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2017年5月16日付赤旗より

 投稿者:JACK  投稿日:2017年 5月17日(水)20時05分27秒
  学会員ではない知人より、「共謀罪を阻止するために、ぜひ全国の創価学会員に、治安維持法に殺された牧口会長のことを思い出してほしい!」と、共産党機関紙の赤旗に掲載された記事が届いたのでご紹介致します。
今や牧口先生の指導は、学会員より学会員ではない方々の方がよほど勉強しており、牧口先生の著作を学会員より真剣に学んでいる。
本当に情けない。


20170516 共産党機関紙 新聞赤旗より
『共謀罪と治安維持法』
日蓮宗僧侶 小野文こう(こうの字は、左側が王、右側が光。機種により表示されないことがあるため、平仮名で記載。)

4月19日、国会で「テロ等準備罪」の本格的な審議が始まった。
テレビ中継やインターネットでその質疑を聞いていると、「組織犯罪処罰法改正案」であると政府は主張するが、
既存の法律で国連越境組織犯罪防止条約は今すぐ締結できることが明らかになった。
また政府はテロ対策に必要だと強弁するが、日本ではすでにテロ防止のための13の条約を締結し、それに合わせて取り締まりの多くの法律が作られていて、現行法で十分対応できることが参考人の意見表明でわかった。
実際提出された法案の中身はテロと無関係な犯罪が多い。
大臣や法務省の答弁があいまいで矛盾だらけなのは、この「法案」の目的が他にあるからなのであろう。
つまり、条約締結やテロ対策は口実で、真意(本音)は、計画や準備の話し合い段階での「合意」という心の中を調べて、これを処罰の対象とする「共謀罪」の成立にあるのである。
過去何度も内心の自由を脅かす健保違反の疑いが濃厚であると、廃案にされたのを考慮して、文言や体裁を改め、説明の仕方を変えて、オリンピックまで持ち出し、国民を欺く手法を駆使して、安倍総理が執念をもって再提出したのがこの「法案」に違いない。
司法当局も、口には出さないが現代の「治安維持法」であると承知しているはずである。

納得できないのは与党公明党の姿勢である。
安倍総理に全く同調し、一心同体のような動きを示しているのは、自らの存在意義を否定するものではないか。
昭和5(1930)年11月、東京・白金小学校長牧口常三郎らは、「創価教育学会」を発足させ、『創価教育学体系』第1巻を刊行した。
翌年2月、第2巻『第三篇 価値論』を出版した。
教育勅語絶対の戦前の社会に、「人生の目的は幸福であり、幸福とは価値の創造獲得以外の何物でもない」と、ドイツの新カント派哲学や西洋のプラグマチズムを、自分の信仰するにちれんの思想から展開した初代会長は国家神道を批判。
そのため、昭和18(1943)年、不敬罪・治安維持法違反の容疑で逮捕され、厳しい特高の取り調べの最中、ついに獄中で病死してしまった。
戦後「創価学会」と改称し、初代会長の意志を奉じて、「人間革命」と社会改革を目指して政界に進出した結果、今日の政権与党の公明党という政治団体を要する巨大な宗教教団に発展した。
しかし、その原点は、教育勅語的国家体制に反対し、「人生地理学」「価値論」を主唱した牧口の、個人主義的ヒューマニズム、実利主義的教育による社会改革、仏法救済論の実現にあった。
公明党が共謀罪法案に賛成することは自ら首を締めることに等しい。
少なくとも牧口常三郎初代会長の法難の死を、おとしめることにならないか。
今や信教の自由も危うくなった。
戦時下、反戦平和を願った多くの宗教者が徹底的に弾圧されたあの悪夢が再びよみがえろうとしている。
この「法案」を葬り去らなければならない。(以上)
 

不思議???

 投稿者:ダメよ~ ダメダメ  投稿日:2017年 5月17日(水)20時05分16秒
編集済
  この学さんの投稿を拝見して率直に思うこと。そして不思議なこと。


>大石寺の板本尊に関しては、金原さんの本が出版される前から議論が巻き起こり、出版直後か

>らは、かなり濃い議論が交わされていましたね。

>会則改正で板本尊の存在を限りなく薄くしたり、出世の本懐を定義変更したのは、創価学会の

>教義が金原さんやこの時議論されていた方々の背中を追いかけているような印象を受けますね。


であるならば、信濃町界隈は何の理由で金原氏を除名処分にしたのか?

信濃町界隈が、学さんの仰るような理由で現在の理論を立てているのであれば、除名処分どころ

功労者であり、賞賛に値し表彰ものでしょう?

一体、信濃町界隈は何考えているのやら(苦笑)
 

参考に

 投稿者:  投稿日:2017年 5月17日(水)19時52分21秒
  この掲示板での御本尊のやり取りを読んでいて、思いだしました。

大石寺の板本尊に関しては、金原さんの本が出版される前から議論が巻き起こり、出版直後からは、かなり濃い議論が交わされていましたね。

会則改正で板本尊の存在を限りなく薄くしたり、出世の本懐を定義変更したのは、創価学会の教義が金原さんやこの時議論されていた方々の背中を追いかけているような印象を受けますね。

書き込みは1000オーバーですので、読むのが大変だと思いますが・・・

http://jbbs.shitaraba.net/bbs/lite/read.cgi/study/4943/1187883051/
 

まだこんなレベルの低い事やっているんだ(笑)

 投稿者:ダメよ~ ダメダメ  投稿日:2017年 5月17日(水)19時46分24秒
  いまや主戦場の東京は当然、全国的に創価学会組織は東京都議選対策。

東京では各選挙区及び周辺地域の組織に共産党対策の批判ビラを作成し組織に落としている。

相変わらず十年一日の如く、まだこの様な低レベルの選挙対策を行っているのですね(笑)

おそらく内部討議資料の名目で会員さんに配布のおつもりでしょうが、今の時代直ぐにネットで

拡散されてしまうのも想定しないとダメだと思うのだが?

既にツイッター等SNSでこのビラは拡散されています(笑)

共産党の方々にも判ってしまい、一般の都民にも拡散され、却って友好活動に頑張る会員さんの

戦いの邪魔になる事が判らないのかな?

おまけにネタ元も自民党の反安倍勢力からの提供との噂もネットで拡散されています。

いい加減にこの様な低レベルの対策止めないと、せっかく小池都知事の都民ファーストと手を組

んでも余計に危うくなるだけだと思うのだが?
 

対策さんへのコメント

 投稿者:日蓮仏法2.0メール  投稿日:2017年 5月17日(水)19時16分39秒
  http://6027.teacup.com/situation/bbs/69018
率直な意見に対し、私も誠意を持って回答します。
仰る通り、御本尊の扱いと相貌は日興門流が良い。
大御本尊は真筆でないとしても、相貌は大聖人の曼荼羅と一緒なので、良い。金原さんも著書でそう理解していると思います。
問題は、この大御本尊だけが大聖人の「出世の本懐」で「戒壇の本尊」だという教義だけです。その他をすべて否定する教条主義的・排他的姿勢が大問題です。これを是正する必要がありました。
「教学は日寛上人の時代に帰れと御指導された戸田先生」は、私の知らない時代のことなので、具体的にどういうことを意味していたのか、詳しく知りません。ただし、御本尊に対する信仰心、「御本尊にパワーがある」と信じて唱題することには、公私ともに強烈なエネルギーになったという印象を持っています。貧乏や病気を克服するたくさんの体験が生まれています。この伝統は継承・発展させたいですね。これに先生の人間主義を。
その他の組織内部の問題については、私は部外者となります。
最後に、一言。対策さんの「※この私論に異論がある方はいらっしゃいますか?」と謙虚に問う姿勢が、私は好きです。最大限に評価します。それでこそ教条主義・独善主義を超えて、互いに尊敬しあいながら真摯な対話が成り立つからです。互いに学び合いながら、成長できるからです。
 

1988年刊の婦人部反戦出版の憲法論は...

 投稿者:ドミサイル信濃町の入居者  投稿日:2017年 5月17日(水)18時57分10秒
  時代背景が違うので、参考にしてはならない禁書扱いです。私の地域では、トインビー対談も去年の暦扱い。こんな本を振りかざして、国会前で三色旗を振った婦人部はとうの昔に除名されています。異論を封殺する組織!女性の力はコワイです。  

ミネルヴァの梟は、夜明け前に飛び立つ

 投稿者:ミネルヴァの梟  投稿日:2017年 5月17日(水)18時51分26秒
  ミネルヴァの梟。

池田先生の御述作の中から、拾い集めさせて頂いた言葉。

私の中では、ミネルヴァの梟は夜明け前に飛び立つ。と解釈している。

黄昏時に目を覚まし、長い夜を飛び続け、まったく新しい朝を迎えることこそが目的。

黄昏が始まれば、新しい夜明けはそう遠くはないと思っている。

大御本尊様の件に関して、私には判断材料が不足しているようだ。

なので今回は、賛成も反対もしない。しばらくの間、推移を見守りたい。



 

強い国家主義への道を開く国策

 投稿者:通行人  投稿日:2017年 5月17日(水)18時10分56秒
  「政界や財界の支配階級が自己の政策を推し進めるために
世論を自己の都合のいい方向に押し曲げるために、
マス・コミを自己の勢力のうちにだきこもうとしている」

「そういうファシズム的政治体制がはっきりした形をとって現れる前に、
これを未然に阻止するのが何よりも大切である。

戦前の経験によっても、体制側はかならず最初は緩やかな形でしか
規制措置を出してこない。

はじめは緩やかな形ではあるが、しかし後にはテンポを速めて
急速に態勢を整えてくるものである。

そうなったときに反撃を加えるのには、大へんな努力が必要である。
それゆえ、保守反動の勢力が動き始めた今こそ、これを徹底的にたたくべきである」

創価大学    故 樺俊雄教授著『歴史は繰り返すか』

『法華経の智慧 』-二十一世紀の宗教を語る-
「比喩-「慈悲」と「智慧」の馥郁たる結晶」 より引用しました。

残念ながら、先生が『法華経の智慧』を始められるにあたり、ご懸念、ご予見された方向に
創価学会は向かっています。

青年部よ「心して政治を監視せよ!」ではないのか。国権の策動を鋭敏に感じ取り、
健全なる批判の舌鋒を向けていけるようでなければならないのではないですか。
 

大御本尊について

 投稿者:信濃町のネット対策チームの対策  投稿日:2017年 5月17日(水)17時58分39秒
編集済
  信濃町のネット対策チームの対策です。

昨日に書き込みさせていただきました「勤行での御祈念文」で「大御本尊」について御意見をいただきました。

「大御本尊」について私の私論を少し述べさせていただきます。

牧口先生、戸田先生、池田先生が大切にした「大御本尊」に対する考え方は教学的にも信仰的にも「正しい」ことです。そして全く「矛盾もない」と言うことです。

理由
①身延や他の日蓮門下の書写本尊には、主題(南無妙法蓮華経)の下に自分の名前を書いている。
それに対して大石寺では主題(南無妙法蓮華経)の下には日蓮・判と書写し「日蓮大聖人の御本尊の書写」としている。
②①のような化義(ルール)ができた理由は、「大御本尊」があったからです。
もしも「大御本尊」を中心としなかったら、私たちは身延のように、得体の知れないゲテモノ本尊に祈ることになっていた。
他の日蓮宗の坊主の書写した本尊を御覧下さい。
日蓮大聖人の真筆には認められていない「列座」が平気で書いてあります。
ですから大石寺の「大御本尊」は必要であったのです。

※この私論に異論がある方はいらっしゃいますか?

