
ジャンパーの存在は第三者からの情報で判明しました。生活保護担当の職員有志が作製したもので、胸のエンブレムに「HOGO NAMENNA」という文字があり、背中には「SHAT TEAM HOGO」の文字と、「我々は正義である。彼らの不正を見つけ、追いかけて罰する。彼らが不正な利益のためにだまそうとしたら、こう言おう。彼らはクズだ!」という意味の英文がプリントされていました。SHATは、S(生活)H(保護)A(悪撲滅)T(チーム)の略だったそうです。
2月になって新たに、同様の文字の入った夏用ポロシャツ、フリース、半袖シャツ、携帯ストラップ、マグカップ、マウスパッド、Tシャツ、ボールペンの存在がわかりました。
ジャンパーは2007年に作られ、以後64人が自費で購入。夏用のポロシャツは08年に作られ、67人が購入しました。これらは庁内だけでなく、利用者宅を訪問する際にも着用していました。他のグッズは、異動する職員への記念品などに使われました。
元保護利用者もメンバーにした検討会
問題発覚後、加藤憲一市長は、ジャンパーについて「不正受給への 毅然 とした対処という意識が出るあまり、生活保護制度への不寛容、ひいては保護が必要な市民への不寛容という姿勢を表明することにほかならず、全く適当でない」と生活支援課職員に訓示しました。市民向けにも「生活保護制度を利用する権利を抑制することにつながるのではないかという当たり前の感覚が欠如していたと言わざるをえません」と、おわびを出しました。
そして、外部の有識者と市幹部による検討会を設け、分断社会の解消に向けた政策提言で知られる井手英策・慶応大教授(財政社会学)を座長に、2月28日から3月25日まで4回の会合を開きました。自己防衛にならないよう、事務局は福祉部門ではなく、企画政策課にしました。「全庁的な課題」と市長が位置づけたからでもありました。
注目されたのは外部メンバーの人選です。ケースワーカー経験のある森川清弁護士、北海道釧路市で先進的な就労支援をしてきた 櫛部 武俊さん、元生活保護利用者の和久井みちるさんらが入りました。生活保護の改善に力を注いできた人たちです。とりわけ、市民ではないものの当事者とも言える和久井さんが入ったのは画期的です。よく考えれば、生活保護のあり方を検討するのに、ユーザーを加えていない厚生労働省の審議会などの構成のほうが問題でしょう。検討会メンバーが求めた資料や情報はすべて提供されました。保護係の職員、そして市職員全員へのアンケートも行われました。
もうひとつ画期的なのは、検討会の会合・報告書が、生活保護の「受給者」ではなく、「利用者」という用語を使ったことです。お金をもらうことが強調される「受給者」よりも、ニュートラルな「利用者」のほうが適切でしょう。筆者も、貧困と生活保護のシリーズでは原則として「利用者」と表記してきました。
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