現代の先入観は検索から生まれるか?日本人ユーザーが「ググる」ステレオタイプ・マッピング
DIGITAL CULTURE「ググる」時、必ず目に入ってくるオートコンプリート。関連ワードはグーグルが認識した話題性の高さによって、常に変化している。もしもこのネットユーザーにとって「便利な機能」が、無意識のうちに私たちの固定観念を反映しているとしたらどうだろう。オートコンプリートが私たちにもたらすのは本当に「便利な機能」だけなのだろうか。
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マイアミの米ラトガース大学の日本及び東アジア史研究者であるニック・カプール(Nick Kapur)が、2016年5月に興味深いツイートをしている。それは、日本のインターネットユーザーのオートコンプリートを分析し、そこから得られたヨーロッパに対する日本人のステレオタイプをマッピング化したものだ。
オートコンプリートの「お国柄」に隠れたステレオタイプ
ここから読み取れるのは、日本で定着しているイメージもあれば意外なものもあるということ。イギリスの食事が美味しくないことや、フィンランドといえば「サンタクロース」、ブルガリアが(日本の会社と関連づけて)「ヨーグルトの国」などは馴染みのあるイメージかもしれない。だが、ポーランドの「愚民」だったりスウェーデンは「イケメン」など、決して根強いとは言いがたい結果も見られる。
この結果についてカプールは、あくまでも匿名のユーザーによるオートコンプリートの産物であって日本で確立している偏見とは限らず、そのため真剣に受け止める必要はないとコメントしている。たとえば、ラトビアの「ジャガイモを食べられない」というイメージは、日本人から見たラトビアのステレオタイプではない。この由来は『ポーランドボール』という主に4chなどで人気のある国家の風刺漫画における、ラトビアのキャラクター設定からきているものだ。
だが、単なるオートコンプリートの結果とはいうものの、馴染みあるイメージが実は偏見に満ちていることもあるのではないだろうか。確かにジョークの意味を調べるために検索するケースもあるが、イタリア人は全員マフィアなわけではないし、セルビアにテニスがうまいイメージがあるのはノバク・ジョコビッチの功績だ。ボールを蹴ったことすらないスペイン人だっているだろう。それでも多くの日本人の中で、スペインに対して「バルサ強い」「レアルすごい」という印象が席巻していることが、オートコンプリートによって改めて認識できる。
また、カプールは逆にヨーロッパ各国のオートコンプリートから日本に対するステレオタイプのマッピングもTwitterにアップしている。では、ヨーロッパ各国は日本に対してどんなイメージを抱いているのだろうか。
I made a map of European stereotypes of Japan/Japanese, based on each nation's search engine autocomplete results. pic.twitter.com/QbZEDXBc9m
— Nick Kapur (@nick_kapur) 2016年5月5日
この図を見ると、ハッとすることがある。それは「他者からみた日本の印象」というものが、日本人にとっては意外なケースがあるからだ。スペイン人から見たら、私たちがすやすやとお布団で眠るのは「床で寝ちゃってる風習」だし、スウェーデンに至っては「人種差別主義者」である。先ほど述べた通り、この図は各国からの偏見やステレオタイプを忠実に表しているものではないため、全面的に受け入れる必要なはい。だが、少なくともこれらのイメージが「日本」という検索クエリーに紐づけられているのである。
カプールは、検索される国名と同時に"why"(どうして)という言葉にも注目すべきだとコメントしている。この"why"という言葉が検索クエリーに付け足されることによって、ステレオタイプを内包した表現(「どうしてこんなにイギリスはメシマズなの!」)のほかに、疑いの目(「どうしてイギリスはこんなにメシマズなイメージなんだろう?」)として捉えることが可能になるのだ。この微妙な差異は、グーグルでは追跡できないユーザー個人の思考回路の中に存在している。そのため前者のユーザーがステレオタイプを肯定しながらググっていたとしても、後者はステレオタイプに対する疑問を感じて調べているということもあるのだ。
イメージが検索のなかで浮き彫りになるとき
頭のなかのステレオタイプは徹底して受動的に生まれる。それらが凝り固まって、偏見になる前に自分で気づくことはできるのだろうか。もしかすると、目に見えない思考回路の段階でステレオタイプの芽に気づくことは、とても難しいのかもしれない。そんなとき、自分の頭のなかで24時間起こっている瞬間的な連想ゲームを、オートコンプリートが文字通り「機械的」に再現しているということに気づかされる。
つまり、こうだ。ステレオタイプを意識するには、自分の思考回路と真っ向から対面しなければならないのである。無意識のうちに当たり前として刷り込まれたイメージが、「どこからやってきたのか」について考えるとき、同時に「私は何故そう思っているのか」という自己との対話に繋がる。オートコンプリートは、それらの対象となるイメージを可視化しているのだ。
グーグルのオートコンプリートが映すヨーロッパへのステレオタイプは、日本人という立場から見た偏りのイメージを明らかにした。それは笑えたり、商業的な影響を受けているものもあるが、言葉によっては偏見や差別などのネガティブなイメージが確立してしまう可能性も否定できない。オートコンプリートから見えてきた関連ワードを見過ごすのではなく、「どうして」この言葉が表示されたのか考えてみる。すると、偏見やステレオタイプが生まれた社会の背景や歴史を読み取ることができるのではないだろうか。私たちが毎日のように行なう検索と表示されたオートコンプリートは、無意識のうちに頭のなかに自生するステレオタイプを見つめ直す入り口になっているのかもしれない。
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