③仏法は法を根本とすることは当然ですが、「伝持」の「人師」を大切にします。
その証拠に、御本尊の中には、龍樹・天親・章安大師・天台大師・妙楽大師・伝教大師など「伝持」の「人師」が認められています。

牧口先生、戸田先生、池田先生が日目上人や日寛上人を「大切」にしたこともそのような仏法の考え方であると思います。
そうすると教学は日寛上人の時代に帰れと御指導された戸田先生は正しいのです。

④大石寺の大御本尊は日蓮大聖人の真筆でなくてもよいのか?
このことは難問であります。
1つ回答としては先程①②③が回答になります。
これも私の私論ですが、3点思索しています。

①日興上人は日蓮大聖人の真筆である御本尊に「本門寺に懸け奉る本尊」と追記されています。

私たち日興上人を僧法と仰ぐ弟子は広宣流布を進展させて、現在は他宗にある日蓮大聖人の真筆御本尊を「本門寺」に「御安置」できるように髄力弘通することで信仰者として「大御本尊」についての問題は解決できます。

②日興上人は日蓮大聖人の真筆御本尊をお手本とされ「忝なくも書写しました」と仰せです。
そして日興上人が「御自身」で「書写」した御本尊を「難にも負けずに信仰している」弟子に授与されました。
日興上人は日蓮大聖人の真筆御本尊を流布したのではありません。
日興上人が「書写」した御本尊を流布したのです。

牧口先生、戸田先生、池田先生も日興上人と「同じく書写」された御本尊を流布したのですから正しいのです。

※この私論に異論がある方はいらっしゃいますか?

ですから、原田ニセ会長や宮田教授が会則変更や御祈念文変更に対する考え方は、「牧口先生、戸田先生、池田先生」の「過去の御指導」を貶めることなのです。
こんな「ニセ会長」が「一番弟子」であるはずがないです。

私の私論と原田ニセ会長が作った会則及び御祈念文はどちらが正しいと思いますか?

現在の日本の創価学会では会則変更や御祈念文に対して質問をしても答えられる創価学会職員は皆無です。

それも当然です。
師匠の説かない法門を説いたのですから答えられるはずがありません。

どうかこの掲示板を閲覧される方は、原田ニセ会長と習い損ないの教学部に騙されないようにしてください。

その上でこの宿坊の掲示板には教学に造詣が深い方が「大御本尊」について止揚されています。

皆様は「学問」として「大御本尊」の議論を参考にされると良いと思います。

何度かこの掲示板で紹介されている「金原氏」「松戸氏」も創価三代会長の教学を止揚し宣揚する為に研鑽の成果を出版されたと思います。
 

ミネルヴァの梟は黄昏とともに飛び始める

 投稿者:日蓮仏法2.0メール  投稿日:2017年 5月17日(水)16時52分15秒
  http://6027.teacup.com/situation/bbs/69007
ミネルヴァの梟さん、黄昏が近いです。
その二名がずっと警鐘を鳴らし続けていました。
深い眠りから覚めるのは「今です!」今しかないです!
正・反・合のヘーゲル的弁証法で「止揚」しましょう!
御研鑽を期待しています。

http://https://www.amazon.co.jp/%E5%87%A1%E5%A4%AB%E5%8D%B3%E8%BA%AB%E6%88%90%E4%BB%8F%E8%AB%96-%E6%9D%BE%E6%88%B8%E8%A1%8C%E9%9B%84/dp/4802093160/ref=sr_1_1?ie=UTF8&qid=1495004234&sr=8-1&keywords=%E6%9D%BE%E6%88%B8%E8%A1%8C%E9%9B%84

 

人生の座標から~

 投稿者:うーこメール  投稿日:2017年 5月17日(水)16時41分10秒
  ・本当の個性は、必死の努力によってしか花咲かない。だから、今の自分が自分のすべてだと思ったら、大きな間違いを犯してしまう。
・個性は人間として、人間らしい生き方をする根本です。お金は使ってしまえば無くなってしまう。物は、いつかは壊れるし自分自身を豊かにしてはくれない。しかし、個性は、耕せば耕すほど豊かになる。使えば使うほど豊かにになる。減りもしなければ、無くなりもしない。そういう何かが、必ず一つは自分の中にある。その宝を光らせていく戦いが人生です。
 

まんがわたしたちの平和憲法

 投稿者:シャクソン ファイブ  投稿日:2017年 5月17日(水)16時28分23秒
  まんがわたしたちの平和憲法
創価学会婦人平和委員会編 ; 山根赤鬼まんが
(平和への願いをこめて / 創価学会婦人平和委員会編)
第三文明社, 1988.9

大学の図書館に所蔵されています。

大阪府立大学 学術情報センター
323.1/320900105530
OPAC

沖縄女子短期大学 図書館
900018219
OPAC

奈良県立図書情報館戦争文庫
323.1-0000981026906
OPAC

奈良県立図書情報館旧児童
320||ソ1512048009
OPAC

ハイデルベルク大学東アジア研究センター日本学研究所
630634735
OPAC

福岡教育大学 学術情報センター 図書館図
310||K 31||児童書064031288013482
OPAC

山梨県立大学 図書館図
323||Sok0100097625


複写料をを払えば、コピー出来ます。
 

「凡夫即身成仏論」がアマゾン・ジャパンから

 投稿者:日蓮仏法2.0メール  投稿日:2017年 5月17日(水)16時25分46秒
  「凡夫即身成仏論」をアマゾン・ジャパンで印刷・配送でき、やっと日本語の著者名や書名で検索できるようになりました。
http://6027.teacup.com/situation/bbs/69009 この方が紹介してくれているように、私自身はすでに25年前からSG教学の刷新・革新を提案しています。先生の人間主義の日蓮仏法を継承・発展する立場です。
その背景や経緯については第一部で、「法華経の智慧」、宮田・須田論争、現在のSG教学に対する評価は第二部で扱っています。第三部は今後の方向性として凡夫即身成仏論を提案しています。宜しく。

http://https://www.amazon.co.jp/%E5%87%A1%E5%A4%AB%E5%8D%B3%E8%BA%AB%E6%88%90%E4%BB%8F%E8%AB%96-%E6%9D%BE%E6%88%B8%E8%A1%8C%E9%9B%84/dp/4802093160/ref=sr_1_1?ie=UTF8&qid=1495004234&sr=8-1&keywords=%E6%9D%BE%E6%88%B8%E8%A1%8C%E9%9B%84

 

自公は平和憲法を捨てた。

 投稿者:ダメよ~ ダメダメ  投稿日:2017年 5月17日(水)15時59分30秒
  一昨年の安保法案の際、話題になった1988年創価学会婦人部平和委員会の編纂で第三文明社から

出版された『まんが・わたしたちの平和憲法』が再び注目を集めています。

地域の旧い婦人部の方々は結構お持ちの本ですが、幹部の方はもちろん、公明党の議員さんでさ

えあまりご存知ではないようで、支援者の会員さんより質問されたりして大変だった様です。

ある方の昨年6月に書かれたブログ「Seoul Life」を御紹介致します。


以下、ブログより引用。



自公は平和憲法を捨てた。……28年前の創価学会婦人部編『まんが・わたしたちの平和憲法』に

書かれた戦争へのシナリオが今の状況とそっくり。

これは、1988年、僕が12歳の時に創価学会婦人部平和委員会の編纂で第三文明社から出版された

『まんが・わたしたちの平和憲法』の最後の章です。

前の章で憲法の大切さを学んだ主人公の男の子たちが旅に行っている1年あまりの間に、自覚の

ない国民が選挙で憲法改正に同意してしまい、その後に起こる悲劇を描いています。

詳細、本文は下記ブログへ。

「Seoul Life」

http://seoul-life.blog.jp/archives/62149212.html
 

共謀罪

 投稿者:さながら  投稿日:2017年 5月17日(水)13時36分10秒
編集済
  「共謀罪」が明日にも強行採決されるらしいですけど、公明党は、自分たちが永久に与党にいると思い込んでいるのではないでしょうか。

与党であるかぎり、自党と支持団体がこの法律によって摘発されることはない、とタカをくくっている?

公明党が野党となれば、時の政権は野党とその支持団体の動きが邪魔になった時、この法令を使って縛りにくることに思い至らないのかな?

