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175話 エアハンマー!
ふぅーと息を吐く。やはり全力で動くとどっと疲れるし、体のキレも悪いな。
オークキングとの戦闘で負傷したのが三日前。かなり血を流したし、それも過労で倒れての療養中でのことだ。いやほんと、なんで俺はこんなことやってんだろうね?
「大丈夫ですか?」
俺の様子を見て、サティが心配そうに聞いてきた。
「体調は平気だけど、それよりもお腹が減ったな」
俺の言葉にみんなも一斉に頷いた。気がつくともうお昼もだいぶ過ぎている。戦闘戦闘でそれどころじゃなかったし、観戦組もさすがにこの状況では言い出せなかったのだろう。一〇〇人抜き二連戦とか考えてみれば頭がおかしい。
ネガティブな気分になるのもきっとお腹が空いたからだな。戦うにもカロリー補給が必要だ。なんかお腹にいれとくか。
土魔法でテーブルを設置。家で作ってもらったお弁当をアイテムボックスから取り出す。お弁当といってもサイズは重箱で、単品のおかずをこれでもかと詰め込んである。むろんどれも出来てたほかほかである。
「シラーも出る前に少し食べていくか?」
そう言って取り出したお弁当を見せる。中身はトマトソースのパスタ。蓋を開けるといい香りが漂ってくる。
「いやさすがに……」
次の相手は準備万端、こっちが出てくるのを待っている。
相手はランキング六位が不在で五位。名をアレスハンドロというらしい。ノッポという表現が似合う、ひょろっと背の高い細身の剣士だ。
まあ俺もこのタイミングでどうかとは思うが、お腹が減ったんだからしょうがない。
このあと対戦は四人残っているが、そのあとは剣聖との面会がある。それがただの顔合わせで終わるとかいえば、そっちのほうが本番のはずだ。今のうちに多少でも食べておいた方いい。
「じゃあがんばってこい。なんなら残り全部倒してきていいぞ」
「了解した!」
力強く返事をしたシラーちゃんが、対戦相手の前に進み出る。俺たちは弁当を食べながら観戦モードである。もうお酒でも入れてのんびり観戦したい。
さて、シラーちゃんのほうがそろそろ始まるようだ。相手は今しがた戦ったブリジットよりランクは上のはずだが、あまり強そうに見えない。そう思ったが構えを見て、即座にそれが間違いだとわかった。
ロングソードを刺突の構えで突き出すと、リーチがとんでもなく長い。そのロングソードもどうやら標準より長さがある。
先制で鋭い突きが繰り出された。シラーちゃんは大きい盾でうまくいなしたが、間合いが遠すぎてシラーちゃんの剣がまったく届いてない。鋭い突きが一方的に何度も浴びせられる。間合いを詰めようにも軽快なフットワークで距離を維持され、それどころか間合いを詰めよう前に出たところを的確に狙われ、うかつに近寄ることも許されない。
一旦攻撃範囲外に距離をおこうにもフットワークは相手のほうが上。すぐに躱しきれなくなり、一撃を食らう。さらにもう一撃。
ちょっとやばいな。攻め手がないまま一方的にダメージのみ食らっている。まだ致命傷は回避しているが……
意を決したシラーちゃんが、被弾覚悟で一気に前に出る。迎撃の突きを絶妙のタイミングで打ち払い、無傷で懐に潜り込んだ。
だがアレスハンドロにとって、その程度の行動は織り込み済みだったようだ。
打ち払われたはずの剣が、気がつくとシラーちゃんを捉えていた。観戦していても驚いたのだ。シラーちゃんにはまったくの不意打ちだったろう。そこにさらに追撃の突きを食らい、あえなく崩れ落ちた。
「一体何が……」
すぐに駆け寄って治療をしたが、ダメージより訳も分からず倒されたショックのほうがでかいようだ。
「払った剣が死角から来たんすよ。たぶん手首だけでこうクルッと」
お弁当をぱくついていた我々と違って、次に戦うことになるウィルはしっかりと見ていたのか。
あの長い腕を伸ばした状態で手首だけで剣を返す。懐に入ったシラーちゃんにとってほぼ真後ろからの攻撃は、一撃で倒す威力はないが不意打ちとしての効果は十分。初見では防ぎようがない。
「すまない、ウィル」
「あとは任せるっすよ!」
対応策があるのだろうか。自信ありげだ。
しかしアレスハンドロが戦法をがらりと変えてきた。普通に剣を振るい、時折突きも織り交ぜてくる。圧倒的なリーチの差とシラー戦で見せた手首の動きでの剣の軌道の変化にウィルは防戦一方になっている。
ウィルはいいように翻弄され、切り刻まれ、最後はシラーちゃん同様、刺突で止めを刺された。
「う、う……面目ないっす」
まあ仕方あるまい。あの特異なリーチに加え、剣技も高レベル。対応は難しいだろう。
