人類を救うのは俺ではないような気がする   作:赤城九朗
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幕間の物語『太陽の中の休日』 3

 意識を取り戻す時間が大分増えた俺は、ゆっくりと、確実に自分が回復していくことを感じていた。
 その一方で、混濁していた記憶もだいぶ取り戻せていた。
 あの剣を抜いた瞬間、その時のことをよく覚えている。

「体を動かしましょう、関節が大分固くなっていますからね」

 ニトクリス様は、こう、リハビリに手を貸してくれている。
 もちろん治療とかもしてくれているのだが、やはり主な医療行為はリハビリだった。
 下の世話もしてくれているが、まあそこは仕方あるまい。
 ファラオに看護婦の仕事をさせるとは、流石のオジマンディアス様である。
 言うまでも無く、女官の人も誠意を込めてやってくれているが、あくまでも補助の様だった。

「痛いでしょうが、ムリにでも伸ばしなさい」

「はい」

 なんというか、ニトクリス様は何も言ってくれない。
 悪いことは起きていないのだろうが、だとしても不安は募っていた。
 ただ、何も言ってくれない以上、聞いても教えてはくれまい。
 教えてくれる日を待って、俺はリハビリを受けていた。


「ほう、大分よくなったようだな」


 そして、定期的に意識を保てるようになってから一週間ほど経過して、俺の前にオジマンディアス様が現れた。
 ははーっ、と女官が平伏して、ニトクリス様も礼をした。
 一方で、俺はベッドの上から全く動けなかった。

「よい、戦で倒れた者に礼を強いることはない。早く治すことこそ最上の義務と知れ」

「あ、ありがとうございます」

 なんというか、英雄王でもそう言いそうだった。
 まあ、あの人が病院とかに顔を出すとは考えにくいのだが。

「思いのほか血色も良いな……どうやら永遠の国には、まだ行く予定はないらしい」

「いえいえ、それって貴人の赴くところでは?」

「そうであったな、忘れよ」

 上機嫌そうだった。
 なんというか、こう、不安は感じられない。
 俺がこの人の保護下にあることは分かるのだが、何がどうなったのだろうか。

「それにしてもだ、詩人よ。獅子王への説法、中々見ごたえがあったぞ」

「ご、ご覧になっていたのですか?!」

「なに、夜の散歩程度だ。麦酒の酔いを醒ます程度の事でしかない」

 なんか、無性に恥ずかしいな……。
 そうか、あのSEKKYOを聞かれたのか……。
 馬乗りになって、無抵抗の女を殴る姿を見られたのか……。

「良い、アレは勝者の権利だ。或いは報いであろうとも」

 どうやら、俺が獅子王に勝ったことは客観的な事実らしい。
 だが、そこから何があったのだろうか。
 聖杯の原典を持っていたからこそ分かるのだが、アレでは俺の死は帳消しにできない。
 それこそ、天照さまぐらいでもないと、蘇生できないと思うのだが。

「神域の暗殺者の力を借りて戦った貴様は、そのまま死んだ。しかし、何ゆえであろうか、その体は復元し命も拾うこととなった。だが、誰も名乗り出ることはなかった。であればわかっていよう、詮索は無粋でしかない」

「では、その誰かに感謝を……もちろん、オジマンディアス様とニトクリス様にも」

 っていうか誰かも知らない相手に蘇生してもらうとか、後が怖いな……。
 大丈夫だろうか、何かにとりつかれていないだろうか。

「とはいえ、白百合の王より聞いたぞ。貴様、余を相手に対立させるべく、白百合の王を担ごうとしたな?」

「……あ」

 それはそうだった。
 実に極めて、その通りである。
 考えてみれば、愉快な話ではあるまい。

「す、すみません! 身の程をわきまえぬ、恩を知らぬ行為でした!」

「……ふ、よい。どのみち、獅子王が立てば余はそうしたであろう。その程度の違いだ」

 どうやら、怒っている、というわけではないようだ。
 そうでないと、態々ここまで献身的に助けてくれるわけがないし……。

 ゆ、許されたのだろうか。

「元より、余の行動が貴様如きに計れるわけもあるまい。第六特異点に根差した最後の邪悪、リチャード一世とやらは余が討ち果たしたぞ」

「ええ?!」

「貴様のように地に伏せることもない、堂々たる勝利であった。故に、第六特異点は既に修復された。第五特異点もカルデアが修復を終えている。残すは第七特異点のみ」

 つまり、この神殿は既に第六特異点ではなく、焼却された空白地帯に存在しているということだろうか。それはそれで、スゴイな……。
 というか、流石カルデア、第五特異点の地獄も抜けたのか。

