トランプ米大統領は、その気性や経歴、構想において、米国の政治制度にとってアウトサイダー的な存在だ。大統領選の候補者としては、それが同氏の魅力の根幹をなしていた。しかし、異質な存在であることに得意げになっている政治制度の中で、トランプ政権の成功は建設的に任に当たる氏の能力にかかっていた。コミー米連邦捜査局(FBI)長官の解任に続くであろう危機は、異質な大統領が改革を約束した政治制度を致命的に弱体化させる危険を明示している。
■「クリントン私用メール」問題で指導力に疑問
少なくとも2016年11月以降、コミー氏を排除するだけの理由は十分にあった。コミ-氏は16年7月、クリントン元国務長官の私用メール問題で、訴追の証拠が不十分だったため捜査を打ち切ったと発表する役を買って出た。これは前例を破る行為で、司法省の権限を侵害した。その後、大統領選直前になってコミ-氏は、クリントン氏のさらなるメールが見つかったと発表し、捜査を再開した。だが、メールには重要な要素は何も含まれておらず、再捜査の発表は、つたなく、利己的なパフォーマンスでしかなかった。
コミ-氏の指導力に対する疑問で、目の前にある危機の中核をなす事実から注意がそれてはならない。コミ-氏は9日午後まで、選挙中のトランプ陣営とロシア政府との関連について捜査の指揮を執っていた。したがって、トランプ氏は適正な手続きに介入し、法を超越する立場に自らを位置付けるという非難に身をさらすことになった。とんだ計算違いだ。
トランプ氏がフリン前大統領補佐官(国家安全保障担当)を更迭せざるを得なくなった際、トランプ政権はロシアに関する捜査の重大性を渋々認めた。セッションズ司法長官もまた、それまで公表していなかったロシア大使とのワシントンでの面会が明るみに出て、ロシアに関する捜査から身を引かざるを得なくなった。FBIが選挙期間中のロシアの介入について専任部署を立ち上げたことが、事の重大さを浮き彫りにしている。選挙中のトランプ陣営とロシアとの関係に関する疑問はなくなってもいなければ、なくなるべきでもない。
コミ-氏解任という決定が、トランプ氏の政治課題全体を危険にさらしている。同氏は、医療保険制度改革法(オバマケア)代替案の上院可決を目指している。また、野心的な税制改革については、下院に提出できるようになるまでに具体化しなければならない。かつてトランプ氏が選挙戦のテーマに掲げたインフラ投資は、大統領当選以降ほとんど議論されていない。しかし、ロシア問題が解明されない限り、民主党が協力しない理由はいくらでもある。共和党は上院でわずかに過半を超える議席しか持っていないため、トランプ氏は自身の共和党内にいる反対議員の意向に左右される立場にある。
■ロシア問題捜査で特別検察官の任命を
しかし、最大の危険は政府の機能不全ではない。米政府はそうしたことは知り尽くしている。問題なのは、トランプ政権が概して自ら問題を招いている点だ。トランプ氏は慣例や伝統を軽視している。だがそうであっても、このように慎重さが求められる件で気まぐれに行動しては、トランプ氏に与えられた職責や政府自体に対する信頼が損なわれてしまう。ウォーターゲート事件と比較するのは時期尚早だが、トランプ氏は危険な領域に足を踏み入れてしまった。
トランプ氏はかつて、その独立性でコミ-氏を褒めたたえたことがあった。そのコミ-氏を突然解任すると決定したことで、選択肢はなくなった。大統領は直接、間接的にもロシア捜査を監督することはできない。であれば、政権に捜査関与をさせないために、議会が選んだ委員会と並行して、特別検察官を任命することが唯一の解決策だ。
イラン・コントラ事件やビル・クリントン政権のときをみても、特別検察官の歴史は完璧とはほど遠い。しかし、政治制度の尊厳は、非の打ちどころのないほどの独立した捜査にかかっている。共和党は国の利益を第一に置き、それを要求すべきだ。
(2017年5月11日付 英フィナンシャル・タイムズ紙 https://www.ft.com/)
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