とりぶみ
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    大塚晩霜
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【書評】ジョルジュ・ペレック全作品   (2017/05/11)
(場面) ワタクシであるところの大塚晩霜と、およそ10年前からタイムスリップしてきた大塚晩霜が、警察の拘置所でうなだれて座っている。

 【大塚】 で……。何が知りたいんだ、10年前のオレよ……。
 【おおつか】 はえ。ジョルジュ・ペレックってゆう、フランスのさっかのひとのことが、しりたいんでつ。
 【大塚】 演技ヘタすぎだろ。10年前のオレ、そんな口調じゃないわ。
 【おおつか】 あなたのちのうていどにあわせたら、こんなかんじかな、って。
 【大塚】 くされファック。まあいい、ペレックの何が知りたいんだよ?
 【おおつか】 いろいろ、ほんがでてるみたいだけど、なにからよんだらいいのかな、って。
 【大塚】 なるほど。1作1作ぜんぜん違う作風だもんな。いきなり初心者向けじゃない地雷ふんだらマズイよな。
 【おおつか】 はえ。そおゆうわけです。
 【大塚】 じゃあ、2017年現在、日本語に翻訳されている作品をざっと解説してあげよう。
 【おおつか】 ぼく、2007ねんからきた、こどもなんでつが。
 【大塚】 あっそ。全部読みたきゃ10年待て。
 【おおつか】 So I wanna read all of his work ASAP, MOFO.
 【大塚】 急にキャラ設定無視すんな。
 【おおつか】 Yo, pal. What's up? Gimme fuckin' guide 2 Georges Perec 4 fuckin' young readerz.
 【大塚】 うっせえ!





 ジョルジュ・ペレック(1936-1982)の作品のうち、日本語訳が出版されているものを紹介します。邦訳刊行順ではなく、原典の成立順で。
 ペレック作品の多くは水声社から発行されていますが、水声社は通販サイトAmazonに激おこぷんぷん丸であり、自社製品を納品していません。Amazonが在庫切れだからといって絶版になっているわけではないのでその点はご注意を。他の通販サイトで注文するか、デカめの実店舗でお買い求めください。





傭兵隊長 (1960)
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 作者の死後30年経ってから発掘されたボツ作品。タイトルの印象からは「戦争物」と思われそうですが、実際には絵画の贋作者が雇い主を殺して逃走に四苦八苦する話。このタイトルは、表紙にもなっている絵画(アントネッロ・ダ・メッシーナ作)の通称であり、実際にこの肖像が軍人なのかすら不明。全然戦争の話ではありません。
 人称がコロコロ変わったり(二人称も含まれる)、すでに「っぽさ」は感じさせてくれます。細部にわたってかなり推敲をくり返したであろうこともうかがえます。しかし僕が編集者だったらやっぱりボツにしてたと思う。(何といってもこの時点ではペレックは無名の若造なわけだし)




物の時代 (1965)
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 ルノドー賞という、フランスでは大変権威ある文学賞を獲得したデビュー作。ルノドー賞ってのは日本では何賞にあたるのかなぁ。とりあえず「ポプラ社小説大賞以上、芥川賞以下」としておけばまず間違いはないか。
 内容的にはフローベールの影響色濃い客観描写により、物欲に支配される若いカップルが描かれます。大量の事物が列挙されていき、非常にペレックペレックしていますが、初心者にはあまりおすすめできません。ストーリーを阻害するほどの勢いで押し寄せて来る物量に、唖然とするはず。




営庭の奥にあるクロムめっきのハンドルの小さなバイクって何? (1966)
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 実質的な2作目。日本では『物の時代』との合本で出版されています。
 このクッソ長いふざけたタイトルからも期待できるように、ユーモアに満ちた中編です。ペレックの作品で最も笑えるのではないでしょうか。徴兵をどうにかして逃れようと、あれやこれや策を弄する若者たちのドタバタ劇です。
 師匠レーモン・クノーの影響を強く受けており、フランス語原文ではあらゆるレトリックを「文体練習」しています。初心者にもおすすめ。




眠る男 (1967)
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 実質的な3作目。こりゃまた一転してずいぶん暗い作品になってしまいました。
 主人公はいわゆる「ひきこもり」です。たまに外出はするものの、部屋で横になっていることが多いです。人生に対しての意欲がわかず、森鴎外的に言うと「ニル・アドミラリ」っていうんですかね、無気力で怠惰な日々を過ごしています。「眠り続けて夢を見る」といった類のファンタジーではなく、実人生に対しての眠りであると言えます。
 文体は二人称で、カフカの影響大(エピグラフでも引用されている)。そしてこの主人公、鏡に映った顔の描写(153ページ)でわかるのですが、ペレック本人がモデルなようです。
 1作目がフローベール、2作目がクノー、3作目がカフカ。まだまだオリジナルとは言えません。それはちょうど、ロックバンドのクイーンが、1枚目→レッド・ツェッペリン、2枚目→イエス、3枚目→ディープ・パープルのモノマネと酷評されていたのと似ているかも知れません。



給料をあげてもらうために上司に近づく技術と方法 (1968)
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 英語のウィキペディアからは「なかったことに」されていますが、『昇給』はこのタイミングで発表されています。コストパフォーマンスが悪い(薄いわりに高い)ので貧乏学生にはおすすめできませんが、内容は非常に独創的で『小さなバイク』と同じくらい笑えます。
 詳しくは以前書いた読書感想文をごらんください。→ 原稿用紙3枚ヴァージョン/原稿用紙5枚バージョン




