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死刑の致死薬注射が作用するしくみ

死刑の致死薬注射が作用するしくみ

薬殺刑の注射に使われる薬物は、本来、人を殺すために開発されたわけではなく、医薬品として市場に出ているものです。多くの製薬会社が、自社製品を死刑に使わせないよう、流通を規制するようになったのですが、アーカンソー州はそれをかいくぐって入手した模様です。以下、アメリカで致死薬注射に使用されている3種類の薬物がどのように作用するかを説明します。


ミダゾラムは鎮静剤

この薬は一般的に、腸の内視鏡検査の際や、手術前の不安や精神的苦痛を取り除くために、麻酔医によって投与されています。患者はこれによって意識を失うことはありませんが、眠気を感じ、薬が作用している間のことは何も覚えていません。手術の際は、麻酔の前にミダゾラムが投与されます。

アーカンソー州の薬殺刑でも、3種類の注射薬のうち、ミダゾラムが最初に注射されます。しかし投与量は、手術患者が4㎎なのに比べ、はるかに多い500㎎です。これで囚人をリラックスさせ、意識を低下させる狙いでしょう。しかし、この薬には、囚人の意識を失わせたり、痛みを緩和したりする作用はないのです。以前はそうした作用をもつ、チオペンタールやペントバルビタールが用いられていましたが、矯正当局がそれらを入手するのが困難になったため、それに代わるものとしてミダゾラムが使われているのです。

このミダゾラムが原因で、刑に処された人に麻酔が完全に効かないという死刑の失敗事例が何度か起きています。アリゾナ州は、2014年に執行されたある死刑が2時間近くかかってしまったという事例を受け、二度と注射にミダゾラムを使わないことを決定しました。しかし他州は使用を続行する意向で、オクラホマ州で起きたミダゾラムによる失敗事例が議論を呼んだ後も、連邦最高裁判所が薬物注射による死刑執行を合憲と判断しています。


化ベクロニウムが筋肉を麻痺させる

ミダゾラム同様、臭化ベクロニウムも手術で広く使用されている薬物です。患者が動かないよう、筋肉を弛緩させ、働きを弱める作用があります。これを大量に投与すると、横隔膜の動きが止まり、呼吸ができなくなります。

手術での投与は8㎎程度であるのに対し、薬殺刑では、それをはるかに上回る100㎎が投与されます。臭化ベクロニウムが投与される目的は死刑囚の呼吸を止めるためですが、筋弛緩作用があるため、投与された囚人は、動くことも、痛みや苦しみを口に出すこともできません。つまりこの薬物が効けば、死刑囚が苦しんでいるかどうかがわからないのです。


塩化カリウムが心臓を止める

塩化カリウムの最も一般的な医療用途は、単純なカリウム補給です。カリウムは、体の機能に欠かせない電解質で、ゲータレードの成分でもあります。また、ココナッツウォーターが運動の最中や後の水分補給に最適ともてはやされるのも、カリウムが含まれているからです。

カリウムは、微量で神経伝達や筋肉の機能に働くので、大量に投与すれば、体の根本機能を妨げます。そして最も重要なのは、塩化カリウムが心臓を停止させることです。

医療用の場合、塩化カリウムは、通常、1日最高200mEq(ミリグラム当量)が数回に分けて投与されます。アーカンソー州の薬殺刑の規定では、240mEqが一度に投与されます。臭化ベクロニウムが効いていれば、塩化カリウムが投与されるときには、囚人はすでに死亡しているはずです。しかし、臭化ベクロニウムが効いておらず息があれば、塩化カリウムの投与によって非常な苦痛が生じます。ある麻酔医は、血管が破れるほど刺激性が強いと証言しています。医療目的の通常用量でも、患者は、焼けるような感覚を訴えます。

これらの薬物は、人間を殺す薬物として試験や認可が行われたわけではないので、その目的が人道的に果たされる保証はありません。各州は、死刑執行方法について手直しを繰り返し、薬剤が入手困難となり、何年にもわたって執行が延期されることもあります。薬殺刑には、ペットの安楽死に使われるペントバルビタールが使われるのが標準でしたが、最近は、矯正当局による入手が阻止され不可能となっています。

製薬会社が自社製品を薬殺刑のために売ろうとしないため、矯正当局は、非正規の調達手段をを行っています。しかし、メーカーや業者によるこうした流通規制に加え、EUが、拷問の道具として使われる薬剤の輸出を全面禁止しており、死刑も拷問に含まれると定義しているのです。

Beth Skwarecki (原文/訳:和田美樹)

Photo by Shutterstock.



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