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スライム転生。大賢者が養女エルフに抱きしめられてます 作者:月夜 涙(るい)
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第八話:スライムは寄り道をする

 昨晩は馬車を抜け出して、可愛い娘に毒牙を向けようとした不埒物を始末した。
 その後はこっそり毛布に潜り込んで朝が来た。

「んー、いい朝だね」
「ぴゅー、ぴゅい」

 エルフのオルフェと一緒に馬車を出て朝の新鮮な空気を吸いながら、伸びをする。
 いい天気だ。青空がどこまでも広がっている。

「オルフェねえ、相変わらず朝が早い」

 眠そうな顔をしながら、ドワーフのニコラが馬車から出てくる。
 彼女はドワーフらしからぬ銀髪と白い肌の持ち主。
 絶世の美少女だが、身長が低くツルペタだ。

「ニコラも早く起きたほうがいいよ。早寝早起きは健康にいいからね」
「……努力する。研究者にとって貫徹は日常」

 二人はオルフェが魔法で作った水で顔を洗い、軽い体操をする。
 寝起きの体操はエンライト家の伝統だ。
 俺もスライムボディでできるだけやる。じつはこれは変形の特訓でもある。
 当面の目標は人間に擬態できること。そのために必要なのは、変形、質感、硬度、色合いの四つの変化をマスターすること。
 些細なことからこつこつと、スライムボディを使いこなすのだ。

「スラちゃん、すごい。エンライト体操できるんだね」
「ぴゅい!」

 なにせ、俺が考えた体操だからな! 健康的な日々を過ごすための毎朝の体操だ。
 体操を終えたオルフェはぎゅっと抱きしめてくる。このやわらかい、暖かい、オルフェの胸元は俺の特等席だ。
 こう抱きしめられているとスライムに転生して良かったと思えてくる。

「じゃあ、出発しよう。ニコラ、ゴーレム馬車はOKだよね?」
「もちろん、整備まで完璧」

 ぐっと、親指をニコラが立ててくる。
 オルフェは頷き、二人と一匹で馬車に乗り込んだ。
 馬車の中には床に突き刺さった杖があり、その先端には水晶がある。
 それをぎゅっとニコラが握る。

 すると駆動音を立ててゴーレムエンジンが駆動し回転し始めギアとかみ合う。馬車が走り始めた。
 ダミーで馬車を引くふりをしているシカの皮をかぶった四足歩行ゴーレムも駆け出す。
 さあ、出発だ。
 大口径ホイールといかしたサスペンションのおかげで、荒れた山道をゴーレム馬車はあっさり踏破していく。
 こうして、自らの発明品が大活躍するところを見ると発明者冥利につきる。

 ◇

 しばらく歩いていると街道に出た。
 道が舗装されているおかげで揺れが小さくなる。

 おかげで、考え事をする余裕ができた。
 オルフェたちが向かっている東の国、アッシュレイ帝国にはいくつかの街と村が存在する。
 一番栄えている港町、アッシュポートに向かっているようだ。

「ニコラちゃんって、こっち方面来たことがある?」
「ない。基本、私は引きこもり。研究室の外から出ない」
「実は私もなんだよね。たまにこう、狩人の血が騒いで近くの山で狩りとかするけど、あんまりほかの街とかいかなかったな」

 姉妹たちの中でもインドア派とアウトドア派が存在する。
【魔術】と【錬金】のオルフェとニコラは、俺の屋敷ほど設備がそろっている環境がないので、基本的に引きこもって研究漬けで、たまに学会などで遠くに出向いたり、あとは市販されていない素材を得るために俺と共に旅に出たりするぐらい。

【剣】と【医療】と【王】の三人、シマヅ、ヘレン、レオナの三人は何よりも経験を要するので、各地の戦場などを渡り歩いている。
 お父さんとしては、引きこもり二人だけの旅なんてすごく心配だ。
 俺がついていないと。ぷるぷるのスライムボディに力を入れる。

