政策研究に「革命」が起きた、とされる。
政策は役に立たなければ意味がない。ある政策が現実にどのくらい役に立っているのか、しっかり調べる手法が劇的に広がってきたのである。
この手法はランダム化比較実験(RCT: Randomized Controlled Trial)と呼ばれるもので、まず発展途上国で適用されてきた。単純なものだが効果は目覚ましく、「目から鱗が落ちる」という評価が多い。
RCTの手法はもともと統計学で始まり、それから臨床医学に応用されて定着したものだ。プラセボ(偽薬)という言葉を聞いたことがある読者は多いだろう。
ある新薬に効果があるかどうかを確かめるために、患者をランダムにふたつのグループに分け、片方には提案されている新薬を、もう片方には薬効成分が何も入っていないプラセボを渡して服用してもらう。
プラセボを飲んだ患者グループ(対照群)と比較して、本物の薬を服用した患者グループ(処置群)に改善が見られるなら、この薬に効果があることが客観的に証明されたことになる。
このような治験のプロセスを経ないと、行政が新薬を認可することはない。効果がない薬を医療機関が使うわけにはいかないからだ。
米国のマサチューセッツ工科大学(MIT)で、原理的にこれとまったく同じRCTを政策研究に応用する経済学者のチームが成長してきた。
現在、その中心にいるのが、フランス生まれのエステル・デュフロ氏である。1972年生まれの44歳。「貧困と闘うジャンヌ・ダルク」とでも呼びたくなる勢いがある若手研究者だ。彼女と不平等研究のトマ・ピケティは、現代フランスを代表する経済学者の二大スターである。
筆者は妻(彼女もたまたまフランス人なのだが)と一緒に、デュフロ氏がフランスの読者向けに書いたRCTの入門書『貧困と闘う知-教育、医療、金融、ガバナンス』を翻訳した。
原著が刊行されたのは2010年。当時、日本の政策研究の世界でRCTの手法を知る人はまだ多くはなかった。欧米の先端の手法が日本で広がるまでには、少しタイムラグがあるものだ。
RCTの調査は大がかりになるからチームを組む必要があるし、どこからか予算をとってくる必要もある。しかし、この7年間で状況は大きく変わってきた。現在、日本の経済学(少なくとも開発経済学)の業界ではRCTを知らない人はいないし、JICA(国際協力機構)などの援助機関もRCTの実験を試みるようになってきている。
さて、途上国でRCTを適用すると何がわかるのだろう。