内沼晋太郎と吉田昌平が考える、ネット以降の丁寧な本の作り方
CAMPFIRE- インタビュー・テキスト
- 杉原環樹
- 撮影:鈴木渉 編集:宮原朋之
「デジタル環境が整ったいまだからこそできる、丁寧な本の作り方や届け方があるはず」。そう語るのは、2012年に誕生した新刊書店B&Bの運営をはじめ、人と本の出会いをデザインする試みを数多く行ってきたNUMABOOKS代表の内沼晋太郎。これまでは既刊本をめぐり「実験」をしてきた彼が、このたび自身の出版レーベルを立ち上げることになった。その第1弾となるのが、森山大道の写真集『新宿』(2002年 / 月曜社)の全ページを使ったコラージュ作品を収める、グラフィックデザイナー吉田昌平の『新宿(コラージュ)』だ。
現在、本の価格は一律に設定され、その流通は「取次」と呼ばれる卸会社に委ねるのが通例となっている。そんな画一化の一方で、彼らは、クラウドファンディングサービス「CAMPFIRE」を使って本を先行発売し、流通を段階化したり、本の価格を選択できる仕組みを導入するなど、本と人のより適正な関係性を模索していきたいと話す。この取り組みの背後にある思いを、内沼と吉田に訊ねた。
内容に関わらず、適当に書いた新書も10年がかりの新書も、同じ値段で売られている。(内沼)
―はじめに今回、新しく出版の活動を始められる動機をお伺いできればと思います。内沼さんはご自身のSNSの投稿で、その理由を3つに分けて語られていましたね。
内沼:そうですね。1つは、本屋B&Bを約5年間運営したり、選書の仕事をしたりするなかで、「こんな本があったらいいな」と思うことが増えたこと。2つめは、今回の吉田さんのように、「この人の本は出ているべきだ」と感じる才能に出会う機会が増えたこと。そして3つめは、出版側から試したいことが増えたこと、です。
3つめの出版側からできるはずの新しい試みについては、2013年に出した『本の逆襲』という本も含め、折に触れて提案してきたのですが、出版側からはなかなかそうした手間のかかる試みをやる人がいなかった。だったらその自分の仮説が正しいのか、実験してみたいと思うようになったんです。
―出版側からできる試みとは、具体的にはどういったことですか?
内沼:本というのは、売り方が画一的になりがちなんです。たとえば、値段と価値の問題。同じ数百円の新書を買っても、内容がまるで心に響かない人もいれば、人生を変えられてしまう人もいますよね。受け手のなかには、「この本になら10万円払う価値がある」と思う人もいるはずです。
そもそも、本の値段はあまり内容で決められておらず、適当に書いた新書も10年がかりの新書も、同じ値段で売られている。そこで今回は、CAMPFIREのクラウドファンディングのプラットフォームを使って先行発売することにしました。クラウドファンディングでは、リターンの金額以上であれば、好きな金額を支払うことができます。また、今回は原画をつけたバージョンがあるだけですが、いくつかの段階をつけて、より求めている人により特別なものを用意することによって、適正な価格で届けたいと思っています。
『新宿(コラージュ)』2017年 様々な先行発売の特典が用意されている(サイトを見る)
デザイナーとしては、もう少し愛がある本を作りたい。(吉田)
―本から受け取る価値というのは、人によって幅がある。その幅の分を、きちんとお金に還元できる仕組みがあるべきだということですね。
内沼:ええ。だから今回は、資金調達という本来のクラウドファンディングではないんですよ。作ることはもう決まっていて、あくまで先行発売の手段として、クラウドファンディングの仕組みを使う試みなんです。
それと関連して、本は作ってから売るまでが早すぎるんじゃないかという疑問を持っています。映画なら制作から劇場公開までに時間がかかりますが、本では「取次」と呼ばれる卸会社による、書店に商品を届ける流通システムがよくできているので、その狭間をあまり意識せずに発展してきました。その間にできることがもっとあるはずなんです。
今回は一般流通に先駆けて、まずCAMPFIREで先行予約を受けつけて、次に新宿にあるBEAMSの「B GALLERY」で作品の展示と本の先行発売を行い、そこから銀座蔦屋書店、代官山蔦屋書店などアートブックに強い書店さんを中心に、展示と限定先行発売を行う。早く関心を持ってくれた人、持ってくれそうな人へ優先的に届けるアプローチを考えています。
吉田:自分は普段、本のデザインの仕事をしていますが、出版不況と言われながらも、本の年間発行数は8万点ほどと、増えているんですよね。するとデザイナーも作る数が増えて、1冊にかける時間が短縮されています。時間をかければいいわけではないんですけど、もう少し愛がある本を作りたいと、最近よく思います。
―それこそ、システムの流れの方が優先されている感じがするということですね。
吉田:僕が本のデザインを始めたのは8年前ですが、より多くをこなさないと食べていけなくなっている。
―1冊に時間をかけられなくなっている背景はどんなところにあるのでしょう?
