【依存〜断てないギャンブル(1)】会社の金券横領、借金漬け…警察聴取後もパチンコ店へ 一線を越えた「やめられない」
依存症は、家庭や仕事を顧みず、何かに没頭する症状だ。
ただ趣味との境が難しい上に、依存症患者の把握や支援の手は行き届いていない。自民党は統合型リゾート施設(IR)の整備を念頭に、5月にも依存症対策強化に関する基本法案を議員立法で国会提出する方針だ。人の心に巣くう依存という暗闇。ギャンブル依存症を取り巻く実態を追う。
「3千円ならやめられる」
心の隅では、パチンコが破滅を生んでいると気がついていた。十数年前、三宅隆之(42)=奈良県在住=はギャンブルにはまり、借金を抱えて周囲に迷惑をかけた後、上京して人生をやり直そうとした。
自分なりの工夫もした。パチンコ店に近寄ることを避け、手持ち無沙汰(ぶさた)を解消しようと、お笑いや歌手のライブに足を向けた。居心地の良い自宅にしようとインテリアにも凝った。だが、どれも長くは続かなかった。
再びギャンブルに手を出した当時の状況は今も鮮明に記憶している。
放送局での勤務を終え、最寄り駅で降りた。いつもは遠回りしてパチンコ店を避けていたが、その日はなぜか早く帰りたくなった。店の前を通ると、扉が開いていて、初めて目にする台が見えた。「3千円ならやめられる」。根拠はないが、そう思った。その日は確かにやめられたが、次の日は「当たるまでやろう」と気持ちが変化していた。
瞬く間に借金生活に戻り、10日で利息が5割のヤミ金にも手を出した。「駅前のヤミ金に足を踏み入れるとき、足が震えたのを覚えている」
推計536万人 各国より高い依存率
厚生労働省の平成26年の調査では、ギャンブル依存の疑いがあるのは、全国で推計536万人。全成人の4・8%を占める。政府が3月に発表した調査でも、生涯で依存症の時期があったと疑われるのは2・7%に上る。時期や対象が異なり単純比較できないが、米国(1・4%)や英国(0・8%)、韓国(0・8%)と比べると著しく高い。
数字を押し上げているのは、初心者でも簡単に遊べる「パチンコ」の存在があるとされる。厚労省の調査でも、ギャンブル依存の約8割がパチンコやスロットだった。
一方、2010(平成22)年にカジノを中心とした統合型リゾート施設(IR)が開業したシンガポールでは、ギャンブル依存症と推定されるのは08年が2・9%、11年が2・6%で、14年は0・7%と減少傾向にある。IR新設にあたり、同国政府が依存症の実態把握やカウンセリング強化といった対策にかじを切ったことが背景にあるとされる。
日本も昨年12月のIR整備推進法成立を機に、今年度予算に5億円を計上し、治療環境の整備を講じる方針だ。ただし具体的な対策は明らかではなく、行き先は見えない。
「ちくしょう、ちくしょう」 叩き続けるスロット
再びギャンブルにはまった三宅には、破滅しかなかった。毎日が返済日。せっかく凝ったインテリアは売り払った。電気やガスは止められ、ろうそくの火を頼りに夕食をほおばった。
それでも不思議と会社に固執した。体裁ばかりを気にし、ついには一線を越えた。放送局はプレゼント用に図書カードや音楽ギフト券などの金券を抱えていたが、手当たり次第に持ち出し換金した。
両隣のデスクに座る同僚らのカバンの財布から1万円を抜く。「また、なくなってる」。庶務の女性の悲鳴も聞こえたが、毎日をやり過ごすのに必死だった。
会社は被害届を提出。社員らの指紋が採取され、ようやく上司に謝罪した。向かった警察署で刑事から諭された。「まだ若いじゃないか。いくらでもやり直せるよ」。涙があふれた。
警察での任意聴取を終えた帰り道、三宅が足を向けたのは、パチンコ店だった。「ちくしょう。ちくしょう」。やめられないスロットの台をたたきながら泣いていた。(敬称略)
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■依存症 異常にのめり込み、衝動を抑えられなくなる症状。依存症に陥る心の根底には家庭や仕事上のストレスによる不安、不満などがあるといわれ、人間関係の破綻(はたん)などを引き起こすこともある。治療は心理療法が中心だが、自覚症状もなく、趣味や趣向との線引きなども難しいとされる。