「ピンポーン」
貧しいボロボロの服装を着たフランク青年は、とある大ベストセラー作家の家の前に立っていた。
彼は子供の頃から、その作家の大ファンで、何度もなんども読み直していた。
一字一句全て覚えているくらいだ。
その作家の影響でホラー好きになったと言って過言ではなかった。
もうすぐであの人に会える。
そう思って、フランクは胸を躍らせていた。
ガタンとドアが開き、子供の頃から憧れていた作家が目の前に現れた。
フランク青年が会いに行った作家……
それはホラーの帝王と言われているスティーブン・キングだった。
「やあ、こんにちは」
スティーブン・キングはボロボロの服装を身にまとったこの貧しい青年を暖かく迎い入れてくれた。
暖炉の前に座り、緊張を隠しながらフランクは本題を言う。
「あなたの小説の映画化権を買いたいんです」
スティーブン・キングはこの若い青年の目の眼差しを眺めていた。
ただ純粋な眼差しだったのだ。
彼は本気だ……
子供の頃からフランクは貧しい家で育ち、移民の両親の影響で、各地を転々とする生活をしていた。
難民収容所があった地域で生まれ、子供の頃から、収容所に入れられている移民たちや受刑者をフランクは見ていた。
自分もいつかここにいれられる。
そんな思いが彼の中にはあったのだろう。
怖くはあったが、子供が持つ好奇心からか、その収容所の周りを囲う大きな壁を見て、そんな思いに馳せていた。
「お前の両親は移民だ! 出て行け」
学校ではクラスメイトからそう言われ、いじめられていた。
自分は移民なんだ。
だから、ここにいちゃいけないんだ。
壁で囲まれた自分と同じような移民を見ていると、なんだかやるせない気分になり、彼は自宅に閉じこもるようになっていった。
自分なんていなくても変わらない。
そう思い込んでしまったのだ。
彼は現実逃避の意味も込めて、映画館に通うようになった。
その頃は、安い低予算のホラー映画が大量に撮られていた。
低予算のため、役者の演技も棒読みで、見ていられるクオリティーのものでもなかった。
この低予算映画はもともと、映画館に来るカップルが女の子を口説くために、安い金で作られ、使い捨てされる映画だったのだ。
全く怖くもなんともないホラー映画に見飽きた客はさっさと帰って行った。
しかし、そんな低予算映画でもフランク少年の心を鷲掴みにした。
自分もいつか、人を楽しませるようなホラー映画を作ってみたい。
そう思うようになったのだ。
「あなたのホラー小説を映画化したいんです」
24歳になったフランク青年は、アメリカ一の大ベストセラー作家を前にして、そう頼み込んでいた。
頭を抱えているスティーブン・キングはこうつぶやく。
「君は今まで映画を撮ったことはあるのかね?」
鋭い眼差しでフランクを見つめるこの作家に嘘はつけないと思い、彼は本当のことを言った。
「まだ一度もありません」
スティーブン・キングは続けた。
「君みたいな青年は初めて見た。何人も私の小説の映画化権を買いに来るが、君ほどしつこい人は初めてだ。私のエージェントも頭を抱えていたよ。あまりにもしつこく電話をかけてくるし、オフィスにも現れるから」
彼は赤面してしまった。
どうしてもホラー映画が撮りたかったのだ。
しかし、人脈も金もない無一文のフランクには、ツテがなかった。
ひたすらホラーの帝王と呼ばれるスティーブン・キングのエージェントに頭を下げるしか方法がなかったのだ。
「そんなに情熱的に私の小説の映画化を頼み込んでくる人はそういない。だから、一度会いたくなったんだ」
フランクは全くの無一文で、何も実績を持たない自分と会ってくれたスティーブン・キングにただ感謝するしかなかった。
たぶん、いつものようにただの無一文の青年に映画化権をくれたりすることはないだろう。
それでも来ただけマシだった。
フランクは心のそこから、スティーブン・キングに感謝すると同時に、半ば諦めかけていた。
「ただ、すまんが私のホラー小説の映画化権は、ほとんどすべて売ってしまっているんだ。残っているのは非ホラー小説なんだが、それでよければ君に売るよ」
彼は驚いた。
あのスティーブン・キングの映画化権を買えるなんて!
しかし、ホラー小説ではないのか……
一体、ホラーではない彼の小説はどんな作品なのだろうか。
「君は見たところ一文無しだね。たいした短編ではないが、この作品なら1ドルで君に譲る」
そして、フランク青年は、大ベストセラー作家からとある短編の映画化権を1ドルで買い取ることになったのだ。
フランクはその短編を読んでみて、涙が溢れてきた。
それは「希望」の物語だった。
どんなに残酷な運命に翻弄されても、決して「希望」を見失わない大切さを伝える物語だったのだ。
いつか、この作品を世に出さなきゃ。
それから彼は死に物狂いで仕事をするようになった。
超低予算で興行成績など、ほとんど見越されていない低予算映画でも、彼はしっかりと脚本を書いていった。
いつか、この短編の映画化をしたい。
その思いだけが彼を突き動かしていたのだ。
誰も見ないようなグチョグチョの低予算ホラー映画も、彼はきちんと、ファン層向けに脚本を書き、ちょっとずつだが彼の名は業界内で知られるようになっていった。
「あのホラー映画、クソみたいなできだが、脚本だけは良かったよな」
そう言われる回数も増えていった。
フランクは低予算映画でも、きちんと構成を考え、大衆娯楽映画にも負けないようなクオリティーの映画を目指していったのだ。
ホラーの帝王との約束を果たすため、どんなにくじけそうなことがあっても「希望」を忘れずに、仕事に打ち込んでいった。
いつかあの短編の映画化をする。
それだけがフランクを突き動かしていたのだ。
そして、10年後、とうとう映画化のチャンスが来た。
まるで客が入らないホラー映画でも、フランクが担当する脚本の回だけは異様に評判が良かったため、彼の腕を見込んで監督の仕事の依頼がきたのだ。
フランクはスティーブン・キングから1ドルで譲り受けた短編の映画化を希望していった。
しかし、映画会社はなかなかゴーサインを出さなかった。
あのスティーブン・キングとはいえ、その短編は名前がほとんど知られてない。
そんな短編を映画化しても客が入るとは思えなかったのだ。
しかし、フランク青年は必死に映画会社を説得し、ついに映画化に踏み出していった。
フランク青年がスティーブン・キングから1ドルで譲り受けた短編小説……
それは「刑務所のリタ・ヘイワーズ」という。
無実の罪で、刑務所に入れられるも「希望」を捨てずに戦い抜いたとある受刑者の物語だ。
フランクは、その短編の中で、決して「希望」を捨てずに戦い抜く主人公に共感していたのだろう。
彼もどんな苦境にあいながらも決して「希望」を捨てることはなかった。
そのわずか1ドルで映画化権を譲り受けたその短編は「ショーシャンクの空に」というタイトルで映画化されることになる。
今でも幅広い層から支持される不朽の名作だ。
どんなに苦境に立たされても決して「希望」を捨てることのなかった主人公の姿は、どこか監督であるフランク・ダラボンの姿に似ているのかもしれない。