こんにちは。
クリスチャンのかんき(@wemmick03)です。
前編は、キリスト教が信じる世界の始まり
そして後編は、イエス・キリストとは何者か?33年と6ヶ月の生涯
こちらをご紹介しました。
今回は、完結編としてまとめています。
では早速、引き続きまいりましょう。
目次
結局、キリスト教ってなんなの?
ここまで、いろんな話をしてきましたが、
その疑問、お答えします。
キリスト教、ズバリそれは、
.
.
.
「宗教」
と世間的には、そうとらえられますが、
ぼくたちクリスチャンは、1つの
.
.
.
「ライフスタイル」
として考えています。
宗教をしているのではなく「キリストと聖書に生きる」それが、生活や言動の軸となるのです。その生き方を楽しみ、人生が変革されるのを期待し、歩んでいます。
そのライフスタイルを築くことを励まし合い、助け合うために「教会」があるのです。
- キリスト教 =
宗教 - キリスト教 = ライフスタイル
何を根拠に言ってんの?
でもいったい何を根拠で言ってんだ?
それは、ぼくでもわかるよー
聖書(バイブル)だよ
絶対、あの怪しい本
(怪しくはないがの…)
聖書ってナンだ?
それでは解説しましょう。
聖書とは?
とりあえず、
クッッソぶあつい本です。
見てください、このぶあつさ。
(うちのレゴ太郎とシロ🐶までビックリ)
聖書は、
紙質がサクサクで、本の重量もジューシー
ページのめくり具合は絶妙にやわらかく
そして、この分厚いッ感じ。
なんとも「読みごたえ」ありますよね。
ところでみなさん、世界で最も読まれる本
「世界のベストセラー」と言いましょうか。
いったい何かご存知ですか?
ぼくは、絶対!
「ハリーポッター」だと思っていました。
(た…たしかにかわええのぉ)
(ヒキコモリのただのエロ博士が)
でも!
なんと!
まさかの!
あのハリーポッターを超える?
世界のベストセラーとは!?
聖書?
そう!
せぇぇぇいしょ📖 です。
(あ、睡魔せん。寝てました)
▼ 過去50年の発行部数が多い書籍ベスト3
| 発行部数 | |
| 第1位:聖書 | 39億冊 |
| 第2位:毛沢東語録 | 8億2000万冊 |
| 第3位:ハリーポッター | 4億5000万冊 |
聖書、39億冊…
圧倒的な発行部数ではないか。
世界一発行されている本としてギネス・ワールド・レコーズに登録されている
さてさて、真面目な話に戻すと、
聖書は大きく2つに分けられています。
- 旧約聖書(イエスが生まれる前の物語)
- 新約聖書(イエスが生まれた後の物語)
旧約には、イスラエルの民の歴史や、神とイスラエルの民が交わした約束事など。新訳には、イエスの生涯とその教えや、イエスの弟子たちの宣教活動などが書かれています。
そして聖書は1冊の本のようになっていますが、実は1冊の本ではなく、66冊(66巻)を1冊にまとめているのです。
ちなみにぼくの聖書(新改訳)では、
- 旧約(39巻):1439ページ
- 新薬(27巻):461ページ
合計:1900ページ(700g)
だからあんなに分厚いのか
そしてこの66巻が入った聖書、一人の人が書いたものではないのでなく、
- 約1500年にもわたって書き継がれた
- 書いた人の数は、約40人
- 著者たちの職業はさまざま(王様|政府の役人|祭司|漁師|農民|羊飼い|医者など)
こんないろんな背景と職業を持った人たちが、聖書を書いたのか!
そして66冊にもなる聖書には、不思議と統一性があります。この約40人の著者の背後には、本物の著者がいるのが想像できるでしょうか?
