一夜の中の最も重要な役割を担う彼らについて、しっかりと理解し、尊敬している人は殆どいないようだ。ウォームアップDJはヘッドライナーよりも大きな称賛を受けるに値する理由をRAが解説する。
しかし、イベントを“最高”という声から遠ざけ、単なる“ありきたりの夜遊び”に追いやってしまう細かい要素もたくさんある。作業の速いバーテンダー、十分な数のトイレ、そしてプロフェッショナルな振る舞いのセキュリティ。これら全てが、クラバーたちの全体的な知覚に通ずる。何も問題がなければ、そんなことを気にする人すらいないはずだ。しかし、高いお金を払って聴きに来たDJを他の客がメインルームで楽しんでいる中、自分は水浸しになったトイレで用を足すのに30分も並ばなければならない。そんな状況になれば、その夜は台無しになってしまう。
オープナーからのメッセージ
MOSでのSteve Lawler主催のパーティー、VIVaDeanでレジデントを務めていたMuhsinによる主張
この10年間、不規則ではあるけどレジデントDJをやってこれて、とてもラッキーだと思っている。でも最近になって、社会から除け者にされているレジデントも存在することに気が付いた。オープニングDJのセットタイムを短くすることによって、ゲストはお客さんがクラブに集まり始める頃にスタートすることができるからだ。レジデントやウォームアップセットがDJにおける真髄だと理解してくれている人たちもいるのは分かっているよ。でもどういうわけか、皆そういう故意の過小評価に巻き込まれているみたいだ。
それでも、secretsundazeみたいにレジデントとゲストのバランスを上手く取っている人たちもいるということは、間違いなく実現可能なことなんだよね。交通渋滞にハマってしまってヘッドライナーに自分の出番と代わってほしいと頼む場合じゃなくても、レジデントDJがもう一度パーティーのメインになれる可能性はまだある。(Will Saulありがとう!)
だが、ヘッドライナーがオープンからプレイすることなどないに等しい。フロアを暖める為にオープニングDJが1組以上いて、その後に設定されたヘッドライナーの出番までクラウドを楽しませ、彼らの酒が進むようなプレイをする。この役割が如何に重要であるかを意識しているプロモーターは、そう多くないようだ。オープニングDJという役割を全うできないDJは、ダンスフロアのエネルギーがまとまる前に、そのエネルギーを消してしまう可能性すらある。良いシナリオでは、バーがクラウドで賑わい、ヘッドライナーが登場するまで壁際に寄っている。反対に、DJが次のトラックをミックスする前にクラブから客がいなくなってしまうのが最悪のシナリオだ。
色々な意味で、ウォームアップDJはヘッドライナーよりも多くの壁に打ち当たる。考えてもみてほしい。オープナーはガランとしたフロアでプレイを始めなければならず、しかもゆっくりと集まってくるシラフの客たちのほとんどは、彼らを聴きに来ているわけではないのだ。
DJは無の状態から雰囲気を作っていくのと同時に、ヘッドライナーのセットに向けて音のストーリーを組み上げていかなければならない。Viva Muicのレーベルボスであり、世界中のヴェニューにヘッドライナーとして出演しているSteve Lawlerは、「ウォームアップが実は1番大変で、その夜の内容を決定づけるとても重要な役割だ」と同意する。「ウォームアップDJが良い仕事をした時は空気でそれを感じることができるし、99%の確率で素晴らしい夜になる。」
オープニングDJにとっての最大のチャレンジは、次にプレイするDJと切れ目なくシンクするセットを組むことだ。「オープニングDJにはとても大きな責任がある。パーティー全体のムードを操ることさえできるくらい」と、Minus Records(2009年現在)のMagdaは語る。「ヘッドライナーのサウンドを威圧してしまわないように、誰のウォームアップを務め、彼らがどんなプレイをするのか考えなければならない」。どんなヘッドライナーも、オープナーにとっては1つ1つ違うチャレンジと成り得る明確な音楽スタイルを持つ。「もし私がTheo Parrishの前にプレイするとしたら、Richie Hawtinの前にプレイする時と同じレコードは絶対にかけない。それが楽しいんだけどね」と、彼女は説明する。「色んなクラウドを楽しませながらメインアクトを引き立たせるのは、なかなか大変よ。」