新たに転居してきた部員さんの家庭訪問に行くべく、花見会場の近くを地図やメモ帳を持って歩いていたら、テロの下見としてしょっぴかれます(笑
政党の方針によって支持団体がとばっちりを受けるのは勘弁してほしいです。
 

雑感

 投稿者:誰か私を呼んだ?  投稿日:2017年 5月17日(水)13時00分11秒
  寄らしむべし、知らしむべからずの、
集団にどっぷり浸かって、
知らないことを自慢されても、、、

えっ、私はどなたも批判してません!
全世界的な受動喫煙防止の動きだって、
ホントの狙いがロスチャイルド家叩きにあるなんて、
誰も教えてくれませんし。
議論のスタートが自動車産業の排ガス規制の目眩ましだったなんて、今では都市伝説(笑)

とかく、目眩ましの議論が多すぎて、
あとで知らなかったならまだマシな方で、
最後まで知らされないことが多すぎ。
でも、その方が幸せかもと思うときさえあったりして。

目眩ましは、一つではないのかも。
 

「創価学会の歴史と確信」(2)

 投稿者:生涯&広布一筋兄弟メール  投稿日:2017年 5月17日(水)12時45分14秒
編集済
  戸田城聖全集 第三卷より

利益と罰は、我々日常の真実の生活であり、価値生活の全体である。
この尊い事を忘れおって、牧口先生がこれを説くや、おどろきあわてた連中の姿は、今思い出してもこっけいのきわみである。

そして、いまごろになって、昔から知っていたような顔をしている悪侶もあるのにはおどろくのである。
今日に至って、なお、これを思い出さない愚侶(ぐりょ)もいるのにはおどろくというより無知を悲しむのである。

聖人御難事に大聖人の御おおせにいわく、
「過去現在の末法の法華経の行者を軽賤(きょうせん)する王臣万民始めは事なきようにて終(つい)にほろびざるは候わず」
(御書全集一一九〇㌻)と。

大法に背く者に厳然と罰ありとの御聖訓ではないか。
誰が、これを否定いたしましょうぞ。否定する事は謗法であり、悪人、愚人の証明となるではないか。

また大聖人のおおせには、
「太田の親昌(ちかまさ)・長崎次郎兵衛の尉時綱(じょうときつな)・大進房が落馬等は法華経の罰の現るるか、

罰は総罰・別罰・顕罰・冥(みょう)罰・四候、

日本国の大疫病と大けかちと同士討ちと他国よりせめらるるは総ばつなり、

やくびょうは冥罰なり、太田等は現罰なり、別ばつなり、

各々師子王の心を取りい出して、いかに人おどすともおづる事なかれ」
(御書一一九〇㌻)と。

牧口先生は、この御書をお心として、おどしてもおじず、おどろかず、法罰を説いて内外の難をこうむったのである。
 

ご参考までに。

 投稿者:ダメよ~ ダメダメ  投稿日:2017年 5月17日(水)12時37分13秒
  ①人間主義の「日蓮本仏論」を求めて―創価ルネサンス運動の基礎付けのために

単行本 ? 1992/3/1  松戸 行雄  (著)  ※松戸氏代表作

日蓮大聖人の目指した人間主義の仏法を理論的に解明。伝統的「大聖人久遠本仏論」の脱構築のための試論。「創価ルネサンス」の思想基盤確立を目指して探究する。

https://www.amazon.co.jp/%E5%87%A1%E5%A4%AB%E5%8D%B3%E8%BA%AB%E6%88%90%E4%BB%8F%E8%AB%96-%E6%9D%BE%E6%88%B8%E8%A1%8C%E9%9B%84/dp/4802093160/ref=sr_1_1?s=books&ie=UTF8&qid=1494991907&sr=1-1&keywords=%E6%9D%BE%E6%88%B8%E8%A1%8C%E9%9B%84

②日蓮と本尊伝承―大石寺戒壇板本尊の真実

単行本 ? 2007/8  金原 明彦  (著)

内容(「BOOK」データベースより)

厖大な資料、文献を博捜、渉猟しながら、日蓮正宗大石寺に伝わる「戒壇の大御本尊」の造立をめぐるさまざまな謎の核心へと迫る。史実の検証と明解な論理のうちに、通説は排され、新たな「真実」が浮かびあがる。

著者略歴 (「BOOK著者紹介情報」より) 金原/明彦

1960年、静岡県三島市に生まれる。アジア・アフリカ語学院卒業。

https://www.amazon.co.jp/%E6%97%A5%E8%93%AE%E3%81%A8%E6%9C%AC%E5%B0%8A%E4%BC%9D%E6%89%BF%E2%80%95%E5%A4%A7%E7%9F%B3%E5%AF%BA%E6%88%92%E5%A3%87%E6%9D%BF%E6%9C%AC%E5%B0%8A%E3%81%AE%E7%9C%9F%E5%AE%9F-%E9%87%91%E5%8E%9F-%E6%98%8E%E5%BD%A6/dp/4891766484
 

(無題)

 投稿者:こんにちは  投稿日:2017年 5月17日(水)12時28分42秒
編集済
  ドラマはいつも「一人」からはじまる
沖縄代表者会議
平成7年3月28日より

宮崎県の日南海岸にある「サルの島」幸島で不思議なことが起こった。昭和27年。科学者たちが、サルたちにサツマイモを投げ与えていた。イモには砂がついたが、ほとんどのサルは、そのまま食べていた。ところが一匹だけ変わったサルがいた。彼女は、その名も「イモ」という乙女だった。(生後1年半)ある日、彼女は「水でイモを洗う」という、サルの歴史上、画期的な方法を発見した。もう、口の中がジャリジャリしなくなった。

彼女はこの発見を、母親にも教えた。遊び仲間にも教えた。その仲間がそれぞれの母親に教えた。こうして島にはイモを洗って食べる「先駆的なサル」の輪が広がっていった。やがて海で洗うようになった。そうすると塩味がきいて、イモがおいしいことがわかったのである。~しかし、オヤジのサルたちの多くは、保守的なのか参加しなかった。相も変わらず、砂のついたイモを食べていた。

~そこに、ある日、とうとう百番目のサルが現れた。~何と、残りのサルすべてが一斉にイモを洗い始めたのである。こうして、ある乙女から始まった文化革命は、この島で劇的に広がった。<ライアル・ワトソン著「生命潮流」、工作刊から>
……………………………………
「核のない世界」へと一人の意識を変える。また一人を変える。その積み重ねは地道であるが、やがてある一定の人数にまで増えた時、「核の全廃」へと人類の意識が一気に変わるだろう   一  というのである<ケン・キース・ジュニア著「百番目のサル」佐川出版刊から>
……………………………………

四天王は、御本尊の四隅にも、したためられている。大持国天王(東方の護り)、大毘沙門天王(北方の護り)、大広目天王(西方の護り)、大増長天王(南方の護り)である。

国土に安穏を 勢いを 正義を 知慧を
      (持国天)  (増長天) (広目天)(多聞天)
生命に健康    成長を  価値創造の力を
 

でっち上げ?

 投稿者:ミネルヴァの梟  投稿日:2017年 5月17日(水)12時21分45秒
  松戸氏とか、金原氏とか、知らない名前がやたら出てくるが、何? ?誰? ?

私は初めて聞く名前だし、ロム専の方々も、現場の学会員さんも、知らないのはほぼ間違いないだろう。
半世紀ほど最前線にいるが、私は聞いた事がない。

そういう人の口から、大御本尊はでっち上げとか言われても、ただ、はぁ~~???としか言いようがない。

池田先生はもう随分昔に、伝えるべき事はすべて伝えたと言われたが、その時、大御本尊に関しては何も触れられていないはずだ。

とにかく、そういう話をする下地がまったく出来ていない。
下地を作るだけでも5年10年、或いは100年かかるかも知れないし、かけるべき話だと思う。


今朝のテレビは酷かった。NHKはいつも通り朝ドラ。それ以外は、全局皇室の婚約報道。
まるで北朝鮮の様だった。

よほど共謀罪から国民の目をそらしたいのだろうが、かえって共謀罪の危険性を浮き彫りにしているのと同じだ。

金田法相の不信任決議案が提出された様で、とりあえず今日の採決は逃れた様だ。

維新以外の野党、頑張れ!

 

恩と区別と向き合い

 投稿者:飛翔こそ蘇生  投稿日:2017年 5月17日(水)12時13分48秒
  例えば、一つには創価学会を生み出させていただいた大元に対する感謝を
簡単に忘れ去ろうというのは「不知恩」に通じると思う。

思考概念の上の問題は思考概念が消えれば消える
――誰もがもう、大御本尊のことを忘れれば、大御本尊の問題は無くなる。

というのも一つのように聞こえるかもしれないけれど、それは思考概念で考えた反転の曲解でもある。

中国は怖い国だという土壌があったとして
中国は文化の大恩の国だと発信していく。
自分の身に当たる実体のない与えられたイメージによる恐怖心こそ
解除の対象であって、心を開き本当の問題と向き合って融和への道を進むべきだ。
「中国?知らな~い、分かんな~い、もういいんじゃない?忘れようよ」では本当の解決とは言い難い。

牧口先生の入信のきっかけは
日蓮正宗の末寺・常在寺の大石講の幹部であった三谷素啓との
十日間にわたる三谷の立正安国論講義を中心とした多岐にわたる対話にあったという話だ。
<宿坊>【開目抄の指導原理について】1/31  投稿者:大仏のグリグリのとこ
http://6027.teacup.com/situation/bbs/17567

牧口先生は、キリスト教プロテスタ ントの伝道の拠点の地にいて敬愛し親近した師・友がその信徒であったこともあるし
日蓮宗の国家主義の宗教団体「国柱会」の講演会に何度か参加したが全面的に賛同はできなかったということもあったようだ。

宗教であれば、あるいは日蓮であれば何でもいいということは無く

後に牧口先生をして
創価教育学会の機関誌のなかで、「所詮宗教革命によって心の根底から建て直 さなければ、一切人事の混乱は永久に治すべからず」と言わしめるものとして日蓮正宗が選ばれた。

これは「一人の人間における偉大な人間革命は、やがて一国の宿命の転換をも成し遂げ、さらに全人類の宿命の転換をも可能にする」というところに息づいていると思う。

http://adat.blog3.fc2.com/blog-entry-258.html
~創価学会の創立者の牧口にも、それを引き継いでいった戸田・池田にも、分裂症やパラノイアの症候を思わせるような神がかりな宗教体験はない。この点がいわゆる新新宗教と大きく異なる。いわゆる教祖はいないのだ。牧口の仏教への接近はごく普通の信者と変わらない。~

さて、戒壇の大御本尊ほど熱原の法難の殉教の精神と
切っても切れない関係にある御本尊が他にあるであろうか?