それは、
「神様」なのです。
神が約40人の著者を導き、彼らの特徴を生かしながら、各書を執筆させたということ。そのために、聖書には調和と一貫性がある。このような神の導きを、専門的には「啓示」と言います。
1500年間という長い歴史の中。
別々の時代に、およそ40人の著者に書かれた聖書。こんなにも多くの著者が、信じられないような一致をし、共通のテーマがあるのです。
聖書で覚えておきたいポイント
- 聖書は1冊の本ではない
- 約40人の著者から1500年にも渡り書き続かれた
- 歴史書であり、神との契約書でもある
- 神の言葉が書かれている
- ハリーポッターを超える世界のベストセラー
重たい聖書を持ち歩きたくない人には、
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それと、もう一つの根拠をあげると。
殉教(じゅんきょう)した人の数がハンパじゃねぇ
殉教(じゅんきょう)とは自らの信仰のために命を失ったとみなされる死のこと。 キリスト教の歴史でよく用いられる言葉であるが、宗教的迫害において命を奪われた場合や、棄教を強制され、それに応じないで死を選ぶ場合など、様々な形の殉教がある。
引用元:Wikipedia
もっと分りやすく言うと、
キリスト教の信仰のために命を失った人を、宗教用語で「殉教」という。
そこまでイエスを信じてるとは…
1つ例を出すと
キリスト教が禁止された江戸時代
- 1629年:キリスト教徒を発見するため、絵踏(えふみ)が導入された。
絵踏(えふみ)
江戸幕府が、キリスト教の信者を発見するため、人々にキリストやマリアの像などを踏ませた行為のこと。
※ 踏絵(ふみえ)は、それに使った道具(絵や像)
踏むことができれば、キリスト教徒ではないとされた。
でも、もしキリスト教とバレれば、逮捕され刑罰、拷問、死刑を受ける。
- 海に沈まされる
- 子供に対しても容赦なく殺す
- 火山にの中に落とされる
- 十字架に貼り付けられるなど
かなりエゲツないことをされたらしい。
このような殉教者、キリスト教を信じるものが、他の宗教と比べ圧倒的に多いのが明らか。
そこまでして、命を捧げてまで、信仰をつらぬき通す。これは、徹底的な根拠とも言えませんか?
命を捧げてまでの証明、そう簡単ではないでしょう。
キリスト教の根拠は?
- 聖書
- 殉教(じゅんきょう)
これが歴史を通しても、目に見える根拠ではないかと思う。
2017年1月に公開された最近の映画
『沈黙-サイレンス-』本予告
江戸時代、激しいキリシタン弾圧下の長崎を舞台。
当時のキリシタン弾圧の歴史が、どれほどシビアなものか。日本人のイエス・キリストを信じ通す(犠牲者)が多いことが、胸に刺さる作品。
しかも「スパイダーマン」から「カイロレン」から「クワイ=ガン・ジン」まで、超大物俳優がそろっている。
キリスト教の教派(種類)
キリスト教と一口に言ってもいくつか教派がありまよね?
全然ワカンナイ。。。
まず大きく分けて2つ、西方教会と東方教会で分けることができます。
これはかつて、
- 西方教会:西ローマ帝国の影響が強い地域(西ヨーロッパなど)
- 東方教会:東ローマ帝国の影響が強い地域(東ヨーロッパ、ギリシャ、ロシアなど)
として分かれていました。
引用元:Wikipedia
もともとキリスト教、教会は1つ。
イエスのお弟子さんたちが宣教を続け、その教えが広まり、ローマ帝国内のいろんな場所で、教会が建てられましたが、
1054年に分裂してしまうのです。「東西教会の分裂」とも言いますね。
主な理由は、偶像崇拝(聖像を作って拝む)
→「それはおかしい!」と言う人がでる
→「いや、おかしくない!」と言い張る
よって、相互波紋(対立・争い)
まあざっくり言ってしまうと、
考え方の違いでしょう。
分裂してから何百年も経つうちに、全然違うものになっていくんですね。
人間は、自己主張が強いんだなwww
その中で、全キリスト教徒をほぼ占めているのが、
- ローマ・カトリック(西方教会)
- プロテスタント(西方教会)
- 正教会(東方教会)
これらの3教派です。
今回はこのメジャー3教派の特徴をあげていきましょう。
ローマ・カトリック(正教会)
ローマ・カトリックの指導者は初代教会の時代。
原始キリスト教(もともとのキリスト教)に、ローマ帝国の文化を織り交ぜた宗教とも言えます。
キリスト教の基本的な考えとして「神は唯一のもので、神以外を祈ってはならない。また、神の像などを作って、神を形にしてはならない」という考えがあります。
でもキリスト教が生まれるまで、ローマ帝国は主に多神教の宗教を信じる国家でした。それにより、神だけではなく、イエスやマリアなどの像や絵に対しても積極的に祈る。という風潮が生まれたのですね。
正教会(東方正教会)
ローマ帝国は、4世紀に西ローマ帝国と東ローマ帝国(ビザンツ帝国)に分裂。
カトリックが西ヨーロッパを中心として広まっていったのに対して、正教会はキリスト教が誕生した中近東から、ギリシャ・東欧・ロシアと広まりました。
正教会はいわば、キリスト教の最も古い伝統や誇りを守りながら現在に至る。
- 正教の教えは聖書
- 聖職者は結婚してもいい
- 男性だけが聖職者になれる
- 聖職位には、主教、司祭、輔祭の3位
- 正教会の外観は、タマネギヘルメットのような丸屋根
特徴をあげるとこんな感じ。
神の唯一性と、三位一体性を信じる伝統的キリスト教。
プロテスタント(正教会)
16世紀
カトリックや正教よりも、もっと後に出てきた新しい教派です。
キリスト教の成立が1世紀なので、かなり新しいですね。
「プロテスタント」の語源となっている言葉には、「Protest」(抗議する)という意味が込められています。
プロテスタンができる前、カトリック教会は「免罪符」というものを人々に売りつけていました。(教会がお金を得ることができるため、教会は必死に売ろうとする)
教会は、
「これを買えばあなたの罪は許されるよ!」
と、金儲けをしていたのです。
その通り、いわゆる詐欺ですよね。
そこで、マルティン・ルターという一人の男が出てきてこう主張しました。
聖書に書いてあるように従うべきだ!
