トヨタ、異例の幹部人事から見える組織崩壊の静かな予兆 「生産技術のエース」は飛ばされた!
今春のトヨタの幹部人事をめぐって社内外が騒がしい。豊田章男社長の「意図」を勘ぐって臆測が飛び交っているが、果たしてその真相は。トヨタ取材20年以上のジャーナリストによる全内幕レポート。
■異例の「逆転人事」
トヨタ自動車の4月1日付役員人事で、見せしめの「懲罰的人事」が行われ、社内やグループ会社、系列下請け企業にまで衝撃が走っている。トヨタ関係者の一人は、「こんな人事はこれまで見たことがない。一時はどこもかしこもこの人事の話で持ちきりだった」と語る。
その人事とは、4月1日付で牟田弘文専務役員(61歳)が退任して子会社の日野自動車顧問に就任し、6月の株主総会を経て同社の副社長に就くこと。
専務から上場子会社の副社長への転出なので一見順当に見えるが、これが懲罰的だと言われる理由は、日野自動車の新社長には年下でトヨタでは格下だった下義生常務役員(58歳)が抜擢されたからである。
世間一般では末席常務から先輩役員をごぼう抜きして社長に就くケースも珍しくないが、トヨタの役員人事は保守的で抜擢などを嫌う傾向が強いうえ、入社年次や年齢も重視するため、この人事は異例中の異例だ。
しかも、下氏は日野プロパーで、グループの連携強化のために昨年、日野専務からトヨタ常務に異動したばかり。それがわずか1年で出戻り、トヨタの専務以上経験者が就くポストだった日野社長に就くという意味でも異例。
生え抜きを社長に据えることで現場社員の士気を高める狙いもあるのだろうが、系列企業の役員は「これは、豊田章男社長の逆鱗に触れた牟田氏に対する懲罰人事。自分に逆らえば、こういうことになることをトヨタグループ中に見せしめた」と解説する。
その役員によると、牟田氏は2度、豊田社長の逆鱗に触れたという。
まずは2015年8月に発生した中国・天津市の国際物流センターでの爆発事故の時。事故現場の近くにあったトヨタの合弁工場の従業員が巻き添えにあって50人近くが負傷したうえ、合弁工場での車の生産が10日間近く止まった。
「その際、豊田社長が現地に入って自分が陣頭指揮を取ると言い出したが、牟田専務は『今は経営トップが来る局面ではありません。現場が大混乱しているので受け入れる余裕がありません。私が責任をもって対応します』と意見具申したことに豊田社長が立腹した」(前出・役員)
続いて'16年4月にトヨタが導入したカンパニー制に対して、牟田専務は「トヨタの強みが失われる」などと主張して最後まで反対。「豊田社長は反対した牟田専務に、改革を邪魔する守旧派のレッテルを貼った」と前出の役員は言う。
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■「抵抗勢力」と見なされて
そもそも牟田氏は、「生産技術」と呼ばれる部門のエース。
生産技術部門とは、工場の建設から、ロボットやプレス機器など各種機械を導入して製造ラインの設計・構築を担当するトヨタの中枢で、トヨタが競合他社に比べてコスト競争力で勝るのは、この生産技術とカイゼン活動の力が両輪となっているからだ。
その分、社内でも遠慮せずに「モノを言う集団」としても知られている。
実は豊田社長は牟田氏だけでなく、この生産技術部門全体を「抵抗勢力」と見なし、関係者を放逐し始めたという声も上がっている。
実際、今回の役員人事で、牟田氏の有力後継者と見られていた花井幹雄常務理事が退任となった。常務理事は常務役員と同格待遇で、花井氏は「プリウス」を製造する主力の工場長を務めた。
トヨタの中堅幹部は「まるでどこかの国の粛清人事を見ているようだ」と語る。
当然、「牟田・花井更迭人事」に生産技術部門は大荒れとなっている。人事発表後の3月半ば、同部門出身の役員や幹部が集まって牟田氏の送別会を開いたが、関係者によれば「こんな会社はやってられないので辞めてやる」といった不満と愚痴が大爆発したという。
「暴発寸前の実態を知った、副社長以上を経験した元首脳の一人は、『牟田君、こんなトヨタにいるよりも、日野で頑張ったほうがましだぞ』とエールを送ったほどだった」(内情に詳しい関係者)
トヨタの元役員も言う。
「天津へ豊田社長が行くのを反対したことは牟田君の判断のほうが正しいし、カンパニー制反対も正論だと感じる。
シボレー、キャデラックなど商品カテゴリー毎の事業部で経営していたGMは、経営破綻した。カンパニー制にすると自動車会社として大事な設計思想やブランドイメージなどがバラバラになるリスクもある。