牧口先生は事実の上で
信仰者となり行者となり殉教者となられた。

「大御本尊を受持の対象にしない」ということが運動論だとして
その趣旨が詳細に研鑽・区別・発表されない以上
「牧口先生のことはもう過去のことだから忘れましょう」
という運動論と区別されず、いっしょくたに進められることになる。

事実、共謀罪なんてものが成立しようとしている。
立正安国の精神まであやふやになっている。

組織の拡大、公明党の勝利
その前に解決させるべき問題に対処できていないがゆえに
そこに目を向ける人間を恐れ排除するという悪循環に陥っている。

区別というところで言うと
大石寺にある法主を権威付ける板曼荼羅という大御本尊
(あるいは権威そのものなのか、ただ宗門問題の中に起きた悪意なのか)と
事実の我が身の上に信仰者・行者・殉教精神として開かれる
学会精神としての大御本尊信仰という面を
区別しなければならないのかもしれない。

どういった区別が必要なのか
深化を実現させるには、一人ひとりが
種々の物事を自分で区別できるようになるための
錬磨・人間教育が不可欠であろう。

深化を果たす、価値を生み出すとの
強い意志の下で

自身を見つめ直す心を持ち
感情に流されることに打ち勝ちながら
意見の交換をしていくことは

飛翔しゆくための
叡智を開いていくものになると信じたい。

本質は同じでも
経てきた経験・環境の違いによって
結果として表現されるものが
逆になっている部分もあるかもしれない。

深部の本質はみな同じ生命現象。
御本尊はそういう本質でもあると思う。
 

再掲載させていただきます

 投稿者:信濃町のネット対策チームの対策  投稿日:2017年 5月17日(水)11時43分51秒
  投稿者:信濃町のネット対策の対策   投稿日:2015年 3月25日(水)22時49分11秒     通報

信濃町のネット対策の対策と申します。
聖教新聞・大白蓮華に掲載された、原田会長の「独歩の法門」である創価学会会則教義条項に大変危惧している創価学会員です。

なぜかと申しますと、池田先生は戸田先生の「在世」に戸田先生の「宗教的独自性」から逸脱する行動は一つも行っていません。

職員や外郭職員でもこのことが理解できていない方が散見されます。

師匠の「在世」と「滅後」を混同しているからそうなるのだと思います。

師匠の「在世」に「宗教的独自性・(色)」を出しても師敵対にならないと思われている方は、これを理解できていない典型的な事例ではないでしょうか?

以前に少しだけ書きましたが、日興上人や日寛上人、戸田先生、池田先生は師匠の「滅後」に衆生に分かりやすく師匠の仏法を広める為に、師匠の「原点」を確認しつつ「独歩」の法門を説いたと考えています。

あくまでも、師匠の「滅後」です。

今、原田会長や谷川副会長は師匠・池田先生の「在世」にもかかわらず会則教義条項の改正を行い「独歩の法門」を弘通しています。

これは、絶対悪であり師敵対です。
池田先生は昭和63年5月22日の御指導で、師匠の言を何よりよ第一義とするのが仏法の原則である。

と御指導されています。

音楽隊の皆様や創価学園の卒業生の皆様は、師匠・池田先生の言を何より第一義にしてきたはずです。

原田会長、秋谷元会長、谷川副会長、八尋副会長の師敵対の行動をそのままにしていて良いのですか?
 

再掲載させていただきます

 投稿者:信濃町のネット対策チームの対策  投稿日:2017年 5月17日(水)11時41分24秒
編集済
  投稿者:信濃町のネット対策の対策   投稿日:2015年 3月25日(水)16時11分44秒     通報

信濃町のネット対策の対策と申します。
前回の書き込みで日興上人が日蓮大聖人の「在世」に仏法の独自性を進めたのか?否か?について書きました。

皆様もご存知のように日興上人は師匠・日蓮大聖人の仏法を解釈し変更することはありませんでした。

今回の書き込みでは、池田先生が戸田先生の「在世」に戸田先生の仏法解釈より独自性を出したのか?

答えはNOです。
人間革命や戸田会長全集、池田会長全集など各種資料を調べてみましたが、独自性を発揮された内容はみつかりませんでした。

当たり前ですよね。
池田先生の師匠は戸田先生です。
師匠が存命な間に、師匠以上の独自性が出せたら師匠以上です。
道理で考えれば誰でもわかります。

今回、原田会長は池田先生の「在世」=「存命」な今、池田先生が御指導されてきた仏法解釈ではない解釈をしました。

私達は日興上人や池田先生が師匠の「在世」=「存命」にどのような行動をしたのかを学び、原田会長がおこなった会則変更が弟子の正しい行動なのか?否か?を判断しなくてはなりません。

職員、一般の会員さんも含めて皆様、どう思います?
 

聖教新聞5月15日朝刊1面広告

 投稿者:9911???  投稿日:2017年 5月17日(水)11時25分40秒
  「友達以上、不倫未満」(朝日新書) 秋山謙一郎 朝日新聞出版

100人以上の「セカパ」たちからみえてきた男女交際の本音




これ、S大OBだけど、外部の未入信者の秋山謙一郎の本です。
週刊ダイヤモンドのS学会特集で書いてた作者だけど、
こういうテーマの本を聖教の1面に載せるのが今の創価学会なんですねぇ。

https://twitter.com/fuyQsyHajzWr8QS/status/863947462238625793

 

(無題)

 投稿者:虹の戦士  投稿日:2017年 5月17日(水)11時14分32秒
  ”原田会長は師匠・池田先生の「在世」に師匠の思想以上のことをしようとしているのです。”
ということは、まさに仏敵、平成の法然ということでしょうか。

地涌の菩薩がたちあがり、この仏敵から池田先生の学会をとりもどさなければ
いけません。立正安国論を読み直しましょう。

 

はじめの一歩

 投稿者:SaySaySay  投稿日:2017年 5月17日(水)11時06分32秒
  『はじめの一歩』というボクシング漫画に印象深い地味なシーンがありました。

「ラッキーパンチなんかない」「まぐれ当たりなんかない」というのです。

練習で何千回、何万回と振り抜いて来たパンチがここ一番でヒットしたのだと。確かに「因」を積んで来て、それが「果」をもたらしたのだと。題目を重ねて来たのだと。

雌伏45「先生の行動が制約されているのなら、私たちの方から、お伺いしよう!」
も、そんな「因」となったでしょう。岡山座談会ではそんな四国の人ともお会いしました。
いずれ「最大の制約」の時が訪れます。その時に「なら、私たちの方から、お伺いしよう!」という一念になれるでしょうか。
それを阻む邪悪な権力は2006年以降スピーチを書籍化せず、全集も未収録なまま閉じ、「捨閉閣抛」させようとしています。前世で五老僧であったことを思い出したのか、「7・17大阪大会」をはじめ、「すきかえし」を進めています。

これまでも我々は何千回、何万回と振り抜いて来た拳を「♪いま再びの陣列」で放つ。それは「ラッキーパンチなんかない」「まぐれ当たりなんかない」。
 

自分の政治思想を教義に反映してはダメでしょう

 投稿者:虹の戦士  投稿日:2017年 5月17日(水)11時01分43秒
  日蓮大聖人は日本の柱、眼目、大船。
立正安国論にてらし、現在の日本の姿をみましょう。
諸天善神とは八幡大菩薩、天照大御神などの日本古来の神様。
天照大御神とは天皇陛下の先祖。
竜の口の法難で日蓮大聖人様を救ったのもこの諸天善神。

この諸天善神の感謝を勤行要点から削除した背景は、天皇制廃止の左翼思想?
もしそうだとしたら、会長さんは地涌の菩薩を混乱させる
平成の法然のような人物。誰か他の人にかわっていただきたい。

韓国創価学会の影響を受けてるのではと疑いたくなります。

現在の会長さんは元東大全学連の活動家だとか。
そして、靖国神社参拝にたいしても、創価学会の初代会長の牧口常三郎は靖国神社に
国のために命を捧げた人に感謝の気持を表すために行くとおっしゃったとか。
天皇陛下を日本の国王に、そして日蓮大聖人の仏法を日本の国教に。
これが、おかしくなってる日本をたてなおす道だと思いますが、
いかがでしょうか。そして、創価学会もいつまでも日蓮正宗と争うのではなく
力を合わせて日蓮正宗創価学会として広宣流布にはげむべきではと思います。

日本の広宣流布が数だけなのに、世界広宣流布など妄想でしょう。

日蓮大聖人様の願いの広宣流布とはいったいどんなものなのか?
世界中に創価学会の会館がいっぱいできることではないでしょうね。

結局は、自分の心がしっかりと日蓮大聖人様の方向に向いてるかどうか
だと思います。




 

共謀罪法案

 投稿者:信濃町のネット対策チームの対策  投稿日:2017年 5月17日(水)10時55分19秒
  信濃町のネット対策チームの対策です。

牧口先生、戸田先生は「治安維持法」によって逮捕投獄されました。

今、現代の治安維持法とも言われる「共謀罪法案」が公明党によって成立します。

私を始めこの宿坊の掲示板に書き込みをされている方、また心ある創価学会員は「反対」しています。

この「共謀罪法案」成立時の創価学会首脳の名前を永久に残していかなくてはなりません。

会長  原田稔
理事長 長谷川重夫
主任副会長 谷川佳樹
副会長 八尋頼雄

私は池田先生は絶対に反対をされていると確信しています。
 

己心と宇宙にある大宇宙!