「よしよし。あとは俺に任して、飯でも食べながらのんびり見とけ」
下手したら二〇人くらいは一人でやることを覚悟していたのだ。残り四人なら上々だ。
アレスハンドロは二人を倒して、呼吸も乱れてない。休憩は必要なさそうだ。
相対してみると、剣と言うより槍を相手にしているようだ。それでいて盾も装備しているし、防御も上手いとみるべきだろう。剣で倒すならやはり懐に飛び込むしかない。剣の動きは見たし、接近戦でも早さとパワーで押し切れば負けはすまい。
しかしまたがらりと動きを変えてきた。剣を体ごとゆらゆらと動かす奇妙な動き。
遠いはずの間合いからひゅんと剣が伸びた。すんでのところで回避する。
危ない。あれで届くのか。実際に見てみないとわからんな。変な動きをしてるし、受けに回ると何されるかわからん。下がりながら魔力集中――
「エアハンマー!」
エアハンマーは綺麗に回避された。やはり間合いが遠い。アレスハンドロの剣すら届かない距離だし、これで終わればそっちのほうが驚きだったろう。ここまでさんざんエアハンマーは見せてきたのだ。
躱したアレスハンドロがゆらりと間合いを詰めてきた。次のエアハンマーの詠唱は始めていたが、突きが来る。詠唱は中断して剣で弾く。弾こうとしてふわりと剣を躱された。
ここから剣の軌道が変な動きをするが、わかっていれば問題ない。構わず踏み込んでの力を乗せた攻撃――双方の剣はそれぞれの盾で防がれ、一旦距離を置いた。
出来れば盾ごと体勢を崩して追撃をかけたかったが、きっちり受けとめられた。
ブリジットの不動剣と同程度の打撃だったはずだが、何か違うんだろうか? 防御に気を取られて踏み込みが甘かったか? それともアレスハンドロの受けが上手いのか?
変な軌道の剣は軽いし早さもない。対処はそう難しくないな。それよりもぎりぎり届くアウトレンジからの突きが、かなりやり辛い。
だがそれ以上にお腹がちょっと苦しいのが問題だ。そんなには食べてないはずだが、二人ともあっという間にやられすぎた。
アレスハンドロは用心深くこちらを伺っている。今の攻撃で警戒したのだろうか。あっちで間合いを詰めてくれれば、出会い頭に高速詠唱エアハンマーをぶち込んでやったところなんだが。
ゴーレムを出したいな。ダメだろうか? んー、あんまり良くない気がするな。魔法攻撃してもいいといっても限度があるんだろう。フランチェスカにも不評だったし、詠唱を待ってくれるとは限らない。
アレスハンドロは相変わらずゆらゆらと変な動きをしている。まだ奥の手を隠してそうだし、当初の予定通りエアハンマーで押すか。先手必勝だ。
詠唱開始――
「エアハンマー!」
そう言いながら発動はさせず、更に溜めつつ間合いを詰めた。
回避に備えたのだろう。ほんの少しアレスハンドロの反応が遅れ、そこに【エアハンマー(強)】を発動させた。
ほんの少しだけ多めに魔力を込め、威力は据え置きだが、サイズが倍ほどに膨れ上がったエアハンマーは、アレスハンドロをわずかに捉え、弾き飛ばした。
そこにもう一発。体勢を崩した状態では回避もままならず、まともに食らい吹き飛び、動かなくなった。
やはり見えているといっても、そう正確でもないようだ。ちょっと手を加えてやれば、まだまだ通用する。
次の四位は正統派らしい剣士だったが、先手の高速詠唱エアハンマーの連打で何もさせずに終わらせた。何かしようとした節はあったが、付き合ってやる義理はない。このランクにいるのだ。きっとまともに戦えば苦戦したことだろう。
出方がわからない相手だ。先手を打つに限る。
さて、残りは二人。次は三位のサンザだ。こいつも魔法でふっ飛ばして終わりにしよう。
「さあきやがれ!」
間合いは遠め。先手は譲ってくれるらしい。
「エアハンマー!」
発動したエアハンマーは、サンザに真正面から襲いかかり、その振るう剣に叩き潰された。
そのままサンザは待ちの態勢を崩さない。ではもう一発。今度は魔力を倍だ。
「エアハンマー!」
普通のエアハンマーでも食らえば一〇メートルは人が飛ぶ。その倍の威力。
「はあっ!」
だがそれも気合一閃、斬り裂かれた。弾けたエアハンマーの余波で、周囲に風が吹き荒れる。
なるほど。盾は持たないが魔法は剣で止める。間合いに踏み込んだ敵も一撃。本気で攻撃したサティですら弾き飛ばした剣戟だ。それだけでブリジットやアレスハンドロを下し、このランクなのだろう。
間合いをとって見合う。正直これ以上威力を高めると殺傷力がやばい。倍の威力ですらウィンドストーム以上の威力があるのだ。昔盗賊にウィンドストームにぶち込んだ時は、まとめて半殺しになっていた。今の威力でやれば皆殺しだ。
四位みたいに高速詠唱連打で押し切るか?
