結構驚いたっていうか、ドン引きした出来事がございまして。
見た目は真面目そうな好青年。
声は小さかったけど、ビシッと高そうなスーツを決めて清潔感もある。
そしてそこそこのイケメン。
駅から近所の住宅街の中迄で、最後の細かい部分は指示してもらって進んでたんですね。
しかしそこは狭い世田谷の住宅街。
「次を左折で」
小さい声で指示した丁字路の左折先から、ヌっと乗用車が顔を出した。
そして向こうの車は右折ウィンカーを出している。
双方すれ違う程のスペースは無い。
「一旦あの車をやり過ごしますねー」
お客さんにこう告げて、僕が一旦前へ出してやり過ごした後に後退して左折したんです。
それでまぁ目的地はそこから近かったようで、間も無く停車の指示があった訳です。
その後、支払いボタンを押す瞬間に570円から650円に上がってしまった。
現在の東京23区武三地区の運賃は80円ごとに上がるので、到着と同時にタイミング悪く80円上がってしまった訳ですね。
「ああああーーー!!!」
突然お客さんが大声あげて。
もうこっち背中にウナギでも流し込まれたかのようにビクゥですよ。
小声に定評のあったこのお客さんが。
決して声を張り上げない事でお馴染みのこのお客さんが急に大声ですから。
客「今上がったんですけど、さっき折り返さなければ上がりませんでしたよね?」
僕「え?ええ、まぁそうかも知れませんね」
客「せこい事しないでくれませんか?」
いやいやいや。
ちょっと待って。
せこいって…。
せこいと言うって事は、僕が狙ってやったとでも思ったって事!?
最終的な目的地も知らないまま、路地から乗用車が出てくる事を計算し、なおかつ料金が寸前で上がるとこまで狙ってやったとでも!?
確かに寸前で料金が上がることを嫌がるお客さんはいます。
僕も嫌です。
っていうか僕の知る限り、運転手はみんな嫌がってます。
お客さんに狙ったと思われてトラブルになるのが面倒くさいから。
只ね、今回のあの折り返しに関しては完全に不可抗力。
何もせずに待機してたらそれこそ時間メーターによって運賃は青天井。
僕もね、折り返す旨を説明しても尚、口に出して不満を言うなんてのは余程のケチだなって思いまして。
「いや、あの状況では折り返す事はやむを得なかったのですが…?」
改めて説明しても、お客さんは「???」みたいな。
腑に落ちない顔してて。
ここで僕はハッとしまして。
この人は、やべぇ人なんだと気付きまして。
自分の事を棚にあげて、思うだけならまだしも口に出してせこいと言う。
普通は余程の確信が無いとここまでは至らないですよね。
僕も様々な人を見てきました。
顔を見ると大体
運賃を踏み倒すタイプの人はもっと威圧的な違う顔をする。
この人は違う。
本気で運転手が不正に高い運賃を取ろうとしていると確信している。
それは元々あるタクシーへの先入観によって固められたものが、実際には不可抗力なのに先入観を論理的に覆せずに爆発しているもののようにも感じた。
つまり状況を個別に切り離して捉えられない。
話にならないとはこの事。
結局僕は100円引いた。
これは本当はいけないこと。
道路運送法の十条に記されている。
"一般旅客自動車運送事業者は、旅客に対し、収受した運賃又は料金の割戻しをしてはならない"
故意に遠回りをしてしまった場合等の払い戻しは可能なんですが、今回は明らかに故意ではないのでアウト。
ごめんなさい。
いかんせん、話が通じないもので…。
100円引いてあげたら無表情のまま、何も言わずに降りて、そのまま結構な豪邸に入っていった。
"テスト勉強"だけをして、何もさせてもらえずに大人になっちゃったのかなぁ…。