Club2Clubでは、Theo ParrishがMagdaのオープニングDJを務めた
良いオープニングDJは2つの要素を持っている必要がある。その夜の音楽の進行を妨げないという意識、そして、膨大かつ選りすぐりのレコードコレクションだ。Craig Richardsがこの点について賛同している。ロンドンの最重要クラブfabricでオープン当初よりレジデントを務めるRichardsは、世界最高峰のオープニングDJとして高く評価される。フロアを温める役割はRichardsがとても気に入っているポジションであり、「僕は長年、ウォープアップの出番を選んできた。きちんとプレイできた時には最高の音楽的充足感を得ることができる、素晴らしい挑戦だと思っている。」
素晴らしいオープニングDJは、自分の音楽、そしてそれぞれのレコードの切り替えがフロアに及ぼす微妙な影響をよく理解している。リバプールの伝説的なパーティーCircusでDJとプロモーターを務めるDJ Yousefは、上手くクラウドを温める為に、DJは「全てのレコードのテンポ、グルーヴ、エネルギー、そしてテクスチャーが、その場面に合っているのかどうかをしっかりと考えなければならない」と主張する。この、音楽がクラウドに与える影響に対する気配りがあって初めて、オープナーはダンスフロアに人を引き寄せるという困難なタスクをこなすことができる。
DirtybirdのChristian Martinはこう説明する。「オープニングDJの仕事は、お客さんをバーから引き離して、最初は少ないであろうダンサーの数を徐々に増やし、最終的にダンスフロアを満員にすること。フロアのムードに注意を払って、あまりに早く盛り上がりすぎないように自分のセットの方向を合わせていくのが大事だ」。Martinが最後に指摘したポイントは、素晴らしいオープナーが持つもうの1つ重要な特徴である。それは自制だ。
「エネルギーをリセットする為
に、音楽をぶった切らなければ
ならないことも(何度か)あった。」
- Lee Burridge
「俺の友人たちにも、エネルギッシュすぎたり、ビッグすぎるウォームアップセットで、やりにくい思いをしたっていうDJがたくさんいるよ」と、Lee Burridgeは嘆く。25年以上(2009年現在)もの経験を持つBurridgeは、シーンにおいて最も才能のあるDJの1人として世界的に知られる。彼は、素晴らしいウォームアップDJは「ゲストDJがスタートしてから2時間くらいでどこまで持っていくのかではなく、どこからスタートするのかを理解している。自分が交代する時は、ゲストDJが気持ちよくプレイを始められるくらいのエネルギーにしておかなければならない」と語る。Burridgeは筆者に、オープナーがあまりに激しい曲をかける為、「エネルギーをリセットする為に、音楽をぶった切らなければ ならないことも(何度か)あった」と明かしてくれた。
「長年たくさんのビッグネームのウォームアップをやってきたけど、パーティーは自分だけのものじゃないっていうことにある時気が付いた」と、Burridgeは続ける。「周囲から注目されたい若いDJたちにとっては受け入れがたいことかもしれないけどね。そういう(注目されたいという)考えは、夜全体をじっくりと構築していく上で妨げになる」。多くの若いDJは、オープニングセットは自分の力を見せつける為のチャンスだと捉えている。だがそうした熱意は、全く逆の結果を生んでしまうのだ。Yousefは、オープニングDJがアップテンポでピークタイムにかかるようなトラックの「鉄拳で頭を殴られる」ようなセットをプレイした場合、「次のギグは回ってこなくなるだろう」と主張する。
しかし、BPMを124以下でキープし、ディープな音楽をかけること以外にも、オープニングにおいて重要なことがある。素晴らしいオープナーである証は、彼、あるいは彼女がプレイする音楽に対する愛情によっても表される。Lawlerが説明するように、「オープナーがBeatportのTop 100チャートでDeep Houseセクションをチェックし、そこで買った曲をかけているだけのDJなのか、それとも自分がかけている音楽を本当に愛し、集めているDJなのかは、聴けば分かる。DJセットを聴けば、その人の情熱を感じることができるよ。」