「スラちゃん、たしかお父さんは世界中の地図とか資料とか集めてたけど、こっち方面の地図や資料ってある?」
「ぴゅい!」

 お望みのものを出す。
 なにせ、俺の持ち物だ。どんなものがあるかはちゃんとイメージできる。

【収納】はイメージしたものを取り出すので、オルフェの言ったようなあいまいな言葉だと取り出すものを選べない。
 こうして俺が翻訳しているから出せるのだ。

「ありがとう、スラちゃん……あっ、ニコラちゃん見て。ほら、ここ」
「ちょっと待って運転中、よそ見は怖い。自動運転に切り替える」

 そんなことできたのか!?
 自動運転なんて、俺はゴーレム馬車に導入していないはずだ。

「あれ、お父さんが操縦していても、そんな機能使ったことなかったよ」
「当然、私の独自開発。ただ、街道しか使えない。形状から道を認識して、障害物をさけながら道沿いに走るだけ。分かれ道が来たら止まる」 

 単純だが、いいアイディアだ。それなら、なんとか実現可能だろう。
 とはいえ、クリアしないといけない技術課題がかなりある。
 娘の成長を感じとれてうれしい。

「それで、オルフェねえ、何をそんなに驚いているの?」
「温泉で有名な村がこの近くあるんだ! シマヅ姉さんがすっごく楽しそうに話してたから名前だけ覚えてたの」
「オルフェねえ、温泉大好きだもんね」
「うん、大好き。絶対に行くべきだよ」 

 ニコラはしばらく、考え込む。

「オルフェねえ、普通に国境を出ようとすると大きな関所を通るんだけど、あの成金デブが研究成果を持ち出されていることに気付いて、伝書鳩を飛ばして封鎖している可能性がある。だから、険しい山脈に囲まれているポイントをゴーレム馬車で抜けることでアッシュレイ帝国に逃げるつもりだった」

 ニコラは地図の険しい山脈を指さす。
 ろくに道も整備されておらず普通の馬車では踏破が難しい。だからこそ盲点となる。

「ニコラちゃんが考えてるルートって、温泉の村の……」

 それから、うなづいた。

「温泉村の経路は私が考えてた山脈に向かうルートとほぼ一緒」
「だったら」
「一日だけなら立ち寄ってもいい。私もオルフェねえと温泉、行きたいし」

 この子は、なんだかんだ言って姉が好きなので、断ることはない。

「ありがとう。ニコラちゃん」

 ぎゅっと、ニコラを抱きしめる。
 オルフェには抱き着き癖がある。姉妹やスライムに抱き着くのはいいが、男に抱き着かないように監視しないと。
 そんなことをされたら、お父さん、理性を抑える自信がない。害虫駆除しちゃう。

「スラちゃんも温泉楽しみだよね♪」
「ぴゅい♪」

 実は俺も温泉大好きだ。
 だから、わざわざ屋敷に巨大な風呂なんて用意しているし、自作の温泉の素を作るぐらいだ。
 だが、いくら英知を振り絞っても、天然温泉には勝てないのだ。

「ニコラちゃん、スピードアップしよ。私が魔力を供給するから」
「本気でやめて、オルフェねえはわりと大雑把。絶対力入れ過ぎる。出力があがるのと、各部へのダメージは別問題。無理をすれば、馬車が消耗するから」
「ううう、残念。じゃあ、スラちゃん一緒に温泉の歌、歌おう」
「ぴゅい」

 温泉の歌というのはよくわからないが、うなづく。
 オルフェが歌い出した。
 彼女の歌は、天上の調べと言っても過言ではない。エルフは歌を愛する種族だということもあるし、彼女の才能もある。

 適当な即興歌ですら、聞く者の心を弾ませる。
 とりあえず、適当に合間合間に鳴き声で相槌を入れる。
 オルフェが微笑んだ。
 ニコラのほうも、オルフェと彼女の膝の上で相槌を打つ俺を見て楽しそうに笑う。
 そうして、ちょっとした寄り道で温泉の村ブローンに行き先を変えた。

