N高の先生はネットツールを使いこなせている?

「ネットの高校」をうたうN高では、ネットで授業が受けられ、ネットで友達ができる環境がつくられている......とはいうものの、実際にどういう勉強をしていて、どのように友達ができるのでしょうか? N高の実態を生徒や保護者、先生への取材から探った『ネットの高校、はじめました』の第2章を、特別掲載いたします。

N高の先生はネットツールを使いこなせている?

N高には、いま12のクラスがある。それぞれのクラスは、1組が九州・沖縄、2組が埼玉、3組が東京、4組が大阪......と、だいたい居住地域ごとに振り分けられていて、定員は150人。このなかには、1年次から3年次まですべての生徒が含まれている。クラスの担任を務める先生は、基本的に普通の学校で教員としてのキャリアを積んできた人ばかりだ。当然、全員がN高に入るまでSlackを使ったことがなかった。そもそもLINEなどのネットのコミュニケーションに疎い、という人もいた。

「会うとすごくいい先生なんですけど、文章だと無機質という人もいます。絵文字や『!』といったマークをどうやって適切に使えばいいかわからないんですよね。なにか聞いたことに対して『そうですか。』とだけ返事がきたら、生徒は冷たく感じてしまいます。その感覚をどうやって理解してもらうか」(秋葉さん)

先生の対応によって、Slackのクラスチャンネルの盛り上がりもだいぶ変わってくる。クラスチャンネルの参加率を上げるために、自己紹介コーナーをつくったり、テーマを設けて投稿してもらったりと、生徒が発言しやすい環境をつくっていくのも、担任の先生の役目だ。

12組担当の伊橋由記先生は、46歳のベテラン教師。これまで勤めた学校では「ネットで生徒とやりとりするな」とずっと言われてきた。それなのに、N高ではネットツールでのコミュニケーションが仕事の一部だったため、最初は戸惑ったという。Slackでのホームルームも、いったい何をすればいいかわからなかった。そこで、伊橋先生が思いついたのは、実況中継だった。

ホームルーム開始の時間になったら、クラスチャンネルに「トコトコトコ(廊下を歩く音)」「ガラッ」「ちょっと教室間違えた」「戻る」と書き込んでみた。すると、少しずつそのチャンネルに生徒が参加し始めた。「すべった、あたー」「手が痛い」といった小ネタを挟んでようやく、「ガラッ」と教室のドアを開ける。「(教室)」「キョロキョロ」「誰もいない」「でもいます」と書いて、「とことことこ」「教卓前」まで来た瞬間、生徒が一斉にチャンネルに入ってきた。「そこからは学級委員に号令をかけてもらって、『起立!』と書き込んだら、みんな『ガタッ』『ガタッ』『ガタッ』(立ち上がる音)って書き込んでくれたんですよ。おもしろいでしょう」

示し合わせたわけではない。これがネットのノリというやつだ。そこからは、「気をつけ!」「ビシッ」「礼」「お願いします!」とスムーズに進んだ。

伊橋先生のこのホームルームに、初日から遅刻してきた子がいた。なぜ遅刻したのかと聞くと「おばあちゃんを助けに行ってました」という返事が。「すごいじゃん」とクラスメイトがほめると、「こういうサイトのここにいるおばあちゃんを......」「それゲームじゃね?」「ばれたー」という一連の流れがあり、そこから彼はよく遅刻をするキャラとしてクラスで定着した。なぜか遅刻キャラに、外から入ってくると怒られるので教室のロッカーからバーンと出てくる、という設定がつき、今では「ロッカーの妖精」と呼ばれている。

先生が「よくロッカーの中から出てくるけど、狭くないの」と聞くと、「意外と過ごしやすいっすよ、冷房も効いてるし」と返答。それに対し、他の生徒がすかさず「冷房?」「冷房あるの?」「冷房あるのかよ」とつっこみ、ロッカーの妖精は「ライトもあります」「勉強机もある」と答える。仲間内でしか通用しないネタが醸成されていっているあたり、とても「クラス」感がある。伊橋先生のクラスはそうしたネタが多いそうで、クラス内部活というものもできている。その名も、「伊橋」から最初の2文字をとって「イハ部」。「ある程度土壌をつくってあげたら、あとは勝手に自分たちで盛り上がってくれるんですよね」と伊橋先生は笑った。

