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病院を知ろう

春日井市総合保健医療センターの完成が
我々のめざす臨床教育、
その実現への弾みとなる。

 

 

春日井市民病院


 

main研修医が「学びたい」と思える環境を整えることが、病院の未来に繋がる。
春日井市民病院が一丸となって取り組んだ教育改革が、
着実に実を結び始めている。

 

「研修医が思うように集まってくれない」。一時は危機的な「研修医不足」に陥りかけていた春日井市民病院だが、その後の大胆な教育改革と設備投資により、学びを取り巻く環境が一変。研修医を惹きつける魅力あふれる病院へと変貌を遂げた。
そして、平成26年6月には、「春日井市総合保健医療センター」が新たに開設される。
医育への取り組みが一段と強化される同院の改革の全容を追った。

経験豊富な専門医が研修医を手厚くサポート。

204-030 春日井市民病院の救急外来には、その日もひっきりなしに患者が訪れていた。軽症の患者から重症度の高い人まで、症状もさまざま。そんな救急の現場では、初期研修中の医師たちが、次々と訪れる患者に慌ただしく対応していた。
 初期研修とは、大学を卒業後、国家試験を合格した医師たちが、臨床経験を積むための基礎的な研修のこと。この期間の医師がいわゆる「研修医」に当たる。初期研修中の医師は、最初に救急の現場を体験し、幅広い症状の患者を診ることで一般的な診療のイロハを学ぶ。
204-050 しばらくすると、救急外来に難しい判断を迫られる患者が現れた。担当の研修医はしばらく悩んだ後、救急外来にいる別の医師に声をかけた。研修医とは違った色のユニフォームを着たその医師は、藤田保健衛生大学救急総合内科の山中克郎教授。総合診療のスペシャリストだ。
「こういった症状の患者さんなのですが…」。山中教授に今の状況を説明する研修医。専門医の診断が必要と判断した山中教授の指示により、想定される疾患の専門医が呼ばれる。そして専門医の適切な診断により、患者には必要な入院加療が行われていった。
 午後6時、平日午後の救急外来を終えた研修医たちが、一斉に病院の講堂に向かう。その日の「教育症例カンファレンス」を受けるためだ。講師は、救急外来でも指導を行っていた山中教授。毎週火曜日に同院を訪問し、救急の現場で指導を行った後、具体的な症例について1時間におよぶカンファレンスを実施している。この日のカンファレンスでは、甲状腺に関する疾患の診断の仕方、必要な検査、専門医への引き継ぎの方法などについて説明が行われた。救急医療のプロから直接手ほどきを受けられるとあって、研修医の顔つきも真剣そのものだ。

 

 

膨大な数の「経験」が他にはない学びに繋がる。

205-049 春日井市民病院を初期研修先に選んだ鳥居良太医師。2年間におよぶ初期研修を終え、後期研修医(※)となった今も同院で勤務を続けている。鳥居医師が同院を選んだのは、春日井市民病院の症例数の多さに惹かれたからだという。
 開業医として長年に亘り地域の患者と向き合ってきた父親。鳥居医師は自分がめざすべき理想の医師像を、その後ろ姿に重ね合わせていた。「いつか父親の診療所を継ぎたい」。そのための初期診断能力を養おうと、彼は同院の門をたたく。
 「救急を通じてさまざまな症例を診られるのは、救急患者さんが多いこの病院だからこそ。今では、目の前の患者さんがどれだけ重症かを、採血などのデータでなく見た目から察知できることも多い。経験則に基づいた判断力が徐々に身についてきたと実感しています」。
 鳥居医師が学んだのは、初期診断能力だけではない。日々の診療のなかで学んだ「患者との接し方」も大きな財産のひとつだ。「患者さんにはそれぞれ個別の背景がある。家族構成などを考慮しながら患者さんに応じた接し方をし、どのような治療が最適なのかを考えることが大切だと学びました」。この学びは、開業医として地域医療に貢献したいと願う鳥居医師にとって、かけがえのない財産となるに違いない。
 「指導医の方々が見守るなかで診断をさせてもらい、自分が間違った部分は的確に指導してもらえる。当院にはまわりのサポートを受けつつ、安心して学べる環境が整っていると思います」。

※2年間の初期臨床研修を修了後、自らの志望する専門診療科で学ぶ医師を後期研修医という。

 

 