 投稿者:螺髪  投稿日:2017年 5月17日(水)10時42分22秒
   次の投稿が、簡潔にその本質を語っておられるように思います。ここまではっきり言ってもらえると、すっきりします。

>師弟不二という、師と弟子の相互の生命が響きあうその時、その師弟の中に仏界という生命が顕現するということ。(投稿者:蘭夢   投稿日:2017年 5月16日(火)02時34分2秒  )<
 http://6027.teacup.com/situation/bbs/68925

>私は自宅安置の御本尊様もあくまで大御本尊として拝しています。(投稿者:ダメよ~ ダメダメ   投稿日:2017年 5月16日(火)16時41分26秒)<
 http://6027.teacup.com/situation/bbs/68951

>御本尊というものが自身の胸中ではなく、外にあるものと捉える人は、湖面に映る月を見ている人となります。御本尊が胸中にあると捉える人は、月が本当は夜空に輝いていることを知る人となります。
 夜空を見上げれば誰でも差別なく月を見ることができます。そこに差別も制約もありません。見上げればよいのです。(  投稿者:蘭夢   投稿日:2017年 5月17日(水)02時24分24秒)<
 http://6027.teacup.com/situation/bbs/68985


 以下、自身と大宇宙にある大御本尊への考察です。

 仏典が説く認識の世界は実に立体的です。

 「五識」とは五つの識です。「五欲」といってもいいでしょう。つまり、「五識」は生体の五つの「欲の機能」によって得た「認知」の結果だとの見方もできるわけです。
 「五欲」は、眼、耳、鼻、舌、身の五根に始まり、その対境の五境(色、声、香、味、触)によって起こす色欲、声欲、香欲、味欲、触欲(大智度論)の五つをいいます。色欲とは、色彩、形状などへのこだわり、声欲とは音色、あるいはその響きへの愛着、香欲は香りの識別、味欲は美味への趣向性、触欲はその触感への執着と考えられます。

 また衆生が感ずる「観」は五種類だと見てよさそうです。
 目、耳、鼻、舌、身の五根が働かなければ「生」は営まれないし、その五根の統制を取るからこそ、人間が人間として機能することになります。「おいしい」というのは、他の生命体の構成分子を自身に取り入れたいがための体内に組み込まれた仕組みです。

 「観」は「心」の働きだといってよさそうです。法華経薬草喩品にこうあります。
 「我観一切・普皆平等・無有彼此・愛憎之心・我無貪著・亦無限礙」。

 こう述べられています。
 「御義口伝に云く 此の六句の文は五識なり 我観一切普皆平等とは九識なり 無有彼此とは八識なり 愛憎之心とは七識なり 我無貪著(がむとんじゃく)とは六識なり 亦無限礙(やくむげんげ、礙=さまたげ)とは五識なり 我等衆生の観法の大体なり」(御書730㌻)。

 元々の「生命」が外界に合わせて身に付けた「機能」と見ることもできます。
 九識論ではこの「五欲」の反映である「五識」を統制する「識」(意識、末那識、阿頼耶識、阿摩羅識)を立て、それぞれを「心王」としました(経文によって心王が違う)。「法性」は「阿摩羅識」です。「阿摩羅」とは、「汚れがない」という意味です。「法性」にはそもそも“欲”のような“汚れ”はないのです。

 「五欲」を統制する六識以上の制御装置が失せ、動物と同じように五識が勝手気まま動き出す状況を、俗に「本能」と称していたに違いない。「意識」は単に認識を意味することだけではなく、「統制」であるようです。生命は本来、その「欲望」をも統制する根源の「働き」を内在させているということになります。
 「五欲」は、財欲、色(色・形)欲、飲食欲、名(名誉)欲、睡眠(怠惰・放縦)欲(大明三蔵法数)をあげる立て分けもあります。

 もし、「五欲」ばかりだったらどうなるのでしょうか。
 法華経寿量品に次のような一節があります。
 「以常見我故 而生憍恣心 放逸著五欲 堕於悪道中」(常に我を見るに以っての故に 而も憍恣<憍=おごり、恣=ほしいまま>の心を生じ 放逸(=わがまま、気まま)にして五欲に著し 悪道の中に堕ちなん=寿量品)。
 経文で説く「我」とは大体が「仏」です。十全の智慧の「生命」です。
 また、こうも仰せです。
 「満足とは成仏と云う事なり」(御書720㌻)。
 これからすれば、「我」は「満足」です。

 「万人成仏」の思想は、十界のどの衆生もそのままに仏性を見い出す究極の調和の「法(ほう)」であるということだけでなく、何事も自分の思い通りしたいという「他化自在天」を乗り越える唯一の「方(ほう)」であるということでもあるようです。

 「放逸」は、必ず「五欲」に対する執着を呼び、悪道に堕ちます。「少我」に満足してしまえば、奢(おご)りの心が生じてわがまま気ままの五欲に陥ることになり、やがては悪道に落ちてしまうというのです。「十全の智慧」は「放逸」とは対極にあります。

 その意味で、やはり、この「事実」は強調していた方がいいようです。
 「起は法性の起 滅は法性の滅」
 簡単に言えば、「法性」の「起滅」ということになります。

  物事が明らかにならない「無明」ですら、実は「法性」の働き方に過ぎないことが、次のように述べられています。
 「無明の癡惑本より是れ法性なり 癡迷を以ての故に法性変じて無明と作り諸の顚倒の善・不善等を起す 寒来りて水を結べば変じて堅冰と作るが如く・又眠来りて心を変ずれば種種の夢有るが如し 今当に諸の顚倒は即ち是法性なり 一ならず異ならずと体すべし」(御書566㌻)

 「法性」があるからこそ、「生命」はその存在が成り立っているということになります。この「法性」は「仏性」でもあり、その別名が「妙法蓮華経」です。私たちが持つ分析的、科学的思考から言えば、あらゆる「生命」が持つ発現性、発動性そのものを、大聖人が「妙法蓮華経」と名付けられたということもできるでしょう。「妙法蓮華経」はまた、「生命」そのものの「名」でもあります。

 「夫れ妙法蓮華経とは一切衆生の仏性なり 仏性とは法性なり法性とは菩提なり」(御書498㌻)
 「仏性とは法性なり 法性とは妙法蓮華経なり」(御書764㌻)

 その「法性」がこの宇宙を創り上げ、動かし、さらに消滅させている「力」であり、「智慧」であるようです。それは、生まれ、死す、「開」と「合」の「生死の二法」とも表現できます。

 「伝教大師云く『生死の二法は一心の妙用・有無の二道は本覚の真徳』と文、天地・陰陽・日月・五星・地獄・乃至仏果・生死の二法に非ずと云うことなし、是くの如く生死も唯妙法蓮華経の生死なり、天台の止観に云く『起は是れ法性の起・滅は是れ法性の滅』云云、釈迦多宝の二仏も生死の二法なり、然れば久遠実成の釈尊と皆成仏道の法華経と我等衆生との三つ全く差別無しと解りて妙法蓮華経と唱え奉る処を生死一大事の血脈とは云うなり、此の事但日蓮が弟子檀那等の肝要なり法華経を持つとは是なり」(御書1336~1337㌻)

 つまり、この宇宙には、私たちを含め、いかなる生命体にも、その本源的な「生死の二法」があり、「個」である生命にも、また「宇宙」にも常時、同時に、働きかけているということがいえるのではないでしょうか。それを「知る」か「知らないか」の違いだけです。

 以前にも何回も投稿しましたが、池田先生が1962年8月から67年4月まで行った「御義口伝」の講義があります。その寿量品の箇所です。ある医学者の一文に感動した、として読み上げられました。

 「じつは各人は自らのうちにその生命力を持っている。否、生命を内に蔵すればこそ自己の存在があるのである。いわば個々の生命は生命の大海原の上に動く一つ一つの波にも等しい。しかも人間はその大海を忘れ、自ら萎縮して自己の無力さをかこっている。人間に生命力をあたえるとはまさにその根底の大生命を自覚せしめることでなくてはならぬ。真の慈愛とは物質を与えることではなく、各人をしてその生命本来の姿を悟らしめることである」(御義口伝講義下P157)

 ここでいう「生命力」あるいは「大海」とは、「宇宙生命」と読めます。そうすると、「生命を内に蔵すればこそ」とは、「宇宙生命を内に蔵すればこそ」と読んだほうが解りやすい。それは「清浄」であり「仏性」「法性」であり、永遠の大生命であり、久遠の生命そのものであると。

 この大宇宙の“縮図”が御本尊なのです。「大御本尊」なのです。その大御本尊が自身の中にもある、それを「法華経の智慧」で語って下さっているのです。それを識るか識らないかの異なりなのです。湧現するかしないかの違いだけだということになります。



 

ブレーク・マイ・ハート

 投稿者:SaySaySay  投稿日:2017年 5月17日(水)10時32分49秒
  なぜ未だに大御本尊信仰を保持し、教学理解のベースにしているのか
http://6027.teacup.com/situation/bbs/68985
別に蘭夢さんに対する疑問ではないと思います。私も仲間に加えていただきたいと思います。
宿坊ではかなり高度な話が多いですが……ほぼ100%に近い学会員は金原明彦さんの『日蓮と本尊伝承―大石寺戒壇板本尊の真実』を知りません。私も昨夏ある賢人から同著を譲っていただき、教わって、ようやく識ることが出来ました。聞くところではその賢人は同著を何十冊も買って、周囲の人に読ませているらしく、おかげでアマゾンでは一時3万円をつけ、今も日経平均より高く売られています。同著は既に絶版になっており、金原さんには電子書籍化されることを望みます。

学会は公式には『日蓮と本尊伝承―大石寺戒壇板本尊の真実』を認めておらず、拙速な教義変更2014をやらかして墓穴を掘っています。ここにつけ入る穴があると思うので、暫くは同著のことを知っていても、「大御本尊信仰を保持し、教学理解のベースにして」いった方がいいと考えています。
私は「大御本尊信仰を保持し、教学理解のベースにして」この拙速な教義変更2014のおかげで執行部の邪悪な陰謀、クーデター、40年越しの裏切りに、もっと巨大な問題があることに気づきました。これを方便というのか、『サイン』と感じています。

ほぼ100%に近い学会員は知りませんが、我々の御本尊には「日寛 奉書写之」と書かれていて、「大御本尊のコピー」であることを現しています。そのオリジナルである大御本尊を否定することで生じる矛盾と混乱を引き起こした失効部を責める材料になります。奴らは墓穴を掘っている。
いずれ、教義変更は必要だったでしょうが、今の時点では(NB3.0は水面下で並行して進めながら)、公式に『日蓮と本尊伝承―大石寺戒壇板本尊の真実』を認めないうちは、奴らの墓穴は掘ったままです。ご自分で入っていただきましょう。せっかくですから。
(墓つながりで……私の生まれ育った、町では世界遺産登録に失敗し続けていますが、更にショックなこと「え!? 仁徳さんのご陵さん、ちゃうかったん!?」「ウソ!? 応仁さんのご陵さん、ちゃうかったん!?」が起きています。科学分析技術が進んで、それまで事実と思われていたことが真実じゃなかった、ということが増えています。聖徳太子も名前が違ったかも知れませんが、昔の一万円札は偽札ではありません。偽五千円事件の時にはウチの高校で刷っているという噂がありましたが。)

