ゲームがもたらす“予想外の面白さ”をAIは作れるか?
岩谷氏:
ゲームでは、いわゆる予定調和を外して、違った出来事が起きたギャップに面白さを感じるというときがあります。お笑いなんかもそうですね。「こう来るな」と予想したのと違うところで笑ってしまう。プレイヤーが何回かプレイしていくと、だんだん上手になっていくんです。自分が上手になっていって、先々に挑戦できるようになっていく学習効果に、嬉しくなるところもあります。しかし、AIも含めて、あまりにもプレイヤーにとっての最適値を提供し続けると、プレイヤーは嫌になってしまうんですね。ですから、そこは少し外す必要があるんです。
三宅氏:
その辺りが、我々ゲーム業界の特徴かもしれませんね。
岩谷氏:
そうですね。他のAIは人間にぴったりとフィットしすぎていますから。
三宅氏:
「ちょっと届かない」とか、「もうちょっとやればできるんじゃないか」とか、そういうジレンマを作りながら人間の心理をいかに操るかというのが、エンタメのAIの最大の特徴だと思います。
岩谷氏:
少ない情報で明示する力がゲームにはありますので、それをたくさん利用するということですね。
三宅氏:
我々はAIを作っていますが、結局何のために作っているのかというと、ユーザーの心理を動かすためなんですよね。それは『パックマン』以来、まったく変わっていないと思います。
岩谷氏:
僕はそのために、酒場で色んな人の話を聞いたりしますね。「この人は、なんでこんな生き方をしてきたのだろう」という風に他者の記憶に迫っていくと、プレイヤーの心理を幅広く考えられるようになると思います。酒場には色んな人生を歩んでいる方が来るので、とても勉強になるわけです。そういうところがゲーム作りのヒントになるんです。
「メタAI」の先駆――何千億円を左右する“難易度”をどう決めるか
三宅氏:
次は「メタAI」についてお話します。「メタAI」はゲームシステムのAIで、ゲーム全体を監視しています。現代のメタAIは、もう少し積極的にダンジョンを作り出したり、時にはサブストーリーも作り出しますが、古典的な「メタAI」は、たとえばプレイのログから「このプレイヤーは下手だ」と判断すると、少しゲームの難易度をやさしくしたりしていました。
岩谷先生は2005年のGDC(Game Developers Conference)で、このようにおっしゃっていました。
「プレーヤースキルをプログラム側から判断して、難易度を調整していきます。これを私はセルフゲームコントロールシステムと呼んで10年以上前から開発に使っています」
ここでおっしゃっている10年以上前とは、具体的に何年のことでしょうか?
岩谷氏:
1981年の4月のことですね。このときにレポートを出しているんです。
背景としては、先ほども申しましたように、難易度が高く市場と合わないアーケードゲームが出てきてしまった、ということがありました。でも、プレイヤーに合わせてやさしくしようとすると、みんな長時間プレイになってしまうでしょう。すると、お客様の回転が悪くなるので、ゲームセンターのオーナーさんに怒られます(笑)。
ゲーム自体が本当に面白いのに、たかだか数字の調整に過ぎない難易度設定の失敗で「クソゲー」と言われてしまう悔しさを何度も味わってきたので、これではいけないと思いました。お客様がプレイする状況、たとえば的中率やコントロールのミスの具合などをプログラム側が監視をして、「あ、この人は中ぐらいの上手さだ、じゃあ次のステージはもう少し難しくしよう」と調整するわけです。
当時、こんな実験をしたことがあります。1箇所のゲームセンターに『パックマン』を2台置いて、そのうちの1台をお客様に分からないようにスイッチを切り替えて難しいバージョンにしました。難易度の違うものを知らぬ顔をして置いておくわけですね。当時お客様がプレイをして「あれ? なんか今日は調子が悪いな」と思ってたら、それは難しい台に当たっちゃったときかもしれません。
そうして2台を比較すると、1日あたり2000円ぐらいの売り上げの差が出てくることが分かります。日本全国に『パックマン』が1万台あるのを各店舗平均300日稼働させた場合、1台ごとの1日の売り上げが2000円違うとどうなるでしょうか?