詠唱――先手の通常エアハンマーは剣で切られた。踏み込んでの高速詠唱――これも切り返した剣で簡単に防がれる。
切り返しが早い。次の攻撃は飛び下がって断念した。追撃は来ない。
三つ目、そのまま攻撃していれば相打ちのタイミングだった。いや、良くて相打ちだな。下手をすると一撃で終わらされていた。
「そっちからは来ないのか?」
どうにか崩さないと厳しいな。こうも真正面から待たれては今みたいに迎撃されるし、近寄って剣で戦いを挑むのもおっかない。
「出来なくはないが、俺はこれを極めるつもりでな」
そう言って一歩、すり足で前に進み出た。間合いはまだ遠いはずだが、気圧され、思わず一歩下がった。
来られるとそれはそれで嫌なものがあるな。サティと同じ戦法も出来なくはないが、同じ手を同じように受けてくれるだろうか?
「一度だけ、剣聖が俺にその剣技を見せてくれたことがある。不動剣の強さと雷光剣の早さを併せ持つ最強の剣技、烈火剣だ」
極めればあらゆるものを切り裂くという。
「剣聖がフレアを食らって無傷だったっていう逸話か」
「そうだ! さあお前も俺に見せてくれ。あの一〇〇人抜きを超えるというその技を! 力を!」
あっちから来ないっていうならサンダーで簡単に倒せそうだが……
とりあえずエアハンマーでやってみるか。五倍くらいならたぶん死なないだろう。
詠唱開始――
しかしエアハンマーに五倍も魔力を込めるのは初めてだ。五倍にするといっても単純に魔力を込めればいいというわけでもない。魔力の発動には明確なイメージが必要だ。エアハンマーの場合、空気の圧縮と速度になるのだが、理屈はわからないが速度は一定以上は上げられず、そうなるとひたすら密度を上げるか、さっきみたいにサイズを上げるしか――ええっと、五倍ってどれくらいだ? エアハンマーは元々さほど魔力を消費する魔法じゃないし、余計なことを考えてたらわからなく――
魔力を込めるうちに、空気の塊の周囲に風が渦巻き、熱を帯び始めた。
何か挙動がおかしくなってきたぞ? 圧縮すると空気は液体になるんだっけ? でもそれだと熱はどこから? 魔力を込めすぎて熱に変換されているのか?
――ここらで限界だ。名付けるなら【エアハンマー(極)】だろうか。それが待ち受けるサンザに向かって放たれた。
ドンッ。サンザの剣とエアハンマーの激突で、爆音とともに大気が爆発した。一瞬遅れで来た暴風で横に吹き飛ばされそうになるのをかろうじて堪える。
風が横から? それはすぐにわかった。なぜかウィンドストームのような竜巻が発生しており、サンザは……真上に吹き飛ばされていた。
風はすぐに収まり、サンザが落下してくるのを、咄嗟にレヴィテーションで受け止める。
サンザを地面に横たえ……息は……してる。
よかった、死んでない。腕が変な感じに折れてるし、口からは血の泡を拭いてるが、とにかくまだ生きている!
「エクストラヒール!」
ぴくりとサンザが動いた。念のためもう一回、【エクストラヒール】
ようやくサンザがうめき声を上げ、薄っすらと目を開いた。頭を振るとよろよろと立ち上がった。大丈夫そうだな。
「確かに斬った」
サンザがそう呟いた。
「いまのはエアハンマーだったのか?」
「魔力を込めた、ただのエアハンマーだ」
何か別物の魔法のようになってしまったが、そうとしか答えようがない。魔力を多めにしたただけで、本気で込めてすらいないのだ。
サンザが拾い上げた剣は捻れた上に曲がっており、何かのオブジェのようだ。
よく見ると上半身の革鎧もずたずたになっている。
「修行が足りん」
そういうとサンザはざっと踵を返した。
修行とかそういう問題でもないと思うんだが。俺とサティ、加護持ち二人と戦うことになった運が悪かった。
「なかなかいい戦いだった」
パチパチと拍手をしながらリュックスが俺の前に現れた。
「そうか?」
「圧倒的な強さを誇る魔法使い。対するはオーガ最強の剣士、リュックス・ヘイダ。ここで剣士の俺が勝ってこそ盛り上がる。そうは思わないか?」
勝つ自信があるということか。
リュックスが剣を掲げると、わっと闘技場が沸いた。
「俺はな、お前みたいな化物を止めるために、この位置に居座ってるんだ」
化物とは失礼な。
「俺が一位になって以来、ここを抜けた者はいない」
そう言うとリュックスは剣を構えた。なるほど、口を揃えて無理だと言う訳だ。
これは……本気を、全力を出したほうがいいかもしれない。
4月25日、8巻発売です。よろしくお願いします。
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