また口説く言うかも知れませんが「池田先生は六大秘法を使っている」ことも奴らを墓穴へと導いてくれるでしょう。名古屋の創価班を立たせて。盗撮カメラを持たせて。
http://6027.teacup.com/situation/bbs/63132
奴らは自ら掘った墓穴に入ることになる。あえて今は騙されてやろう。

“私の心を打ち破って 忘れはしないわ あなたがしてくれた素晴らしいことすべて”
“後悔なんてしてないわ 一つのことを除いては”
“テストみたいで、ゲームみたいでもあるの”
“私がどれだけできるのかってことは とても興味があるわ、生きて、そして学ぶことは”
“だから私を照らして、燃やし尽くすのよ”
“私なんか愛してなかったと言って 本性じゃなかったと言って 誰か他の人を見つけたと言うのよ”
“それでどう感じるのか知りたいの 私なんか愛していなかったと言って ただの嘘だったと言って”
“その痛みを感じたいのよ その明かりを感じたいの”
『ブレーク・マイ・ハート』ヘイ・ヴァイオレット
https://www.youtube.com/watch?v=5hzB9qQENGA
 

本日の政教珍聞で~す、原田怪鳥様、『はじめの一歩』を踏み外してませんかぁ~(笑)

 投稿者:カンピース  投稿日:2017年 5月17日(水)09時22分40秒
  おはようございます。原田怪鳥様、列島各地で座談会、誠におめでとうございま~す(笑)原田怪鳥様も御出席とのコト、

きっと厳戒態勢だったでしょうねぇ~(笑)お花畑に囲まれて、さぞご満悦のことだったと思いマス。誠にご苦労様で~す(笑)

さて、御書の引用はいいんデスが、間違ってないデスかぁ~(笑)
>世間のことわざにも一は万が母といへり此等の道理を知らずや<(P498)デスねぇ~(笑)

そういえば、『はじめの一歩』という漫画もありました(小生も愛読していた時期がありました)が、原田怪鳥様、

はじめの一歩に、「大御本尊を受持の対象とはしない」なんて、教義変更しちゃってイイんデスかぁ~(笑)

明らかに「義の戒壇」を否定してマスよねぇ~、じゃあ、新たな「義の戒壇」はナニかってコトになるから、六大秘法は使わないんデスかぁ~(笑)

二歩目は、御観念文の変更デスよねぇ~、諸天善神を外し、人法一箇を否定し、日目上人も削除しましたよねぇ~(笑)

はじめの一歩が狂っているから、どんどん逸脱してマスよぉ~(爆)そういう意味では、まさに「一は万が母」、ブーメランですよぉ~(笑)

権力というものは、外から見ると、非常に分かり易い一面をもっていて、権力を握った者は、まず例外なく、保身に走りまぁ~す(笑)

原田怪鳥様が、盾突く者、意見する者を、「びんびん」処分・解雇・除名してるのは、非常に分かり易いデスよぉ~(笑)


「珍・人間革命」も、もっと分かり易く描かないとダメですよぉ~(笑)

>しかし、先生は会合で指導したり、機関誌にも登場したりすることができない状況だからね<
(新・人間革命、雌伏四十五より引用)

ここはもっと掘り下げましょうねぇ~、宗門の圧力であると言うのならば、いつ、誰が、どのように、をもっと描きましょ~う(笑)

また、その回りの「裏切り者の弟子」「情けない弟子」をもっと描きましょ~う(笑)

それらを明確にしてこそ、読者の理解が得られるというものでぇ~す(笑)

執筆チームの皆さ~ん、いつまでも、「情けない弟子」の筆頭をかばっていると、ロクなことになりませんよぉ~(笑)

明日からも期待しないで待ってまぁ~す(爆)
 

母の死

 投稿者:SaySaySay  投稿日:2017年 5月17日(水)09時04分35秒
編集済
  牧口先生と戸田先生を前世でブタ箱にねじ込んだ奴らが現世で混迷党の国会議員に生まれたのか??? もし現代に牧口先生・戸田先生がいたら、お元気でいたら池田先生も混迷党の奴らがブタ箱にぶち込むのだろう。しかし、そうはさせないと闘う一般の学会員もいる!! 下の動画2分50秒あたりで三色旗が2本映ります。

共謀罪「NO!」:市民団体が集会 東京・日比谷2017年05月16日23:46
http://mainichi.jp/movie/video/?id=119345345

“僕の母の死”
“僕の頭はそれを理解できない 何年も経っているけど 僕は説明できないよ”
“とても大きな苦痛 僕は決してそれを見せることが出来ないだろう”
『母の死』ジョン・レノン
https://www.youtube.com/watch?v=PqmTGLdCHEI

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カウントダウン!!! 沖縄座談会まであと10日!!!
 

謝ります

 投稿者:生涯&広布一筋兄弟メール  投稿日:2017年 5月17日(水)08時57分49秒
編集済
  missionさま

私のは早合点だったようですね。平にご容赦ください。

てっきり、日蓮仏法2様と一人のSGI様のやりとりに対して、
お書きになっていたのかと、早合点してしまいました。
 

創価学会には腐敗してほしくない

 投稿者:Transgender girl  投稿日:2017年 5月17日(水)08時46分38秒
編集済
  学会3世です.

遠いLos Anglesから創価学会の未来を心配してます.
最近の創価学会は何から何まで目標があります.
良いことですけどやり過ぎてる部分もあります.
池田先生は目標数より会員の全員が幸せになることを望んでいます.
会員の方々が信心のお陰で病気が治りましたとかいい会社に入れたという報告の方が喜びます.

あと一部の幹部は池田先生を美化しているみたいですが池田先生は美化されることを嫌います.

池田先生は神様ではなく創価学会の指導者です.
 

mission様へ

 投稿者:虹と創価家族  投稿日:2017年 5月17日(水)08時25分14秒
編集済
  原田→戸田先生は、このように御指導なされた。「学会は信心が中心である。信仰の団体である。政治をすることが目的ではない。
政界に同志を送り出したのも、信心をした者として社会を良くしよう、民衆が本当に喜べる政治を実現しようとの、人間としての真情の発露からである」と明確に おっしゃっている。

谷川→まったく その通りです。正しいです。政治を大衆の手に取り戻す。「真に大衆のために働く政治家」を輩出する。
我々が勇んで政治に参加するのも その悲願からだ。

原田→戸田先生は、このようにも言い残しておられます。「民衆のなかに生き、民衆のために闘い、民衆のなかに死んでいってほしいと私は願う。名聞名利を捨て去った真の政治家の出現を、現代の人類社会の民衆は渇望しているのだ」
この戸田先生の叫びこそ、大衆の念願、熱願だ。

谷川→どれほど議員の使命が重大か。世のため、人のため、社会のために戦って戦って、戦いぬいてもらいたい。

森井→ふざけるな!自分の卑しい見栄で有権者にウソをつく!騙す!舐める!
そんなやつが立候補だなんて、おこがましいにも程がある。

原田→当たり前だ!

(2007. 3. 1. 聖教新聞)

~~~~~~~~

ご投稿、誠にありがとうございました。
読めば読むほど、原田氏・谷川氏にツッコミを入れたくなる文章です!

今、公明党を厳しく諫め、政策を批判する会員は反逆者となります。
査問を受け処分されるのです。

権力者を諫めているうちは、まともだったのですが・・・
今は変な創価学会になってしまいましたね。

政治を監視し、議員の過ちを諫める学会員は「破和合僧」となるのです。



聖教「正義と勝利の座談会」原田発言①
http://6027.teacup.com/situation/bbs/68931

聖教「青年部座談会」②
http://6027.teacup.com/situation/bbs/68947


 

新・人間革命では学べない「さんふらわあ7」号の史実

 投稿者:虹と創価家族  投稿日:2017年 5月17日(水)07時55分30秒
編集済
  小説「新・人間革命」〉 雌伏 四十五

「山本先生に、四国においでいただくわけにはいかないのでしょうか。やはり、四国広布の大前進のためには、先生のもとで、再度、師弟共戦の決意を固め、信心の歓喜のなかで新出発するしかないと思います」
 婦人部の幹部が、思い詰めたように、こう切り出すと、年配の壮年幹部が言った。
 「しかし、先生は会合で指導したり、機関紙誌に登場したりすることができない状況だからね。残念だが、時を待つしかないのかもしれないよ」
 「でも、いつまで待てばいいのですか。五年ですか、十年ですか」
 「いや、いつまでと言われても……」
 そうした語らいを聞きながら、四国長の久米川誠太郎は胸を痛めた。
 “皆のこの思いをかなえる方法はないものか。なんとかしなければ!
 先生が会長を辞められてから、皆の心には、空虚感のようなものが広がり、歓喜も次第に薄れてきているように感じる。今こそ、弟子が立ち上がるべき時であることは、よくわかる。しかし、そのための契機となる起爆剤が必要なのだ。それには、やはり先生に皆とお会いいただくしかない。では、具体的に、どうすればよいのか……”
 久米川に、一つの考えがひらめいた。
 彼は、意を決したように口を開いた。
 「先生の行動が制約されているのなら、私たちの方から、お伺いしよう!」
 彼の言葉を受けて、四国青年部長の大和田興光が身を乗り出すようにして語った。
 「ぜひ、そうしたいと思います。私たちと先生の間には、本来、なんの障壁もないはずです。あるとすれば、それは弟子の側がつくってしまった、心の壁ではないでしょうか」

~~~~~~~~

>今こそ、弟子が立ち上がるべき時であることは、よくわかる。しかし、そのための契機となる起爆剤が必要なのだ。<

全く情けない。
今の学会本部の一念が文章に出ています。

この文章の奥底には、池田先生を利用する一念があります。
新・人間革命の検閲をした上位幹部の一念が「師匠利用」だからこのような文章になるのです。

あくまで推測ですが、検閲をした幹部がカンピース様のおっしゃる「情けない弟子」「裏切った弟子」だから、このような文章になるのかもしれませんね。

>四国の同志が師匠の下に行ったのは事実です。しかし、なぜ行ったのか? 行為の裏側に、どんな背景があったのかを描かないと、小説が死んでしまいマスよぉ~(笑)
そこには「情けない弟子」「裏切った弟子」の暗躍があるので~す。背景を描かず、上っ面だけでは「真実」を描いたとは言えませんよぉ~(笑)<
http://6027.teacup.com/situation/bbs/68929

