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エピソード 1ー2 異世界での邂逅 その二
――追っ手か!? と、茂みをかき分ける音に慌てた俺は、すぐに隠れる場所を捜した。
けれど、相手は俺のいる場所が分かっているかのようにまっすぐ近づいてくる。そうして茂みから飛び出してきたのは、幸か不幸か追っ手ではなかった。
俺の前に飛び出してきたのは、オオカミのような大型の獣だった。
おっきなわんこ――なんて感じの温厚な生き物である可能性は、その顔つきを見て即座に否定する。だって、見るからに饑えた獣の目をしているのだ。
目を合わせたら、即座に襲われそう――と、最速でフラグを回収。こちらを見たオオカミもどきは、即座に襲いかかってきた。
「やばいっ、これは絶対やばい!」
俺は迷わず、身を翻して全力で逃げ出した。
理由は不明だけど、いまだに身体は軽い。だけど、それでも、森の中でオオカミより早く走れるほどではなく、ぐんぐんとオオカミもどきが迫ってくるのを気配で感じる。
焦った俺は足を取られ――刹那、一瞬前まで自分の身体のあった空間を、獣の獰猛な牙が切り裂いた。地面を転がりながらそれを確認した俺は跳ね起き、再び逃げようとする。
だけど、起き上がった瞬間、獣が飛びかかってきた。
「ぐっ!?」
オオカミもどきを避け損ねた俺は、脇腹に噛みつかれてしまった。
痛い、凄まじく痛い。獣の牙が確実に脇腹に食い込んでいる。そのあまりの痛みに、思わず膝をつきそうになる。だけど、ここで倒れたら殺されると、俺は獣の上にのしかかるようにして、地面に叩きつけた。そのお陰で獣を引きはがすことに成功。だけどその代償として脇腹に激痛が走る。
「~~~~っ」
気を失いそうな痛みに歯を食いしばって耐えながら、俺は獣へと視線を向ける。地面と俺に挟まれて背骨にダメージを負ったのか、獣は落ち葉を散らすようにのたうち回っていた。
迷ったのは一瞬。俺は側に落ちていた木の棒を拾いあげ――獣の頭に振り下ろした。
「――ぎゃんっ!?」
獣が悲鳴を上げ、びくりと跳ねる。それと同時、手には生々しい感覚が伝わってくる。それは獣の命を奪う感触。怖気が走り、罪悪感が胸の内でふくれあがる。
だけど――やらなきゃやられる。そんな恐怖に駆られ、俺は二度、三度と、獣が動かなくなるまでその行為を繰り返した。
「はぁっ、はぁ……」
どれほど続けていただろう? ようやく獣が動かなくなったのを確認。俺は近くの大木に寄り掛かって、ずるずると崩れ落ちた。
痛い。むちゃくちゃ痛い……と、脇腹を見れば、服が真っ赤に染まっていた。
血を見て気が遠くなるけど、まだ気を失う訳にはいかない。最低でも傷の手当てだけはと、服の裾をまくり上げて、脇腹の傷へと目を向ける。
目をそらしたくなるような惨状。噛みつかれた状況で強引に引き離したから、肉を引きちぎられたんだろう。傷口はずたずたで、出血がひどい。さらにはむせかえるような血の臭いに、心が折れそうになる。
でも、ここで諦めたら、咲夜を探すことが出来なくなる。
俺がこの世界に来たのは、咲夜を探し出して、罪滅ぼしをするため。だからそれまでは死ねないと気力を振り絞り、シャツを破いて包帯を作ろうとする。
――だけど、俺はその行為を止めた。止めざるをえなかった。
俺の耳に届いたのは、草木を踏み分ける音と、獣のうめき声。それも一つ二つではなく、数え切れないほどの気配。恐る恐る視線を向けると、そこには先ほど殺したのと同じオオカミもどきの群れ。俺はいつの間にか囲まれていた。
「嘘、だろ……」
一頭でもこの有様なのに、目の前には無数の獣。最悪の未来しか想像できない。
「こんなところで死ぬ訳にはいかないのにっ!」
四年前、俺の身代わりになって連れ去られる咲夜を見ていることしか出来なくて……俺はそのことをずっと悔やみ続けていた。
だから、俺は目の前に魔法陣が現れたとき、迷わずに飛び込んだ。
その先が人間の生存できる世界なのか分からなかったけど……もし咲夜が生きているのなら、会って恩返しをしたいと思ったからだ。
だから、もし咲夜が俺を恨んでいて、俺の死を望むのなら殺されたってかまわない。だけど、それを確かめる前に、ここでオオカミもどきに殺される訳にはいかない。
「来るなら来い。最初に来た奴は、絶対に返り討ちにしてやる!」
俺は座り込んだまま虚勢を張って、手元に残っていた木の棒をオオカミもどきに突きつける。そんな俺を警戒してくれたのか、オオカミもどき達はすぐには襲ってこない。
でも、この場を離れるわけでもなく、俺を取り囲んだ状態で様子を見ている。俺が弱るのを待っているのだろう。だから俺も、気力を振り絞って、オオカミもどきを睨みつける。
――どれほどそうしていただろう。俺は貧血からか意識を失いそうになり、持っていた木の棒を取り落としてしまった。
