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第十三話:スライムは娘との出会いを懐かしむ
七罪教団の暗躍により、この地に封じられていた邪神の封印が解かれようとしていた。
その対処をするため、ニコラが街まで状況を知らせに行き、その間に姫巫女たるエレシアと【魔術】のエンライトなるオルフェが力を合わせて邪神の封印を強めている。
オルフェが全力で作った術式にエレシアが【浄化】の力をこめる。
すでに解けかけている封印を完全に修復することは不可能だ。
封印の要となる神具は壊されており、さらに姫巫女たるエレシアは奴らに利用されているせいで【浄化】の力をほぼ使い切っている。
だが、時間稼ぎはできる。そして、その時間が重要だ。
王都から騎士団を呼び寄せている。それが追いつくか追いつかないかで状況がだいぶ変わる。
幸い、昨日のうちに、さらわれたエレシアを救うために戦力が集まってきているので、ある程度の人数は早急に集まる。
俺は無心で作業している二人を見守っていた。
封印の要の代用品にエレシアが血を流し、それをオルフェが作った陣に流すと、血が陣を伝い眩い光を放った。
「オルフェ様、これでひと段落ですわ。さすがです。即席でこれだけ見事な封印の陣を作るなんて、【魔術】のエンライトは伊達じゃないですわね」
「やれることはやったよ。でも、もって一日ちょっとってところだね。しばらく封印の様子を見たら私たちも山を下りよう」
オルフェはエレシアを名前で呼び、口調もいつもの口調に戻している。
二人きりのときは昔のように話すのだ。
エレシアが屋敷に来ていたころをなつかしく思う。
「私が利用されなければ。こんなことには……」
悔しそうにエレシアは言った。
「悪いのはあいつらだよ。守護騎士を倒すような人たちだし、エレシアちゃんにはどうしようもなかった」
エレシアを慰めているが、オルフェ自身もどこか落ち着きがない。
邪神への恐怖心はあるだろう。だが、なによりも過去の傷跡をえぐっていることが大きい。
オルフェは邪神によって故郷を失っている。
エレシアもオルフェの異常に気付いたようで、心配そうに彼女を見つめて口を開いた。
「よろしければ、オルフェ様の過去を聞かせてくださいませ。あの男が言っていたことが気になりますわ。オルフェ様の故郷が邪神に滅ぼされたって……もちろん、嫌なら無理強いはしません」
オルフェは苦笑する。
そして天を見上げてからゆっくりと口を開いた。
「いいよ。エレシアちゃんになら話してあげる。聞いたことがあるかもしれないし、私たちエンライトの姉妹は、みんな故郷と家族を失って天蓋孤独の身でお父さんに拾われたの」
そう、五人の姉妹たち、オルフェもニコラもシマズもヘレンもレオナも天蓋孤独の身だ。そして彼女たちは全員故郷を滅ぼされている。
「そしてね。ただ両親がいないだけじゃなくて……みんなとっても悲しい過去がある」
「そんなことってありえますの? 五人全員なんて」
まあ、普通ならありえない話だろう。だが、大賢者マリン・エンライトは普通ではない。
「それはね、お父さんは国が対応しきれない事件が起きた場合に派遣されるからだよ。この国の最後の最後の切り札がお父さん。だから、お父さんが出向くころにはたいてい、絶望と嘆きに叩き落された場所なんだ。そこで拾われた私たちは当然、その絶望を知ってる」
不思議と異常なほど才能がある子たちの周りでは、国を揺るがす事件が起きやすい。
そんな子供たちに運命に打ち勝つ力をつけさせるために、養子として迎えいれ、力を与えた。
そしてそれは、彼女たちを救えなかった俺の贖罪でもある。
「私たち姉妹は、みんな屋敷に来たばっかりのときはひどかったんだ。私は一日中泣いてたし、ニコラはひどい人間不信で部屋に引きこもって言葉もしゃべれなくなってた。シマズ姉さんは自殺志願者かってぐらい自分を痛めつけて、レオナは壊れて人形みたいにからっぽだった。ヘレン姉さんは私よりずっと前に拾われたから話でしか聞いてないけど、本気で世界を破滅させようって毎日計画を練っていたみたい」
今では笑い話だが、本当に苦労したものだ。
こうして、姉妹たちが俺を慕ってくれているのは奇跡に近い。