三宅氏:
2000円の差で1万台あると、まず2000万円の差が出てきますよね。稼働が300日としたら、60億円ですか。
岩谷氏:
それだけ違うということですね。
さらに、これが世界で10万台売れたとすると、10倍になりますから600億円。これだけマスプロダクションをした商品だと、調整の違いだけでも売り上げの差が莫大なものになります。コンシューマーソフトでも、100円の利益が出る定価の設定と150円の利益が出る設定とでは、ものすごい差になるわけですよね。
三宅氏:
難易度のスイッチをちょこっと下げるかどうかで、場合によっては何千億の差が出てくるという世界ですね。面白ければ面白いほど広がっていくわけですし。
岩谷氏:
そうですね。ただ、セルフゲームコントロールシステムの問題点は、自分の力量にフィットしすぎてしまうことです。上手くなればなるほど、難しい課題が与えられてしまって、プレイヤーが常に追い立てられてしまうのです。
たとえば、小学生が3年生用のドリルをクリアしたとします。その小学生が今度は「君、3年生のドリルをクリアできたから、今度は4年生のドリルをやってみよう」と言われる。「えー?」と言いながら、またがんばって4年生のドリルを解く、すると「わぁ、4年生のドリルを全部解答したね。じゃあ、次は5年生のドリルだ」と言われる。もう、疲れちゃうわけです。ゲームも同じです。あまりにもコントロールシステムの通りにやってしまうと、その人のレベルの少し上を常に提示してしまうことになる。それで疲れてしまうんです。
そういう意味で、セルフゲームコントロールシステムやAIがあまりに最適化されてしまうと、人間を追い込んでしまうことになります。ですから、ときどき難易度をずっと上げずにフラットなままにしておくのです。そうすると、プレイヤーは機械を自分で手玉に取った気持ちになれますし、少なくともあと30分は遊べるぞという感覚になる。
プレイヤーに対して難しさをフィットさせ過ぎないことは重要なんです。
だから、しばらくフラットにしてからまた難しくして、その後でちょっと落としたり……そんな風にドラマチックな設定をしていくわけです。
21世紀の欧米AIも辿り着けてない「至れり尽くせり」
三宅氏:
今のゲームAIはそこまでできていないと思います。今ようやく「メタAI」で全体のバランス調整ができるようになったくらいです。
岩谷氏:
抑揚があって、起承転結があるのが重要だと思います。ロジェ・カイヨワは遊びを4つに分けて定義しました。「偶然」と「競争」と「模倣」と「眩暈」。僕は5番目の遊びとして、時間軸で変化する抑揚や起承転結を楽しむ遊びがあると考えています。小説や映画も初めから最後まで「トントントントン」とフラットなままでおしまいとはなりません。「トントントントン、トトトトンッ!」と来て最後に「ドン」と終わる、みたいな抑揚が楽しいんです。
三宅氏:
先生のおっしゃる起承転結も、まだAIで作ることはできていません。モンスターの動きに緩急はつけられますが、AIがゲームをストーリー仕立てで作るのはこれからの課題だと思います。この40年間、ゲームAIが何をしてきたかと言うと、もともとゲームデザイナーが持っている知能をAIにしてゲームに埋め込むことだったと思います。
もう少しすると、ダンジョンマップの自動生成もAIがやるものになっていくでしょう。マップもグラフィックもAIのプロシージャル技術【※】で作るようになる。それは要するに、ゲームデザイナーの知能をAIにしてゲームに埋め込んでいるんですね。そうすることで、ゲーム内で勝手にゲームを作って調整もしてくれるようになります。
ただ、プロシージャル技術によって、大きなゲームを小規模のチームで作れるようになっているはずなんですが、実際にはなぜかどんどん規模が大きくなっています。当時『パックマン』は何人ぐらいで作ったのでしょうか?
※プロシージャル技術
マップなどのコンテンツ生成を計算やアルゴリズムによって自動で行う手法。
岩谷氏:
デザインと企画が私で、プログラマーが1人、サウンドが1人、コンピュータボード(PCB)を設計する人が1人、後はアーケードゲームですので、筐体の機械設計と筐体のデザインがいました。だから、合計7〜8名でしたね。
三宅氏:
そこからギネスブックに載るようなヒットが生まれたんですね。今だと、自分がやっている大型ゲームは何百人という規模の人数で作っています。
岩谷氏:
それだけの人数ですと、コンセプトは皆さんに伝わりますか?