Lee BurridgeとCraig Richards: 最強のウォームアップ・デュオ
オープニングDJを務めるということは、自分がプレイしたい音楽から外へ踏み出し、その代わりにクラウドが受け入れるであろう音楽に実直でいられる能力を必要とする。「自分らしくいながらも、世界のクラブのダンスフロアにどんな音楽が合うのかを意識する。DJとして、その中間を見つけなければならない」と、Yousefは説明する。「僕はいつも自分が大好きな音楽をかけているけど、それは僕が色んなエレクトロニックミュージックを楽しめるだけ十分に経験を積んでいるから」。 今回筆者が話を聞いたDJは皆、オープナーにとって必要なのは幅広い音楽の趣味であり、最も重要なのは(自分を)抑え、そしてヘッドライナーの登場に向けてじっくりとテンションを組み上げていくことができる忍耐力だと強調した。
LawlerとBurridgeの2人は、オープナーの役割はヘッドライナーのそれと同様に重要だと認識している。Lawlerは、自身のギグのオープニングアクトは可能な限り指名しているという。「そうすれば、自分が始める時にはエネルギーやヴァイブがバッチリになっているはずだから」。しかし彼らは、プロモーターが選ぶDJが(ウォームアップに)適役ではないことがしばしばあると指摘したほか、Burridgeは、時には「ブースに入ってきてウォームアップDJに指図するプロモーターもいる」と明かした。いずれのケースにせよ、一晩の作り方の理解に対する理解力の欠如が露になっている。ナーバスなプロモーターはパーティーのスタート時点から拳を突き上げた人々で満員になっているダンスフロアを見たいと願う一方で、筆者が話を聞いたDJたちは全員、そうした思考はパーティー全体に弊害をもたらすと考えていた。Richardsはこう語る。 「熱狂的すぎるスタートほど最悪なものはない。そんなのはスープで舌を火傷するか、カーテンが開けられて中に光が差し込むみたいなもんだよ。」
以上のことを考えると、最終的にプロモーターに対する1つの疑問が生まれる。ワールドクラスのDJのフライトとホテル代に金をかけるなら、どうしてそのゲストの為にきちんとしたオープナーを用意する為に、もっと時間と金をかけないのか?イベントの開催には付き物であるハイリスクに加え、オープナーの役割に対する理解不足によって、ウォームアップに指名されたDJは経験不足であるだけではなく、十分な報酬が支払われていないことが多い。プロモーターはヘッドライナーには数千ドルを支払う一方で、出費を抑える為、オープナーには数百ドルしかかけないのだ。
つまるところ、素晴らしいオープニングDJはお金の為にその仕事を受けているのではないということだ。その代わり、そうしたDJはおそらく、あらゆる意味で最も純粋な音楽ファンなのだろう。オープナーの芸術性は繊細さの上に成り立っている為、彼らが称賛を受けることは稀だ。メディアは度々、良いウォープアップを見過ごし、ヘッドライナーばかりにフォーカスする。そして洞察力のあるクラウドだけが、フロアのテンションをじっくりと組み上げていくニュアンスと自制心につながるオープニングDJのスキルを察知することができるのだ。
実は、オープナーが受け取る最大の報酬は、ヘッドライナーにはなかなかできないであろう音楽的領域を探求する機会だと言える。オープニングセットをプレイすることは、「レコードを買う時、特定の時間帯にのみ効果を発揮するものを選ぶ判断力につながる」と、Craig Richardsは語る。「そういうレコードを大音量で聴けるチャンスは、昔も今も、僕の原動力になっている。ディープで、奇抜で、繊細な曲をバッチリのタイミングでかけられるということは、スポットライトではなく音楽への誠実さを追求している人間にとって、この上ない喜びだよ」。成功を収めているヴェニューやイベントは、良いオープナーが何をもたらすのかを常に理解している。それは、どんなイベントにもおいても基盤となる雰囲気だ。
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