とはいえ、独特のノリが形成されているところに、いきなり入っていくのは勇気がいる。そのため、各クラスでは学級委員が決められている。Slackに初めて参加する子には、学級委員からダイレクトメッセージを送る。そして、「今日◯時からホームルームがあるので、一緒に入りましょう」と声をかけ、ログインする。学級委員は立候補制だ。伊橋先生のクラスでは、優等生のカワカミさんと、『ジョジョの奇妙な冒険』が好きなコイズミくんが担当している。新入生に、カワカミさんは勉強を教えてくれ、コイズミくんは"ジョジョ立ち"(『ジョジョの奇妙な冒険』に出てくる独特のポージング)を教えてくれる。なんとも頼もしい学級委員である。

本校ってどんなところ?

N高の本校は、沖縄の伊計島にある。沖縄本島から伊計島までは、「海中道路」で海の上を走り、平安座島、宮城島を経て、赤い伊計大橋をわたってたどり着く。さとうきびや葉たばこの畑が広がり、青く澄んだ海に囲まれたこぢんまりとした島だ。

本校は、もともとは伊計小中学校として使われていた建物だ。伊計小中学校は、創立100年を超える歴史ある学校だったが、2012年に統廃合がおこなわれ廃校となった。1998年に建て替えられた船を模した校舎はまだ新しく、デザイン性も高いため、「イチハナリアートプロジェクト」という伊計島のアートプロジェクトの会場にもなっていた。そこをN高が、また子どもの集まる学校として使うことになったのだ。

玄関には大きなモニター。廊下側に壁のないオープンな教室。テラスからは海も見える。窓からたくさんの光が入る、気持ちのいい校舎だ。運動場には二宮金次郎像もある。敷地内に、神様として崇められている木や、神様がいるとされている祠のようなものがあるのが、沖縄らしい。

担任をもつ先生たちは、基本的にスクーリングがない日も本校の職員室にいる。

職員室には机と椅子が並び、通常の学校の職員室とあまり変わらない。壁には大きなホワイトボードのスケジュール表があり、そこには全国でおこなわれるスクーリングの予定がぎっしり書き込んである。一つ違うのは、各机にモニターとPCが設置されていることだ。そして、先生方はイヤホンマイクをつけて、次々と保護者や生徒に電話をしている。レポートの進捗確認や近況を知るためだ。

N高が伊計島の本校をつくってからは、廃校時代は使われていなかった運動場で、近所の子どもたちが遊ぶようになった。学校として安心できる場所だと、地元の人にも認識されているのだ。伊計自治会の玉城正則会長は先生方に、「直射日光が当たる時間以外は、なるべく職員室のカーテンを開けておいたらどうだろう」とアドバイスをした。「閉めてると、閉鎖的に見えちゃうでしょう。開けてると、『ああ、今日も先生方が仕事してるな』って親しみがわくからね」。

私が取材に訪れたときも、地元の人が奥平校長を見かけ、「おー、校長先生!また子どもたち来てるの。今回は冬だからハーリー(爬竜船)は無理だねえ」と話しかけていた。N高が地元に受け入れられていることを実感した瞬間だった。

次回「沖縄スクーリングってどんな感じ?」は5/16更新予定

この連載について

初回を読む
ネットの高校、はじめました。—新設通信制「N高」の教育革命

崎谷実穂

2016年4月、KADOKAWA・ドワンゴグループがインターネットを活用した新しい通信制高校「N高」を開設しました。2年目となる今年度の新入生は2002人。新設の通信制高校としては異例のスピードで生徒数が増えています。 なぜ出版社...もっと読む

この連載の人気記事

関連記事

関連キーワード

コメント

YuyaTakegawa 楽しそうなクラス。〉 3日前 replyretweetfavorite