池田先生は、「さんふらわあ7」号で駆け付けた四国の同志について、本部幹部会でこのように話されています。

『本来ならば、池田先生に指揮を執っていただいて、本年の学会創立50周年を盛大に祝賀すべきである。牧口先生、戸田先生、そして池田先生という三代の会長が築いてくださった創価学会ではないか。しかし、今、先生に、自由に動いていただくことはできない。四国にお迎えすることもできない。それならば、私たち四国が、全国に先駆(さきが)けて、先生のもとへ馳(は)せ参じて、創立50周年のお祝いを申し上げようではないか。先生がおられるところが、広宣流布の本陣(ほんじん)だ。最前線であるのだ──と。』
(全文)http://6027.teacup.com/situation/bbs/67538


本日の新・人間革命と池田先生のスピーチを比較し、違いに気付いて頂きたい。

青年部は池田先生の指導を基に、しっかりと「さんふらわあ7」号の史実を学んで下さい。

54年当時の池田先生と奥様のご心労・痛みを知らずして、後継の弟子とは言えないからです。

 

わが友に贈る 2017年5月17日

 投稿者:どうみょうてん  投稿日:2017年 5月17日(水)07時16分37秒
  ①張りのある勤行
②無理と無駄のない生活
③献身の行動
④教養のある食生活
これが健康長寿の要諦!
 

おはようございます。

 投稿者:幸せな人  投稿日:2017年 5月17日(水)06時36分25秒
  池田先生が完成されたものを先生の意思に反して勝手にいじくるから頭に来るのです。会則も、御観念文も裏切ったが作ったものは、嫌なんです。

ネットさんも仰られておりましたが、先生の御在世にです。


  あってるか間違ってるかしりませんが、それだけで、承服しかねるのです。
  独自性って自ら名乗るものではなく、結果としてそうであるものなのではないでしょうか?
  先生と民衆が創られたものを有無を言わさず、いじっていばる。
会員の幸福より選挙が第一。(>_<)

思わず邪宗版と書きましたが、それほど納得できないのです。お気を悪くされたかたがいらっしゃいましたらすみません。
 

生涯&広布一筋兄弟様へ

 投稿者:mission  投稿日:2017年 5月17日(水)05時40分43秒
  おはようございます。昨夜は あれから掲示板を開けて無かったので、先程 読ませて頂き驚いています。

私は、哲学の博士号を取っておられる《日蓮仏法2.0様》の主張を決して否定してはいませんし、机上の論理遊びをされているとも思ってはいません。
《日蓮仏法2.0様》が、先生の教学を否定されてるとか、教学の解釈が独善的な展開になっている等と、私の投稿の何処に その様に解釈される言葉があったのでしょうか?

私は、途上国のメンバーにも「日蓮大聖人の仏法」「池田先生の哲学」を、体感できている事を伝えたかっただけです。
途上国のメンバーの活動内容を知ってもらいたかった…ただそれだけです。

それに『教学が理解できなくても功徳はある』から、私自身も研鑽しなくて良いとも書いてはいません。
投稿内容は、全て途上国のメンバーの事でしたが…。
そして『教学が理解できなくても…』は、学会の草創期の頃も同じだったんじゃないでしょうか?
勉学の有無や国や環境、障害を持ってる人、どんな人達にも幸せになれる…それが日蓮大聖人の仏法であり、池田先生が仰られた【信心の根を張った人には、所願満足の春が必ず来る】と。

日本語を理解でき学べる環境に居る者は《生涯&広布一筋兄弟様》の言われる
>それぞれが、しっかり研鑽、その上で意見交換していくことは今の時期、大切<
も可能でしょう。
ですが、途上国も含めて諸外国のメンバーにとっては、日蓮大聖人の御在世当時の日常や振る舞い、日本の歴史等も想像する事は、本当に困難なのです。

数年前、片言の日本語で何とか話せる、日系パラグアイの部員さんにも「任用」の講義をしましたが、750年前の日本の事や時代背景も含め、日本語の説明の「説明」に時間を要しました。

そんな人達にも
>教学はなくとも実戦はでき、功徳もある・それは、間違いありません。
しかし、それだけでは・・今の執行部が目指すところと同じになってしまうという落とし穴があります<
と仰るのでしょうか?

「それだけでは…」の途上国のメンバーや日系パラグアイの部員さんは「執行部と同じ」になってしまうのですか?
「落とし穴」に入ってしまうのでしょうか?
「教学に迷い」どころか、教学が何かも解らない人達は大勢います。
その様な人達は、体の内からの「歓喜」や、目の前の友が同じ信仰で立ち上がる姿を見て
>師匠の思考されていたものは何か<を研鑽は出来ませんが、感じとっていかれるのです。

それは、日蓮大聖人様が成されてきた【全人類の不幸を根絶し、すべての人々に仏の境涯を開かせたいとの誓願と慈悲】と同じだと私は感じたし【地涌の菩薩】だとも思いました。

>意見交換はいたずらに御本尊様の事、その他の事等に広げるのではなく。
「凡夫即身成仏論」と「菩薩仏」の違い? 教主釈尊とは何か?
「永遠の法」とは「永遠の仏」とはなどに絞られていく事が適切ではないでしょうか・・<

↑この様な事は、途上国のメンバーに対してでは無いのですょね?
でしたら、私の投稿の趣旨と違ってきますし、沢山書いて下さった事も途上国の人達には、随分 難しい事になります。

何度も言いますが、私が見て体験した事の紹介をさせて貰っただけなのです。
申し訳ありませんが早合点されても困りますし、何か問題があったのかと不安にもなりました。
 

トンデモな妄想

 投稿者:一服  投稿日:2017年 5月17日(水)02時24分29秒
  凡夫即身成仏論  投稿者:うーん  投稿日:2017年 5月17日(水)01時57分33秒

>  創価の場合、過剰な解釈で『生身の人間が死んだら仏という並の人間に生まれ変わるというスタンス』を持った為に、生身の池田大作を御本仏にしているので皆教学の解釈がメチャクチャなのです!!

そんなこと誰も言ってないのだがな、妄想!
あと意味の無い強調赤文字迷惑だよ!
 

なぜ未だに大御本尊信仰を保持し、教学理解のベースにしているのか

 投稿者:蘭夢  投稿日:2017年 5月17日(水)02時24分24秒
  何か、僕に対する疑問のようなので、

僕の大御本尊に関する認識について、どのように感じ、思っているか。少し書きます。

法華経の智慧で語られる「永遠の仏」、「永遠の法」
つまり「大御本尊」=「永遠の仏」=「永遠の法」という基本認識なのですが。

それを踏まえて、曼荼羅という事も合わせて、どのように捉えているかといいますと。

説明が難しいので、すみませんが、例えで説明します

本当は太陽といいたいところですが、満ち欠けがわかるので
月を「大御本尊」=「永遠の仏」と仮定します。

湖面に月が映るのを観察します。

三日月が映っています。

これを見て、紙に三日月の絵を描きます。
これが、大御本尊以外の曼荼羅という認識です。

そして別の日に
湖面には満月が映っています。
これを見て、紙に満月の絵を描きます。
これが、大御本尊の曼荼羅という認識です。

三日月の絵も、満月の絵も、実体は同じ月です。
ですが、月が本当は丸いものだと教えるには、三日月の絵ではなく、満月の絵を見せれば理解しやすいでしょう。

なので、大御本尊の曼荼羅を選ぶことになります。

もし、三日月の絵を手がかりにしていては、本当の月を見ても、月だと理解できず、彷徨うことになります。
手がかりなのですから、優れたるを用いるべしなのです。

ただ、月が丸いことを既に知っていたならば、少々、絵が満月に近くなくても、わかるでしょう。

御本尊というものが自身の胸中ではなく、外にあるものと捉える人は、湖面に映る月を見ている人となります。
御本尊が胸中にあると捉える人は、月が本当は夜空に輝いていることを知る人となります。
夜空を見上げれば誰でも差別なく月を見ることができます。
そこに差別も制約もありません。見上げればよいのです。

ただ、夜空に浮かぶ星々と月、どれが月であるか、知っていればわかるのですが
そこで、月を認識するために、満月の絵が必要になるわけです。

さて、曼荼羅は、紙です。
破れば破れるし、燃やせば燃えるものです。
満月の絵も燃やせば燃えて無くなってしまいます、でも、月は厳然とありますよね。
信仰の根本としては何も揺らぐものではありません。

今回、満月の絵と思っていたものが、違うかも知れないという事件があったとしましょう。

他の人が作ったかもしれない満月の絵、ただそれが、他の人が作ったにせよ、満月から少し欠けた絵だったにせよ。
それで、理解して夜空を見上げて、月を見つけられたら、満月の絵としての役割を十分に果たしていると言えないでしょうか。
師匠は、この満月の絵を手がかりにしなさいとおっしゃり、足らない部分を教えて下さっている。
満月から少し欠けた絵だったとしても、「月は丸いんだよ、月齢で欠けるときもあるんだよ」と教えられていたら理解も変わります。
そこには、月齢を知り、湖面に満月が映る時を知る師匠の存在が不可欠です。

ちなみに、月齢を知り、今が満月の時である。それを正しく把握しているか否か。

三類の強敵との闘いによる法華経の行者の証明があるかどうか。

三類の強敵と闘われた先生のお言葉であるから。「大御本尊」、重みがあると思います。

まだまだ、言葉足らずで、僕の思うところが上手く伝わると良いのですが

アプローチのやり方は、色々あるとは思うのです。ただ、見ているものが確かに月であるのかどうなのか
また、正しいということをどのように証明できるのか。
そんなところでしょうか。

証明という観点では、大石寺の板曼荼羅を「大御本尊」と定めることで法華経とリンクし遠離塔寺の難を文証として展開できることがあります。それが「大御本尊」を宣揚するもうひとつの理由でもあります。
 

