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80.ファミリー機能
魔法カートショップ、プログレス。
ファミリーで使い回している魔法カートを買った店だ。
「はあ……オヤジ……」
仲間たちと店にはいると、前に会った店主の息子、チャックが眉間を揉んでため息ついてるのが見えた。
「どうぞ」
「いらっしゃいませ……あっ、あなたはあの時の」
「佐藤亮太だ。覚えててくれたんだ」
「ええ、あの時はお世話になりました。カートの調子はどうですか」
「おかげさまで」
「そうですか。こっちもサトウさんのおかげで、ヘビーロックとライトロックを持ち込んで同じように改造してくれというお客さんが増えました」
ヘビーロックとライトロック、アルセニックダンジョンのモンスターだ。
ここの店はそれの特性を活かした、魔法カートにドロップ品の金額集計機能をカスタムする事ができる。
おれたちが買い取り屋・燕の恩返しでそれをしょっちゅう見せてて、聞かれるとこのプログレスでつけてもらえるっていってるから、それが宣伝になったんだな。
「それはよかった」
「ねえねえ、どうしてため息なんかついてたの?」
横からアリスがチャックに聞いた。
「実は、オヤジがダンジョンに行ってて戻ってこないんです」
「またなのか」
「そうなの?」
不思議そうな顔のアリスに頷く。
「前にも同じ事があったんだ。今度もダンジョンに行くって書き置きを残して戻ってこないのか?」
説明しつつ確認すると、チャックは困った顔で頷いた。
「そうなんだ、今回は丸一週間もいってて。アルセニックだから危険はないと思うんだけど」
「アルセニックのモンスターは攻撃してこないものね」
セレストの言葉に頷くチャック。
そうしながら、チラチラとおれを見る。
これはつまり……行けって事か。
☆
アルセニックダンジョン、地下17階。
「だー、飽きた!」
降りた瞬間、一面の岩――顔がついた岩のモンスターをみて、おれは叫んだ。
一階から十七階まで、全部似たような岩のモンスターだった。
厳密にはちょっとした違いがあって、顔とか表情とか階層ごとに微妙に違うんだけど、本当に微妙レベルの違い。
それでいて岩はこっちを見てるだけ、攻撃してこない。
シクロ――いや世界中を見渡しても屈指の平和なダンジョンなのはいいが、まったく刺激がなくって逆に気が狂いそうだ。
そんなおれをエミリーが――アルセニックって事で、岩砕きを得意とするエミリーと二人で一緒に来た。
「ファイトなのです、もう17階だからここにオルトンさんがいるはずなのです」
「分かってる。しかし……本当に変わり映えしないな」
「17階の岩さんはちょっとしょんぼり顔なのです」
「いわれてみるとそうだな」
間近で岩をジロジロみた。
エミリーが行った通り、ダンジョン内のあっちこっちにいる岩のモンスターはしょぼくれた顔をしている。
仕事に疲れ果てた終電のサラリーマンみたいな顔だ。
あまりみてていい気分の顔じゃない。
「……さて、オルトンさんはどこかな」
「回ってみるのです」
頷くおれ。
「この階には冒険者はいないっぽいな、上の階はなんだかんだで何人かいたのに」
「しかしすごいなここ、9割くらいの冒険者がエミリー・ハンマー使ってたぞ」
「うぅ……その名前は恥ずかしいです」
「広告塔として役に立ってるっぽいな。これは追加で広告料を取らないといけないな」
エミリーをからかってみた。
エミリー・ハンマー、前にエミリーが愛用してるハンマーを壊したとき、武器商人のスミスがかわりのものを提供すると言い出して来た。
それはスポーツ選手と同じ、メーカーが道具を提供して、そのスポーツ選手が活躍すればそれに憧れる人が同じものを買いたくなるってやり方だ。
その提供を受けて、エミリーは新しいハンマーを手に入れた。そして今、アルセニックに通う冒険者の9割がエミリー・ハンマー。
「このハンマーすごく使いやすいからなのです、わたしだからじゃないです」
「一階で入り待ちがサインねだってきたけど? もう完全に有名人だなエミリー」
「それは忘れるのです!」
エミリーは恥ずかしそうな顔で大声をだした。
ちなみにサインというのはやはりエミリー・ハンマーをもった若い女で、エミリーに憧れてるからハンマーにサインしてほしいという話だ。
18歳くらいの女の子で、エミリーと違ってきわめて標準体型だが、エミリーと違ってハンマーがすごく重くてまともに持てていない子だ。
だから憧れるのかな、なんておもったりした。
その事でちょっとエミリーをからかってると、オルトンを見つけた。
ずんぐりむっくりでボーボーにヒゲを生やしている中年男、前に会ったときと同じ、パッと見てドワーフっぽいな、と思ってしまった。
「オルトンさん」
「んあ? おお、おまえさんか」
「またチャックさん心配してましたよ」
「あいつは金玉がちいせえんだ、アルセニックに行ってるって書き置き残してるだろうが」
「にしても一週間はさすがに長すぎます」
「しかたねえだろ、ドロップしねえんだから」
「ドロップですか?」
「ここのレアモンスター、マスターロックが必要なんだよ。そうだ、マスターロックのドロップに協力してくれないか。そいつをゲット出来たら魔法カートにすげえ改造をしてやるぜ」
「わかりました」
「はいです」
おれとエミリーは即答した。
もとよりそのつもりで来たからだ。
チャックが心配してるから様子を見に来たのもそうだが、オルトンという男は魔法カートの改造に命をかけてて、リアルの生活を放り出して家族を困らせたり心配かけたりするタイプの男だ。
その男が一週間もダンジョン籠もりっきりで、その果てに何を産み出すのか興味がある。
「じゃあマスターロックを見つけ出せばいいんだな」
「見つける必要はない。そこら辺のスレイブロックを触ってたらいい」
「どうしてなのです?」
「触ってれば分かる」
オルトンはそうとだけ言った。
エミリーと顔を見合わせて、うなずき合う。
一番近くにある、スレイブロックに近づき、触った。
社畜のような顔をした岩は何もしてこない。
「何も起こらないぞ」
「まだ出てないって事だ。出たらわかる」
「はあ」
オルトンの言葉を信じて、エミリーとかわりばんこで十秒おきくらいのペースで岩を触った。
やっぱり変哲のないダンジョン、暇すぎてどうにかなりそう――ってなりだした頃。
岩を触っていたエミリーが急に消えた!
