その日、私は「ある事」が心配で
全く眠れずにいました。
心配事のはじまりは、
つい先日のこと、
会社の床で事務処理をしていると、
「ちょっといいッスか!」
っと背後から新人のオク君に声をかけられた事です。
※この会社には机が1つしか無いので、
事務処理も床か階段でする事になります。
ちなみにオク君は
以前は個人経営の飲食店に務めていた若者です。
しかし、そこの主人が変わった人で
「オレの事をお父ちゃんと呼べ」
「強烈なファミリー感」を強要する人だったそうです。
オク君は、
それを「気持ち悪ッ」と感じて辞めたのだとか・・。
休日には家族旅行に連れて行かれたり、
そこでお互いの背中を流し合ったり、
店主夫婦に本当の家族のように扱われてたようです。
とても大事にされていたようですが・・・・・
これは・・・・色々と好みが分かれそうな職場ですね。
まぁ関係無い話はここまでにしておきましょう。
・・・・・・で
話しかけてきたオク君は私に
「いや・・・・この前のネタ超面白かったッス!」
と言ってきました。
オク君の言う「面白かったこの前のネタ」というのは、
私が数週間前の新人歓迎会で披露した「コント」の事です。
社長が
「新人歓迎会で新人と先輩がペアになってコントをしよう!」
と言い出したので、
私は新人の女の子とペアになり、
二人でコントのネタを考え始めました。
芸術関連の学校を卒業した新人の女の子は
創作意欲がそそられたのか?
ものすごくネタ作りをやる気になってくれて、
6個のショートコントを必死に考えてくれました。
このネタは最高に面白かった。
コントを見た会社のみんなも大爆笑しておりました。
そしてオク君は、チョット申し訳なさそうに
「あのネタをツレの結婚式でやりたいんスけど・・いいすか?」
と聞いてきたのです。
なるほど!
特に断る理由はありません。
が・・ただ・・・このコントの大部分を考えたのは
相方の新人の子の方だったので、著作権?は彼女にある。
しかし、新人の彼女はもう・・・
すでに会社を辞めてしまっている。
連絡先もわからないので聞く事が出来ません。
彼女のためのコント(新人歓迎会)でもあったのですが・・・・
仕事が過酷な飛び込み営業で
月5万程度の給料しかもらえない超ブラック企業ですから、
すぐ辞めてしまうのも仕方がありません・・・・。
そんなこんなで、私がオク君に
「結婚式でやっていいよ!」と快諾すると
彼は「あざーす!」
と嬉しそうに去っていきました。
あのコントは会社の新人歓迎会でも
ドッカンドッカン誰もが大爆笑した傑作コントだ。
(きっと結婚式も盛り上がる事だろう・・・)
そう思っていました・・・・・
そして結婚式当日の夜、
私は寝る前に結婚式の事を思い出して、
タク君がコントをする様子を想像しました。
まず、ショートコント1
「先生と不良生徒のコント」
ここでシンプルで勢いのあるネタで、
結婚式会場のみんなの心を掴み・・・
ショートコント2
「不良同士の頭の悪いケンカのコント」
ここでジックリ会場を温めて・・
ショートコント3
「いじめられっ子と不良のコント」
ここで結婚式会場はドッカンドッカン大爆笑・・・・・
(あっ・・・・)
そこでやっと、
私はとんでもない事に気がついたのです。
このショートコントの3番目、
もはやメインとも言って良いコントの
重要な「落ち」の部分が
「お前の父さんとヤッた」
というクソ汚いシモネタだったのです。
結婚式場には・・・・
新郎新婦のご両親がいる。
そして親族一同が集まっています。
(いや・・・しかし・・・まさか・・・・)
一方結婚式場では・・・・・
私の心配を他所に、
オク君は男友達とコンビを組み、
「お前の母さんとヤッた」と
クソ汚いシモネタを結婚式場で連発していた。
(男同士のコントなので「母さん」に変更したそうです。)
「お前の母さんとヤッた」と言った瞬間、
案の定、結婚式会場はシーンッと静まり返ったそうです。
たとえこのネタが面白かったとしても、
笑えるわけがないのです・・・・・。
そこでやっと彼も、
(あっ・・・これはマズイぞ)と気づいたそうです。
(ここでコントをやめるべきだろうか?)
彼も迷ったそうです。
考えてみると・・・続くショートコント4、5にも
ちゃんとシモネタが含まれているからです。
その時、
会場に大きな笑い声が響き渡りました。
新郎の笑い声だ。
静まり返る会場の中で、
唯一新郎だけが
このド汚いシモネタで
大爆笑していたそうなのです。
新郎の笑い声を聞き、
オク君は最後までコントをやり切る決意をしたそうです。
しかし最後まで笑い続けるのは新郎のみ。
会社で後日、オク君からその話を聞いた時に
「あいつの為のコントなんッスから、
あいつが喜んでくれたらそれでいいんスよ!」
とかなんとかイイ感じの事を言っていたのですが・・・・
・・・・後日、
オク君の元に友人の新郎から
「オマエとんでもない事してくれたな!」
とクレームが入り、
口論の末、絶縁宣言されてしまったそうなのです。
なぜだ?式場では大爆笑していたのに・・・・・?
実は新郎は面白がっていても、
新婦さんの方は
「結婚式を台無しにされた!!!」
と激怒(号泣)してしまったそうなのです。
あわや離婚寸前という所で、
「オクの野郎許せん!」と
友人の新郎はオク君を悪者にして、
オク君と縁を切り、
奥様との関係修復を図ること事にしたワケですね。
しかし奥様には
本当に申し訳ない事をしてしまいました・・・・。
自業自得とは言え、
友人に絶縁され、会社で凹むオク君。
契約件数も激減、
帰りの車内でいつもバリバリ食べていたスナックも
食べなくなってしまいました。
彼をどうやって慰めるべきだろうか・・・・?
私なりにオク君を励ます方法を
一生懸命に考えた結果、
彼にこう提案する事にしました。
「それをネタにしてコントをやろう!」
「マジっすか・・・・?」
さすがに困惑するオク君。
(ちょっと不謹慎だっただろうか?)
そう心配しましたが・・・・
しかし彼が心配していたのは
「これ面白いですか?ウケますかね?」
という事だけでした。
私たちは共通して「バカ」なんだと思います。
そしてお笑いが好き。
次のイベントの時に、
みんなの前で披露した
「友人の結婚式でシモネタを連発するコント」は
なかなか好評でした。
、
みんなが笑ってくれると、
オク君も嬉しそうでした。
これで元気と自信を取り戻した彼は、
「やっぱ飛び込み営業とかムリっスわ!」
と言って、意気揚々と会社を去っていきました。
で、その後は・・・ホストクラブで働き始めたらしい。
今でもまだ働いているのだろうか・・・・?
私もこれまで多くの人と「出会い」
そして「別れ」を繰り返してきたように思います。
それはもう数え切れない程に・・・・
どうあがいても
人との別れは避けられない・・・・
それでもこうして思い出(ネタ)だけは残る。
・・・・・いつまでも。
おしまい