ひらがなプロジェクトへ 御義口伝講義録上、ほうべんぽんだいいいち

 投稿者:赤胴鈴之助  投稿日:2017年 5月17日(水)02時23分34秒
編集済
  ひらがなプロジェクトへ 御義口伝講義録上、ほうべんぽんだいいいち ひらがなを投稿しました。

池田先生の御心がよく分かる、講義だと思います。
約50年前の講義だと思いますが、今の、世の中の事を的確に分かりやすく教えられています。

「日蓮大聖人は、かかる、他人を怨み、人を害するという、人間が本来備えた生命の傾向をば、
「阿闍世王」と名づけられたのである」

堕胎(だはら)4号5号氏の師匠は阿闍世王ですよね。

先日の政教新聞トップに国連難民高等弁務官事務所(UNHCR)に堕胎(だはら)4号5号氏が寄付を
したとの記事がありました。

事務所の関係者の姿が立派に見えたと、この板にありましたが、私も同じように違和感をもちました。
一つは、彼の心を深読みすると、人道主義と平和主義、我が心とアピールしたいのです。

二つ目は、人生の最終章に来て、勲章の一つ、UNHCRの感謝状が欲しいのだと思います。
しかし、先生はたくさんいただいていますので、自分も欲しくなったのでしょう。

まさか、財務の金を寄付したのではないでしょうね・・・自分のため込んだ金を寄付したのなら、それ
なりに評価しますが、学会の浄財を寄付して、カメラ目線はいただけません。

提婆達多が釈迦を、日顕が池田先生を恨んだことと軌を一にします。
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
御義口伝講義録上
序品七箇の大事  第三 阿闍世王の事

およそ、他人を怨む性格、性質は誰人にもある。
否、現今ほど、日本の人が、世界の民衆が、互にいがみあい、嫉妬と憎悪に満ちた時代はなかろう。
国と国との、不信、相剋もその一つである。

それらの、すべての怨み合いの底流には、たんに己の利己的な心を満足すればそれでよいとの、醜い
根性が横たわっているのである。
しかも、自分で自分を、どうしようもないのである。

所詮、力なき思想、低級哲学、偏頗な主義主張では、この人間自体の根本解決は、到底できえぬこと
がわかるものだ。
 これらは、ますます、人心を迷惑し、混乱と怒号とを助長させるにすぎないのである。
ありとあらゆる葛藤の原因は、根強い対立感情といえよう。

しからば、その根強い対立感情は、いずこより来たのであろうか。
原因には、近因と遠因とが必ずある。

事態の経過は、いかに説明し得ても、人間生命の問題の解決なくしては、それらは、みな、近因を述
べたものにほかならない。

ありとあらゆる修羅、葛藤の根本原因は、人間生命に深く根ざしていることは、有智の人ならば、誰人
も知るところであろう。

 日蓮大聖人は、かかる、他人を怨み、人を害するという、人間が本来備えた生命の傾向をば、
「阿闍世王」と名づけられたのである。
 

タイミングがおかしいんだよね

 投稿者:うーこメール  投稿日:2017年 5月17日(水)02時05分55秒
  眞子様の婚約発表と、共謀罪をこのタイミングで眞子様の婚約発表。まるで共謀罪をTVとかで眞子様の婚約に集中させて、共謀罪を採決に持ち込もうとしてるのか?安倍政権。  

獅子の子様

 投稿者:うーこメール  投稿日:2017年 5月17日(水)01時15分7秒
  ありがとうございます(*^▽^*)パニック障害は、動悸、呼吸困難、めまい、吐き気、その場に居る事さえ不安定になります。今回は車の事で振り回され脳が疲れてしまいめまいが出たのだと思います。めまいの薬?も飲んでます。めまいが落ち着くまでは体を休める事にしてます。  

史人様

 投稿者:うーこメール  投稿日:2017年 5月17日(水)00時56分54秒
  忙しい中お返事ありがとうございます(*^▽^*)とにかくお題目をあげる事、この根本が大事だと言う事を伝えたいのかと思いました。ありがとうございます(^-^)  

螺髪さま

 投稿者:ClearSky  投稿日:2017年 5月17日(水)00時51分32秒
  状況、承知しました。
また、「大聖人観と御本尊観 ~学会教学と会則・教義条項の改定~」の資料も目を通して頂き、有難うございます。

この掲示板が学会のあるべき方向を考える場である事は間違いと考えています。
また、螺髪さまはじめ皆さんに、色々教えて頂ければと思います。私も何かお役に立てるよう頑張ります。
有難うございました。

ClearSky(クリアスカイ)

体調を崩されている方、ご病気の方、お題目を送ります。
全てが良い方向に向かいますように。
 

組織の指導に従わない、協調性の無い、独善的な壮年部員は除名する方針

 投稿者:ドミサイル信濃町の入居者  投稿日:2017年 5月17日(水)00時03分31秒
  我見が強い、組織の指導性に従わない(新聞啓蒙をしない、選挙闘争をしない、財務をしない等)、協調性がない、和合僧を乱す壮年は片っ端から除名にすると地区部長からメールがありました。私のことを言っているらしい。安保法制の時に国会議事堂前で旗を振っているのがテレビに映ったからなあ。  

ごめんなさいm_m

 投稿者:史人  投稿日:2017年 5月16日(火)23時48分25秒
編集済
  うーこ様誠に済みません。

仕事に入り、朝の勤行では中々集中出来なかったのですが、晩の勤行で御本尊に対して心が洗われたようにすっきりしました。
それでしっかり思い返すことが出来ました。
その結果、全く引用の次に自分で書いた通りであるとしか説明出来ません。
http://6027.teacup.com/situation/bbs/index/detail/comm_id/68918

私自身、仕事による度数の違う眼鏡の付け替えにより、1.5近くあった視力が先日の健康診断では0.7となっており、確かに御本尊の尊みょう(漢字がわからなくて済みません。)が立って1mくらいまで寄っても見えなくなってきています。(遠近両用眼鏡をかけずに)
つまり、ぼやっと見えている状態です。

なので頼りになるのは御本尊の前に居て、御本尊を真っ直ぐ見るという一念だけです。
そんなことで、自分の気持ちが上がっていく意識で拝ませていただいています。

火が上に上がっていくような感じです。
題目を上げている時の歓喜は人それぞれだと思いますが、湧き水のような感じだろうと思いますが、題目を上げている時は喩えとしては火が天に向かって伸びていくような気持ちといった方がわかりやすいかなと思います。

歓喜を沸かせていくという意識よりはむしろ今御本尊に題目を唱えられることを楽しいことと受け止めて感謝していっている、ただそれのみです。
長く唱題していけるというのはそのことです。
済みません、自分の唱えている時の気持ちですので、下の部分は人それぞれでいいと思います。
敢えて、後々に何かで思い至った時に、そういえばあの時そう書いておられたなぁと思い出されることがあれば幸いです。
何かの参考になればと思い書いた次第ですm_m

尚、「南無妙法蓮華経と文字を追っかけるように下がって読めば気持ちも下がってしまう場合もあります。」については、上から南無妙法蓮華経と唱える順に読んで(見て)いたことがあり、これは過去に文字として読んでしまっていたことがあったなと反省の意味を込めて書いた次第です・・・。
 

同盟題目

 投稿者:  投稿日:2017年 5月16日(火)23時41分16秒
  今晩は、皆様
ありがとうございました
先生、奥様、皆様が健康であります様に
おやすみなさい
 

社畜! 修羅コーサク

 投稿者:SaySaySay  投稿日:2017年 5月16日(火)23時21分35秒
  いま「サラリーマン漫画」に地殻変動が起きている。『課長 島耕作』のような出世物語が廃れ、『社畜! 修羅コーサク』のような「社畜漫画」が増えているのだ……そうです。
https://headlines.yahoo.co.jp/article?a=20170516-00022024-president-bus_all
えげつない時代になったもんですなぁ。もう他人事のようにしか言えない。
やはり「体のごとし・影のごとし」としか思えない。「社畜」は「影のごとし」で「体のごとし」が哀れな「会畜」たちです。会畜は新聞代を払えと言われれば払うし、票を取って来いと言われたら取って来るし、御本尊を売って来いと言われたら売りに行くし。名古屋では盗撮して友まで売ろうとした奴がいる。哀れと言うしかない。
漫画『ナニワ金融道』の第1巻に、借金で首が回らなくなった客を金融屋は何でもやらせることが出来る、脱げ言うたら脱ぐし、股開け言うたら開きよる、とかいうシーンがあったと思うが、会畜たちと二重写しに見えて哀れで仕方がない。

>うのみにする人間を欲する心は、第六天の魔王の心である。“都合のいい”、“扱いやすい”人間は、“悪を喜ばせる”<
http://6027.teacup.com/situation/bbs/68935
「他化自在天」という別名の方が分かりやすいかも知れないが、会畜が邪悪を太らせていく。池田先生が「会員を奴隷のように使うな!」とまで言われていた意味が分かった。

漫画『がきデカ』でパロディされていた米テレビ映画『ルーツ』を大人になってから初めて観た。最初のクンタ・キンテから3代目でようやく奴隷から解放された黒人たちだったが、彼らはずっと人間としての誇りを保ち続けて来た。会畜たちはどうだろうか? クンタ・キンテたちのような魂は燃えているのだろうか? ♪安奈ぁ~お前の愛の火は燃えているぅかいぃ~

>疑問を持つこととは、自分の頭で考えるということである<
が、会畜はどうだろうか?
>おかしいと思うにことに対し、ごまかさないことである<
が、会畜はどうだろうか?

>そして創価学会は、会員の「何故?」に対し、誠意をもって応えなければならない。それが、仏意仏勅というものだからだ。御書を繙けばわかるように、大聖人は、門下の「何故?」に対し心をくだき、明確に答えられている。大聖人の精神を体現している創価学会であるならば、会員の「何故?」を蔑にすることなど許されるわけがない<
が……実際はどうだろうか???

アニメ『一休さん』に「どちて坊や」という小さな子供が登場する。なにかにつけて「どちて?」と聞く。このため多くの者が、一休さんまでもが回答に窮して逃げる。ところが、少女さよちゃんだけが誠実に最後まで答えようとする。この二人の対話こそが創価学会だと思う。小さな子供。彼らに学ぶところは大きい。未来のことは未来人に訊こう。
 

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