http://business.nikkeibp.co.jp/atcl/opinion/15/101059/051000099/?ST=viewcomment
私も中高生時代に中国武術にロマンと憧れを抱いたものですが、成人して分別もつきました。
当該記事のコメント欄にコテコテな神秘派中国武術オタク、つまりかつての私が居ました。
まずは、目的が異なるものを同じ基準で競わせることにそもそも意味がない。急所を正確にしかも相手に極力悟られることなく攻撃することで一撃で確実に相手を屠ることを目指すもの(そのような性格から人に見せないことを前提として成り立っているもの)(いわゆる暗殺武術、殺人武術)と、限られたスペースのなかで相手を極力傷つけることなく専ら体力を競い合う(最後まで立っている方が勝者となる)もの(いわゆる格闘技)を戦わせてどういう意味があるのだろうか、何をもって勝者とするのだろうか。まさか公開の場で相手を殺すわけにもいかないので、殺人武術(暗殺武術)は何もできない。急所を狙えない武術はもはや体操でしかない。殺しが禁じられたうえで最後まで立っている方が勝者となるなら格闘技に軍配が上がるのは当然である。
まず、動く人間の狙った箇所を打つこと自体、やったことない人が思うほど簡単ではありません。
鍛えたボクサーがジャブで鼻や口元を打つより更にハイレベルな芸当であること言うまでもなく
そんなこと出来る技術と速度があるなら武術家だ格闘家だと言う以前にまず超1流の運動家なのです。
試合ではその超人的な運動能力を援用して、狭い急所のかわりに鼻でも打ってみせれば話はおしまいでしょう。
西洋格闘技は元々ある恵まれた体格を利用したパワーとスピードが物を言います。
本当の技は殺人芸術とまでいわれ、一撃で人を殺すことができますが、それを万人に知らしめるわけにはいかないので、その技を教えられる人も知っている人も極めて少ない。
太極拳も同じです。
ただ、体をゆっくり動かして行う練習の動作そのものは、純粋に筋力維持に効果的なので“体操”として庶民に広まってます。
記事の高段位者も多分同じでしょう。
「我々は超人過ぎる『本物』なので仙人のように高みに居ること。世間に出てはならない。技術を漏らしてはならない。」
そのような超人的技術と高いモラルを併せ持った武術教団があったとして、
超人的に強くなれる技術を習得したら掟を破って娑婆に出ていって
子分に教えて超人軍閥を作って都督を襲うなり天下を窺うなりする人間が出るはずです。
でもって、そうするうちに技術が更に広まっていって普及・陳腐化すると。種子島みたいに。
でもそうなってないでしょう。何故か?そんな威力のある技術など無いからです。
3000年の歴史を自称しながらその超人術が世間に出たことのない事実こそ、
李書文に二の撃ち要らず。
李書文の強さの秘密は明快です。
・パンチの際に踏み込む足をドシンドシンと力入れて踏む(敵の想定も無し)。
・その動きを1日中やる(動きを修正してくれる指導者もなし)。
こうすると小男でも超人的なパンチ力を得て、ワンパンで敵が空飛んだり血を噴いたりする。
しかもパンチは必ず当たり、カウンターを取られるようなこともない。天下第一の名人。
真偽を計る以前に何故そうなるか説明が成り立っていない。
こんなことを信じる人は、まともに運動をしたことがない人です。
(とか真面目にいうのもバカらしくないですか?)
それをやってるだけで相手とのパンチの応酬の為の技術まで身についているというのは
更に滅茶苦茶な話です。
中国武術については「独特の歴史と趣がある保存されていくべき舞踊」という評価をもっています。
また舞踊としてレベルの低いインチキ継承者(まともなものを継承していない、ろくに練習していない)も少なからず居て
そのようなインチキを根絶することは伝統の継承と発展に資すると思います。
格闘狂人は頑張って欲しいですね。
いやまあ別にいいんだけど、合戦武術としての空手が形骸化したことと一緒で、ほぼ失伝している状況で言うのはよくわからんな。 否定も肯定もできない。狂人さんが潰そうとしてる連...
あと古流派を体験してたから分かるけど、剣術の甲野善紀先生が見せたような「体術」としての側面はスポーツに応用されるべきでしょ。 レスポンスありがとうございます。 私はNHKに...
根本的に認識が違うと思うんだけど。 あの人はや黒田鉄山は体の用法について研究してる人であって、そもそも運動家じゃないよ。 フラフラしてるとか現代体育的な発想で言ってない?...