「そうですか……第六特異点は救われ、カルデアも健在……それは良かった」

 なんというか……想像した以上のいい展開である。
 もちろん、あの時代の人間は元からそんなに幸運ではなかったのだろうが、それでも理不尽な死は免れたのだ。

「重ね重ね、ありがとうございます。なんとお礼を申し上げていいのか……」

「っは! 何故貴様に礼など言われねばならぬ」

 すげえツンデレなこと言い出したぞ、ファラオ・オジマンディアス。
 女の子だったら完全に萌えキャラだな……。
 そういうところも、この人の魅力だけども!
 いやあ、カッコいいな……正にヒーローだ。

「余はファラオとして立ち、ファラオとして振る舞った。そのことに関してを礼を言われる筋合いはない。貴様の治療にしても、戦士への礼節に他ならん。余の敵として戦ったならまだしも、神に挑み勝利したものを、地にさらすなどありえざることだ」

 戦士……そうか、俺戦士だったのか……。
 確かに剣と盾で戦ったもんな……。

「どうしても礼を言いたくば、ニトクリスにでも言え」

「……分かりました。ですが、その威光の眩さに目を奪われたことは、私の本心です」

「当然だ」

 正直色々わからんが、とにかく第六特異点は修復されたらしい。
 他の事は色々わからんが、まあ些細なことだ。
 まずはその事を喜ぼう。

「それで……リリィはどうなりましたか? やはり帰りましたか?」

「いいや、配下を含めてこの神殿に残っている。お前の右腕だった神域の暗殺者も、勇者殿もな」

「え」

「意外でもあるまい、貴様の画策と違い、既に第六特異点は修復されている。余の威光によって、全ては片付いた。仕事がなく、ただ彷徨うのもいっそ哀れ。牢代わりに部屋を貸してやっている。それに、白百合の王もお前の身を案じているぞ」

 つまり、第六特異点の戦力が丸々この神殿に乗っていると?
 なんだそれ?! カルデアとも戦えるレベルじゃん! 初代様を除いても!
 オジマンディアス様の威光が止まるところを知らないんですけど?!

