特集
2017年5月12日
都営地下鉄4線の匂いマトリクス(暫定)はこのようになります。
以前「嗅ぎ鉄」と称して記事を書いた。各線それぞれに特有の匂いがあるのでは、という思い込みにしたがって嗅いで回った顛末である。
大阪市営地下鉄と東京メトロで嗅ぎ回った実績があるが、今回は満を持して都営地下鉄に挑む。 なにが「満を持して」なのかというと、嗅ぎ鉄界においてもっとも充実した芳香を放つのがこの都営線だからだ。とっておいたのだ。嗅ぎ鉄フルコースのデザートだ。 と、思っていた。しかし実際嗅いでみたらびっくりでした。 新宿線の思い出に誘われて都営地下鉄には、新宿線、三田線、大江戸線、浅草線の4つがある。
今回まず都営新宿線から。嗅ぎ場所は瑞江駅だ。 いきなりいかにも「嗅いでいる風のポーズを撮ってもらった」って写真でもうしわけない。
なぜこの駅にしたのか。この駅の匂いが新宿線の代表である根拠は何か。
別の取材(すてきな部屋におじゃまして平面図のように撮るという連載をやっているのです)でこの駅に来たのでそのついでに、という身も蓋もない理由もある。しかし、この瑞江駅はちゃんと「ザ・新宿線」なのだ。ぼくにとっては。 少々長くなるが、説明を聞いて頂きたい。 ふり返れば高校2年生のとき。いきなり本八幡駅に新宿線がやってきた。びっくりした。 えっ、ここ千葉だよ? なぜ新宿線が? 市川の高校に通っていたぼくは、友達とさっそく乗りに行ったおぼえがある。たしか当時はまだ仮駅で、いかにもできたてほやほやって感じだった。そして確かに「新宿線」と書いてあった。 しかし、なんか新宿感がまるでない。新宿といえばJRか営団であって(当時、現在の東京メトロは営団地下鉄と呼ばれていた。そして千葉の人間にとって小田急とか京王は完全に未知の生き物だった)、都営線が通っているという認識もなかった。そういう線がいきなり近所にやってきても、なんだかよく分からなかったのだ。 楽しみにしていた都営線の嗅ぎ鉄。うきうきしながら息を吸い込んだのだが……!
そもそも大人になるまで都営線にほとんど乗ったことがなかった。西船橋で育ったぼくは「営団派」だったのだ。正直、なんか、都営線って垢抜けないな、と思っていた。千葉っ子に言われたくないと思うが。
路線図を見てみれば「大島駅」とか「船堀駅」「一之江駅」 「篠崎駅」など「それどこ?」っていう地名が並んでいて、ますます「ほんとうに新宿行くのか」感があった。錦糸町とかどうした、と。そういう「どこだそこ感」があるのが瑞江駅だ。ほんと、千葉の人間に言われたくないと思うが。 後に団地をめぐるようになって大島駅および東大島駅は愛着ある駅になったが、あいかわらずそれ以外の駅名は謎だった。新宿線以外では聞かない響き。 逆に言えば、だからこそこれらの駅こそ「ザ・新宿線」なのである。九段下や神保町駅なんてのはむしろ半蔵門線のテリトリーであって(営団派なのでそう思う)、新宿線を代表する駅とは言えない。 そんなわけで断然瑞江駅なのである。 あと、千葉っ子としては「市川でも船橋でもなく、なぜ八幡に来た」って思った(今調べて知ったが、ここからさらに千葉ニュータウンまで延ばす計画があったのね)。 まさかの無臭しょっぱなから長々ともうしわけない。しかも読み返してみれば、ぜんぜん「なぜ瑞江駅が新宿線を代表する嗅ぎ駅なのか」の理由になっていない。
線の匂いをちゃんと統計的に処理するとしたら全駅においていろいろな時間帯・季節・天気のもと嗅ぎ、その平均値をとる、などをするべきかもしれないが、それってすごくたいへんだしだいたい「匂いの平均値」ってなんだ。 正確性を言い出すと、たぶん線によって匂いが違うということ自体が否定されてしまう気がするので、前回までと同様、ぼくの独断と偏見によって駅を選ぶ。以下各線同様だ。デイリーポータルZは論文ではないのである。 で、瑞江の匂いはどんなだったのか。 これが、ほぼ無臭なのだ。 なんと、ほとんど匂いを感じなかった。
しかるべき成果が出せなかったとき、人は饒舌になる。つまり言い訳だ。ここまでの文章が回りくどかったのは、つまりそういうことだ。
それにしてもおかしい。そんなはずはない。メトロより大阪市営地下鉄より枕カバーより、都営線こそ匂いの宝庫のはずだ。全線各駅強烈な「都営線臭」に満ちていると思ったから、記事として取り上げるのも後回しにしたのに。 「都営線は芳醇な香りに満ちている」は単なる思い込みだったのだろうか。 それでもがんばって嗅ぐと(嗅ぐのをがんばるって難しい)、電車が入ってくるときに、風に乗って「電気の匂い」がした。あるいは鉄の匂い。モーターの匂いか。とにかくそういう金属っぽい匂いがかすかにする。 前回のメトロで近いのは八丁堀駅で嗅いだ日比谷線の匂いが一番近いかもしれない。あのときは「ガラスの匂い」と形容した。 長々と前口上を述べたあげくに、結果は「ほとんど匂いがしない」。もうしわけない。ここはひとまず駅を変えよう。もっと匂いのするであろう駅へ。あれこれ言ったが、結局、神保町あたりがいいのではないか。 結局、神保町へ。車両から降りたとたん感じたのは、その温かさ。
これまでの嗅ぎ鉄経験から分かっているのは「ホームに降りた瞬間が勝負」ということ。人間の鼻ったら、あっというまに匂いに慣れてしまうのだ。 瑞江での結果から、やや緊張しながら神保町駅で降りる。大きく息を吸う。鼻から。 まず感じたのは温度と湿度だ。瑞江より温かく、湿っている。人の多さのせいだろうか。そしてかすかにゴムっぽい匂い。 しかしここも匂いの強度はきわめて小さい。かなり意識しないと匂いがしない。 都営線のホーム特有のこの柱いいよね。
おかしい。ここ最近で都営地下鉄の無臭化が進んだのか。あるいはぼくの鼻がなまったのか。キエフの地下鉄を堪能したときも、香港の地下鉄を愛でたときも、「日本と違って匂いがしない」などと言ったが、もしかしたらぼくの鼻がおかしくなっていただけかもしれない。
あるいはぼくの体臭が都営線の匂いと同じ、とか。だから匂いを感じられないとか。 さまざまな疑念が頭の中で渦巻く。こんなはずではなかったと、ホームで焦る。 さきほどの瑞江駅よりは匂いがするのは確かだ。匂いの方向性は似ている。金属っぽい。その中にゴム系がまざっている。いずれにせよ機械っぽい。つまりこれは「電車の匂い」ってことか。そう言ってしまうと、そりゃそうだろ、って感じの表現だ。 もしかしたら地下空間としての匂いが薄すぎて、車両の匂いが勝ってしまうのかもしれない。いよいよ無臭ってことだ。 頼むぜ、三田線新宿線は、無臭。
匂いがしすぎて困っちゃうぐらいの濃厚な都営臭を期待していたので、この結果に不安な気持ちで一杯だが、まだ1つ目だ。別の線を嗅げば、相対的に新宿線の個性が浮かび上がってくるかもしれない。 ここ神保町で三田線に行ってみよう。
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