刹那、それを待っていたオオカミもどき達が飛びかかってくる。それは避けようのない破滅の瞬間。だけど最後まで諦めないと、俺はオオカミもどきを睨み続けた。
そして――
「――ぎゃんっ!」
俺に飛び掛かろうと虚空にいたオオカミもどきの巨体が、いきなり側面へと吹き飛んだ。そうして木の幹にぶつかり、ぴくりとも動かなくなる。
「……なん、だ?」
そんな問いかけに答えるように、草木を掻き分ける音が響いたかと思えば、茂みから銀髪の少女が躍り出て――腰から細身の剣を抜刀、一太刀で二体の獣を両断した。
それを見た俺は、さっきの少女が助けに来てくれたのだと思った。
だけど……服装が違う。なにより、先ほどの少女と違って、顔がちゃんと認識できる。サラサラの銀髪をなびかせる、優しげな顔立ちの少女だった。
獣は少女を危険な敵と認識したのだろう。即座に少女を包囲し、一斉に襲いかかる。
だけど、少女は軽く身を翻してそれを難なく回避。圧倒的な数の暴力を、右へ左へと華麗なステップで回避し、すれ違いざまに、一体また一体と切り伏せていく。
それからわずか数分、少女はすべての獣を切り伏せてしまった。周囲には、数え切れないほどの大型の獣が倒れ伏している。にもかかわらず、少女は返り血一つ浴びておらず、まるで何事もなかったかのように剣の血糊を拭う。
それから、きらめく銀髪をなびかせ、俺のもとにゆっくりと歩み寄ってきた。
「――――、―――?」
なにかを呟きながら、静かに俺を見下す。驚くほどに整った顔が、哀れむように歪んでいる。もしかしたら、遺言を聞いてやるとでも言っているのかもしれない。
「……ごめ、ん、判ら、ないんだ……」
俺は最後の力を振り絞り、そんな風に呟いた。
――直後、少女が息を呑み、その左右で光彩の違う瞳を大きく見開いた。そうして震える指で、自らの髪に巻き付けている黒いリボンに触れる。
「まさ、か……まさかっ!?」
「……え? にほん、ご?」
「どうしてここに――うぅん。今はそんなことより止血しないと!」
少女は横目で俺の傷口を確認。手荷物から布きれをつかみ取り、それを破いて即席の包帯を作り出すと、俺の脇腹に巻き始めた。
――だけど、巻き付けられた包帯は、すぐに真っ赤に染まっていく。
「ダメっ、血が止まらないっ!」
少女が悲痛な声を上げる。
その言葉を聞くまでもなく、俺は自分の危うさを理解してる。明らかに危険域に達するほどの出血に目はかすみ、意識が遠くなり始めていたから。
……あぁ、嫌だな。せっかく咲夜が連れ去られた世界にたどり着いたのに。推定死亡と認定されてしまった咲夜が、もしかしたら生きているかもしれない。そんな希望を得られたのに。
「どうにかしなきゃ、どうにかしなきゃ!」
少女は必死に止血をしようとがんばってくれている。
……どうして見ず知らずの俺に、そこまで必死になってくれるんだろう? それに日本語をしゃべれることだって……もしかして、咲夜のことを知ってるのかな?
そう思ったから、俺はもう力の入らなくなった手を必死に伸ばし、少女の服を掴んだ。
「……なぁ、頼みが、ある……んだ」
「心配しないでっ、必ず助けてあげるから!」
「俺のことは、いい、んだ。だから……さく、や……って、女の子に、会った、ら……俺が謝ってたって、伝えて……くれ。それで、もし困ってたら、助けて……あげて、くれ」
意識が薄れ行く中、かろうじて最期の願いを口にする。この子になら、俺の最期の願いを託すことが出来る――と、そんな風に思ったから。
直後、少女は悲しげに顔を歪めた。だけどそれは一瞬。唇をきゅっと噛むと、懐から短剣を取り出し――自らの手のひらを浅く切り裂いた。
「なに、を……」
問いかけるけど少女は答えず、透き通った声で歌うように言葉を紡ぎ始めた。その言葉は先ほどまでの日本語と違い、俺にはまるで理解できない。
だけど、いわゆる魔法の類いなのだろう――彼女を中心に淡い光りの魔法陣が展開。少女は手のひらから溢れる血をひとしずく、俺の口へと流し込んだ。
そのとたん、冷え切っていた俺の体に、熱いなにかが流れ込んでくる。
「これ、は……?」
「心配しないで。貴方と契約を交わし、私の恩恵を捧げたの。身体能力が飛躍的に向上するから、すぐに血は止まるはずだよ」
「けい、やく……?」
「……大したモノじゃないから気にしないで」
少女は穏やな微笑みを浮かべた。
聞きたいことが沢山あるけど、上手く思考が働かない。身体能力が上がったって話だけど、それまでに血を流しすぎたのだろう。倦怠感が全身を包み、意識が遠くなっていく。
「大丈夫、だよ。貴方は、私が護るから」
少女がぽつりと呟く。その言葉の意味を考えながら、俺はゆっくりと意識を手放した。
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