これがきっかけで、同じように思っていた人が増え反対したのです。そして500年前に大きな「宗教改革」が起きたのですね。
※ プロテスタントは、カトリックから分裂した教派
▼ カトリックとプロテスタントの違いまとめ
| カトリック | プロテスタント | |
| 教職者を | 神父と呼ぶ | 牧師と呼ぶ |
| 教会が | ゴージャス(古い) | シンプル(質素) |
| 教会のなかに | 像と絵がたくさんある | 十字架くらいしかない |
| 教会のなかに | ざんげボックスがある | ない |
| 教会で | よく儀式をする | よく賛美・ゴスペルを歌う |
| 聖職者は | 女性はダメ | 女性でもなれる |
| 聖職者は | 神父はみんな独身 | 奥さんオッケー |
| 礼拝を | ミサと呼ぶ | 礼拝と呼ぶ |
| 聖書に解釈が | 書いてある | 書いていない |
| マリア様を | とても敬う | あまり気にしない |
| ケネディー大統領を | 尊敬している | あまり気にしない |
| 手で十字を | よく切る | 全く切らない |
| 教会の十字架に | イエス様がはりつけ | イエス様はついていない |
| 修道者(シスター)が | いる | いない |
| 規則・マナーが | きびしい | わりと自由 |
| 教会での歌が | ほぼ静かめだけ | ノリノリなのも両方ある(今風) |
- カトリックでは、聖書より教会という考え方。
神 > 教会 > 聖書 > 信者
カトリックの聖書には、解釈がついていて教会の考え方は統一している。
- 一方プロテスタントでは、聖書(神の言葉)が大事だと考えます。
神 > 聖書 > 教会・信者
プロテスタントの聖書には解釈がなく、個人の考え方によって解釈が代わり自由です。
おきて・礼拝のスタイルも異なる
ようするに考え方が少し違うのであ〜る
- キリスト教と名乗っても、聖書以外の経典(教え)を持つものがあります。
ものみの塔(エホバの証人)、統一教会(原理運動)、モルモン教などがありますが、良い悪いの問題ではなく、キリスト教という枠組みから見ると、「異端(外れている)」とみなされています。
※ キリスト教は、統一教会・エホバの証人・モルモン教会などとは一切関係ありません。
クリスチャンの目的とは?
【クリスチャンの目的】
それは、「福音を宣べ伝える」こと
福音と言っても。いろいろ伝えることがありますが、
ぼくが1番伝えたいことは、
自分の人生を最大限に生きる
めいっぱい生きるということ。
「神様が与えてくださった自分を生きる、そして人生を楽しむ」
それが、いい知らせ = 福音 なのです。
まずこれを伝えることが「クリスチャンの目的」だとぼくは思います。
もちろん、宣教もクリスチャンの使命です。
「それゆえ、あなたがたは行って、あらゆる国の人々を弟子としなさい。そして、父、子、聖霊の御名によってバプテスマを授け、また、わたしがあなたがたに命じておいたすべてのことを守るように、彼らを教えなさい。
マタイの福音書28章19・20節
まだイエス・キリストを知らない人に伝える。
そして、聖書の教えを分かち合うこともミッションでしょう。
この世の終わり、それは新しい人生のはじまり
イエス・キリストの教えでは、
神の国(天国)と地獄が存在します。
簡単に説明すると、
- イエスを信じるのであれば、神の国
- イエスを信じないのであれば、地獄
ざ… ざっくりー。。。
ですが、イエスが死ぬ前までは、こんな選択肢はなかったのです。全ての人間は罪人で、みんなあの世いきでした…
それが、2000年前にイエスが十字架にかかり死んだことによって、ぼくたち全ての人間の罪は取り除かれた。そして今は、天国にいける手段があるのです。
それを受けとるかは自由ですが、
信じるのも、タダ!!
無料です。
(あれ、なんか変な勧誘みたいになってる?)
どうなんだ?それでも地獄か!?
