フセインも、ビンラディンも、カダフィも、アメリカに「ならず者」と呼ばれた指導者は、すべて無惨な最期を遂げている。この男だけがいまだに無事でいられるのには、知られざる理由があった。
「金正恩の『斬首作戦』実行は、通常の暗殺ミッションに比べてはるかに難しい。他の独裁者とは違うのです」
こう語るのは、クリントン大統領時代に米CIA長官を務めたジェームズ・ウールジー氏だ。
祖父・金日成、そして父・金正日は、めったに公の場に出てこなかった。だが金正恩は軍事パレードなど、この4月だけで3回、各国報道陣や市民の前に姿を現している。
なぜアメリカはなかなか金正恩の「斬首=暗殺」に踏み切らないのだろうか――。
暗殺のプランだけなら、アメリカはとっくの昔に練り終わっている。トランプ大統領がゴーサインさえ出せば、議会の承認なしでいつでも実行できる状態だ。
「トランプ政権が、4月上旬に開いたNSC(国家安全保障会議)で示された『有力プラン』は、以下の2つの作戦です。
一つめは『外科手術』、つまり空爆による暗殺。具体的な手段には、爆撃機による大規模な爆撃、無人機による小規模な爆撃、朝鮮半島近海の戦艦から発射する巡航ミサイルの3種類があります。
もう一つは、北朝鮮内部の協力者に暗殺させる方法。実はこの方法は、金正日時代に少なくとも数回実行されています」(米政府関係者)
'04年4月、北朝鮮と中国の国境の街・龍川の駅で突如、大爆発が起きた。半径500mが廃墟と化し、1500人以上が巻き込まれたこの爆発は、明らかにこの駅を通る予定だった金正日専用列車を狙い、「爆殺」を図ったものだった。
一説には、列車に乗っていたシリア人技術者の中にCIAの協力者がいたといわれる。
事前に中国政府がテロを察知し、金正日に知らせて列車の通過を8時間早め、予定時刻にダミー列車を走らせたため、金正日は間一髪で死を免れたという。
一方で刺殺、毒殺など、古典的な方法による北トップの暗殺も、アメリカ政府内では長年にわたって研究されてきた。
「韓国に亡命してくる脱北者は年間1000人以上いる。その中から政権中枢にコネがある人物を洗い出し、内通者を作らせて実行犯にするのです。
実際、金正日政権下では朝鮮労働党中堅幹部に200万ドル(約2億2000万円)の報酬を提示して殺害を依頼したのですが、『リスクが大きすぎる』と断られてしまった。もちろん、CIAは彼のほかにもこれまでに複数の候補者と交渉しています」(元脱北者)
4月29日には、CIAのポンペオ長官が極秘で韓国を訪れ、北朝鮮問題について韓国政府と協議を行った。このときの真の目的こそ、「CIA長官自ら、元高官の脱北者に『斬首作戦』協力を打診するためだった」と、韓国政府関係者の間で噂されている。
暗殺の実行犯になる人物は、失敗すれば自身も確実に死ぬ。いかにCIAとはいえ、協力者を見つけるのは容易ではない。前出のウールジー元CIA長官が言う。
「まず金正恩に直接会うことができる人物は、本人によって厳選され、徹底的な捜査・身体検査を受けています。北朝鮮国内にいて、少しでも不穏な動きを見せた政権幹部や軍の幹部はすでに拘束されているか、粛清されているのです。
内心で金正恩の暗殺を企てている人物は常にいるでしょう。CIAが間接的に金正恩暗殺を実行するならば、まず情報収集が重要になりますが、脱北した元外交官などが持っている情報が最新のものであるとは限りません。
また、計画を練れば練るほどバレてしまう可能性が高くなるので、仮に暗殺を実行するとなれば、『オン・ザ・スポット(その場)』の判断で行われることになる」