「ふ、言葉を失うか」

 実際、もう何と言っていいのやら……。

「よい、中々頭も回り始めたようだな。これならば、他の者とも面会ができよう」

「はい、大分意識を取り戻しているかと」

「ふ……それでこそだ」

 なにが、それでこそなんだろうか。

「とはいえ今日はもう休むが良い、病み上がりには、余の威光は眩すぎる。明日以降であれば、面会も問題ないであろう」

 ああ、驚きすぎて脳に血が回らなくなってきた……。
 確かに、色々と強烈すぎた……ぱねえよ……太陽王ぱねえよ……。

「では、しばし眠らせていただきます……」





「あの、アレキサンダー大王」

「なに?」

「俺、もうHPがぴこんぴこんしてですね、カラータイマーももう点滅してる状態でして……要するに軍議の話をしている場合ではなくて……」

 なんでこの人が一番最初なんだろうか、控えているニトクリス様もクレオパトラ様も、とんでもなく申し訳なさそうである。

「ええ? 僕は軍議したいんだけど……」

「俺は頭使いたくないんですよ……」

 なんで寄りにもよってこの人が……一番無神経な人が来たのだろうか。
 甚だ疑問だが、多分彼こそが一番立場が強いのだろう。

「とにかくさ、あの作戦の事について聞かせてよ!」

 めっちゃ目がキラキラしてる……。流石魅了持ちだ……。
 これが戦争大好きマンになるのか、もうなってるのか……。

「そんなに面白い話はできませんけどね……」

 実際、星見の騎士に軍略の才能はないだろう。
 あるいは、あったとしても、目の前の彼には遠く及ばないはずである。

「ふむ、どうしてかな?」

「貴方がやりたいのは将棋で、俺がやってたのは詰将棋だからですよ。かなり違いますよ?」

 どちらかというと詰めデュエルかもしれない。
 とにかく、微妙にジャンルが違う。

「将棋……君の国のボードゲームだね」

「ボードゲームですけど、詰将棋に限ればパズルの方が近いかもしれません……」

 明確に違うのは、絶対的な答えの有無である。
 同時に、初期条件からして対等とは程遠いものだ。

「チェスでもなんでもいいんですが……俺の場合、前提として多くの知識がありますからね。その時点で大分優位です。はっきり言えば……負ける気はありませんでしたよ」

「だろうね……でもしびれたよ。あの伏兵の運用は、本当に見事だった……」

 まあ確かに、アレキサンダーの視点で言えばそうなんだろう。
 戦術的にはアレが一番の切り札だった。ステラされたら困るので、平常に運用したのだが。

「……協力してくれたアーラシュさんには申し訳ありませんが……狡い手でした」

「見事だったよ……君の策士っぷりには、度肝を抜かれた……そうだっただろう、クレオパトラ」

「そうですね、アレキサンダー様……おっしゃる通りかと。戦う前から勝っていた、そう言う戦いだったと思います」

「ばかな……戦わずして勝つ方がいいでしょう。アレキサンダー大王も、諸葛孔明からそう教わっていたのでは?」

「そうだったね……でも、それはつまらないな」

 腕白少年は、最良の勝ちを否定した。
 彼は勝ちたいのではない、戦いたいのである。
 戦って、勝ちたいのだ。

「それにしても、詰め将棋か……その辺りの事を聞いてもいいかな?」

「……リリィを送り込んだのは、マーリンと言う魔術師で、彼はアーサー王の師でした。その彼の思惑を思えば、リリィを獅子王にぶつけることは思い至ります。後は、周囲の円卓をどうやって足止めするかでした」

 偶然ではないのであれば意図があり、その意図が明確なほどに結末は読める。
 星見の騎士が勝ったというよりは、マーリンの思惑通りに動いただけなのだろう。

「流れに沿って動いた。それだけです」

「戦場の流れ、戦略の流れか……なるほどね」

 面白い。彼はきちんと読んでいた。
 結局、オジマンディアスの動きだけは完全に読み違えたが、それもいい方向なのだろう。
 オジマンディアスが認めたように、悪くなどなり様がなかった。
 ある意味ではオジマンディアスも、彼が整えた流れに沿っただけなのだ。

「戦場の流れ、特異点全体の流れか……」

「いずれにせよ……相手の弱みに付け込んだ策です。あなた好みではないかと」

「たしかにね、心理的にはそうなのだろう。聖剣に関してはね」

 それもまた戦ではある、が卑屈に過ぎる。
 王道のぶつかり合い、それも戦いである。

「それでも、君は勝った。戦場全体の流れを読んだ。それは僕としてはとても好ましかった。それは分かって欲しい」

「じゃあ寝かせてくださいよ……あんまり頭を働かせたくないんですが……」

「ええ?」

 ものすごく不満そうなアレキサンダー。
 なんというか、もっといろいろ話を聞きたいところである。
 そして、他のファラオも相手が格上のファラオなので、今一強く言えない。

「ただ、そうですねぇ……」

「うん?」

「詰将棋っていうのは、畳みかけるものであり、常に主導権を握り続けるものです。通常の将棋で言えば、ある意味もう勝っている状態です」

「確かにそうだったね」

「よく、策を練る時にはその策が失敗した場合の事を考えろと言いますが……っていうか言うんですが……今回の場合は如何にして一度目の策を確実に成功させるか、に力を注いだつもりです」

「なるほど」

 確かに十重二十重の戦術を組み込めば、戦場は複雑化して混乱してしまうだろう。
 一度目の策から逸れないように万全を尽くす、と言うのが今回の策だった。
 それは確かに一本道を探る詰将棋の発想だろう。

「なるほど、君はそう読むのか」

「五分の盤を読みあえば、俺は勝てないでしょうね。それは確実です」

「うんうん、いやいや、それはそれで、十分怖いけどね」

 ボードゲームとしてではなく、パズルゲームとして戦場を捉える。
 なるほど、それはそれで面白い視点だった。

「そうか、戦場をそう見る発想もあるのか……」

「人数次第ですね、そこは。俺はボードゲームしたら即負ける自信がありますから、第二特異点でもそれができる人に全部任せていましたし……なんでもそうですけど、専門家に任せるのが一番ですよ」

 あくまでも、作戦の立案が限界と言う事か。
 大軍同士では、彼の強みは生かせないのだろう。
 あるいは、誰かに代行してもらう必要があるのだ。

「大体まあ、最終的な勝利である人理修復に関して、俺はなんの情報も持ってませんからね。今回の作戦が正しかったかどうかは、全部終わってからじゃないと判断できません……」

「そうかな? 少なくとも一瞬の安定のために全力を賭した君にとっては、後の事を気に掛ける余裕なんてなかっただろう? なら、あれは君の勝ちでいいじゃないか」

「ーーーそうかもしれませんね」



累計四位記念でなんか書くかもしれません






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