背景に都知事と首相のせめぎ合い 仮設費合意
仮設費が都の全額負担に 都議選にらみ決断急ぐ
東京都の小池百合子知事は11日、安倍晋三首相と面談し、都外で実施する競技会場の仮設整備費約500億円を、都が全額負担することで合意した。「5月末」の予定だった費用分担の公表が前倒しされた背景には、東京都議選(6月23日告示、7月2日投開票)をにらんだ安倍首相と小池知事のせめぎ合いがあった。一方、都外の競技開催経費の総額は約1600億円。残りの約1100億円の分担は決まっておらず、今後も大会組織委員会と都、政府、関係自治体の4者による厳しい調整が続く。
「他地域の仮設整備費については都が全額負担する」。東京都の小池知事は11日、官邸で安倍首相と面談後、硬い表情で報道陣に説明した。9日には競技を開催する神奈川、千葉、埼玉の3知事が安倍首相に面会し、開催経費の分担について早期決着を要望。安倍首相は、その場に丸川珠代五輪担当相を呼び「都の決定を待たずに国が調整する」ことを指示していた。小池知事の「全額負担表明」は、安倍首相の圧力に屈した結果のように映った。
「丸川さんがまとめたとアピールしたい官邸の意向だ」。小池知事側近は、安倍首相と丸川五輪担当相とのやり取りを、苦々しく振り返った。小池知事と安倍首相の面談は9日より前に決まり「約500億円の全額負担」も水面下で合意していた。それでも安倍首相は「都の決定を待たずに国が調整を」と強調した。投開票まで2カ月を切った都議選を前に、自民との対立を深める小池知事を「『調整ができない知事』と印象づけるための演出」(知事側近)とも言えた。
一方、小池知事も都議選を意識していた。
都は今年1月以降、関係自治体とも都外の競技開催費の費用分担について、議論を重ねてきた。当初の約束だった「今年3月末までの費用分担決定」の予定が先送りされた際、埼玉県などはむしろ「開催費用は大会組織委が負担し、足りなければ都が補填(ほてん)する」との原理原則の順守を求めた。都幹部によると、都側は協議で「決定は来年度予算編成に間に合う今秋でいい」との感触を得ていたという。
決定時期を「今」にこだわらなくてもいい状況下で、小池知事は9日、安倍首相と面会前の3知事らに「費用分担の大枠は5月末までに示す」と明言した。都幹部は「豊洲市場への移転の可否判断に加え、費用分担まで結論を先送りすれば、都議選に影響すると判断したのでは」とみる。
11日の面談後、小池知事は「(約140億円と試算された)パラリンピック開催費用の4分の1を国が負担することで合意した」と、国の譲歩を引き出したことをアピールした。
それでも関係自治体が歓迎するような仮設整備費の分担は、政府主導で行われたとの印象は拭いきれない。別の都幹部は「不利な状況を打開するために、知事が電光石火で大枠を示す可能性はある」と話す。【柳澤一男、芳賀竜也】
「運営費」分担は決まらず 「設備費」も「遅すぎる」の声
都の方針は11日午前に慌ただしく関係自治体に伝えられた。神奈川県の黒岩祐治知事は小池知事から直接電話があったことを明らかにして「これは非常に前進だなと。わずか2日で全額負担となったことは歓迎したい」と述べた。
国際オリンピック委員会(IOC)の中長期改革「アジェンダ2020」で都外の既存施設を積極的に利用することになった。組織委の試算によると、都外の開催費用は約1600億円。仮設整備費500億円を除いた運営費約1100億円の費用分担が決まっていない。関係自治体にとっては、都内で開催する競技を受け入れて都の経費削減に協力したのだから、開催費用の地元負担は必要最小限にすべきだというのが共通した思いだ。とりわけ江の島がセーリング会場の神奈川県は来年に事前大会を控える。現在停泊する約1000艇の移動費、競技中は漁業ができないことに伴う補償費などの運営費をだれが負担するか。黒岩知事は「小池知事に『安心してください』とだけ言われたが、何をもって安心なのか根拠は示されず、すとんとしない」と不信感は払拭(ふっしょく)できていない。
1月に始まった都、組織委、政府、関係自治体による作業部会では、五輪での競技会場の使用期間を原則11カ月とするなど開催費用の算出に関わるIOCの要件が示された。そのまま当てはめると、札幌ドームでサッカーの1次リーグが行われる札幌市の場合、3試合ほどに約119億円の費用がかかり、長期間にわたりプロ野球もJリーグも開催できない。「現実離れ」に映る要件を実態の運営に合わせたうえで費用を算出して役割を決めていく作業が残る。丸川五輪担当相は「まだ全体像が出ているわけではない。調整して、早く姿が見える形にしたい」との考えを示した。
組織委が昨年末に公表した試算によると、五輪経費は1兆6000億~1兆8000億円程度が見込まれている。経費を圧縮するため役割分担を決める都、政府、組織委の協議が始まったのは昨年3月だった。昨夏に就任した小池知事が五輪予算の適正化を掲げて議論は止まり、約1年2カ月を経てようやく仮設費用の分担が決まった。組織委の森喜朗会長は「遅すぎる。1年かかったが、堰(せき)を切ってくれたので個々の問題はそれぞれ相談していく」と述べた。【小林悠太、宇多川はるか】