それは特別なケースでもあり、最終的には「最後の審判」と言って、神様が決めます。
そこらへんは、牧師さんに聞いてくれぇ(投げつけスイマセン)
でも基本は、
「信じるか、信じないか」
となっておるのです。
だからクリスチャンは、みんな必死に救おうとしてるんですよね。
(変な勧誘によく間違えられるけどwww)
「火と硫黄との燃える池」
聖書には地獄が「ゲヘナ」という名で描写されている。
黙示録21章8節
炎もかなりアツイラシイ。
休憩タイムもないみたい。
体は永遠に燃えないウワサ…
罰ゲーム超えてるぅ。。。
キリスト教と仏教の死後比較
他の宗教はあまり詳しくないのですが、
日本人として仏教をみてみると。
「法要」って言葉を知っていますか?
仏教の教えでは死んだら、死者は49日間かけて「極楽浄土」に行くことができるみたいですね。
その49日間と1日(100日目)を、親族とお坊さんに冥福を祈ってもらう行事を「法要」と言います。
仏教では人が亡くなると、その日から数えて7日目から7日ごとに、閻魔大王による裁きが行われると言われます。
この裁きは、死者が極楽浄土に行けるかどうかを決める裁きであり、その裁きの各日ごとに、死者の冥福を祈る行事を行い、死者が極楽浄土に行けるように面倒を見てあげないといけないのですね。
- 初七日忌(死後7日目)
- 二七日忌(死後14日目)
- 三七日忌(死後21日目)
- 四七日忌(死後28日目)
- 五七日忌(死後35日目)
- 六七日忌(死後42日目)
- 七七日忌(死後49日目)
- 百箇日(死後100日目(この日に納骨するケースが多い))
実際に面倒をかける行事は8回だが、坊さんに来ていただく、謝礼を払うなどその他諸々。
これが、ざっくり仏教の死後の流れ。
信じる、信じないどっちにしろ
キリスト教での死後の流れは?
- 死んだらその瞬間に天にのぼる。
- 「最後の審判」が神にくだされる。
- 信じていたらソッコー天国いき決定。
はい、以上。
1人のクリスチャンとして
ぼくはクリスチャン家系として育ちましたが、全く神様やイエス・キリストを信じてないときもありました。
単に興味がなかったし、宗教が原因でイジメられたこともあったからです。でも今は、信じていますし、信じたいと思う。
「クリスチャンとしてどう生きるか?」
キリスト教の考えをなくし、一人の「人間」として考えたとしても、3つのことを思います。
- 世界の起源を知っておきたい
- 本当の生きる目的を持ちたい
- この世の終わりと新しい世界
世界の起源と歴史
生きる目的を持つ
毎日、当たり前のように日が過ぎていき、当たり前のように生きている。
でも、ふと思う。
「なぜ生きているのか?」
この世界のことをまだまだ知らないし。世界のはじまりには、必ず起源がある。
誰がこの世界を創って、誰が自分を造ったのか?
「この世界で生きる目的は?」
今日この世界で生かされているのだから、それを知って、生きたいって思う。
ただ漠然として生きるのではなく、起源・歴史を知って感謝を持って生きたい。今の世界を作った、変えるために命を失った人がどれだけいることか。
その人たちのことを忘れないために、起源・歴史を知る必要がある。
この世の終わり=新しい世界のはじまり
ただ信じるだけで、天国行きの切符を得る
「死後、どんな世界があるのか?」
真面目に真剣に、考えたことがありますか?10年後、30年後のことではなく、死後の世界。
もし本当にあって、そこで「新しい人生」がスタートするのであれば、楽しみでもある。そして地獄にはいきたくないという正直な気持ち。
それを知って残りの人生を過ごすのと、知らないとでは「生き方」が変わっていく。
ぼくが信じる神・イエスキリストには、その答え、ゴールがある気がします。
最後に
人間のあやまちで、戦争や不公平なことも起きてますが、神様が創ったこの世界に感動します。
だからもっと旅をして、この世界を自分の目で見てみたいと思うし、神様が造った人にもっと会ってみたいとも思う。
そして、多くの人に福音を伝える。仲良くなった人と「死んでも天国で繋がっていきたい」それがクリスチャンの誠の生き方ではないでしょうか?
いろいろ言われ、辛いこともありますが、これからも「一人のクリスチャン」として、自分の信じる道を歩んでいきます。
これは個人的な考えもあるので「もっと詳しく知りたい」とか「教会に行ってみたいかも」と思われる人がいましたら、お気軽にメッセージ下さい。ぼくでよければお話し聞きます( ´_ゝ`)
お気軽にどうぞ📧
この記事について
これは、ノンクリスチャンの人に向けて、親しみやすい感じに「知ってもらえたらな」という目的で書いています。
まずは知ることから、新しいきっかけが生まれると信じています。
変な勧誘ではないのでご安心を。
プロテスタントとして自身での解釈もあります。
間違った部分・直した方が良いところなどがあれば、指摘していただけると幸いです。
※ 聖書の言葉は、全て新改訳聖書から引用しています。