「だから、私たちはみんな。お父さんに感謝してるし、姉妹の絆を何よりも大事にしてる。あっ、ごめん、脇道にそれちゃったね」
「いえ、オルフェ様のことならなんでも知りたいです」
「私の話に戻そうか、私はもともと封印を守る風守のエルフ、その村の長の娘なの。エレシアと一緒で巫女だったんだ。この血にはエレシアと同じ浄化の力がある……まあ、私の浄化は穢れて使い物にならないけどね」
オルフェは自嘲気味に笑う。
「それが、風守の一族ですの?」
「そう。そして七罪教団に目をつけられた。あの人たちは大昔の賢者たちによって封印された七柱の邪神を復活させて、世界を作り替えようとしているんだ。風守の一族はの守ってた邪神の一柱、【憤怒】のサタンの封印を破ろうと近づいてきた」
「……この村と一緒ですわ。この村は【暴食】のベルゼブブをひそかに守ってましたの。年に一回、巫女たる私が封印を血で強化しておりましたわ。今回は封印が緩んだと聞いて、急きょやってきて……利用されました」
この村に【暴食】が封印されていることを知っている。
ベルゼブブ、食らいつくす【暴食】の権化にして”群体”。
姫巫女の血によって、堅牢な封印が施されており、今までは危険視されていなかった邪神。
「あいつらのやり口は巧妙だから、エレシアちゃんが責任を感じることはないよ。私のときもそうだった」
風守の一族を襲った悲劇。
それは周到に練られたものだった。
「本当のお父さんの弟、おじさんはね、どうしても自分の息子を自分の長にしたかった。はじめは私と結婚させようとしたけど、私が断っちゃっておかしくなったの。そのおじさんに近づいた。おじさんは七罪教団を招き入れた。その人たちは、エルフの村になかった人間が作る美味しいお酒とか、料理とか、綺麗な服とかどんどん持ち込んでいった。お父さんは怪しいから追い出そうとしたけど、人間の持ち込むものにのめり込んだエルフたちがいっぱいで、おじさんの発言力はどんどん増して、最後にはエルフのほとんどが、おじさんの味方になった。それでお父さんを追い出して、古くて面倒なしきたりなんて全部いらないっていいだした」
外界と交わらず、狩りで生計を立て、質素で退屈な生活をしていたエルフたちにとって、人間のもたらす文化は麻薬のようなものだった。
白くて柔らかいパン、美味しく食べるためだけに育てられた美味な肉。信じられないほどうまい酒。美しい衣服にふかふかのベッド。
その魅力にあらがうことが難しいだろう。
「はじめは人間たちは全部ただでくれたんだけど、途中から代金を要求しだしたの。お金がないって言ったら、別のものを要求し始めた。封印の祭具だったり、情報だったり、先祖伝来の土地だったり、気が付いたら、エルフの村は空っぽで、ほとんど村は乗っ取られて、人間の文化に夢中なエルフは、逆らう気すらなくなって……千年守り続けた封印は簡単に破られた」
「そんなひどいやり方で」
もし、無理やり武力で封印を破ろうとしても、エルフたちは強い。そうそううまくはいかなかっただろう。
だが、このやり方なら少々の投資で済む。
それに奴らは元をしっかりとっていた。贅沢を知ったエルフたちは最後には麻薬まで渡され、それ以上の贅沢を求めて壊れ、子供まで売るようになったと聞いている。
エルフは見目麗しく齢を重ねても老いを知らない。非常に高価で売れる。
「封印されていたのは、七柱の中でも最強の【憤怒】のサタン。今でも夢に見るよ。山より大きな牛みたいな角の生えた悪魔、封印が解かれると叫んで、魔法を使ったの。たった一つの魔法で風守の村が全部焼かれた。そのときね、私は信じられない力をひねり出した。邪神の魔法を子供だった私が防いじゃった。でも、それだけ。村がね、ないんだ。ただ、灰になってまっさらで、人が生きていた痕跡もなくて独りぼっち。邪神が村をほろぼしたあと、みんなの魂を吸って去っていった。私も邪神に殺されたらみんなのところに行けると思って、ほかの街に向かう邪神を必死に追いかけた」
最強の邪神、【憤怒】のサタン。
一撃で風守の一族の村とそこの住人すべてを灰にするその魔法を幼い少女を防いだなんて、誰も信じないだろう。
だが、オルフェはそれをやったのだ。
【魔術】の才能。その一点だけなら彼女は俺を上回る。