煙滅 (1969)
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 かつて『消失』もしくは『失踪』として知られていた作品。いわゆるリポグラム小説で、フランス語における再頻出文字「e」を一切使っていません。当然、翻訳は不可能だと思われていましたし、誰も期待していなかったのですが、なんと「い段抜き」で日本語に訳されてしまいました。翻訳史上に残る大事件であり、墓の中で上田敏が土下座するレベル。柳瀬尚紀も歯噛みしたことでしょう。
 この聞きなれない「煙滅(えんめつ)」とは、証拠「湮滅(いんめつ)」の誤りとして定着した語で、邦題としてこれ以上ない語と言えます。消失の意味を有していながら、「い」が「え」にすり替わっている──塩塚先生、この単語よく見つけて来たなあ。
 日本語訳がなかったころでさえ、「ペレックと言えば『消失』」と言われてました。クイーンで言えば4枚目の『オペラ座の夜』であり、ここにおいてペレックは完全にオリジナルな存在となったと言えます。




さまざまな空間 (1974)
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 風変わりなエッセイ集。あつかう領域は「ページ」「ベッド」「寝室」「アパルトマン」「集合住宅」「通り」「地区(カルチエ)」「街」「田舎」「国」「ヨーロッパ」「世界」「空間」と、どんどん拡大していく。
 ペレック入門に最適であり、くりかえし読むのにも適しています。僕は折にふれ、適当にひらいたページを読んでいます。




Wあるいは子供の頃の思い出 (1975)
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 子供の頃に着想した小説『W(ドゥブルヴェ)』と、自伝部分の「子供の頃の思い出」が交互に配置された作品。
 最初は『W』単体での執筆が企てられていました。小説の舞台はWという名前の孤島で、スポーツ至上主義の社会が形成されています。競技の成績が良ければ生活が保障され、悪ければその逆、と。これはナチスによる強制収容所の拷問のメタファーです(本人は冒険小説のつもりだったらしい。どこがだよ!)。
 しかしどうしても完成させられず、自伝を並置させて1冊の本にまとめることになりました。ペレックはユダヤ人であり、第二次世界大戦で父は戦死、母は強制収容所送りになっています。『W』と微妙にリンクしていく、痛切な『思い出』。
 ペレックのカタログの中では最もシリアスな本であり、胸を打たれます。「言葉遊びやメタフィクションは文学じゃない。ポストモダン死ね」という人向け。




ぼくは思い出す (1978)
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 ジョー・ブレイナード『ぼくは覚えている』のパクリ。「ぼくは思い出す、○○を。」という短文が480続く。当時のフランスに住んでいないと「ああ、そんなのあったね」という共感もできず、ペレックのファンでも正直キツイ。
 詳しくは以前書いた読書感想文をごらんください。




人生使用法 (1978)
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 これこそペレックの名を文学史上に刻み込んだ歴史的大作。言語遊戯によっても高い文学性を獲得できることを証明して見せた、20世紀文学の記念碑のひとつです。詳しくは以前書いたこちらの書評をご覧ください。ちなみにぜんぜん初心者向けではありません。高いし分厚いし、通読するのも大変です。
 なお。現在流通しているのは「新装版」ですが、何が新装版かと言うと旧版の表紙カバーと奥付を新しくしただけであり、内容自体は1文字も変わっていません。たぶん、在庫がまだまだ余っていて、カバーが焼けて来ちゃったから新しい物に入れ替えたのかな。




美術愛好家の陳列室 (1979)
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 『人生使用法』完成の興奮を抑えきれずに書かれた、ミステリ仕立ての中編小説。かなり用心して読まないと気が付きませんが、そこかしこに『人生使用法』の余波が見え隠れします。
 物語のラストについてはここには書けませんが、僕は「ペレック大好き!」と快哉を叫びました。普通一般の推理小説ファンは「ふざけんな」って言うと思います。(訳者あとがきにはがっつりネタバレが書かれているので気をつけてください。)
 安いし薄いし、初心者にもおすすめ。『さまざまな空間』の次は『煙滅』かこの作品を手に取ると良いと思います。




エリス島物語 (1980)
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 この本はドキュメンタリー映画のために用意されたテキストで、そんなにペレック要素はありません。絶版で手に入りにくいですし、頑張って読む必要はありません。
 ちなみにエリス島は、希望をいだいてニューヨークにやってきた移民が入国審査をされた島。




考える/分類する (1985)
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 作家の死後に発表されたエッセイ集。ややもすれば見落としがちな「並以下」の物に対する、ペレックのまなざしが感じられます。『さまざまな空間』が好きな人には絶対おすすめ。
 松岡正剛氏が「千夜千冊」で絶賛したため一時期は古書価が高騰しました。今では普通に買えます(買えるはず)。
 本邦におけるペレック研究の第一人者・酒詰治男先生は、訳に対して激おこぷんぷん丸です。なんでしょう、翻訳権を横取りされたとか、そういうドラマがあったのでしょうか。胸が熱くなります。




家出の道筋 (1989/1990)
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 そんな酒詰先生が満を持して放ったエッセイ集。(※ 酒詰先生のエッセイ集ではない)
 収録作品はペレックの死後にまとめられた2冊のエッセイ集『日常下』と『ぼくは生まれた』を中心に選ばれている。他では決して読むことのできないペレペレしい文章も収められている物の、内容的には玉石混交。ファン向け。



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