「エミリー!?」
「来たか!」
オルトンが声を上げて、別の岩に触った。
するとオルトンも消えた。
どういう事なのかわからないが、放っておく訳にもいかないので銃に手をかけながらおれも岩を触った。
次の瞬間まったく違う場所に飛ばされていた。
「ヨーダさん!」
「エミリー、大丈夫だったのか」
「はいです。それよりもいたです」
エミリーが反対側をさす、そこにあきらかに違う顔のモンスターがいた。
まわりにいる連中が疲れ切った社畜なら、こいつはクラブかキャバクラで女の子を侍らしてる金持ちの様な顔だ。
どうやら、スレイブロックに触ってるとマスターロックの場所に飛ばされるみたいだ。
上納金を支払う奴隷の様な構図を連想した。
「こいつがマスターロックだ」
「倒せばいいのです?」
「ああ、しかし――」
「行くです」
なにかをいおうとするオルトンを待つことなく、エミリーは赤いポーションを取り出して飲んで、エミリー・ハンマーをぶん回しながら飛びかかった。
おれは静観した。
ファンがつくようになったエミリー、そのホームグラウンドのアルセニックダンジョン、赤いポーションを使った上でのドロップA。
任せても大丈夫だとおもった。
そのエミリーがハンマーを振り下ろした瞬間――彼女の姿が消えた。
「エミリー!?」
「大丈夫だ、ダンジョンの外に飛ばされただけだわい」
「ダンジョンの外に?」
「マスターロックは一撃で倒さないとダンジョンの外に飛ばされる、面倒臭いヤツなのだ」
「飛ばされるだけか」
「おう」
ならエミリーの心配はないか。
「一撃か」
「やれるのか?」
「やってみる」
銃を抜いて、色々考えた。
一撃で最大火力を出すにはどうすればいいのかをあれこれシミュレートしてみた。
考えた結果、片方に強化弾5に火炎弾、もう片方に同じく強化弾5だが冷凍弾を込めた。
そして、撃つ。
火炎弾と冷凍弾がぶつかって、融合した。
強化弾マシマシの消滅弾は直径五メートルの空間をまとめてえぐり取った!
当然、マスターロックなんて跡形もなく消滅した。
強化弾マシマシの消滅弾、
「お前さん……それはちとやりすぎなんじゃないのか?」
一撃で倒せって言ったオルトンさえも呆れるくらいの威力だった。
☆
ダンジョンから戻って、ドロップした花をそれぞれスレイブロック、マスターロックに戻した。
アルセニックのモンスターはダンジョンの中でも攻撃してこないから、ハグレモノになっても実質害はない、特殊なモンスター。
それらをオルトンが開発したという箱に入れて運んで、プログレスに戻った。
チャックが心配するのを適当にあしらって、オルトンは自分の仕事場に入った。
「まったく……あのクソ親父め」
悪態をつきながらもチャックはあきらかにホッとしていた。
仲間たちとしばらく待っていると、オルトンは魔法カートと大きい箱を持って出てきた。
魔法カートはおれたちが今まで使ってたヤツで、箱は上に口が開いてる変哲のない箱だった。
「完成したぞい」
「何がどうなったです?」
「お前さん、ちょっと耳を貸せい」
オルトンはエミリーに耳打ちした。
「分かったです。ヨーダさん、わたしちょっといくです」
「エミリー? ちょっと待――」
止めるよりも早く、エミリーはカートを押して店から飛び出していった。
「どういう事なんだ?」
「まあ、みてろい」
オルトンはそう言って、のこった箱の方を見た。
みてろ、といいながらオルトン自身、なにか期待している様な顔だ。
しばらくすると、カコン、って音がして箱からもやしが飛び出してきた。
「きた! 大成功だ!」
「もやし? どういうことだ?」
「今度の新機能はな、どこにいてもカートの中身をこっちの箱に送る機能だ。この箱を街の拠点なり倉庫なりに置けば、いちいち戻ってくる必要がなくなるぞ」
「それは便利だ!」
魔法カートで運ぶのだいぶ楽にはなったけど、それでもいちいち街とダンジョンを往復するのが面倒だったんだ。
この機能があれば、毎日一回戻るだけでよくなるな。
「お前さんのおかげで成功したようなもんじゃい、礼を言うぞ」
「これ、複数のカートにつけられるか?」
「もちろんじゃい、拠点に送るのを想定してるからのう、ファミリーのために複数のスレイブロックから送れるようになってる。何台いる?」
「おれ入れて五人」
「まかせろい、ふふ、人数が多いと調整にやりがいがあるわい」
オルトンは楽しげな顔でまた仕事場に籠もった、息子のチャックはまたやれやれって顔をした。
こうしておれ達は、新しい機能のついた魔法カートを人数分手に入れたのだった。
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