いずれにしても、正論で組織に意見を言えば反体制派と見なされることが問題。トヨタの強みは多様な意見を戦わせて、そこから一つの結論を導き出し、事業を多面的にチェックできたことにある。そして、議論を尽くしていったん決まれば『ノーサイド』で皆それに従う点もトヨタの良さだったのだが……」
■次期社長を狙う男
社内に不満がくすぶるのは、こうした懲罰人事が行われる一方で、「仲良し人事」が目につくようになっているためだ。
その象徴は同じく4月1日付で、トヨタOBでデンソー副会長の小林耕士氏が本社相談役に就いた人事。トヨタは表立っては発表していないが、これも異例中の異例の人事である。
というのも、トヨタの相談役は副社長以上経験者が就くケースがほとんどだが、小林氏はトヨタでは執行役員にも就いていない。小林氏は基幹職1級(部長級)の待遇を最後に、デンソーに転籍して役員に就任していた人物。それがどうして相談役に就けたのか。
実は、小林氏はトヨタグループでは知る人ぞ知る人物で、一部では「トヨタの陰の会長」と呼ばれている。その理由は、昨年にトヨタ顧問に就き、主に渉外・広報本部にアドバイスを送るほか、豊田社長の相談に乗り、トヨタの役員・幹部人事にも影響力を持っていると言われるほどの存在だからという。
「小林氏は、豊田社長が役員に就任する前の若手の頃、財務部と国内営業にいた時の2回、上司を務め、特別扱いせず厳しく指導したうえ、私生活の面倒を見たことで豊田氏の信頼を掴んだ、とされる。
いわば御曹司の『守役』『爺や』の存在で、豊田社長が今年2月、安倍晋三首相と会食した際にも同行したほどの関係」(トヨタ幹部)
だから、豊田社長がそばに置いておきたくて、相談役に就任させた――と社内では見られているのである。
こうした「仲良し人事批判」が高まっているのは、永田理専務が副社長に昇格して門外漢のCFO(最高財務責任者)に就いたことも原因になっている。
永田氏もまた豊田社長側近の一人で、豊田氏が社長昇格後に新設したコミュニケーション改善室長を務めた。当時、広報部を信用していなかった豊田氏は同室を「第2広報部」的に活用したことがある。トヨタ社内ではさっそく、次のような観測も上がっている。
「永田氏は調達や海外部門の経験は長いが、一定の専門的な知識が必要な財務・経理は経験がない。次の人事を見据えたキャリアパスの可能性がある。次期社長か、内山田竹志会長の後継候補に急浮上した模様だ」(前出・幹部)
さらに今回の役員人事では、「豊田社長最愛の股肱の臣」と呼ばれる友山茂樹専務も栄達して担務が増え、事業開発本部、情報システム本部の両本部長を兼任したうえ、「コネクティッド」「GAZOOレーシング」両カンパニーのプレジデントも務める。
また、常務から専務に昇格する上田達郎総務・人事本部長も豊田社長の信頼が厚く、友山氏が「お友達筆頭」なのに対して、「筆頭ブレイン」的立場。トヨタの社内外で「トヨタの柳沢吉保」とも呼ばれるほどに、豊田社長の意向を忖度する形でグループのトップを含めた役員人事の原案を描く能力に長けている。
そんな上田氏も4月1日付でコーポレート戦略部と戦略副社長会事務局を新たに管掌するようになり、経営の舵取りに大きな影響力を持つようになった。
ちなみに、その上田氏が3月31日、トヨタ番記者を集めてトヨタ本社で役員人事や組織改編の狙いを解説した。
「会社側から役員人事の解説をすることは異例で、これまでは基本的に記者には紙が配られるだけ。一部ネットメディアなどで、トヨタでは能力や実績とは関係のない社長の好き嫌い人事が横行しているなどと書かれ、その火消しが目的だったのでしょう。
実際、記者たちには、いかに役員人事が能力本位で適材適所かを強調していたようです」(大手紙デスク)
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■イエスマンが増えてゆく
こうした幹部人事の実態を見てトヨタの中堅幹部は次のように言う。
「うちの社内で評価されるのは、豊田社長の『知り合い』ばかり。あるグループ会社の社長は、豊田社長が役員になる前に米国に駐在していた時から家族ぐるみで付き合ったから出世したと言われる。
サラリーマンにとって出世はモチベーションの一つだが、こんな人事ばかりでは仕事をやる気が起こりません。
今回は組織改正も発表し、6月の株主総会後からは取締役数を減らすことで、社外取締役の割合を高めるなど透明性を高めるとも言っています。が、選任された社内取締役を見ると、『いい人』『自分の意見を強く言わない人』という評判の人ばかり。
