「左」と「右」が似ていることに起因するトラブルと、その改善策についてまとめられた記事を読みました。
個人的にはそれほど左右の間違いをしたことがなかったので、なるほどなぁという感想だったのですが、同様に間違えやすいケースとして挙げられていたエレベーターの「開」と「閉」ボタンについては強く共感をしました。
乗ってくる人達のために「開」を押さなきゃ!という時にとっさに「閉」を押してしまったことが何度か……
とくにここ1,2年はベビーカーを使う機会が多く、エレベーターを使う機会が増えていたということもありますが、「開」「閉」ボタンを見る度にわかりづらいよなぁ、と再認識していたのでした。
で、「開」「閉」問題から少し遠ざかってしまうのですが、冒頭のまとめ記事を読んでいて、とんでもなく困惑したエレベーターを思い出しました。
そのエレベーターがこちら。
乗ろうとしたときに妙な違和感を感じる
あれ?この大きさエレベーターにしてはボタン多くない?
正面にボタン、左壁にもボタン、右壁にもボタン、更に乗ってから振り返ると…
こっちにもボタンだ!
4面、同セットで構成されたボタンが配置されているのです。合計32個。
乗ってからしばらく思考停止。冷静に考えると一つ一つのボタンはわかりやすいのですが、あまりの選択肢が多いと人間は混乱するようです。
ただ、少し大きめのエレベーターなら全面ボタンがあることもあります。
このエレベーターが更に混乱を誘ってきた一因が、「正面」と「背面」の概念をぶち込んできたところにあります。
「ひらく(正面)」「ひらく(背面)」「2(正面)」「2(背面)」など…
例えば、上の画像は入って左側の壁のボタンなのですが、1階から2階に行きたい時にどのボタンを押すのが正解でしょうか。
正解は、「2(正面)」です。
エレベーターに乗り込んだながれで、自分の「背面」の扉を閉めるので、「2(背面)」を選びがちですがそれは罠です。そのボタンを押しても何も起きません。
1階から入る側の扉が常に「正面」で、反対側が「背面」なのです。冷静に考えるとそりゃそうか、と思いますが、初見ではなかなか見切れません。
というか、一見、開きそうなこの「背面」の扉は開きません。常に「正面」の扉が開きます。
こちらは開かずの扉
「背面」とふられたボタンはすべてダミー、何も起きないのです。そう、押しても何も起きないボタンが12個も配置された初見殺しのエレベーターなのでした。
さて、「開」「閉」を含め、エレベーターのわかりづらいボタン問題はこれまでも何度かネット上でも盛り上がっていたようです。
例えば、2013年には下記のツイートを起点に、もっといいデザインを考えてみよう!という盛り上がりがあったようです。
主張の強すぎるエレベーターのサインUI。
— 深津 貴之 (@fladdict) 2013年1月23日
サインの方をボタンと間違えて押してしまったメモ。 pic.twitter.com/j6Csu4FN
最近では、2017年1月にいい開閉ボタンのデザインを紹介するツイートが話題になったようです。
エレベーターの開閉ボタンのデザイン、ソニービルのこれが最適解な気がする。 pic.twitter.com/n0HmxJX6dg
— ニカイドウレンジ (@R_Nikaido) 2017年1月22日
個人的には、上記のまとめ記事の意見にあるように、「閉」ボタンを無くす、という案に一票入れたいところです。
同様の意見の方も多いと思いますが、一方で、宅配業者のようにエレベーターの待ち時間をも惜しむような仕事をしている人には、大幅な時短にならないとしても心理的に「閉」ボタンが合ったほうがいい、といった意見もあるようです。
この「心理的な」という切り口ではアメリカの事例がとても興味深かったです(ただ、時間がないので深く調べていませんのでご注意を)。
ニューヨーク・タイムズの2016年10月の記事によると、「(適当意訳)障害を持つアメリカ人法が制定された1990年以降は、閉ボタンの機能は廃止の方向へ動いた。」のだそう。
Karen W. Penafiel, executive director of National Elevator Industry Inc., a trade group, said the close-door feature faded into obsolescence a few years after the enactment of the Americans With Disabilities Act in 1990. https://www.nytimes.com/2016/10/28/us/placebo-buttons-elevators-crosswalks.html