三宅氏:
伝えるのに時間がかかりますね。後はAIを入れようと思っても、全部を見通すAIはなかなか作るのが難しいんです。むしろ完成度という意味では、1980年に作られた『パックマン』くらい完成度が高いAIを実装できているゲームは、今でもそれほど多くないと思います。
岩谷氏:
『パックマン』のもとになっているのは、日本のものづくりが継承してきた至れり尽くせりの作り方です。お客様の気持ちを細分化して考えて、それに対して提供できる工夫はあるのかを探求していくことなんですね。
三宅氏:
現代の「メタAI」の原点は『Left 4 Dead』【※1】というゾンビ系のゲームです。当時、同じチームがその前に作った『Counter-Strike』【※2】というゲームがシリーズ合計で1000万本ぐらい売れていたんですが、彼らは最初、なぜそんなに売れたのか自分たちでも分からなかったんです。それで分析した結果、「ワーッと敵が出た後で静かになり、どこに敵がいるか分からない緊張感の後に、また敵が大量に出る」というゲームの緩急を、たまたまつけられていたことに気がついたんですね。
※2 Counter-Strike
もともとは『Half-Life』のアドオンとして、1999年にValve Softwareからβ版がリリースされた対戦型オンラインFPS。テロ特殊部隊とテロリストとの戦いをテーマに、プレイヤーはマップごとに決められた目的を遂行する。発売から現在でも多くのプレイヤーが参加しており、世界大会が開催されるほどの人気がある。
それを元に、ユーザーの緊張度をコントロールする「メタAI」を実装して開発されたのが『Left 4 Dead』だったんです。でも、それは岩谷先生のセルフゲームコントロールシステムと同じ話ですよね。実は「メタAI」だけでなくゲームAI全部が、『パックマン』の自動調整をはじめとしたナムコさんの文化が起源になっているのだと思います。
日本のゲーム業界の活路は「メタAI」にあり?
三宅氏:
最後に、今のゲームAIの最前線がどうなっているのかという話をしたいと思います。『Left 4 Dead』は、ユーザーの緊張度を計測しながら自動調整をしていますが、現在はこれがゲーム業界のデファクト・スタンダードになっています。ユーザーの見えないところにモンスターを置いて、ユーザーの緊張が解けたタイミングで出す。AIが下手なプレイヤーだと判断すると出現数を減らし、上手いプレイヤーだと判断すれば出現数を多くするプログラムになっています。
昔のゲームシステムは「覚えゲー」というもので、やればやるほど配置とかタイミングが分かるので上手くできる仕様になっていました。今は、プロシージャル技術、自動生成技術と融合してAI化されているので、敵の出方もマップもどんどん変わります。「メタAI」が自動生成機能を持つと、ダンジョンを自動生成し、そのダンジョンを解析し、ナビゲーションメッシュを自動的に生成して、そこをモンスターが歩けるようにできます。入り口と出口なんかも、自動で決まっていくんです。
さらに敵も自動配置して、自動解析の結果から出現するタイミングと数も決めます。もっというと、イベントの自動生成もあって、さまざまなイベントの形を持っておいて、各場所で色んなイベントを起こせるようになるんです。つまり「メタAI」が、ずっとプレイヤーを後ろから見ているわけです。たとえば「最近この人、戦闘していないな」と思ったら、イベントを起こすことで飽きさせないようにします。これが、AIディレクターの役割なんです。
そうすると、広大なマップ全部に、イベントを事前に用意しておく必要がなくなります。今流行りのゲームデザインはオープンワールドという形式ですが、開発するのに費用が莫大にかかるので、自動生成で何とかしましょうということが考えられています。それなら比較的少人数のチームでも作れますしね。僕は、日本のゲーム業界の活路はそこにあるんじゃないかなと思います。
岩谷氏:
機械やプログラムでできることはそこに任せて、そうじゃないところに知恵やお金を使っていけばいいということですね。やはり日本でずっと続いてきている職人的なものづくりのあり方は、相手のことを常に考えて、至れり尽くせりを実現するということだと思うんです。
三宅氏:
そういう「メタAI」のあり方は、先生がおっしゃるように、日本が一番得意とするところなのかなと思います。本日はありがとうございました。
岩谷氏:
こちらこそ、ありがとうございました。(了)
電ファミニコゲーマーでは、本記事にも登場した三宅陽一郎さんの「ゲームAI」についての“ちょっと変わった”講義をニコニコ生放送で連続配信中。その最新回が今晩、19時半からニコニコ生放送で放映されます!
三宅氏が昨年上梓した『人工知能のための哲学塾』は、現代ゲームAIを哲学の視点から分析した本。フッサール、メルロ=ポンティなどの哲学者と比較しながら、現代ゲームAIをヨーロッパの大陸哲学の伝統に位置づけました。そして三宅氏は現在、そんな現代ゲームAIの課題を乗り超えるヒントを得るべく、「続編」として『人工知能のための哲学塾・東洋哲学篇』を連続講義中。
第一回目の「荘子」に続いて、今晩の第二回目は日本が生んだ世界的なイスラーム学者「井筒俊彦」を取り上げ、人工知能と「内面」の問題を検討するそうです。ゲームAIの実学的なレクチャーとは、また違った角度からゲームAIを考える生放送。ぜひお楽しみに。