ポン吉の家では子供が小さい頃、よく銭湯に行っていた。
ポン吉は息子と男湯に、奥さんは娘と女湯に入って後で休憩所で合流するというパターンが多かった。
子供と銭湯に行くときには、家のお風呂と違いいろいろ気をつけることがある。
銭湯はいろんな人がいる
ポン吉が男湯の脱衣場からお風呂場に子供を連れて入り、洗い場の空いたスペースを探していると、
「おとうさん、あの人、背中に落書きしてる!」
と息子がポン吉に言ってきた。
見ると、背中には青鬼が鮮やかに描かれていた。いや、彫られていた。
幸いに青鬼さんは洗髪中で息子の声は聞こえて無いようだった。
ポン吉は、息子が指差しながら見ていたので、慌てて息子の手を取って青鬼さんから遠い洗い場を探すことにした。
小さな子供は偏見なく人と接する、けがれなき眼をもっているようだ。
それが大人と違い良いところだと思うのだが、危険と背中合わせであることも事実である。
まさに今、その状況だった。
子供は湯船で遊びたがる
ポン吉と息子が体を洗って湯船につかっていると、近くにいた子供たちが湯船で泳ぎ始めた。
ポン吉の息子も湯船にじっとしているのに飽きた頃だったので、家のお風呂でしているように潜ったり足をばたつかせたりをしたそうだった。
湯船にはポン吉たち以外にそれほど人はいなかったので、
ポン吉は、はしゃいでいる子供たちに何か注意するということはしなかった。
ところが、突然、「いい加減にしろ!他の人の迷惑になる!」という人がいた。
泳いでた子供たちは、その人の方を見ながら
「パパ、もう出たい!」と言って湯船から出ようとしていた。
子供たちを叱ったのは、その父親だった。
父親も子供たちに連れられるようにして、湯船から出て行った。
するとポン吉の息子が、
「あっ! まだ落書き消えてない!」
とその父親の背中を見ながら言った。
湯船から出て行った子連れの父親は、さっきの青鬼さんだった。
ポン吉の息子は背中の刺青が落書きだと思い込んでいた。
青鬼の絵が消えていないのは、洗い残しだと思っていたようだ。
先ほどは青鬼さんが洗髪中だったのでポン吉の息子の声は聞こえなかったが、今度は聞こえていた。
青鬼さんは顔だけをポン吉の息子のほうに向けて背中を見せながら、
「ぼく、これは落書きと違うよ。」
と微笑みながら言ってきた。しかし目は怖かった。
そして青鬼さんは今度は体全体をポン吉に向けて
「子供が騒いで、すみません。」
と言ったので、ポン吉も反射的に「こちらこそ、すみませんでした。」と返事をした。
結局
青鬼さんはそれ以上何も言わず、子供を連れて脱衣場に行ってしまった。
ポン吉は何とか危機を乗り越えたとホッとしていた。
しかし息子がのぼせそうだったので、ポン吉たちも脱衣場に向かった。
青鬼さんとその子供たちはすでに脱衣場にはいなかった。
ポン吉はまだ息子に「刺青」というものの話をしていなかったので、青鬼さんが裸で脱衣場にいなかったことは正直うれしかった。
ポン吉と息子が脱衣場を出て休憩所に向かうと、先ほどの青鬼さんが子供たちと休憩所を後にするところだった。
ポン吉が軽く会釈をすると青鬼さんも軽くうなずいてくれた。
見ると、青鬼さんの隣には先ほどの子供たちと女性が1人いた。
おそらくはお母さんだろう。ごく普通の幸せな家族にしか見えなかった。
ポン吉たちは青鬼さんが出ていくのを確認して、休憩所で奥さんと娘を待っていた。
しばらくすると、ポン吉の娘が女湯からニコニコ喜びながらやってきた。
娘は少し興奮気味に
「赤鬼さん! 見たよ!」
とポン吉たちに言ってきた。
青鬼さんと一緒にいた女性は赤鬼さんだったようだ。
ポン吉の奥さんも娘を連れて、そのけがれなき眼のせいで生じた危機を乗り越えて少し疲れているに違いない。
家に帰って、風呂にでも入ってゆっくりしようと思わされた1日だった。