「邪神は、次々にいろんな街を灰にして、軍もぜんぜん歯がたたなくて、……みんな絶望してた。そこにお父さん現れた。すごかったな。邪神と互角に戦ったんだよ。見てて涙が出ちゃった。涙がでるほど綺麗だったんだ。ああ、こんな魔法があるんだって、私もこんな風に魔法を使いたいって、おかしいよね。みんなの仇とか、死にたいとか全部忘れて見惚れてね……でもお父さんは勝てなかった。お父さんには体力も気力も魔力も限界があったけど、邪神にはそんなものはなかったからね」
「ちょっと待ってください。オルフェ様。それじゃ、邪神はどうなったのです? 大賢者マリン・エンライトですら勝てないものをどうやって」
オルフェは微笑む。
そして自分の心臓に手を当てた。
「ここにいるよ。お父さんはね、邪神を倒すことはできなかった。でも、媒体さえあれば封印はできる。祭具も神具も全部なくして、封印の地すら消失して、唯一残った、【憤怒】の邪神を封印できる器。それが、風守の一族の巫女である私だけだった。ふふ、おかしいよね。死にたくて邪神を追いかけた私の行動のおかげで、世界は滅びずに済んで、私も助かった」
そう、【憤怒】の邪神は強すぎた。
封印するにも媒体は何も残っていない。
すべてをあきらめたとき、戦場に似つかわしくない少女が、きらきらした目で俺と邪神の戦いを見ていた。
魔力が吹き荒れ、戦略魔術がとびかう戦場、天変地異すら引き起こされる破滅の地。その地で少女は無意識に自分を守りながらただ俺を見つめていた。
初めてみたときは震えた。あまりの才能に……そして、彼女を使えば最悪の事態は避けられるという事実に。
そして、葛藤と共に、彼女の封印の巫女の力にすがり、世界を救うため、少女に重責を負わせた。
今でもオルフェの心臓には【憤怒】の邪神は宿っている。
「もし、オルフェ様が死んだら」
「そのときは、たぶん【憤怒】の邪神はよみがえるかな。実はね、私の研究の一つに【憤怒】の邪神を私が死んでも出てこないようにするっていうのがあるんだ。ちょっと研究が進んでね。その気になれば、邪神の力を利用できるようになったんだ。このことは家族以外には秘密にしてる。表向きにはお父さんが邪神を倒したことになってるしね。エレシアだから話したんだよ」
「そんな、大事なこと!? 表に出れば、ありとあらゆる人たちにオルフェ様は狙われますわ」
「エレシアちゃんは誰にも話さないよ。それに妹みたいなものだしね。……私は邪神の強さをよく知ってる。お父さんでも勝てなかった相手。だけど、こうして、封印の地は残してるし、無理やり封印を抜けてくるなら弱体化している。なんとか勝ち目はあると思う」
「はい、王国の騎士団も総力をあげて協力しますわ」
オルフェは微笑む。
「私はね。邪神と戦うお父さんを見て、すごく、すごく、あこがれたんだ。いつかああなりたいって」
俺もその眼を覚えている。
あの地獄のような戦いで、ただ憧憬を浮かべていたオルフェの表情を。
「封印が解かれたら、あのときのお父さんぐらいかっこよく戦う、それができるぐらいたくさんのことをお父さんに教えてもらったんだ。あのときの私みたいにエレシアちゃんを見惚れさせちゃう。だから安心して。絶対なんとかするから」
「はい!」
そうして、二人は今できる最後の封印作業を終わらせた。
強引に封印を破った【暴食】の邪神が極限まで弱るようにするための罠も仕掛けている。
これから山を下りる。
いかに【魔術】のエンライトといえど、単独では勝てない。
街に集まった戦力との連携が必要だ。そのために騎士や魔術士たちと合流する。
オルフェの手をエレシアがぎゅっと握る。……そうか、あの小さかったオルフェも頼られる存在になったか。
目頭が熱くなる。
「ぴゅい(成長したな)」
「どうしたのスラちゃん?」
少し恥ずかしくなった。
俺はオルフェを守ることしか考えていなかった。彼女は自分の力で勝つつもりだ。
見守ろう。娘の成長の機会を奪うほどやぼではない。
だが、もしオルフェたちが頑張って、頑張って、それでもだめなら必ず助けよう。それこそが俺の役割なのだ。
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