結局、豊田社長は本質的な議論ができない取締役会を作ったのであり、それは自分が意見を言われるのが嫌いだからと見られても仕方がないでしょう」
こうした度が過ぎた社長の好き嫌いや思いつきを周囲が忖度しながら行う人事は、トヨタの組織を蝕んでいるように筆者には思えてならない。
'95年10月、朝日新聞記者としてトヨタ担当になって以来20年以上この会社を観察してきたが、このままではトヨタは激しい競争から劣後しかねないとの危機感すらおぼえる。
かつてのトヨタ担当記者は健全な批判を書くことで一目置かれたが、現在は批判記事を書こうものなら即刻出入り禁止処分を受けることがある。しかし、筆者はあえて書く。
実際、今年4月3日、トヨタの組織崩壊の予兆のようなものを感じた。
トヨタの晴れの入社式が定刻から遅れて始まったのだが、実はその理由は火事だった。豊田市の本社地区で車のデザインをする部署で火事が起こったのだが、安全管理に厳しいトヨタで火事が起こること自体、組織のタガの緩みを感じさせる。
その直前、3月20日にもトヨタの完全子会社トヨタ車体のいなべ工場(三重県いなべ市)で火事が発生。原因は熱供給ダクトの破損によって塗装成分が蓄積し、そこから発火したもので、要は点検と清掃の不足が原因だった。
競合他社幹部が「塗料蒸発成分は通称『ヤニ』と呼ばれ、発火の恐れがあるので、定期的に清掃するのが基本」と言うように、工場管理の基本は5S(整理・整頓・清掃、清潔・躾)にあるが、いまのトヨタはそれもできていないということだ。
トヨタは下請け企業との信頼関係も弱くなりつつある。トヨタの系列企業の団体『協豊会』の年に一度の総会が4月10日に名古屋市内で開催されたが、そこには豊田社長の姿はなかった。
「トヨタの社長が出ないことは珍しい。なぜ社長が来ないのかという声も出ていた」(関係者)
実はこの時期、豊田社長はフランス・コルシカ島で開催されたWRC(世界ラリー選手権)の視察に出ていた。
「しかも、側近役員とレースを見ながらバカ騒ぎする様子をフェイスブックに上げていた。それを見た下請け企業からは、俺たちよりもレースのほうが大切なのかと嘆いていた」(前出・関係者)
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■なぜEVで出遅れたのか
2月24日、トヨタ主催のグローバル仕入先総会があった。取引先のトップが集結する大イベントだが、そこで豊田社長はピコ太郎の衣装を借りて物まねで登場、続いて本物のピコ太郎も登場した。
イベントのアトラクションで、目立ちたがり屋の豊田社長はご満悦の様子だったというが、「こんなことで下請けの心を掴んだと思ったら大間違い。トヨタの将来は、このままではやばいと思っている取引先が多い」と元副社長は嘆く。
そうこうするうちに、トヨタの独壇場だった国内販売でも「綻び」が見え始めている。3月の新車販売で日産『ノート』が1位を獲得したのだが、実はこの新型ノートは昨年11月の発売以来、5ヵ月のうち3ヵ月もトップを取っている。
一方、トヨタの『プリウス』は新車発売から1年余で陰りが出ており、「これまでのプリウスではなかった現象。デザインが悪すぎて当初計画通りに売れていない」(プリウス向けに部品を納める会社の幹部)。
ノートが評価されているのは、電気自動車(EV)に近い新しいハイブリッドシステムを搭載したことにもあり、これを国内市場でEVへの評価が高まりつつあることの現れと見る販売店は多い。片やトヨタではEVをまだ販売しておらず、'16年12月1日付で豊田社長直轄のEV事業企画室を新設したばかりだ。
「トヨタ社内では本格的にEVに取り組むべきとの意見が水面下では出ていたが、意見を言うと嫌われる社内風土を忖度して大きな動きにはならず、結果として出遅れた」(名古屋財界筋)
自動車業界はいま、合従連衡の渦の中だ。海外に目を移せば、関連産業を巻き込んだ巨額の買収劇が起こっている。昨秋、米クアルコムは車載用に強いオランダの半導体会社を約5兆円で買収すると発表。
また、今年3月、米インテルは自動運転の画像処理に強いイスラエルのモービルアイを約1兆7000億円で買収することで合意した。このインテル、モービルアイ、独BMWは自動運転での提携も発表している。
いずれこの波は「本丸」にも襲い掛かってくる。ダイナミックな世界の動きに比べて、トヨタでは明確かつ大胆な戦略が見えてこない。
自動車産業は勝者と敗者の入れ替わりが早い業界だけに、このままではトヨタが負け組に転落する日が来てもおかしくないと感じてしまうのである。
「週刊現代」2017年5月6日・13日合併号より