群馬大学が、運転席にドライバーが座らない「完全自動運転」の研究を着々と進めているのです。なぜ、地方大学が未来のクルマづくりに挑戦するのか、その狙いを読み解きます。(前橋放送局 西澤友陽記者)
地方大学発の自動運転車!
群馬県東部の桐生市を走る1台の車。群馬大学の小木津武樹助教が中心となって研究開発を進めている自動運転車です。去年10月から、公道での走行実験を進めています。
市販の車両のルーフ部分にGPSや360度見渡せるカメラを取り付け、そこから得た情報などをもとに、位置や障害物を把握、車がアクセル、ブレーキ、ハンドルを自動で操作する仕組みです。
実際に乗ってみた
私も取材で助手席に同乗させてもらいました。法律に従って運転席に座っている人がいるとはいえ、ハンドルから手を放しています。しばらく走ると路上駐車されている車が現れたのですが、自動でよけたのに驚きました。
でも不安を感じる場面もありました。直線部分を走っているときにハンドルが細かく左右に振れたのです。小木津助教によりますと、こうした現象は、GPSによって得られる情報と、事前に読み込まれた地図情報に数センチの誤差があるため起きるということです。
人間の運転に近づけるためには、さらにGPSの精度を高めるとともに、複数のGPSを用いる技術も必要になるということです。
目指すはSFの世界?
こうした技術的課題を抱えながらも、小木津助教が目指しているのは、運転席にドライバーが座らない完全自動運転の車です。運転席すら不要で、移動式のレストランや運転手のいないタクシーなど、ちょっとしたSF映画の世界を想像させます。
小木津助教は、さらに技術的な課題を克服するための研究開発を進めて、ゆくゆくはバスなどの大型車に技術を転用し、一定のルートを通るコミュニティーバスなどとして活用することを想定しています。
なぜ大学が?
一般的に自動運転というと、大手の自動車メーカーやIT企業の研究開発を想像しますよね。小木津助教も、資金力や人材の数では大学は到底太刀打ちできないと認めています。
それでも、地方大学が研究開発に取り組むのはなぜなのか。
小木津助教は「企業が研究するよりも、さまざまな分野で人材育成をできる大学が拠点を担うことが重要だ。営利ではなく、大学という中立的な立場が、自動運転についての正しい理解を導いていく存在だと思う」と大学の公共性にその意義を見いだしています。
完全自動運転の車が実現するためには、カメラやセンサー、それに人工知能などといった研究開発に加えインフラの整備も必要となりそうです。このため小木津助教は、完全自動運転の研究開発を「コラボレーションの極み」と表現します。
さまざまな分野の研究者や企業関係者が群馬大学に集い、未来のクルマづくりに切磋琢磨(せっさたくま)することが、小木津助教が描く最終的な未来像なのです。
地域も後押し
全国を見ると、金沢大学や名古屋大学なども自動運転の研究開発を行っていますが、公道を走る本格的な実験を行っているのは、関東地方では群馬大学だけです。背景には、自治体の全面的な協力があります。
地元の桐生市は、全国の多くの自治体と同様に高齢化や人口減少といった問題を抱えています。自動運転の研究開発を後押しすることで、高齢ドライバーの事故防止、さらには高齢者や障害者などのいわゆる「交通弱者」に、コミュニティーバスなどの新たな移動手段を提供できるのではないかと期待しているのです。
さらに、群馬大学を中心に自動車関連企業がさらに集積することによる経済的な波及効果も狙っています。桐生市は、地域住民や学校への説明を行うなどして、公道での実験が理解を得られるよう小木津助教を全面的にサポートしています。
それでも事故が起きたら…
ただ技術面以外にも、実用化への多くのハードルが残されています。
その1つが自動車保険です。ドライバーのいない完全自動運転の車については、万が一の事故が起きたときに誰がどのように責任を負うのか、明確に定義されていないのが現状です。
このため群馬大学は、大手損害保険会社、あいおいニッセイ同和損保と完全自動運転車の事故に備えた保険の共同研究に乗り出しました。
ことし2月に開かれた保険会社との初のミーティング。会社側からは「完全自動運転で人がいない場合、どのように事故のリスクを評価すればいいのか」と質問が出ました。小木津助教は、高速道路と一般道では、歩行者がいるかどうかなどでリスクが異なることから、「車が走る地域の環境もリスク評価の対象とすべきだ」と指摘していました。
保険会社としては、完全自動運転を見据えた商品開発の手がかりを得たいという狙いもありますが、会社の担当者は「これまでの概念とは少し離れて、新たな技術への対応を考えていかないといけない」と難しさをにじませていました。万が一に備えて手探りの状態が続いています。
いつ到来?完全自動運転社会
大学や企業が猛スピードで研究を進める完全自動運転。こうした現状を追いかけるかのように、国も対応に乗り出しています。
例えば、完全自動運転については、現在の法律では、車にドライバーが乗る必要があるため、公道での実験は認められていないのが実情です。群馬大学が桐生市で行っている実験も、あくまで「ドライバーが乗車」という条件付きです。
このため警察庁は去年6月、有識者による検討委員会を立ち上げ、完全自動運転の車の実用化を見据えて具体的な法整備の検討を始めました。課題も山積していますが、小木津助教は未来のクルマの実現はそう遠くないと語ります。
「われわれは東京オリンピック・パラリンピックが開催される2020年までに、完全自動運転がビジネスとして成立するような仕組みを作っていきたい」
自動車産業はもちろん、車社会を大きく変える可能性を秘めた完全自動運転の技術。企業や大学、それに国がそれぞれの立場で役割をしっかりと果たしながら、日本が世界に先駆けてほしいと思います。
- 前橋放送局
- 西澤友陽 記者
- 平成27年入局
県警キャップとして
事件・交通問題を取材