 ◇

 一日野営をして、二日目。ようやくブローンにたどり着いた。
 途中で、ファット・ラットの亜種、デンクル・ラットを【吸収】したが、スキルはコピーできなかった。いわゆるダブりというやつだ。
 ファット・ラットとスキルは変わらないらしい。ただ、微妙に運が良くなった気がする。あれは幸運をもたらすと呼ばれている鼠だ。

 今日の夜は、宿を抜けだしてこの周辺の魔物を狩ろうと決意する。
 ここに来る機会はここを逃すとないかもしれない。
 スキルを増やすために、なるべくいろんな魔物を【吸収】しておきたい。

「オルフェねえ、宿に泊まるにも路銀が心もとないから適当に宝石でも売ってくる」
「その必要はないよ。ちょっと待ってね。スラちゃん、おっきな羽根飾りがついた帽子をだして」
「ぴゅい」

 言われた通り、オルフェのお気に入りの羽帽子を出す。
 オルフェは人通りの多いところにいくと、その羽帽子を反対にして置く。

 そして、オルフェは歌い始めた。
 よく通る声、明るく、でもどこか切ない旋律。
 それを楽器もなく声だけで表現する。

 突然始まった歌。
 本来なら、誰も足を止めないだろう。
 だが、オルフェの歌は特別だ。通りがかった人が足を止め、歌を求めて遠くから人が集まってくる。

 オルフェは歌い続ける。
 歌はクライマックス。熱く激しく盛り上がる。
 そして、歌が終わる。

 たった一曲の歌なのに、一本の演劇を見たような感動があった。歌そのものが物語になっている。
 誰かが拍手をした。それがどんどん広がって大喝采。
 すごいな俺の娘は。
 ちょっと、お手伝いしよう。

「ぴゅい!」

 羽帽子をひっくり返したまま頭の上に置いて鳴き声をあげる。
 俺に注目が集まる。
 オルフェがその羽飾りのほうに手を向け、優雅に礼をする。
 その直後大量のおひねりが飛んできた。
 オルフェは感謝し、もう一曲歌い始めた。

 ◇

「はい、ニコラちゃん。路銀だよ。これでいい部屋に泊まれるし、ごちそうが注文できるね」
「オルフェねえの特技忘れてた。オルフェねえなら山でサバイバルしながら、たまに街で歌うだけで一生ごはんにもお金にも困らない」
「んー、そうでもないよ? 魔術の研究を本気でするなら、とんでもなくお金がかかるしね」

 それには同意だ。
 希少な素材や、高価な宝石、魔術を極めるためにはいろいろと物入りだ

「それは錬金術も一緒。はやく、拠点を構えて荒稼ぎしたい。とりあえず、このお金で宿をとる」
「ニコラちゃん、一番この街でいい宿だよ。ごはんも一番いろいろと食べれるやつ」
「ぴゅい!」
「……その浪費癖、オルフェねえって駄目なところが父さんそっくり」

 ニコラが苦笑し、宿の予約を取りに行った。
 この街で一番の宿なら、温泉も料理も楽しめそうだ。
 今日はゆっくり羽を伸ばそう。

「スラちゃん、羽を生やしてどうしたの」
「ぴゅい!」

 羽を伸ばすために、羽を生やしてみました。
 うん、一回やってみたかったんだよな。
 ニコラが呼びに来た。オルフェは微笑んで、俺を抱きしめて宿に向かった。

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種族:フォビドゥン・スライム
レベル:6
名前:マリン・エンライト
スキル:吸収 収納 気配感知 使い魔 飛翔Ⅰ 角突撃 言語Ⅰ
所持品:強酸ポーション 各種薬草成分 進化の輝石 大賢者の遺産 フォレスト・ラット素材 ピジオット素材 ホーン・バンビー素材 デンクル・ラット素材
ステータス:
筋力F 耐久F 敏捷E 魔力F+ 幸運F+ 特殊EX
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