内沼:いろんな理由があるけど、売れなくなったぶん、たくさん作らなければいけないというのが大きいですね。昔であれば5000部売れていたような本が2500部しか売れなかったら、同じ売上を上げるためには、単純計算で2冊作らないといけないわけで。でも僕らは本に関するいろんな仕事を並行している中のひとつとして出版を始めたわけだから、どうしても出したい本だけを、できる範囲で作るのがいい。作ったら、すごく力をかけて売る。そういうことが、やっぱり理想だと思っているんです。
―理想であると同時に、出版の基本のようにも感じます。
内沼:そうですね。だけどいまやるべきなのは、インターネット以後の基本です。単に、本が売れていた時代のように丁寧に作ろう、というだけではなくて、制作も販売も流通も含めて、ネット以降の丁寧な本の作り方、売り方をちゃんとやろう、ということなんです。
プロジェクト情報
- CAMPFIRE
森山大道『新宿』をまるまる一冊吉田昌平がコラージュした作品集出版プロジェクト -
写真家・森山大道の写真集『新宿』(月曜社)を解体し、全ページを素材としてコラージュした128点からなる作品集『新宿(コラージュ)』出版に向けたプロジェクト。デザイナーとして働くかたわら、アーティストとしてコラージュを制作・発表する吉田昌平による大胆かつ自由で美しい自装の作品集をお手元にお届けします。
書籍情報
- 『新宿(コラージュ)』
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2017年7月より全国書店で一般発売
著者:吉田昌平、森山大道
価格:6264円(税込)
発行:NUMABOOKS
イベント情報
- 吉田昌平 展覧会 『Shinjuku(Collage)』
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2017年5月19日(金)~6月4日(日) 会場:東京都 新宿 B GALLERY
プロフィール
- 内沼晋太郎(うちぬま しんたろう)
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1980年生まれ。NUMABOOKS代表。ブック・コーディネーター、クリエイティブ・ディレクター。一橋大学商学部商学科卒。某国際見本市主催会社に入社し、2ヶ月で退社。往来堂書店(東京・千駄木)に勤務する傍ら、2003年book pick orchestraを設立。2006年末まで代表をつとめたのち、NUMABOOKSを設立。著書に『本の逆襲』(朝日出版社)など。
- 吉田昌平(よしだ しょうへい)
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1985年、広島県生まれ。桑沢デザイン研究所卒業後、デザイン事務所「ナカムラグラフ」での勤務を経て、2016年に「白い立体」として独立。カタログ・書籍のデザインや展覧会ビジュアルのアートディレクションなどを中心に活動。そのかたわら、アーティストとして字・紙・本を主な素材・テーマとしたコラージュ作品を数多く制作発表する。2016年、雑誌『BRUTUS』(マガジンハウス)No.818「森山大道と作る写真特集」への参加を契機に、森山大道氏の写真集を素材としたコラージュ作品の制作を始める。作品集に『KASABUTA』(2013年 / WALL)。