「うちに研修医が来ない」。危機感から始まった大胆改革。

205-091 初期診断能力を養い、患者一人ひとりの社会的背景まで意識した治療を志す。そんな鳥居医師の姿からは、同院の医師教育の充実ぶりがうかがえる。だが、教育プログラムの責任者、平山幹生副院長は、「私が就任した当初は、本当に大変な状況でした」と吐露する。「私が研修担当になったのが平成24年4月。当時は定員10名に対し、最終的に採用できた研修医はわずか5名。惨憺たる状況でした。そこで病院を挙げて改革に乗り出したのです」。
 「良いと思ったことは、すべてやってくれて構わない」。そんな渡邊有三院長からの全面的なサポートを受け、まずは他の病院の臨床研修を徹底的にリサーチするところから始めた。その上で学ぶ環境を次々と改革していく。まずは各地から有名教授を招き、院内勉強会を次々と立ち上げた。先に紹介した藤田保健衛生大学の山中教授の講義も、平山副院長が行った教育改革の一環だ。今では症例検討を行うカンファレンスが定期的に行われ、科の垣根を超えた医師合同勉強会なども実施。研修医のみならず、専門医同士が横でつながり、互いに学び合う風土が着々と醸成されつつある。
 さらに、ITを活用して情報の面からも学びの環境の充実を図った。医局をWi-Fiで繋ぎ、図書館だけでなくインターネット上で最新の文献を閲覧できる環境を作ったのだ。「思いきった投資を行ったことで、当院の学びの環境は一変しました」と平山副院長は胸を張る。



地元医師会との強力タッグで、教育は、さらなる高みへ。

Plus顔写真 春日井市民病院の救急外来には、1枚の紙が貼られている。渡邊有三院長が自ら書いた「救急の心得」だ。そこには、「救急外来御法度7か条」と題した基本姿勢が明記されている。「もう2年前に書いたものですかね」と振り返りながら、渡邊院長はその言葉に込めた思いを話す。
「これは、若く経験の浅い研修医に向けたものです。急性期病院である当院は、次々訪れる重症患者さんでベッドが埋まり、やむを得ず患者さんに帰宅を促さないといけないことも多い。でも、なかには帰宅することを不安に思う方もいます。そんな人の立場に立って物事を考える。そういったことの大切さを説いたのがこの張り紙なのです」。
 同院では今、春日井市が新たに開設する「春日井市総合保健医療センター」のオープンが近づいている。これは、春日井市民病院が運営する救急部と、春日井市医師会が展開する休日夜間診療所をひとつの施設内に集約したもの。同様の形態を取る自治体は全国的にも稀で、画期的な取り組みとして注目を集めている。
205-012 「このセンターは、春日井市民病院だけでなく、春日井市医師会・前会長の三輪勝征氏の多大なご尽力により実現したものです。これができれば、軽症だと思い休日夜間診療所に来たけれど、実は予想以上に重症だったという患者さんを、タイムラグなく重症者も診られる救急部に搬送できます。また、こうした臨床上のメリットだけでなく、教育にも大きなプラスの影響を生むと確信しています。二つのセンターが隣接すれば、高度な救急医療を学ぶ一方で、一般的な病気の診療能力を養う機会を持てる。さらに、地域の医師たちと触れ合うなかで、互いに理解を深め合う場にもなります。今までの医師教育を発展させる大きな可能性を秘めた場所なのです」。
 春日井市医師会の強力なバックアップのもと、愛知県下で初めて医師会と病院が手を組んだ救急医療を担う「タッグチーム」。6月から始まる「共闘」を見据え、渡邊院長は「絶対に成功へと導きたい」と断固たる決意を口にする。理想的な臨床の場、そして医師教育の場となるか。同センターの今後に大いに期待したい。

 


 

columnコラム

●春日井市民病院では、年間1万件あまりの救急搬送件数を抱え、独歩で救急外来を訪れる患者も膨大な数にのぼる。そんな同院では、急性期病院である性質上、重症患者を受け入れるためのベッドを空ける必要があり、比較的軽症の患者をそのまま入院させることは難しい。できれば院内で経過を観察したい患者がいても、適切な治療を施した上で帰宅を促すこともある。救急の現場ではこうしたジレンマを抱えながら日々の診療にあたってきた。

●そうしたなか、同院では平成26年6月に新設される春日井市総合保健医療センター内に、救急病床6床の設置を決めた。従来は、観察が必要な患者を、廊下や処置室で様子を診るしかなかったが、これからはベッドで経過観察を行えるようになった。患者に安心感を与えることはもちろん、できれば患者の経過を見守りたいと願ってきた医師たちにとっても、今までのジレンマを解消する一助となるに違いない。

 

backstage

バックステージ

●初期研修の期間を経た医師たちは、それぞれがめざす専門的な医療を学ぶ道へと進んでいく。そのため、広く一般的な病気に対する初期診断能力や、患者を全人的に診る総合的な視点は、救急現場に携わる初期研修の2年間にしっかりと養わないといけない。渡邊院長も、「総合性を身につけられるのは、初期研修の期間だけ。この時期を逃せば総合性は身につけられない」と話す。

●初期研修中にきちんと知識を吸収しなければ、「専門以外は何も分からない」という医師になってしまいかねない。今後、高齢化がより一層進む日本の医療を考えると、多くの疾患を同時に抱える高齢者を診療するためには、科を超えた総合的な視点が不可欠だろう。新センターをうまく活用し、総合性を持った医師の教育をめざす同院の取り組みは、医師教育のあり方にも一石を投じる試みだといえるかもしれない。

 


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