米国のニクソン元大統領は、自分を捜査している人物を解任するのに5カ月かかった。トランプ大統領の場合は4カ月足らずだった。両者の違いは、ニクソン氏は動機をほとんど隠そうとしなかったことだ。その動機とは、大統領の座を守ることだった。一方、トランプ氏は、コミー米連邦捜査局(FBI)長官を解任したのは、ヒラリー・クリントン氏の私用メール問題に対する昨年の捜査で長官が対応を誤ったからだと話している。
トランプ氏の基準に照らしても、これはとても信じがたい。トランプ氏は米国民に向かって、クリントン氏を不当に扱ったことでFBI長官を「処分し、解任した」ことを信じてほしいと言っている。クリントン氏といえば、メールの扱いを誤ったことで投獄されるべきだとトランプ氏が訴えていた対立候補当人だ。それが今、どうやら、クリントン氏はプロ意識を欠く捜査の犠牲者であり、トランプ氏がその過ちを正している、ということのようだ。
コミー氏の解任は表向き、昨年10月にクリントン氏の私用メール問題の捜査再開を決めた判断についてコミー氏が説明を誤ったという新事実によって引き起こされた。捜査再開は、大統領選挙でトランプ氏に有利に働いたとみられている。
■後任長官選び、難航は必至
だが、9日の夜まで、昨年の大統領選に影響を及ぼすためにトランプ陣営がロシアと結託した疑惑に対する捜査を指揮していたコミー氏が、誤った陳述について情報を開示したのは今週になってからだ。一方で、トランプ氏は今回の開示よりずっと前からコミー氏に難癖をつけていた。先週は、「コミーFBI長官はヒラリー・クリントンにとって最大の恩恵だった。数々の悪行に免罪符を与えてくれたからだ!」とツイートしている。言い換えれば、コミー氏はすでにトランプ氏の視野に入っていたわけだ。
これは劇的な展開を暗示している。米国のあらゆる連邦スキャンダルと同じように、詳細は積み上がっていくが、基本的な事実は単純だ。行政府内で唯一実施されているロシア関連捜査のトップを解任した今、トランプ氏はコミー氏の後任探しに入るのだ。
コミー氏の後を受けてロシア問題の捜査を引き継ぐ独立した人物をトランプ氏が選ぶ可能性はどれくらいあるだろうか。トランプ氏が指名するFBI長官候補が米上院で承認されるために必要な50票を獲得できる見込みはどれくらいあるだろうか。
トランプ氏による後任探しを支援するのは、セッションズ司法長官だ。ロシア大使との接触を公表しなかったことから、コミー氏の捜査を監督する立場から身を引くことを余儀なくされた当人である。そのロシア大使とは、フリン前大統領補佐官(国家安全保障担当)がFBIによって内密に録音されていた会話を交わした相手と同一人物だ。その会話の内容がリークされたことが、フリン氏の更迭につながった。