松葉杖や車いすを使って乗ろうとする人にはエレベーターを十分に開いたままにしなければならない、という決まりができたので、閉ボタンの機能は保守作業員や消防士などの特定の人しか作動できなくなった、つまり、通常の利用者にとって閉ボタンはダミーのボタンになったということらしいのです。
ただ、エレベーター自体の耐久年数が25年程度あるので、徐々に閉ボタンが効かないエレベーターに入れ替わってきている、とのこと。1990+25=2015なので、この記事が本当であれば、アメリカのエレベーターの閉ボタンはほとんどがダミーであるといっても良さそうです(半信半疑)。
「閉」ボタン自体をなくさなかったのは、保守作業員などが実際に使うというだけでなく、宅配業者の例でも挙がっていたように心理的に効果があるからなのだと思います。
ちなみに、アメリカでは、他にも同じように実はダミーだけどプラセボ効果で機能しているようにみせているものに、ビルの空調ボタンや押しボタン式の信号があるそうです。
デザインの話に戻すと、いずれにせよ、いいデザインというのはありそうなんですが、権利の問題などそれらが統一されない何らかの理由はあるのだと思います。
こちらは、2004年頃に自身の開閉ボタン案をエレベーター協会およびエレベーター関連各社へ提案された方の記事からの抜粋ですが、
- ちゃんと権利関係しっかりしてないと採用できないよ
- 業界統一のものを採用するつもりだからごめんなさい
の2系統の回答をもって断られたとあります。
2004年6月に、エレベーターの大手メーカー5社と社団法人日本エレベータ協会に対して、現在の開閉ボタンデザインの問題点と、私の考案デザインの紹介及び使いやすいデザインの早期の開発をお願いする提案書を送付いたしました。
2004年9月現在のところ、M社からは「知的財産権に関わるご提案の場合には、特許権、意匠権、実用新案権などが登録された考案のみを検討対象とします。」という文書とともに提案書が返送されてきました。
またH社からは、「当社では(開)(閉)ボタンのサイズや色を変えたり、ひらがな併記などを加えたものにしており、(財)日本エレベーター協会制定の業界統一のものを採用いていくことが、エンドユーザーの方々の使い易さにつながるものと考えております。」という文書とともに提案書が返送されてきました。
10月に入り、T社から回答を頂きました。「弊社として関連業界とも協調し、ユニバーサルデザインを目指し開発を続けてまいる結論に至った」ことと、「弊社方針として、社外からのデザイン提案については、特許庁への権利登録のなされた意匠のみを検討の対象にしています。」という文書とともに提案書が返送されてきました。
いまだ統一のデザインができていませんから、各社が独自のデザインを模索しているといったのが現状なのかもしれません。
それに近い答えが、 2007年のデイリーポータルZの記事にありました。ほとんどのエレベーターは開くボタンが左側にあるんじゃないか説を検証して、三菱電機に質問してみた、という内容です。
記事の中で書きのようなやり取りがあります。
「いえ、特に決まっておりません。規格もございません。社団法 日本エレベータ協会の標準という物がありまして、階数を指定するボタンの下に開閉ボタンを付けるというものはありますが、開閉ボタンの左右は決まっていません。」
「はい。色も形もデザインも、特に規定はございません。見やすさと使いやすさを考えて作っています。開くボタンが緑色になっているのも見やすさを考えた結果です。」
数年前の記事なので現状はわかりませんが、しばらくの間は引き続き、エレベーター関連各社の切磋琢磨によって、わかりやすい開閉ボタンやそうでないボタンが生まれていくような気がします。
というわけで、エレベーターの「開」「閉」ボタンにまつわる小ネタをつらつらと調べてみたという内容でした。
規格化されていない中、開閉ボタンの目安になるのは左右の配置とのこと。「左」に「開」、「右」に「閉」ということで、冒頭の左右問題と開閉問題が結びついたところで終わりにしておきます……。